3.ランスベル ―盟約暦1006年、冬、第10週―

 自分が寝ていたことに驚いてランスベルは目覚めた。まだ船に乗ったまま、がっくりと頭を垂れて自分の足元を見つめている。ぼんやりと光を放つ〈竜の灯火〉もそこにあった。


 気をつけろってギブリムに言われたのに――苦々しく思いながらランスベルは〈竜の灯火〉を拾って鞘に納める。落とし様によっては船底に穴を開けていたかもしれないのだ。


 周囲を見渡すと、夜明け前を思わせる薄明の中、白い霧に覆われた地平が延々と続いている。船は浅瀬に乗り上げたようになって止まっていた。下を見ると、水底から生えている草が揺らめいている。


 ランスベルは恐る恐る足を出して、深さを確認してから船を降りた。


 何もない霧の平原。ここが〈竜の聖域〉なのだろうか――見回すと、盛り土のようにこんもりした影があった。他に目印になるものもないので、ひとまずそこを目指して歩く。


 近付くにつれて、それが何か分かってきてランスベルは目を見開いた。身を丸めてまどろむドラゴンだ。


 地平の彼方より光が差して、その身体を覆う白銀色の鱗がきらりと輝き、ドラゴンはゆっくりと目を開いた。最初は寝起きのようにぼんやりしていたが、やがてはっきりと、赤く輝くルビーのような瞳でランスベルを見つめる。


『君は……人間だね?』


 ドラゴンは――当然だが――竜語で問うた。子供のような幼い声に聞こえる。


 ドラゴンにはあらゆる言語が通じるはずなので、ランスベルは母国語であるファランティア語で答えた。


「私は金竜騎士ランスベルと申します。最後の竜騎士として〈竜珠ドラゴンオーブ〉を届けに来ました。ここが〈竜の聖域〉ですか?」


『うん。ようこそ、えーと、ランスベル。僕のことはレダって呼んでよ』


 そう言いながら、白銀のドラゴン――レダはゆっくりと翼を広げ、伸びをするように四肢や翼、長い首と尾を突っ張らせた。ブラウスクニースより二回りは小さい。


『うーん……君を待っていて、うとうとしちゃったみたい』


「ごめんなさい。すぐにここへ向かえば良かったのですが……」


 ブラウスクニースの死を知ってからここで待っていたのだとすれば、半年近くも待たせてしまった事になる。しかし、レダの物言いからはそんなに長い間待っていたような雰囲気は感じない。


 白銀のドラゴンは赤いルビーの瞳でランスベルを覗き込んだ。その目は興味津々という様子で、子供っぽさが感じられる。


『……長いようで短かったね。さ、僕の背に乗って。君をお父さんとお母さんのところへ連れて行くように言われてるからさ』


 ランスベルは言われたとおり背に乗ろうとしたが、レダは立ち上がったままだ。


「あの……申し訳ないのですが、頭をもっと下げてもらっていいですか? あと、腕に足をかけさせてもらっても大丈夫でしょうか」


 ドラゴンは誇り高い生き物なので怒るかもしれないと思ったが、レダは素直だった。


『あっ、ごめんね。人間を乗せたことないから』


 そう言って姿勢を低くしてくれたので、ランスベルはレダの腕に足をかけて首の付け根に跨る。


「ありがとうございます」


『じゃ、いい?』


「はい、どうぞ」


 ランスベルが答えると同時にレダは地響きを立てて助走し、地面を蹴って飛び上がった。激しい上下運動で振り落とされそうになり、ランスベルはレダの首にひしとしがみつく。レダは力強い羽ばたきを繰り返して、風に乗れる高度までぐんぐん上昇した。


 ランスベルにとって現実でドラゴンに乗るのはこれが初めてであった。夢の中のブラウスクニースよりも乱暴で竜鞍もないため落ちそうで怖い。しかし何事もなく、やがてレダの姿勢は安定した。


 周囲を見回す余裕もできて下に目をやると、霧の平原に良く知る動物の群れがいる。


「えっ、あれは鹿?」


 思わず口から出た言葉に、白銀のドラゴンが反応した。


『そうそう。外の世界にも鹿はまだいるの? この世界ではいくら狩っても不滅だけど、外の世界の生き物は死んだらいなくなってしまうんでしょ?』


(死んだら、いなくなってしまう……か)


 ランスベルはそんな事を思いながら、答える。


「鹿はまだたくさんいます」


『そっかー』


 やがて前方に、石のようなもので造られた三重の輪が水平に浮かんでいるのが見えてきた。宙に浮いているのではなく、柱によって支えられていて、円は外側のものほど高く大きくなっている。輪と輪の間は、王都の幹線道路くらいの幅がありそうだ。まだ距離があるにも関わらず、そうした構造がはっきり見えるほど巨大な建造物である。


『着地するよ』

 そう言って、レダは高度と速度を下げ始めた。


「はい」と答えて、ランスベルは再びドラゴンの首にしがみつく。


 着地は離陸よりも乱暴で、どん、どん、どん、と何度か足をつき、最後には地面を削って滑りながら停止した。その間ランスベルの身体は上下に激しく揺さぶられ、レダの身体にがんがん叩きつけられる。


 ランスベルはすぐにドラゴンの背から降りた。ずっと全力でしがみついていたのに、手足は痺れてもいない。身体を叩きつけられた痛みもないし、目を回してもいない。何かが麻痺しているような違和感。しかし、不快ではない。


 ランスベルが不思議に思っていると、レダは先に歩き出した。


『こっちだよ、歩いて入らないと怒られるの』


 白銀のドラゴンを追って、ランスベルは目の前にそびえる巨大な柱と輪のような天井を見上げながら、その建造物の中へと入っていった。巨大な柱の間を抜けた中心には円形の石舞台があり、そこに二体の巨大なドラゴンが待っている。


 二体ともブラウスクニースより遥かに大きく、レッドドラゴン城にあった竜舎よりも大きい。今は翼を畳んでいるが、広げれば城壁のようであろう。


 左に佇むドラゴンはレダに似た鱗を持っていた。鏡のようにぴかぴかで、昇ってきた日光を反射して眩しいほどだ。金とも銀とも言えるような輝きで、良く磨いた銅のように赤みが差す部分もあり、何色とは言い難い。強いて言えば金属色であろうか。


