4.ジョン ―盟約暦1006年、冬、第4週―

 ジョンは上等な分厚い布で作られたテントの中で目を覚ました。地面との僅かな隙間から外の明るい光が透けているのに気付き、慌てて毛布の山を押し除け、ベッドから上体を起こす。


 寝過ごした――ジョンはベッドから飛び起きようとしたが、テントの外を歩く人の気配に気付いてぴたりと動きを止めた。すでに聖女軍の野営地は目覚めている。


 視線を落とすと、身体の下にいるクララと目が合った。


 ジョンは聖女の使徒という事になっているが、だからと言って聖女との肉体関係を許されているわけではない。普段は夜陰に紛れて自分のテントに戻っているのだが、戦いの後はどうしても気が昂ぶってしまう。だから昨晩は激しく事に及んだ。それで疲れ果て、ぐっすり寝入ってしまったのだ。


 横たわるクララは全裸で、人形のようにじっとして動かない。おそらくクララの心は壊れてしまったのだろう、とジョンは思っている。口づけをして、乳房を揉み、押し倒しても、彼女の肉体は別として心は反応しない。彼女の心が反応するのは帝国兵の死に対してだけだ。


 クララが帝国兵を殺す時に浮かべる笑みを思い出すと、ジョンは再び固くなった。だが、今はそんな事をしている場合ではない。クララの耳元で囁く。


「クララ、先に外へ出てくれ。見つからないように、こっそり出るから」


「わかったわ」


 クララはベッドから起き上がり、柔らかい革の靴に素足を入れて、脛まで届く白い服を頭から被る。最初は彼女の寝巻きだったが、今では聖女としての正装になっていて、同じ服がいくつもあった。生地は丈夫で質の良いものに変わっている。


 桶の水で手や顔を洗って乾いた布で拭き、髪に櫛を入れ、クララはテントから出て行った。


 彼女が外に出れば人々の注目を集める。その隙にジョンはテントの裏をめくり上げて這い出した。幸い、誰にも見られた様子は無い。緊張の瞬間が過ぎ去り、ジョンはほっとして自分のテントにこそこそと戻った。


 一度自分のテントに戻ってから鎧装束を身に着け、何食わぬ顔でジョンは野営地にある焚き火の一つに姿を現す。そこでは老若男女、聖女軍の者たちが朝食を摂っていた。


 冬の寒空の下でテント暮らしは辛いが食料は豊富にある。実際のところ、食い物目当てで加わったのだろうという輩も多いが、ジョンの目的は組織を作り上げる事ではないから気にしていない。


 クララの周りには女子供が多く集まっている。誰もが笑顔を浮かべているが、クララ自身はじっと焚き火の炎を見つめていてニコリともしない。まるで一人だけ別の世界にいるかのようで、そこが神秘的にも見えるのだろう。


 ジョンはクララがただの農家の娘だと知っているし、特別な力など無いと知っている。だが、帝国軍相手に連戦連勝している事実には奇跡的なものを感じずにはいられない。


 使徒ジョンがやって来たので、周囲の人々は左右に分かれた。それまで誰にも反応しなかったクララが、ジョンには顔を上げて視線を向ける。


「聖女様、ブラックウォール城の城主グスタフがご尊顔を拝したいと申しております。城へご招待したいとの事です。出立のご準備を手伝います」


 ジョンは両膝を付き、組んだ両手を額に当てて言った。それは聖女と語り合う時の姿勢なのだと聞いている。


「わかったわ」と、クララは立ち上がった。

「行きましょう、ジョン」


 そう言って自分のテントへ向かって歩き出し、ジョンは彼女に従う。人前でのこうした〝聖女ごっこ〟も、ジョンは嫌いではない。クララがどう思っているかは知らないが。


 二人は再び、クララのテントで二人きりになった。もちろん今回は公の行動なので問題は無い。ジョンはクララの細い腰にベルトを回して白い服を腰の所で絞り、革の胴鎧レザーアーマーを付けるのを手伝った。こんな軽装で、なぜ怪我をしないのかジョンにも不思議だ。それからフード付きのマントを肩から掛け、最後に細く尖った剣を渡す。


