第37話 羊

金田一

「さてと、長らく審議したから眠くなってきたな。お次は誰かな?」


司会

「あ、先生眠いですか?ちょうどいいですね。次は羊です。では羊さんお入りください」


「こんにちは、今日はよろしくお願いします」


司会

「こちらこそよろしくお願いします。さっそくですが羊さんは今日は何を提訴されに来ましたか?」


「はい、ことわざではありませんが『羊が一匹羊が二匹』です」


司会

「あ、一般には『眠れない夜に羊を数えると早く寝ることができる』ということわざというより技ですね」


「はいそうです。おっしゃる通りことわざではありませんがこちらで提訴しても大丈夫ですか?」


司会

「金田一先生、いかがでしょうか?」


金田一

「せっかく来ていただいたのでOKとしましょう。私も個人的にこの言葉には前からメスを入れたかったから大歓迎です」


司会

「よかったですね。大歓迎らしいですよ」


「ありがとうございます!先ほどの司会さんのおっしゃる通り我々は毎晩多くの寝室で子供たちに数えられています」


司会

「そうですね、私も子供のころ眠れない夜に試したことがあります。たしか一万近くまで数えましたよ!」


「ありがとうございます。で、司会さんにお聞きしますが今も眠れない夜に私たちを数えてますか?」


司会

「いいえ、効果がなかったから試したのは一度きりですね。もし効果があったら多分毎晩やっていますよ」


「でしょう?効果ありませんよね。私たちは何も悪くないのに多くの子供たちから『誇大広告』とか『虚偽の宣伝』と呼ばれて迷惑しています」


司会

「なるほど、ということは羊さんの提訴内容はこの言葉からの辞退でよろしいですか?」


「はい、もっと効果のある動物に変えていただいたほうが子供たちのためになると思いまして」


司会

「提訴内容はわかりました。それでは金田一先生よろしくお願いします」


金田一

「この100年間で人間界は睡眠学が発展しました。睡眠を促進するためには脳からアルファ波を出させることが必要とされています」


「あ、アルファ波・・・ですか?医学用語ですか?」


金田一

「そうです。羊さんを数えるのは、いわば単純作業です。一般に単純作業をすると、脳を落ち着かせる作用のあるアルファ波が出て頭がボーっとしてくるため、結果的に眠りやすくなると言われています。電車の中でよく眠れるのは『ガタンゴトン』の音が単調だからなんですね」


「ということはやはり効果はあるのですか?」


金田一

「英語圏では、です」


司会

「え?日本ではダメなんですか?」


金田一

「はい、理由が3つあります。英語では『Sleep(眠り)』と『Sheep(羊)』の発音が似ていることから、スリープとシープをかけることで、眠りを誘発させる効果がある、と考えられていたようです」


司会

「なるほど、日本では全く違う言葉ですから無理がありますね」


金田一

「2つ目の理由として英語圏では羊は身近な動物だったんですね。ですから子供たちにイメージしやすかったんですが、日本では羊を見る事はあまりありません。すなわちイメージしにくいのです」


司会

「たしかに山の牧場に行かないと羊には会えませんね」


金田一

「3つ目の理由は日本語の『ひつじ』という発音です。『単調な音を言い続けると眠りにつきやすい』にもかかわらずHitsujiはtsuとjiが続いて滑舌が悪く言いにくいのです」


司会

「つまり単調でないんですね」


金田一

「はい、犬や猫の方が『音的』に単調で繰り返しやすいですね」


「やっぱり私たちは、子供たちに無理させていたのですね」


金田一

「はい、現代の睡眠学では羊さんを数えることはむしろ覚醒を促す効果があると出ています」


司会

「つまり逆効果だったと・・・」


「それではやはり潔く、犬さんか猫さんにこの地位を譲りたいと思います。そのほうが子供たちのためになります」


金田一

「いえ、羊さん。ここは逆の発想で意味を『夜更かしをしたいときに使う言葉』と言うことでどうでしょうか?」


司会

「いいですね。徹夜作業の時とか夜なべ仕事のときには重宝されそうですね」


「あ、それでしたらもう誇大広告とか言われませんよね」


司会

「それどころか徹夜の受験生には『羊を数えて大学に通った』なんて言われる日も来ますよ」


「それは嬉しいです!今日は来てよかったです。本当にありがとうございました」


司会

「羊さん良かったですね。今日は長らくの審議が続きましたので一時閉廷いたします。金田一先生ゆっくりお休みになってください。お疲れ様でした」


金田一

「いい審議ができて嬉しいです。お疲れ様でした」




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