10.ブラン ―盟約暦1006年、冬、第10週―

 大広間の上座で、ブランは肘掛に腕を立てて顎を手で支え、ハイマンの背中を見下ろしていた。これまで指揮を執り続けてきたハイマンであるが、事ここに至って黙り込んでいる。待たされている伝令たちは目を泳がせて不安げだ。


(お前はなかなか良くやった)


 ブランは心の中でハイマンを労ってやった。


(まともな……いや、勝てる主君に仕えられなかったのは不運だったな)


 まるでブランの心の声が聞こえたかのようにハイマンは振り返り、一瞬、両者は視線を戦わせる。


「ブラン上位王、私は正門で直接陣頭指揮を執る」


 ハイマンの言葉には険がこもっていた。彼がとうにブランの思惑に気付いているのは分かっている。だが、お前は愚直に戦い続けるしかあるまい――ブランは心中でそう言いながら、口では「うむ、それが良かろう」と答えた。


 ハイマンは踵を返し、大広間にいるファランティア兵に付いてくるよう命じながら出て行った。ハイマンと入れ違いに、北方人の若者が大広間に入ってくる。ブランの前で敬礼してから若者は口を開く。


「上位王、揃いました」


「ん、そうか」


 ブランは立ち上がり、毛皮のマントをばさりと肩の後ろにやって上座から下りた。そのまま大広間を出て、階段を下り、使用人が使う裏口から外に出る。そこは大塔グレートタワーと東棟の間で、頭の上には二階同士を繋ぐ渡り廊下がある。


 城内のファランティア兵は声を掛け合いながら正門に向かっていた。漏れ聞こえるところによるとハイマンの指示らしい。他の二門を封鎖して戦力を集結させるつもりだろう。


 ブランは北方人の若者を伴って、南の正門に向かうファランティア兵とは逆に、北へ向かって歩いた。


 ちょうど竜舎の西側付近の、人気の無い場所に五人の戦士長が待っている。彼らの足元には五つの首が転がっていた。


 五つの門に派遣した戦士長は、それぞれブランの言い渡した任務を果たしたようだ。それは良いのだが、ブランはレスターの小賢しさが残念だった。


 サイラスの後継者を気取るなら白竜門から堂々と入って来るべきだ。それも門を落としてすぐに。五人の影武者を用意するなど、全くの予想外というわけではないが、期待した動きではない。ともあれ、「よくやってくれた」とブランは五人の戦士長を労った。


「さて、それではどいつが本物か見てみるかな」


 サイラスだけでなくレスターも当然、子供の頃に会ったきりだ。しかもほとんど印象に残っていないので、ブランはレスターの近影については伝聞でしか知らない。それでも五人中三人は確実に別人であった。この影武者が急遽仕立て上げられたものだというのが分かる。


 残りの二人は伝え聞いたレスターの特徴を持っていて、正直なところ、どちらでもレスターだと言われたら信じてしまうほどであった。


 ブランは二つの首をじっと見つめて考えた。


 大広間の地図上で見た帝国軍の動きを思い出す。他の門を放棄してでも正門に戦力を集結させる、というハイマンの判断はやはり正しい。五人の影武者と遅い進入――それで、ブランは確信した。


「こいつらは全員レスターではない」


 五人の戦士長は驚いたが、ブランの判断に異を唱える者はいない。何かを言いかけた者もいたが、ブランが放つ怒りの気配に口をつぐむ。


 戦士長はいずれも人並みはずれた戦士だが、ブランの怒りに触れたいと思う者はいないだろう。


 確かに、ブランは怒っていた。相手を甘く見ていた自分自身に対して。


 仮にレスター本人を討ち取っていたとしたら、敵軍の動きに混乱が無さ過ぎるではないか。


 相手の策はおそらくこんなところだろう――ブランがレスター個人を狙っていると見抜き、王都に入って来るのを待ち伏せていると予測して影武者を用意する。影武者の投入時期が、すなわちブランの初動であるから、それを遅らせればブランを動かさずに時間が稼げる。つまり、敵はもうブランを王都に閉じ込めるべく動いている。


 レスター本人は今頃、白竜門からブレナダン通りを正門に向かっているに違いない。これから始まる正門での最終決戦は小細工無しの正攻法で行われるはずだ。そこで陣頭指揮を執り、華々しく勝利を飾れば、後方に隠れていたとか、戦場に遅れて参じたという印象は残りにくい。


 しかし、これをレスターの策だとするには違和感があった。ブランはサイラスとレスターのこれまでの戦いを一通り調べてある。レスターは基本的にサイラスのやり方を踏襲しているに過ぎない。だが、この策はサイラス的ではない。


 ならば誰が――と考えた時、真っ先に思い浮かんだのはテッサニアのロランドだった。両者はあまり良い関係ではなく、ロランドがレスターに策を授けるはずがないとブランは決めつけていた。もしエリオが自分の手の内にあったなら、ロランドにレスターを裏切らせる事も可能だと考えていたほどだ。


 レスターとロランドの関係が改善されて二人を相手にする事になる、という考えはブランの頭の中に無かった。


(……だが、面白くなってきたじゃないか)


 ブランは怒りを纏ったままニヤリとした。恐ろしげな表情になってしまったのか、伝令の若者が息を呑む。


 ブランは戦士長らに命じた。


「すぐに戦士たちを集めて金竜門に向かわせろ。こちらの予想より大人数の部隊で占拠しているだろうが、連中を蹴散らして金竜門を確保だ。予定通りに北部軍を待っている時間は無くなった」


 それからブランは伝令の若者に問う。

「お前、名前は?」


「ベントの息子、マティアスです」


「マティアス、お前も同行して、門から外に出たら俺の従士団まで走れ。白竜門を急襲して王都に火を放てと伝えろ。ある程度燃え始めたら、紫竜門、赤竜門も同じようにして、金竜門で俺と合流だ」


 ブランは自らの脱出あるいは帝国軍の背後を突くために、最も信頼している自分の従士団をソレイス川の川辺に伏せていた。


「はい!」

 マティアスは突然の大役にも力強く頷く。


「して、上位王はどちらに?」と、トーレンが問うた。


「俺は――」


「ブラン!」


 答えようとしたブランの言葉は、突然の大声に遮られた。


 声のほうに目を向けると、見事な甲冑にハイマンと同じマントを身に付けた騎士が歩いてくる。騎士は歩きながら盾を持ち上げ、長剣ロングソードをすらりと抜いた。そして剣先をブランに突きつけて、声を張る。


「俺の名はギャレット。ファランティアの自由騎士だ。俺はお前に挑戦する。俺と戦え!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る