「分かってると思うけど、城には俺たちを知っている奴もいる。フードは外すなよな」


 ジョンが念を押すと、クララは「うん」と頷いた。それから「ジョンはどうするの?」と聞き返してきた。


 ジョンは騎士用の兜ヘルムを持ち上げて見せる。運搬中に奪った甲冑の一部で新品だ。添えられていた手紙によると、帝国軍の包囲部隊にいる息子への母親からの贈り物だという。このように高価な品物を送るくらいだから貴族なのだろう。


 受取人に合わせて作られた鎧はジョンの体格には大き過ぎて、全て身に着けると不恰好になってしまう。それで、ヘルム胸当てブレストプレート篭手ガントレット脛当てグリーブ鉄靴サバトンだけを鎖帷子チェインホーバークの上から身に着けていた。そのせいで重量が偏り、重くて動き難い。


 兜は左右に羽を模した飾りがあって、聖女の使徒に相応しく思える造りだ。ジョンはそれを被って面甲を下げて見せた。顔の前面をすっぽりと覆う形なので、隙間から目だけが覗く。


「ちょっと不自然かもしれないけど、このまま行く」


 兜の中から響くジョンの声に、クララは頷いた。


 テントを出て、二人は野営地を歩いた。挨拶する者、会釈するだけの者、ひざまずく者、祈りを捧げる者など人々の反応は様々である。


 聖女の同行者たちは馬を用意して待っていた。マイルズと、装備に統一感のない聖女軍の兵士一〇〇人ほどだ。


 この野営地はブラックウォール城から東に二マイルほど離れた場所にある。道中の安全が確保されているわけではないので兵士が同行する。


「聖女様」


 クララの姿を見て、マイルズはうやうやしく言い、立派なローブが汚れるのも構わず両手と額を地面に付けた。


 いい加減慣れたとはいえ、ジョンはマイルズの狂信者ぶりが好きではない。だが、聖女軍の始まりはまさにこの男との出会いからなのも否定できなかった――。


 突然の雷雨に見舞われた襲撃の最中、マイルズは突然に「聖女様、お赦しを!」と叫んで地面に突っ伏した。当然クララは彼を殺すだろうとジョンは気にしなかったが、彼女はマイルズを殺さなかった。


 その理由は、マイルズが帝国軍だと示すものを投げ捨てたからだとジョンは予想している。クララは帝国兵を殺す事にしか興味がない。帝国兵かどうか分からなくなった相手を無視して、確実に帝国兵だと分かる相手を優先したのだろう。


 それからマイルズはクララを聖女と呼び、付き従うようになった。いつの間にか司教のような格好になり、司教のような事をやり始めた。


 その効果は絶大で、帝国軍の兵士があっさりと味方に付き、同士討ちを始める様は見ていて面白かった。面白がっているうちに聖女軍の主力は元帝国兵になっていき、やがて家を失った農民や、〈クライン川の会戦〉から落ち延びたファランティアの騎士や兵士たちが噂を聞きつけて合流するようになった。


 そうして軍隊と呼べるような規模になった頃には、自然と〝聖女軍〟になっていたのだった。


 ――クララはマイルズを感情の無い目で見下ろし、それからひらりと馬に乗る。ジョンもそれに従って自分の馬に乗った。マイルズも同様にする。


 そうしてぞろぞろと、聖女軍から一〇〇人がブラックウォール城へ向けて出発した。他の者も野営地を片付けてから追って来る予定である。


 遠目に見るブラックウォール城は盛り土の上に建つ、まさに黒い壁だ。同じく黒いが所々にまだ赤みを残している焼け落ちた帝国軍の野営地を抜け、到着した聖女一行を待っていたのは、ジョンの想像を超える人々の歓迎であった。


 正門の外にまで平民たちがずらりと道の端に並んで、鍋やら盾やら叩ける物を叩き、何も無い者は手を打って歓迎している。彼らは聖女軍が自分たちを救ってくれたと理解しているのだ。だが、中には困惑した表情の者もいる。


 それも当然で、そもそもミリアナ教はアルガン帝国の宗教である。聖女にぴったりと付いて馬を進めるマイルズも褐色の肌をしたエルシア大陸人だ。顔を隠しているジョンを除けば、入城する聖女一行の中でただ一人の外国人だが、それゆえに目立つ。白地に赤い縁取りの大げさなローブも彼の存在を際立たせていた。


(司教気取りも時と場合によるな)


 そんな事を思いながら、ジョンはブラックウォール城の正門を抜ける。


 平民たちの奥には貴族や騎士たちが並んでいた。歓迎に混ざる困惑の表情は増え、疑いの眼差しが現れる。最後に出迎えたグスタフや、フィリベルト、フランツといった近衛騎士たちは完全に聖女一行を警戒していた。特に、城内にある神殿の神官――その老人の名前をジョンは覚えていない――は、敵意のこもった視線をクララに向けている。


 彼らは皆クララに注目していたが、唯一ギャレットだけがクララ以外の人間を目で探っていた。


(隊長は変わらないな)


 ジョンが面甲の奥でそう思った時、ギャレットと目が合ってしまって慌てて視線を逸らした。目だけで気付かれたかどうかは分からない。


 下馬した聖女一行の前にフィリベルトが進み出て、声を響かせたのでジョンもそちらに注目する。


「こちらの御方こそ、ブラックウォール城の城主にしてファランティア王国南部総督、加えて王妃アデリン陛下の父君でもあらせられるグスタフ・ベッカー公である。先日は聖女殿のご助力により包囲軍を打ち破ることができた。本日は、その礼をしたく、お招きした次第である」


 聖女一行でこれに答えたのはマイルズであった。発音に妙なところはあるものの、意思疎通には問題ない程度のファランティア語だ。


「お招き頂き、有り難く思います。こちらにおられるは地上に降臨された聖女ミリアナ様でございます。聖女様は、アルガン帝国の皇帝レスターが信仰を利用し、誤った道に信徒を導いている現状をお嘆きになり、それを正すべく降臨なされました。ゆえに、聖女様の正しき教えが広まる事をお望みです」


 クララは身動ぎ一つせず、フードの奥に顔を隠したままだ。フィリベルトはマイルズではなくクララに向かって言う。


「グスタフ公がここまで出迎えるは、この上なき事です。聖女殿も顔を見せてくださらぬか」


(そう来たか)


 兜の奥でジョンは唇を結んだ。フードを外すなと言っておいたが、そう言われては断れない。


 ジョンも含めて、全員がクララに注目した。クララは動かず、無視するのではないかと誰しもが思った瞬間、フードに手をかけた。感情の無い無表情なファランティア人の娘の顔が現れる。


 がちゃりと鎧を鳴らしてフランツが一歩踏み出し、ジョンは心の中で〝やめろ〟と制した。それが通じたかのように、フランツは何か言いたげな表情のまま動きを止める。見れば後ろからギャレットがその腕を掴んでいた。振り向くフランツに、ギャレットは首を横に振る。


(さすが隊長。よく分かってる)


 ジョンはひとまず安堵して、他に反応する者はいないかと見渡した。


 興味津々という様子でクララの顔を覗き込む者は多いが、フランツのような反応を見せる者はいない。元々が南部の農家の娘である。この場にいるブラックウォール城の重臣にクララの顔を覚えている者がいるとは思わないが、城内にはクララを知っている人間もいるだろう。


 唯一、老神官だけがしたり顔で言った。


「これは奇妙な。聖女殿はエルシア大陸人ではなく、ファランティア人なのですか。天より降臨される時に、お間違えになったかな?」


 当然、この議論は今までもあったことだ。マイルズが上手く答えるだろう。マイルズもこれは自分の役目だと理解しているようで、老神官に答えた。


「聖女様は聖暦一年に、全能であり全知である唯一神の御許に還られ、その際に肉体は地上に残されました。ゆえに聖女様は肉体を持ちません。此度の降臨では、この娘の肉体を借りているだけ。なんら不思議でも奇妙でもありません」