 右のドラゴンの体色は黒く、たてがみや髭のように見える体毛は白だ。左右で瞳の色が違っていて、冬の空のような青と、深い森のような緑である。


 その佇まいから、ランスベルはレッドドラゴン城の大広間に立つ王と王妃を連想した。


 自分よりもはるかに巨大な相手に対して適切な距離が分からず、ランスベルは石舞台の手前で立ち止まる。レダは石舞台に上がって、二体のドラゴンに告げた。


『ランスベルを連れて来たよ』


 黒竜は頷き、金属色の竜も同様に頷いてから口を開いた。声も口調も、母親のようである。


『ありがとう、レダ。私たちは彼と大事なお話があるのだけれど、あなたはどうする?』


『んー、僕はいい』


 レダは振り向いてランスベルを見る。

『後でまた話せるよね。一緒に遊べる?』


 ランスベルが答えに困っていると、金属色の竜が代わりに答えてくれる。


『レダ、ランスベルはまだ事情が分かっていないの。でも、きっと後で遊んでくれると思うわ』


 金属色の竜が目配せしたのに気付いて、ランスベルは慌てて「ええ、また後で」とレダに答えた。


『約束だからね!』


 レダは翼を広げ、助走して跳躍した。頭上の三つの輪を次々と踏み台にして一気に空高く飛翔する。


『こら、それは駄目だと言っただろう』と、黒竜が吼えた。


『だって、ちょうどいいんだもの』

 レダはそう言い残して、逃げるように飛び去った。


 二体のドラゴンとランスベルは少しの間、その姿を見送ってから向き合う。ランスベルは兜を脱ぎ、脇に抱えて膝を付いた。


「私は金竜ブラウスクニースと契りし竜騎士、ランスベルと申します」


 他のドラゴンに対する挨拶を思い出しながら頭を垂れる。もちろん、実際に口に出すのは初めてだ。金属色の竜の声が頭の上から響いてきた。


『ご丁寧にどうもありがとう、ランスベル。私はアーメイラー、彼はスヴァースと言います。私たちは最古のドラゴンのうちの二竜で、この聖域を創造した者です』


 ランスベルはますます恐縮して頭を垂れる。

「それは……その、なんとお呼びすればよいでしょうか」


 王妃と王か、それとも神か創造主か――ランスベルがそんな事を考えていると、金属色の竜アーメイラーは優しい声で答えた。


『名で呼んでください。礼を尽くしてくれるのは嬉しいのですが、人間社会の基準で考える必要はありません。それに、あなたは私たちにとって恩人です。顔をお上げなさい』


 そう言われてもランスベルはすっかり恐縮していたので、そのまま腰の皮袋から〈竜珠ドラゴンオーブ〉を取り出して両手で捧げ持ち、差し出した。


「盟約に従い、最後の竜騎士となりました私が〈竜珠ドラゴンオーブ〉をお持ちしました」


『ああ……私たちの子らが帰ってきた』


 その声は王妃ではなく、ましてや神でも創造主でもなかった。それは泣きそうになるくらい、母親のものだった。


 ふっ、と〈竜珠ドラゴンオーブ〉が浮かび上がり、ランスベルも自然に顔を上げる。〈竜珠ドラゴンオーブ〉は石舞台の中心まで飛び、そこで弾けたように様々な色の光を放った。


 光は流れる星のように尾を引いて、縦横無尽に周囲を飛び回る。その一つ一つがランスベルの身体を通り抜けていく一瞬ごとに、たくさんの記憶と感情が心の中に溢れた。それは理解する間もなく過ぎ去ってしまい、捉えどころがなかったが、ランスベルの感情を圧倒する。


 無限にも一瞬にも思える時間を経て、光たちは消えてゆき、最後の光が消えると透明になった〈竜珠ドラゴンオーブ〉は床に落ちて割れた。その音で我に返ったランスベルは、自分が涙を流しているのに気付いて指で拭う。


『本当にありがとう、ランスベル。我が子らの想い、全て受け取りました』


 アーメイラーはゆっくりと、閉じた目を開きながら言った。その瞳は涙で潤んでいるようにも見える。


『ブラウスクニースが選んだ最後の竜騎士があなたで良かった……あの子の選択は正しかった』


 それはランスベルにとって、この上ない労いの言葉であった。ブラウスクニースの期待に応え、パーヴェルとの約束を果たし、使命を全うしたのだという実感で胸がいっぱいになる。顔を伏せて胸に手を当て、その言葉をゆっくりと飲み込んでから、それでもランスベルは謙遜した。


「……いいえ、僕はただ、ドラゴンと歴代の竜騎士たち、エルフのアンサーラ、ドワーフのギブリム、それに旅の途中で出会った人々に助けられて、ここまで送り届けてもらっただけです」


 黒竜スヴァースが威厳に満ちた低い声を響かせる。


『そなたら人間にとっては強大な力である〈竜珠ドラゴンオーブ〉を自らのために用いず、自ら望んで交わしたわけでもない盟約のために、自身の全てを犠牲にしてここまでやってきてくれた……その行為の尊さに、我は感銘を受けている。あの盟約の時、人間を信じたドラゴンたちは正しかったのだと、そなたは証明してみせた』


 スヴァースの言葉に頷いて、アーメイラーが続く。


『〈竜珠ドラゴンオーブ〉の力は有限ですが、あなたたち人間にとっては無限にも等しい。その気にさえなれば、天地を操り、敵対する者全てを滅ぼし、味方を死より救い、神として〈竜珠ドラゴンオーブ〉の力尽きるまで世界に君臨する事もできた。〈竜珠ドラゴンオーブ〉と繋がっていたあなたなら、それに気付いたはず。それでもあなたは、私たちの元へ届ける事だけ考えてくれた』


 ランスベルは首を左右に振った。


「それはただブラウスクニースが……ドラゴンが正しいと信じていたからです。旅を通じて僕は自分の弱さを知りました。そんな自分に、正しい行いができるとは思えなかったのです。それで、唯一正しいと信じられるものに従っただけです」


