残酷でも生きることは尊きことなり
またたび
残酷でも生きることは尊きことなり
「死んでやるっ!」
「ダメです、そんなことをしては!」
崖。一人の男がいた。
「えっ……?」
「お願いですから飛び降りないでください! 命は大事にすべきですよ!」
「いや、その……」
「生きることは素晴らしいことですよ!」
「そんなわけないだろっ! 生きることは残酷だ、悪夢だ、地獄だ!!」
崖。一人の男が大きな声で叫んだ。
「何故そう思うのです……?」
「それをあなたが聞くんですか! まあいいです、教えますよ、人は儚いからです! どうせ死ぬ、どうせ別離する、どうせ失う! 身を以て実感しました! この世界は最悪です! 生きる意味など皆無に等しい!」
「そんなことありません!」
「いやたとえ誰がどう言ってもこれは覆せない! 生きることは残酷だ!」
「なら聞きます」
「……ええ、どうぞ」
崖。一人の男は渋々呟いた。
「仮に生きることに意味がないと言うのなら、あなたは生まれたことに対しても、意味がないと思っているんですよね……?」
「まあ」
「ならば! あなたはこれまでの人生で、大切だと思った人や出会えて良かったと思う人は一切いなかった、ということですよね?」
「えっ、いや、その」
「ですよね……?」
「そ、それを僕に言わせるんですか!? あなたは意地悪……いや、残酷な人ですね!!」
「否定するんですか? 出会って良かったと思える人が一人でもいるのならば、生きたことや生まれたことに少しくらいは意味があると思いますが」
「ぐぬぬ」
「生きることの尊さが分かったのなら、そんなところにいないで早くこちらに来てください」
崖。一人の男はまだその場にいた。
「ほら、早く! そんなところにいたら危ないですよっ!」
「なら僕も聞きたいことがある」
「……なんでしょうか」
「君は誰だ。少なくとも僕の知ってるのじゃない」
「私は私です、それ以外なんとも」
「信じないぞ、そんなの。もっと安心できる情報をくれ」
「情報も何も……そのまんまです! 私を疑うんですか? 私はただ!! あなたを助けようとしてるだけなのに!」
「君は僕の気持ちなど知らない。挙句、変な夢でも見てるみたいだ! 何故っ!? 何故神はこんな仕打ちを僕に与えるんだ! お願いだから死なせてくれっ!!」
「そんなこと、私がさせません!」
「んなことを言われたって、生きることに僕はもう、希望を持てないんだ! ならせめて早く死なせてください! 死後の世界とやらに行かせてくださいよっ!」
「死後の世界があるとは限らないでしょ!? そんな世界より今確かにあるこの世界をちゃんと生き抜いてくださいよっ!!」
「死後の世界なんて僕も信じてなかった……だけど、さっき確信した、死後の世界は存在する。だから早く大切な人に会わせてくれっ!」
「大切な人ならもう会ってるでしょ!? 何故そうも死後の世界に行きたがるんですか! この世界にだって大切な人はいるでしょ! お母さんとかお父さんとか!」
「僕は幼少期から天涯孤独ですよ! 死後の世界の方がむしろ大切な人は多いです!」
「なっ……!? し、知らなかった」
「そりゃあそうですよ。誰にも話しませんでしたから」
「でもだからって!」
「もう一番大切な人も死んでしまった……。確かに良き友人はいる、この世界にだって大切な人はいる。でも、それでも、一番大切な人を失ったのなら、もうこの世界に意味なんてないっ! 生きることは残酷だっ! 生きることは別れだっ! ならば何故生きることに執着するっ!?」
「……」
「もう嫌なんですよ。思い焦がれたまま、何も伝えられないのは。永久に届かない一方通行な言葉を紡ぐのは……」
「……」
「きっとあなたなら分かってくれるはずです。仮にもその姿ならば」
「……」
「では、もう僕は崖から落ちますね。ようやくこれで君の元に……」
崖。一人の男が歩いていく。
「ダメですっ!!」
「……えっ?」
崖。一人の男が振り返る。
「やっぱりダメですっ! どんなことがあろうと、自ら生きることを放棄するなんてダメですっ!」
「……何故だ? 理由を教えてほしい。納得できる理由があるのなら、教えてほしい」
「正直に言いますと、ちゃんとした理由なんてありません。そして、私にそんなことを言える権利なんてないんです……!」
「……」
「でも私は思うんです。あなたに生きていてもらいたいんです、それしか理由はありません! 生きててほしいんです、たとえそれであなたが苦しんでも、私が苦しんでも、それでもっ……私はあなたに生きててほしいんです!」
崖。一人の男が一人呟く。
「君は本物なのか……? やはり、そうなのか? 僕は君を信じていいのか……?」
「ええ、もちろんです。私はようやく命の尊さを知りました。だからこそ、自分の大切な人に死んでほしくないのです。たとえ、それが『私に会いたい』という理由であったとしても……!」
崖。一人の男が涙を流しながらその場にうなだれた。
「……君は、なぜ、私に会いに来てくれたんだ?」
「簡単なことです。好きだからですよ」
崖。はたから見れば、一人の男が一人でずっと喋ったり動いたりしてるように見えただろう。
でも、彼には分かった。
彼女がそこにいることが。
そして、彼女は願った。
彼にも死んでほしくないと。
「……ありがとう。私、あなたに会えて幸せだった」
「別れみたいなことを言うなよ……せっかく幽霊になってまで、君は僕に会ってくれたんだから」
口では言った。でも本当は分かってる。
彼女はもう消える。
彼が微かな希望を持ってる……。
しかし彼女は残酷に告げる。
「もう私は消えます……。あなたが死ぬのを止めたくて無理したんです。この話の続きはいずれまた、死後の世界で……」
「冷たいことを言うなよ」
崖。男は涙が止まらない。
「でもいつかは会えるから。それまでは……つらいことを言うけれど、頑張って生きててほしい。あなたには生きててほしい。『残酷でも生きることは尊きこと』だから」
崖。男は覚悟を決めて笑う。
「分かったよ、もう僕は死なない。強く生きるから。だから笑ってさよならをさせてくれ、そしていずれまた、笑って再会を果たさせてくれ」
生きることは実に残酷で。
いやでも人は別れ、傷付いての繰り返し。
それでも一瞬の出会いと心を切望する。
そんな儚い生き物が僕らならば。
もうどうしようもないだろう……。
「もう死のうなんて思わない?」
ならば強く生きてやろうじゃないか。
死後の世界がたとえどんな夢に溢れても。
ついつい嫉妬してしまうくらい。
強く健気に真面目に尊く。
生きることは素敵だと言い切ってやろう。
「……ああ、もちろん。僕が死のうと思ったのは君のせいだ、なのにその君から死ぬなと言われたら、もうどうしようもないよ」
ラスト一秒前まで笑ってやろう。
ラスト一秒前まで望んでやろう。
ラスト一秒前まで愛してやろう。
「「ありがとう……さよなら……」」
残酷でも生きることは尊きことなり
残酷でも生きることは尊きことなり またたび @Ryuto52
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます