6.ランスベル ―盟約暦1006年、冬、第9週―
歓迎の席――というより話し合い――の後、ランスベルたちに与えられた部屋はおそらく一番良い部屋なのだろう。
まだ枯れていない温泉の一つに面した小さな部屋ではあるが、入口は分厚い毛皮の垂れ幕で仕切られ、地面を削って作った水路によって壁沿いを一周するように温泉が流れている。そのおかげで部屋の中は暖かい。
ランスベルの部屋には今、ロジウが一人で訪ねて来ていた。族長である彼が、知り合ったばかりの人間と二人きりになるというのは信頼の証であろう。
「竜騎士様。感謝」
ロジウがもう何度目になるか、感謝の言葉を述べた。ランスベルはもう苦笑いで答えるほどだ。
歓迎の席では食べ物にも飲み物にも手を付けなかった。それを気にしたのか、ロジウは直々にそれらをランスベルの部屋に持ってきたのだが、〝絶対に食べるな〟とギブリムに言われているので、ランスベルはここでも手を出さずにいた。
ロジウはランスベルの警戒を解こうとしているのか、自ら飲食して見せてから言う。
「竜騎士様、ドワーフ、争った。コー族原因」
そして、やはり何度目になるか、頭を下げた。
ギブリムはランスベルの要求を予想外にあっさりと受け入れたので、〝争った〟というほどの事は何もない。もっと頑固に反対されると思っていたから、ランスベルにしてみれば肩透かしを食らったようなものだ。
「うん、まあ、コー族のため……というのもあるんですけど、なんだか傲慢な気がして……」
毛皮を重ねた寝床の上で両足を投げ出し、温泉の暖かさを背に感じながら、なるべくゆっくりとランスベルは話した。所々、可能な場合は下位竜語に置き換えている。
壁の向こうはギブリムの部屋なので、おそらくこの会話も聞こえているはずである。正確には伝わっているというべきか。
アンサーラは部屋にいない。地下の状況を確認するため、イムサから話を聞くと言って出て行ったままだ。
「ごーまん?」と、ロジウが首を傾げた。通じなかったのだろう。
ランスベルは下位竜語で〝傲慢〟という言葉を思い出そうとしたが、ふと、竜語には〝傲慢〟という言葉がないのではないか、と思った。
ドラゴンは自分たちがこの世界で最高位の存在であると自然に受け入れていた。それこそ傲慢な考えであるが、ドラゴンに関しては別だ。竜語魔法はこの世界を形作る力と同種のものだとランスベルは教えられたし、現にそうだと実感もしている。この世界を作ったのはドラゴンだ、と言われても驚きはしない。神が神として振る舞うことを傲慢とは言わない。
ランスベルは何とか別の言葉で説明を試みた。
「ギブリムが言ったように未来で人間とドワーフが再会するとしたら、彼らは選択する事になります。良い選択か悪い選択か、どんな選択をするにしても、選択する機会そのものを奪ってしまえるほど僕らは偉くない……と、思って」
ロジウは少し難しそうな顔をして、それから言った。
「竜騎士様、偉いです」
ランスベルはむず痒い思いをして、苦笑いしながら言い返す。
「ロジウさんのほうが偉いです。僕とあまり年も変わらないだろうに、族長なんて責任ある立場で。僕が竜騎士になったのは実はもっと浅はかな理由で……息苦しい家から逃れるためでした」
しかし、ロジウには微妙に伝わっていなかった。
「息できない。死です。選択、無し。生きる、選択」
彼は首が締まるような仕草をしつつそう言ってから、乳白色の飲み物が入った杯に目を落として呟く。
「ワタシ選択、無し、です……」
そして彼は、自分が族長になった経緯を話し始めた――。
大地震の後に残った二つの温泉だけでは、コー族全員で冬を越すことはできない。それでコー族は選択しなければならなくなった。
幸いなことに最後に東へと移動する――アシニーする――パーニ族がまだ凍土に残っており、パーニ族の族長はコー族をアシニーに加えても良いと言ってくれたそうだが、それは今回限りではなく今後もパーニ族の一員となることが条件だった。
つまり、伝統的なコー族としての生活を捨ててアシニッドになるという事である。コー族は伝統を守る人々と、生き延びるためアシニッドになろうとする人々に分裂した。
多くの者はパーニ族に加わる事を選び、族長であるロイウは彼らを率いてパーニ族に合流する。アシニッドの過酷な旅には民を率いる強さが必要だ。それはロイウにあって、ロジウには無いものだった。
族長のロイウがコー族を去ったので、伝統に従ってロイウの弟であるロジウが族長になり、ここに残ったのだという。
伝統を守る事を選んだ人々は過酷なアシニーに耐えられない身体の弱い者や年寄りばかりの少数派で、死を覚悟していた。彼らと共にいる事くらいしか自分にはできなかった――と、ロジウは言った。
話を聞いて、ランスベルの心の傷は疼いた。
ロジウが血筋に縛られ、犠牲を強いられたように感じたからだ。それは、かつての自分の状況とも少し似ていた。しかし、ロジウは笑みを浮かべて話を続ける。
「でも、ワタシ、幸運。竜騎士様きた。南いく。それ、ワタシ願い。心の理由――」
彼はドルイドの伝承にある〈世界の果て山脈〉の南の世界の話が好きで、いつかその世界に行く事を夢見ていたと語った。何度か、伝説のドワーフの門を探しに〈世界の果て山脈〉へ出掛けた事もあるらしい。ドルイドの伝承する古き言葉を知っているのは、族長だからではなく、彼の趣味が高じての事だ。
多少強引にでもギブリムを説得して良かった――ランスベルは心が軽くなる思いがした。ギブリムに無理難題を押し付けた後ろめたさが無くなるわけではないが。
悪いと思いつつも気になっていたことをランスベルは問うた。
「お兄さんの事は、恨んでないですか?」
ロジウは質問の意図が分からないという顔をして答える。
「アシニー、死、少し。ここ、死、多く。ロイウできる、ワタシできる、違います。選択できる守る、竜騎士様言う。とても偉い……」
その後、ロジウが部屋を去ってから、ランスベルは寝床へ横になって彼の話を考えた。ロジウは自分の運命を受け入れているように見える。自分にはできない事があると受け入れている。
しかし、〝選択できる守る、竜騎士様言う。とても偉い〟という言葉にこそ本心があったのではないか、とランスベルは思う。
一人で外に出れば簡単に死んでしまう世界では、選択肢など無い。生か死か選べ、と言われて迷う人間はほとんどいないだろう。しかし、きっと本当はロジウも選択したかったに違いない。
そこで自分の場合は、と思い返せばランスベルには常に選択する機会があった。その度に迷い、苦しみ、いくつかの選択は心に傷として残っている。いっそ選択肢など無ければ良かったのに、と思う事も多い。
(それが、〈
そのうちに、ランスベルは眠りに落ちた。
翌朝、アンサーラとギブリムがランスベルの部屋にやって来て、三人は今後の事について話し合った。
アンサーラはこの先の道中を地図に書き起こしていた。コー族から仕入れた情報についても書き込んである。おそらく一晩かけて作ったのだろう。
アンサーラが最初に想定していた道は、コー族の言う〝竜の巣〟を通るものだった。竜の巣は凍土の地下を南北に走る鍾乳洞で最大幅の箇所である。アンサーラの持っていた情報では、そこに危険な生き物はいなかったし、致死量の火山性ガスが充満してもいなかった。しかし数百年の年月と、大地震が状況を変えてしまった。