「だとしても、なぜテストリア大陸人の娘を選ばれたのです。テストリア大陸は六神、いや七神を信ずる民の大地。降臨されるならエルシア大陸人を選ぶべきでは?」


 老神官が食い下がる。マイルズはこの問答を受けて立つつもりのようだ。


「あなた方が七神と呼ぶ神々は、唯一神と同一の存在です。唯一神が持つ数多の側面のうち、七つを別々の神として信じておられるのです。これは〈貿易海〉周辺や東方で信仰されている神々も同様。ゆえに、私はあなた方の七神を否定はしませんし、この大陸に聖女様が降臨されても不思議とは思いません」


 老神官は怒りで顔を歪めた。


「七神は七つの顔を持つ一柱の神だと言うのか。それでは、我々の神話は偽りと申すのか」


 マイルズは首を左右に振る。


「いいえ、あなた方の神話を否定はしません。唯一神は全能にして全知。唯一の存在として在ることもできますし、七つの存在として在ることもできます。むろん、百や万の存在であることもできます。しかし本質的には唯一である、というだけのこと」


 老神官が震える指をマイルズに突きつけて、さらに何か言おうとした時であった。グスタフが一歩前に出て老神官を制する。


「やめろ、ローマン。神々の問題も確かに重要だが、後ほどゆっくり問答すればよい」


 そう言えばそんな名前だったかもしれないな、とジョンは老神官を見て思った。ローマンは顔を歪ませ、肩を小刻みに震わせている。


 グスタフは相変わらずの厳めしい表情で、クララに向かって声を張った。


「聖女殿、まずはゆっくり休息されよ。食事の席も用意してある。我々には色々と話し合わねばならぬ事案がある」


 農家の娘に過ぎないクララだが、グスタフの威圧的な声量にも動じた様子はない。こくり、と頷くのみだ。


「あとは任せたぞ、フィリベルト」


 そう言い残して、グスタフは天守キープの中へと続く階段を上って行った。

 城主を見送ってから、ブラックウォール城の人々は動き出す。


 老神官は肩を怒らせて去り、近衛騎士たちもそれぞれに散って行く。入れ替わりに聖女一行の馬を預かるため馬丁がやって来た。馬は全部で二〇頭ほどいて、騎士の従者などは主人の馬の面倒を見るため一緒に厩舎へ向かう。マイルズ以外でブラックウォール城に初めて来た者はいないので迷う心配はない。


(色々と、話し合わねばならぬ事案、か。面倒くせえ)


 きっと退屈な話し合いになるだろう。それを思うと、ジョンはうんざりした。ふと視線を感じて反射的に目を向けると、自分を見つめるギャレットと再び目が合ってしまった。


 これはバレてるな――と、ジョンは観念しつつ、案内に従って階段を上る。


 天守キープに入った聖女一行は大広間に案内された。ブラックウォール城の大広間は一〇〇人でも収容できる広さがある。


 身分の高い人々のための上座も用意されていて、クララと他二名分の席もそこにあった。その一つはマイルズで良いとして、残りの一つは普通に考えればジョンであろう。しかし彼はヨハンの背中を押してその席を譲った。


 怪訝な顔をするヨハンに、「念ため、下座を見張る」と小声で告げて、ジョンは大広間の入口付近に戻る。


 食事をするとなれば兜を被ったままというのはさすがにおかしい。顔を晒せばジョンだと分かる者は多いだろう。サウスキープにいた頃から外国人という事で目立っていたのだ。もちろんヨハンも、会ってすぐジョンに気付いた。彼は〝気にする必要はない〟と言うが、注目されるのは好きではない。


 〝下座を見張る〟と言っておきながら、ジョンはそのまま大広間を抜け出した。通路の途中に立つ近衛兵は視線を向けてくるものの、呼び止めたりはしない。天守キープから中庭に出たジョンは、まっすぐサウスキープの避難民が集まっていた一角へと向かった。


 いくつものテントが並び、炊事場を兼ねた焚き火が点在するそこは、以前と全く変わりない。


 兜を脱いで歩くジョンに、サウスキープの人々は〝あっ〟という顔をした。それらを無視して目当てのテントまで行き、入口に手を差し入れて少し持ち上げ、声をかける。


「サラさん、いる?」


「はい、どうぞ」と、中でサラが返事した。


 その声を聞いた途端、懐かしさと共にこみ上げる胃の不快感にジョンは顔をしかめた。


(なんだ?)


