13.ニクラス ―盟約暦1006年、冬、第10週―

 扉を破って破片を撒き散らしながら、ニクラスは転がるように回廊へ飛び出した。マイラの助けを求める声が聞こえたような気がして、慌てて起き上がり、走る。


 中庭に出ると、そこにいた侍女や召使いたちが一斉に悲鳴を上げた。皆、ニクラスの知っている顔ばかりだ。彼女たちは突然現れたニクラスを敵と勘違いしたのだ――と、思ったが違った。


 彼女たちの視線の先には一人の女性が倒れている。侍女長のウィルマだ。そして、アデリンが無理やりマイラに何か飲ませようとしている。


 それが何なのか、ニクラスには分からない。

 だが、マイラを助けなければ、という思いでニクラスは突進した。


「やめろぉー!」


 アデリンはマイラに飲ませた後、自らは瓶の口から直接飲んでいる。相手が国王だという事も忘れて、ニクラスはアデリンを突き飛ばした。


 地面に倒れたマイラの頭を持ち上げる。顔は苦しそうに歪み、喉から赤黒く変色していく。


「なんだ、何を……毒か!?」


 誰にとも無く、怒鳴るようにニクラスが問いかけると、周囲にいた女の一人がこくこくと首を縦に振った。


 ニクラスはマイラの身体を横にして口を開かせ、指を突っ込もうとしたが、戦闘用の革手袋は指が独立していないので入れられない。泣きそうになりながら急いで手袋を外して投げ捨て、マイラの喉に指を入れる。


 げぼっ、とマイラがワイン色の液体を吐き出した。

 腰の水袋を取り外し、マイラの口中を水で洗いながら、何度も吐かせる。


 しかし、マイラの顔色はどんどん青白くなっていった。呼吸が浅くなり、ぐったりとしてくる。


「マイラ、マイラ!」


 呼びかけながら、頬を軽く叩いても、マイラはぴくりとも反応しない。


「そんな……嘘だろ……?」


 ぽたぽたと涙が零れ落ちても気にせず、ただ死にゆくマイラに届く事だけを願って、ニクラスは告白した。


「俺は、お前が好きだ、マイラ。ずっと前から……子供の頃からだ。王都に来たのだって、お前を追っかけて来たんだぜ。城に残ったのだって、お前が残ったからなんだ。恥ずかしくて今まで言えなかったけど、もっと早く言っておけば良かったよな。俺、臆病だからさ……でも、やっと言えたのに、なのに……なのにさぁ――」


 それ以上は、嗚咽が堪えきれず、言葉にならなかった。

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