ギブリムはドワーフなら致死量の火山性ガスでも数時間は耐えられるが、まったく影響がないわけではないと言い、アンサーラも火山性ガスから身を守る魔法はあるものの、想定していなかったため準備には時間がかかると言った。
コー族を南に連れて行く事を考えると一日でも早く出発する必要がある。準備に割ける時間はない。
ランスベルには想像もできないが、〈極北の地〉にも真冬のような時期があるらしく、それはまだ始まっていないという。本格的に
そのため、竜の巣を避けて迂回路を進むとアンサーラは説明した。
「……ですが、二つほど問題があります。一つは、竜の巣より先の道がどうなっているか確定的な情報がないという事です。崩れて塞がっているかもしれませんし、ガスが出ているかもしれません」
「それについては、あまり心配いらんだろう。アンサーラを先頭に進めばガスの臭いにはすぐ気付くはずだ。洞窟の状況については、俺がいる。目視で確認する必要はない」
ギブリムの言葉に、アンサーラとランスベルは頷いた。
「もう一つは、リザードマンと遭遇する可能性が非常に高いという事です。コー族によれば好戦的だということですし……鍾乳洞には隠れる場所も多いので、隠れて進むこともできるでしょうが、それは向こうも同じこと。待ち伏せされる危険性もあります」
アンサーラはランスベルを見ながら話した。
戦う事になる、と彼女は言いたいのだ。それはランスベルも分かっている。
「襲ってくるようなら、戦うしかない」
ランスベルの言葉に、ギブリムは頷いたが、アンサーラは少し心配そうに言う。
「ランスベル、念のため言っておきますが……リザードマンは魔獣ではありません。この世界では、むしろ人間よりも古い種族で知性もあり、独自の文化を持っています。好戦的かつ排他的な性質のため古くから他種族と争い続け、今はかなり数が減ってしまいました。このような僻地で生き残っているとは驚きですが、滅びゆく種族です」
そう言われるとランスベルの心は揺らいだ。しかし、もう十分に考えた事であり、覚悟はできている。躊躇いを見せぬよう、冷静な口調を心がけてランスベルは答えた。
「通り抜けるだけなら、魔法で姿を見え難くして戦いを避けたほうがいいんだろうけど、危険を後ろに残して行くことになる。それに、入れ違いでコー族が襲われるかもしれない」
そしてもう一つ、ランスベルには口に出さない理由があった。
自分は〈竜の聖域〉に旅立つが、二人の仲間は戻って来るかもしれない。少なくともギブリムは確実に行く道を戻ってくる。ギブリムほどの戦士なら一人で何とかできると思うが、少しでも危険は減らしておきたかった。もちろん、こんな事は口が裂けても言えない。偉大な戦士であるギブリムに対して侮辱になるからだ。
ランスベルはギブリムの視線を感じた。
考えを見抜かれていなければいいんだけど――と思いながら、言葉を続ける。
「アンサーラの言いたい事は分かるよ。竜騎士は人間だけでなく他種族に対しても中立でなければいけない。でも僕は竜騎士であって竜騎士でない。ドラゴンの知恵と賢さを借りる事はできないんだ。だから単にドラゴンの力を借りられるだけの人間に過ぎない。選択肢は限られているんだよ。例えリザードマンを絶滅させる事になったとしても、僕は戦う」
ランタンの明かりに照らされたアンサーラの銀色の瞳に、金色が混じって揺らいだ。
「わかりました。リザードマンは筋力と敏捷性に優れ、地の利もあります。戦いになったら注意してください」
「うん。それじゃ、準備をして出発しよう」
ランスベルは地図を見ながらそう言った。
目的の場所までは、途中で野営を挟めば二日で到着する距離だが、地図上に野営地を示す印は無い。強行軍で進む事は最初から決まっている。
(あと一日で全てが終わる……いや、始まるのか?)