『それでも、ランスベル。あなたがここまで来てくれなければ、全ては無に帰したでしょう。私たちはあなたの行為と払った犠牲に酬いるべきだと考えています。何でもお言いなさい。私たちにできる事なら、叶えてあげましょう』


「えっ、僕、いや私……ですか?」


 アーメイラーからの予想外の申し出に、ランスベルは思わず聞き返した。


『ええ。あなたが望むなら、あなたの故郷を襲っているアルガン帝国をエルシア大陸ごと焼き尽くしてあげましょう。あなたの兄の死に関わる帝国の魔術師だけを滅ぼすこともできます。死んだ兄を生き返らせる事も、もちろん可能です』


 ランスベルは目を丸くした。慈悲深い母が、突然、破壊神に豹変したかのようであった。それに、兄さんを生き返らせる事もできる――それが最もランスベルの心をかき乱した。〈竜珠ドラゴンオーブ〉の力を使えば、できるかもしれないと考えた事は何度もあったのだ。


「そんな……そんな事をしてもらえるほど、僕自身は大した犠牲を払ってはいません……」


 狼狽したままランスベルが呟くと、アーメイラーは諭すように語り始める。


『あなたは自分の払った犠牲がどれほど大きいものか、理解していません。かつて〈竜の聖域〉は開かれていて、実在界と――あなたの生まれ育った世界のことですが、行き来することもできました。しかし今や〈竜の聖域〉は閉ざされ、再び開く事はありません。これを覆せば、世界の理を破壊してしまうかもしれない。ですから、あなたはもう実在界に帰る事はできないのです。それは実在界においてあなたは死んだのも同然という程度の意味ではありません』


 〈竜の聖域〉に行けば戻って来られないとブラウスクニースから聞いていたので、ランスベルにとっては覚悟あっての事である。


「僕一人の命と、兄の命を交換、というなら分からなくも無いですが、帝国の人たち全員と吊り合うとは思えません……」


 アーメイラーは両腕を広げて言った。

『これが世界です』


 その言葉と共に、大きな光の玉が現れる。ランスベルは眩しさに目を細めた。


『一つ一つは小さな命の輝きが、このように世界を形作っています。ここから人間の命だけ見えるようにしましょう――この辺りが、ファランティアです』


 光の玉は急速に輝きを減らして、その輝きが小さな光の集まりだと視認できるほどになった。アーメイラーがファランティアだと言った場所には光が集っている。おそらく一際、光が集まっている場所が王都であろう。


 そこから東に向かって点々と小さな光の集まりがあって、王都ほどではない光の集合に至る。そこがホワイトハーバーだと分かると、ランスベルにもはっきりと、それがファランティアに見えてきた。


『今、ファランティアの王都では人間同士の殺し合いが行われています』


「王都が戦場に!?」


 ランスベルは身を乗り出してよく王都を見た。小さな光は強くなったり、弱くなったり、明滅しながら消えていく。


『もしあなたの光がここに加わっていたら、また違った形になっていたかもしれない。命は世界そのものであり、数多の命が直接的に、間接的に、影響し合って世界の形を作り上げています。そして命は発生と消滅を繰り返しながら、世界を受け継ぎ、新たな形に変え続ける――。あなたの払った犠牲はね、ランスベル、あなたの命の先にあったかもしれない何千、何万という無数の命と、その命たちが形作ったかもしれない新たな世界の可能性。その全てなのです』


 ランスベルはしばらく考え込み、アーメイラーの言葉を理解しようと努めた。しかし、結局は首を横に振った。


「やっぱり、僕には自分にそれほどの価値があるとは思えません。僕に世界を変えるなんてできなかったと思うし、僕が世界から消えてしまっても大した影響なんてないと思います」


『いずれ、あなたにも分かるでしょう。永遠を生きる私たちにとって、未来の可能性は現在と等価なのです。しかし残念なことに、それを待つ時間も、ゆっくり考える時間もありません。これはあなたが実在界に干渉できる最後の機会であり、奇跡のようなものです。実在界で時間が経過すればするほど、与えられる影響力は小さくなってしまいます』


