7.呪い王 ―盟約暦1006年、冬、第9週―

 まじない王、と呼ばれてシェハは良い気分になり、爬虫類そっくりの目を細めた。他の者と違う緑色の鱗に覆われているのも、今なら特別な存在の証と思える。


 目の前にかしずく者たちは白から灰色あるいは灰青色の体色をしていた。この世界を形作る地面や壁と同じ色だ。服装は様々で、鍛冶場で作られた青銅製の武具を身に着けている者もいれば、コボルドたちが人間から盗んできた毛皮や木の盾を持っている者もいる。いずれにせよ、全員が戦士の装束である。


 いにしえよりまじない師は戦士に仕える者とされてきた。創造主である神によって王に選ばれるためには、毎年行われる神前試合で勝利せねばならないから、今まで戦士以外が選ばれた事はない。


 強さこそ、絶対的な価値観なのだ。


 まじない師は戦士の傷を癒し、援護するのが役目であり、直接的に戦う者とは認められていない。神前試合に出場する権利すら与えられなかった。


 そんなまじない師の一人であるシェハが〝まじない王〟と呼ばれるようになったのは、世代を重ねるごとに衰えてきたまじない師の中で、まるで先祖返りのように強力な力を持っていただけでなく、いくつかの幸運によってだ。それは他者にとっての不運でもある。


 大地が激しく揺れて天が崩れ落ち、この世の終わりかと思われた日。


 まじない師たちは会合のため集まっていたが、シェハだけは呼ばれていなかった。それはいつもの事だ。シェハの鱗は緑色で、他のまじない師よりも強い力を持っているために妬まれていたのだ。


 ともかく、それが一つめの幸運であった。会合に参加していたまじない師は全員、巨大な岩盤の落下によってぺしゃんこになり、シェハは唯一のまじない師となった。


 地面や壁から毒が吹き出し、神は巨大な翼を広げて天の裂け目から死の世界へと飛び出すと、どこかへ去ってしまった。愚かなコボルドたちは死の世界まで神を追って行き、戻って来なかった。


 その頃、実力の拮抗した王が三人いたこともシェハには幸運だった。大災厄で数が減った民を率いるのに三人も王はいらない。一人の王を決めるための戦いにおいて、三人は実力が拮抗していたがゆえにシェハの力によって敗れた。


 こうしてシェハはまじない師で最初の王、〝まじない王〟になったのだが、まだ民の心を掴んでいるとは言い難い。


 そこへ新たな幸運が舞い込んできた。四人の人間が彼らの領土に侵入してきたのだ。四人のうち二人は、古の仇敵であるエルフとドワーフに似ているらしいが、それが本当かどうかはあまり問題ではない。この四人は強く、すでに何人もの戦士が倒されていた。


 この敵を倒せば、自らの支配を磐石のものにできる。まるでそのために現れた敵のようにシェハは感じていた。


 シェハは杖で地面を突き、さっと立ち上がった。


 去った神の宝物庫から掘り出した金の輪が手首でカチンと音を立てる。同じく宝物庫から掘り出した金製の装飾品で身を飾っているが、首から下げた胸まで覆う骨の首飾りだけはまじない師の頃から変わっていない。


 尖った歯の並んだ口を開き、喉の奥から言葉ではない威嚇音を発すると、目の前に平伏した戦士たちはますます頭を下げた。


「たった四人の人間に何人の戦士が倒された?」


 シェハは怒りを露わにしてそう言ったが、演技である。民が何人死のうが気にしない。かつて自分を蔑んだ者どもが、こうして平伏している様を見ていると悦びに尻尾の先まで打ち震えそうになる。


「敵を倒せぬ戦士など無価値だ。だが、今回は許してやろう。余が自ら戦士を率いて敵を打ち倒し、王たる証を今一度示してやる。まずは、お前とお前、そしてお前――」と、呼びかけながら杖でトントンと肩を叩いていく。「――戦士長に任命する。これから戦場について説明するからよく聞け」


 シェハは側に控えていた若者を手招きした。若者は駆け寄り、抱えていた粘土板を王の足元に置く。戦士長に任じられた三人の戦士はそれを覗き込んだ。


「よいか、やつらの目的は分からぬがこちらに近付いてきているのは間違いない。今、この二箇所は天が落ちて通れない。この道には毒が流れ込んでいる。ならば、やつらは必ずこの道を通る。そこで待ち伏せするのだ」


 シェハは粘土板に描かれた地図を杖で示しながら説明した。


 戦士たちはシェハの知恵に感嘆して喉を鳴らしている。こうして待ち伏せできるのも、大災厄のおかげだ。


 やはり俺には幸運が、いや王たる運命がある――シェハはニヤリと目を細めた。

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