期待と不安が入り混じったような胸の高鳴りをランスベルは感じた。
ランスベルたちが朝食と出発の準備をしている間、温泉にはコー族の人々が何度か行き来していた。
温泉の熱い湯を汲んだり、見た事のない黒光りする毛皮で作った袋を湯に沈めたり、引き上げて持って行ったりしている。何をしているのかは分からないが、温泉が彼らの日常生活に深く関わっているものだという事は分かる。
一足早く出発の準備を整えたランスベルがそんな光景を眺めていると、イムサがやって来た。ドルイドは一礼してから言う。
「竜騎士様。ワタシが下、一緒に行きます」
出口まで案内するという意味だとランスベルは理解した。
アンサーラの地図やギブリムの能力を考えると必要ないが、心遣いを無下にするのも悪いと思ったので、「ありがとうございます」と軽く会釈して答える。
鎧の音を立てて部屋から出てきたギブリムはイムサをちらりと見上げて、ランスベルに視線で問うてきた。
「送ってくれるみたいだ」
ふと、気配を感じて振り向くとアンサーラが立っている。彼女もイムサにさっと視線をやったが、ギブリムに対する返答が彼女への答えにもなっていたようだ。
「では、行きましょう」
アンサーラの言葉を合図に、三人はイムサに先導されて集落の中を歩き出した。
昨日までは姿を見せなかったコー族の人々も、今日は普通にしている。族長に認められた客人という扱いにでもなったのか、すれ違う時は立ち止まって頭を垂れた。狭い通路などではランスベルたちに道を譲ってくれる。
数日中に南へと旅立つコー族は準備に追われて慌しくしていたが、のんびりしている人もいるのがランスベルには不思議だった。
やがて人気のない通路にやって来ると、その途中でイムサは立ち止まる。
「ここ、ドルイド聖地です。伝承、壁、ばぁーっと。絵、文字、記号。その先、下いく道。しかし、壊れた」
手で左右の壁や天井をなぞるようにして説明しながら、イムサは悲しそうに言った。
目の前にある崩落した洞窟はただの行き止まりにしか見えない。そこに、かつては壁一面にコー族の歴史が描かれた洞窟があったのだ。その有様を見るとランスベルは悲しくなった。
何世代にも渡って伝えてきたものが失われてしまった悲しみは理解できる。この旅は、ドラゴンと竜騎士が紡いできたものをそうさせないためにあるのだから。
「それは……とても残念です」
ランスベルは洞窟の奥を見つめて言った。
「ワタシ、伝承、全部頭にあります。ここ、洞窟、別の場所、元に戻します」
それは大変な仕事になるだろう――と思って、ランスベルはその言葉の意味に気付いた。
「えっ、それはこの洞窟に残るという意味ですか?」
イムサが頷く。
「はい。ワタシだけ違う。他、います」
道中、出発の準備をしていない人を見かけたのをランスベルは思い出して、そういう事だったのかと理解した。だが、「どうして?」と問わずにはいられない。
「ここ、アシニッドになる、嫌の人。しかし、南いく、戻るは良い人たくさん。しかし、両方嫌の人少し。ワタシ、コー族ドルイド。コー族ここです」
死ぬかもしれないのに――という言葉をランスベルは飲み込んだ。
ここに残ると決めた人々は、命よりもコー族の伝統的な暮らしを選んだのだ。南へ逃れる事も、アシニーに加わる事と同じだという考えもあるだろう。
それに、南へ向かうにも危険はある。ランスベルたちを襲ったあの〝白い悪魔〟が待ち伏せしているかもしれないし、無事に〈世界の果て山脈〉の南へ行けたとしても、彼らにとっては見知らぬ土地だ。
〝知らない土地で一人暮らしなんて無理だわ〟
母の言葉が思い出される。
ここにいるコー族に若者がいないのは、つまりそういう事なのかもしれない。
それが彼らの選択だ――と、ランスベルは自らの言葉を反芻した。
自分には、自分にできる事しかできないのだ。
「別の道。狭い。ドワーフ、無理?」
壁に出来た亀裂のような狭い隙間を指差してイムサが言った。
狭い岩の間を何とか通り抜けて、自然にできた階段のような段差を飛び降りると、そこはもう人間の手が入っていない天然の鍾乳洞であった。
大小様々な石筍が立ち並び、松明の灯りに照らされて影がゆらゆら揺れ動く。まるで大勢の物言わぬ何者かに囲まれているようで落ち着かない。そこに潜む者がいたとしてもランスベルには気付けないだろう。