 胃の辺りを押さえる。不快感の原因が分からない。だが、気にしない事にして「入るよ」と言ってテントに足を踏み入れる。


 以前は雨露を凌ぐための仮住まいという感じだったテント内だが、今では生活のにおいがした。住みやすくするための工夫も見られる。土が剥き出しになっている所では、ララが木の枝で絵を描いていた。


「ジョン!」


 サラは驚きの声を上げた。不快感は強まり、ジョンは吐き気を覚えて口を押さえる。


(なんだ……気持ち悪い……へんな臭いがする)


 サラはすぐにジョンの異変に気付いたようで、声の調子は驚きから心配に変わった。


「ジョン? どうしたの、顔が真っ青よ。病気なの?」


 ジョンはこみ上げてきた酸っぱい胃液を無理やり飲み込んだ。


「……大丈夫。怪我はしてない。少し疲れてるだけだ」


 サラの肩越しにララを見ると、まるでジョンを忘れてしまったみたいに、じっとこちらを凝視している。


「あなた、どこでどうしていたの? ギャレット様には会った? みんな心配していたのよ」


 立て続けに問いかけながらサラは座らせようとしてくるが、ジョンはその手を拒んだ。


「城に戻れなくなっちまって、聖女軍にいたんだ。時間が無くて、すぐに戻らねぇと……サラさんに、これを」


 用意していた皮袋をサラに渡す。受け取ったサラの手の上で、ちゃりちゃりと音が鳴った。


「これは?」と、サラが問う。


「宝石とか金になりそうな物。一財産あると思う。これを持って、この城を……いや、南部から出て欲しい」


 話している間にも、サラは皮袋を開けて中を見た。驚いたように目を丸くする。


「これ……こんなに……どこで? なんで?」


 疑問ばかりのサラが、ジョンには気分の悪さもあって煩わしく思えてきた。だが、努めて不快感を表さないようにして答える。


「どこでどうやって手に入れたかなんて気にしなくていい。取り返しに来るような奴もいねぇって保証する。南部ではまだ殺し合いが続くから、安全な所に逃げて欲しいんだ。ずっと俺が一緒にいて守ってやるなんてできねぇし、それはギャレット隊長だってそうさ。それによ、そこら中に死が溢れている場所でララを育てるつもりかい?」


 俺みたいになっちまうよ――という言葉は、吐き気と共に飲み込んだ。


 サラはまだ何か納得していない様子だったが、ジョンの真剣な目に見つめられて沈黙する。しばらくそうしてから、「うん。ええ。そうね……」と呟いた。


「ララのために……ええ、そうね。それがいい……」


 ジョンは満足して頷いた。

「当てはある?」


「ええ、遠い親戚なんだけど、王都より北東のオースヒルっていう寂れた町で宿をやっている人がいるの。お金があれば、そこにいけると思う……ジョン、ありがとう。ララの事を考えてくれて」


「うん。それじゃ」


 テントから出ようと背を向けたジョンに、サラがまた問いかける。


「城を出る前にもう一度会えるかしら?」


 しつこいな――とジョンは思ったが、「たぶんね」と答えておいた。


「本当にありがとう。ジョン」


 感謝の言葉に送られて、ジョンはテントを出た。すると途端に気分が良くなる。何かから解放されたような清々しい気分になって、ジョンは口笛を吹きながら歩きだし、スキップさえしそうな勢いであった。


 そして、サウスキープの避難民たちのテント郡を抜けた辺りで、よく知る二人が待ち伏せしているのに気付いて口笛を止める。


 ギャレットとエッドだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る