 パーヴェルがやってきたあの雨の日以来、ランスベルの願いは盟約を果たす事だった。それはすでに叶っている。


 パーヴェルに出会う以前のランスベルの願いは、家を飛び出して別のどこかへ行く事であったから、それもすでに叶えてもらった。家どころか世界そのものから飛び出してしまったが――。


「兄だけでなく、両親も生き返らせられますか?」


 ランスベルの問いに、アーメイラーは頷いた。


『ええ、もちろん。ただ、あなたの両親はまだ死んでいません』


「えっ!?」


『確かに、あなたの両親は生きています。今のところ、危機的状況でもありません』


 両親は以前からアルガン帝国に加担していて、しかも帝国に魔術師が存在することも知ってしまった。だが、逆に言えばそれだけだ。大した脅威にはならないと放置されている可能性もある。戦火が王都に及んでいるとなれば、なおさら後回しだろう。


 ならば兄を生き返らせてもらえば元通りになる――そんなふうにランスベルは思った。しかし兄が生きて戻れば、帝国の魔術師の興味を惹いてしまうのではないか、という懸念もある。


 それに、それは単なる自己満足ではないか、罪悪感から逃れたいだけではないか、という気もした。旅の間にランスベルが関わった死は兄だけではない。そしてランスベルとは全く関係ない所で失われていく命も無数にあるのだ。


 ランスベルは迷って、アーメイラーが見せてくれた世界に目を向ける。奇跡を起こせるならば、むしろこの戦いを止めるべきかもしれない。だが、ランスベルにはその方法が分からない。思い付くのは、帝国兵を皆殺しにするとか、皇帝を殺すとか、そういう乱暴なものしかなかった。


 明滅し、消えていく命の光をじっと見つめたまま、ランスベルはこの旅の間に何度も感じた無力感に苛まれる。たとえアーメイラーの力を借りても、その力を使うのが自分である以上、何もかもを救う事はできないだろう。


(結局、僕にできる事なんてたかが知れている……あっ、そうか。だから僕が何をしたいか、なんだ)


 その時、ランスベルは自分にしかできない事が残っているのに気付いた。もし、やり残した事があるとすれば、それしかない。ランスベルは決心した。


「アーメイラー様。決めました。もしも奇跡が起こせるなら、僕は――」



 ――アーメイラーとスヴァースに暇を告げて霧の平原に歩み出たランスベルは、驚きに目を丸くした。かつてレッドドラゴン城の竜舎で毎日のように目にしていた、身体を丸めて眠る金色のドラゴンがそこにいたからだ。


 ランスベルが歩み寄ると、金色のドラゴンはゆっくりと目を開き、冬の空を思わせる青い瞳でランスベルを捉える。


『これは、一体……』


 金色の体毛を揺らせて、首をもたげたブラウスクニースは驚いたようにそう言った。


『まさか、わしの復活を望んだのではあるまいな?』


 ランスベルはまたブラウスクニースと話せる嬉しさに、こみ上げる涙を堪え、首を左右に振る。


「ううん。それも考えたけど、ブラウスクニースなら、そう言うだろうと思って」


 ブラウスクニースはしばしランスベルを見つめた。二人の絆が心を再び繋げて、お互いの思考を共有する。


『……なるほど、そういうことか。であれば、これは母の気遣いであろう』


「うん、きっと、そうだね」

 ランスベルは無理に笑顔でそう言った。涙が一筋、頬を伝う。


 想いは口にしなくてもブラウスクニースに伝わる。その証拠に金色のドラゴンは翼を大きく広げ、努めて声を張った。


『では行こう、我が騎士よ!』


「うん!」


 ランスベルが背に乗りやすいようにブラウスクニースは身体を傾けて低くした。かつて夢の中で何度もそうしたように、ランスベルは金竜の背に飛び乗る。


 最後の竜騎士を乗せた金竜ブラウスクニースは助走をつけて飛び上がり、ぐんぐん速度と高度を増して、まるで黄金の矢のように聖域の果てを貫いた。

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