地下に慣れつつあるランスベルであったが、ドワーフの地下都市で感じた無人の街の不気味さとはまるで違う恐ろしさを感じる。
「ランスベル」
アンサーラに呼ばれて振り向くと、彼女はイムサを視線で示しながら言った。
「彼には戻ってもらいましょう」
「あ、うん。見送りはここまでだね」
ランスベルはイムサに向き直って軽く頭を下げた。
「イムサさん、案内ありがとうございました。この先は三人で行きます」
イムサは怪訝な顔をした。
通じなかったのかな、とランスベルが思った直後、彼は口を開いた。
「ワタシ、一緒、行く。言いました。竜騎士様、許しました」
「ええっ?」と、今度はランスベルのほうが困惑させられる。
今朝、最初の会話の事を言っているのだと思うが、そんな意味だとは思っていなかった。
背後でアンサーラが言う。
「最初からそのつもり、という服装ですよね」
ギブリムまでも頷く。言われて見れば、確かにそうだった。
肩から腰までの長さの毛皮は腕の動きを邪魔しないように切れ目が入っていて、その下の服も分厚く丈夫そうである。腰で上着を絞っている革紐にはたくさんの小物と短刀が吊り下げてあるし、大きめの肩掛け鞄も持っている。手袋とブーツの上には、腕と脛を守るように毛皮が縛り付けてあった。
手にした杖は初めて会った時から持っていたもので、先端は瘤のように大きく武器にもなりそうだ。額に巻いた布で動物の角を立てているのも変わっていない。
「ごめんなさい。そういうつもりではなかったのです。この先は危険なので、戻ってください」
しかし、イムサはランスベルの言葉に首を横に振った。
「ワタシ、ドルイド。伝承します。見る、聞く、必要」
頑なな物言いである。それから彼はギブリムに目をやって続ける。
「竜騎士様、ドワーフ信じろ。伝承、ドワーフ信じるな。ワタシ、考え、知る、必要。そして、伝承したい」
イムサはしっかりとした頑丈そうな顎を引き、胸を張って、一歩も引かないぞと言わんばかりにランスベルを見下ろす。その目は真剣そのもので、説得には応じないという雰囲気があった。
ランスベルは彼を連れて行きたくなかった。戦いの時は足手まといになるだろうし、それに、ごく個人的な理由だが、自分がリザードマンを殺すところを見られたくないという気持ちもある。後ろめたさや罪悪感を感じてしまいそうだからだ。
「竜騎士様、許さない。しかし、ワタシ、一緒、行く」
とどめとばかりにイムサは宣言し、ランスベルはがっくりと肩を落とした。振り返って、アンサーラとギブリムに目をやる。二人とも賛成も反対もしない、という感じだった。
「わかりました……僕の近くにいてください」
イムサは力強く頷いてから、少し離れて松明を地面に置き、腰の小袋から茶色の乾燥した粉末を杖の先端にたっぷりと振りかける。その作業をしながら、彼は説明した。
「火、揺れる。影、揺れる。よくない。ワタシ、魔法使う」
それから杖をまっすぐに立たせると、先端で地面に円を描くように動かし、目を閉じて左手をかざしながら呪文を唱え始める。力強く低い声で、歌っているようでもある。しばらくして、杖の先端から緑色の光が徐々に広がり始めた。ランスベルも見覚えのある光だ。
「アンサーラ、これって……」
アンサーラに問いかけると、彼女は頷いた。
「はい。基本的にはエルフの魔法と同じものです。ドルイドの魔法は、かつてエルフが人間に教えたものです。ずいぶんと廃れてしまったようですが……」
二人が話しているうちに、イムサの魔法の明かりは周囲を照らすのに充分なものとなった。アンサーラなら一瞬でできる事にずいぶんと手間をかけている。彼女が言うように、廃れてしまったという事なのだろう。
イムサは松明を水溜まりに突っ込んで消した。ランスベルもランタンを消す。緑色の光に満たされた鍾乳洞は不気味であったが、幻想的でもあった。炎で影が揺らめく事もないので、こちらのほうがずっと安心できる。
準備完了とばかりにイムサは頷いた。
「わたくしが先行します。魔法で連絡しますので、それに従って進んで来て下さい」
アンサーラはそう言い残して音も無く駆け出し、鍾乳洞の闇に消えて行った。
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