第30話 猪


金田一

「はい、お次の方」


司会

「次は猪ですね。それでは猪さんどうぞ」


「今日は、よろしくお願いします」

小脇には丸めた大きなポスターを二つ抱えている。


司会

「はい、こちらこそよろしくお願いします。猪さんのことわざもたくさんありますが、今日の提訴はどのことわざですか?」


「はい、ズバリ『猪突猛進』と『猪武者』です」


司会

「初めてのダブル提訴ですね。本当は『一日一ことわざ』がルールなんですが両方ほとんど同じ意味ですから有効とします。一般的には『周りのことを考えずにひたすら突き進む』ことを言いますね」


「その通りです。なんか勇ましく聞こえますが、これって『愚か者』のようなイメージで極めて心外です」


司会

「たしかに『戦略無しの単純バカ』のイメージがありますね」


「はっきり言っていただきありがたいと思います」


司会

「すいません。ところで先ほどから気になっているのですが、何のポスターをお持ちになっていますか?」


「あ、これなんですが今年のある私立大学の学生募集のポスターなんです、是非見てください」


司会にポスターを手渡す猪。

受け取った司会がポスターを広げた。


「来たれ!『猪武者』!わが大学は一つのことに打ち込む学生を歓迎します! ○○大学」


司会

「あ、」


「もう一枚あります」


猪に渡された別のポスターを広げる司会。

笑顔のお姉さんが

「大好き!『猪突猛進』!キラリ光るあなたの個性! ○○大学」

と言っている。


司会

「あ、」


「わかりましたか?この100年間で人間の価値観が変わりました」


司会

「そうですね、なんか『一生懸命一つのことに没頭する』とか『一芸に秀でる』いい意味に使われていますね」


「はい、ですから今日の提訴内容はことわざはそのまま据えおいて意味の変更をお願いしたと思っております」


司会

「はい、よくわかりました。それでは金田一先生よろしくお願いします」


金田一

「いやー、変われば変わるものですね。猪さんがおっしゃる通り、私ども人間界ではかつては大学受験でも5教科7科目を満遍なくいい点数を取る学生が優秀とされていました」


司会

「私も高校時代は相当そのプレッシャーがきつかったです。文系だったんですが微分積分が分からず投げました」


金田一

「しかし現代の大学は『英語』だけでもOKの大学も出てきましたね」


司会

「いえ、金田一先生このポスターをよく読むとなんと試験は『面接』だけです。注意書きとして自分の1番得意な特技を熱く語れる人と書いてます」


「時代はもう完全に『ゼネラリスト』重視からからオンリー・ワンの『スペシャリスト』重視に変わりましたね」


司会

「そういう意味では猪さんの時代が到来したことになりますね」


「はい、待った甲斐がありました」


金田一

「それでは明日からはこうしましょう!二つのことわざの頭に『時代は』を付けます」


司会

「なるほど、『時代は猪武者!』と『時代は猪突猛進!』になりますね。なんかいきなりカッコいいですね。一言でことわざって変わるものですね。猪さんいかがですか?」


「いや、最高ですね。今までの『愚直に突進する』悪いイメージから脱却できますね」


金田一

「では、明日から施行します」


「はい、是非よろしくお願いします」





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