第16話 虎

金田一

「さて、次の方」


司会

「次は虎ですね。それでは虎さんどうぞ」


「今日はよろしくな」


司会

「さすがは虎さんですね貫禄があります。入ってきた途端に会場内はしんと静まりかえっています」


「そう言わず、お互い緊張感抜きでやりましょう」


司会

「ありがとうございます。あ、虎さんちょうどいい。先ほど狐さんが来られて『虎の威を借る狐』を提訴されたのですが実は委任状に不備がありました。事後承諾になりますが認可されますか?」


「ほう、このことわざがどう変わることになったのかな?」


司会

「はい、全く逆で『虎の威を借りない狐』となりました。意味は『小さいからゆうてあんまりみくびったらあかん』ことの例えです」


「はっはっは!それは狐さんらしい!いいですな。ワシのほうは全く問題はない」


司会

「そ、そうですか。それを聞いて安心しました」


「事実、狐さんはワシらの威を借りに来た事は今までに一度も無いからな。何にでも化けれる狐さんは必要時にはワシらに化けていたのであろう。このことわざは実はワシも前から気にはなっていたんだ」


司会

「ご理解いただきありがとうございます。では狐さんの提訴は虎さんの事後承諾ということで有効とします。ありがとうございます。さて、虎さん。今日はどのことわざの見直しを提訴されますか?」


「なんと言っても『虎穴に入らずんば虎子を得ず』だな」


司会

「一般に『大きなリスクを負わないと大きな収穫はない』ことの例えですね」


「そうだ。かつては確かにそうだった」


司会

「え、かつてということは今は違うのですか?」


「ああ、ここ百年間で我々虎の教育界も御多分にもれず『バイリンガル』の波が押し寄せてきている」


司会

「ば、バイリンガルですか。あの何ヶ国語を話せるという?」


「そうだ、だから現在の虎社会では自分の子供たちを小さい時から海外の学校に行かせるのが大流行になっている」


司会

「そうなんですか?」


「どうやらうちの家内が言うには語学だけは幼少時から習わすのがいいらしい。ワシの家も長男はロンドン、次男はニューヨーク、長女がオーストリアに語学留学させている。正直、金がたくさんかかってかなわん」


司会

「事情はよくわかりました。それでは今日の提訴内容をお願いします」


「要するに今の御時世『せっかくリスクを負ってワシらの穴に入っていただいても残念ながら虎子はいない』ということを提訴したい」


司会

「それはそうですね。虎子はみんな海外在住ですから折角リスクを負ったのに入った人は全くの無駄骨になりますね」


「そうだ。だから折角危険なワシらの穴に来てもガッカリさせたくないからあらかじめ言っておく必要があると思ってな」


司会

「わかりました、わざわざお気遣いありがとうございます。それでは金田一先生よろしくお願いします」


金田一

「はい。この百年で虎さんの世界もインターナショナル化してることがよくわかりました。つまり現在は家の中には奥様と二人きりということですね」


「そうなんだ。子供がいないから夫婦間の会話が増えるかと当初は思っていたが家内の言うことは毎回『しっかり学費を稼げ』ばかりでワシのことを単に『集金マシン』にぐらいにしか思っていない。正直、辟易している」


金田一

「そうなんですか、全く同情を禁じ得ないですね。あ、ことわざの方は虎さんの提訴を受け入れて明日からは頭の句を変えますね」


「なるほど、どのようになるのかな?」


金田一

「ズバリ『海外に行かずんば虎子を得ず』ではいかがでしょうか?」


「いいですな。まさに実情がその通りですから。で、意味のほうは?」


金田一

「意味は『今までと同じことをやっていたのでは大きな収穫はない』とします」


司会

「先生それいいですね。早速明日からビジネスマンに広く使われそうですね」


「ゴロもいいし、意味も今風でいいな!よし納得した!」


司会

「よかったですね虎さん」


「ありがとう、非常に有意義な時間だった。また百年後に来るよ」















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