11.ルゴス ―盟約暦1006年、冬、第3週―

 エルシア大陸北岸の港町チェプトから西には、複雑に入り組んだ海岸線が三〇マイルほど続いていて町は無い。そこはかつて〈海賊海岸〉と呼ばれていた。海面下の岩も多く難所ではあるが、腕のいい仲間を持った海賊たちには都合の良い隠れ家になったからだ。


 〈海賊海岸〉に隠れ家を持つことは、一人前の海賊になった証でもあり、若い海賊たちにとっては最初の目標であった。


 その事は海賊だけでなく近隣の人々にも有名だったから、海賊が去った今でも、すぐに目を付けられるだろうとルゴスは予期していた。だからグイドの警告が無かったとしても〈海賊海岸〉は離れていただろう。


 〈海賊海岸〉を離れたルゴスの船団は北へ向かった。暖流と寒流の境目を越えると、海は澄んだエメラルドグリーンに変わる。


 北方人にとっては美しくも奇妙に見えるその海に、目的の小さな無人島があった。名前も無いその島は半分が砂浜になっていて、三日月形の湾を形成している。潮が満ちると砂浜はほとんど沈んでしまうので、海の中からにょきにょきと背の高い南国の木が飛び出ているだけに見える。


 幹に枝葉がなく先端だけから葉を垂らす高木や、根がむき出しになったような低木は、テストリア大陸の木々しか見たことのない北方人にはやはり奇妙で不気味だった。島を見て目を丸くしているスケイルズ諸島の戦士たちの気持ちが、ルゴスにはよく分かる。かつては自分もそうだったからだ。


 この島は見た目の美しさに反して、船にとっては危険な場所である。満ち潮になると、両手で輪を作ったような形をした砂浜の腕が海面下に隠れてしまうから、目立つ高木と小さな陸地を避けたつもりで、その砂の腕に乗り上げてしまうことがあるのだ。


 だが、スケイルズ船には大きな問題ではない。喫水の浅いスケイルズ船は水深三フィートもあれば航行可能である。もし乗り上げてしまったら、船を引っ張ればよい。スケイルズ船は人力で持ち上げる事も可能だ。


 しかし、〈白鯨号〉のような多層構造の大型船は言うまでも無く、エルシア海沿岸で使われている一般的な船でも、乗り上げてしまえば脱出には非常に手間がかかる。


 若き日のルゴスはそれを利用して、この島で追いかけてくる船を撒いたり、罠にかけたりしていた。


 今回はここを一時的な拠点にするつもりである。五艘のスケイルズ船に乗った三百人弱の戦士たちが生活するには小さすぎる島だ。ほとんど雨の降らない夏ならともかく、雨風を凌げるような場所もない。


 ルゴスは戦士たちに指示を出して湾内に進入すると、〈白鯨号〉から受け取った補給品を島に運び下ろさせた。木と木の間に布を張って簡易な雨避けとし、特に濡れて困るものは革を被せるなどした。他にも、砂を被せたり、葉を被せたりして隠す。


 これから戦闘するのに、補給品を満載した状態で向かうわけには行かない。

 それにグイドから――というよりロランドから――得た情報が正確なら、レスターはまだエルシア大陸北岸にあるアークローの港にいるはずだから慌てる必要もない。


 ルゴスは翌日を休息日にして、その夜には次の戦いについて話し、翌朝には船団を率いて出発した。


 スケイルズ諸島の戦士たちは、ルゴスの指揮に従って西へと進路を取った。


 この時期、エルシア海には西から冷たい風が吹く。風上に向かって進むので漕ぎ手の負担は大きいが、スケイルズ諸島の戦士たちは歌に合わせてオールを動かし、辛抱強く進んでくれた。


 情報によればアークローを出発したレスターの船は、六日後にテッサへ到着予定となっている。アークローからテッサまで六日間で航行するには、テストリア大陸南岸が見える所まで北上してから陸地に沿って西進するという一般的な航路では間に合わない。冬の間は強弱こそあれ西風が止むことはないので、西に直進する航路では櫂走のみとなり速度が出ないからだ。


 この日程を可能にするには、ルゴスの知る限り、アークローから北西に直進するしかない。風に向かって正対するより斜めのほうがずっとマシだし、より直線的になるので距離も短くて済む。


 問題があるとすれば不測の事態で沈没したり、航行不能になったりした場合に、一般的な航路ではないので救助が期待できないという点だ。もちろんそれは、襲撃者の側からすれば利点でもある。


 ルゴスは反対する父王を振り切ってエルシア海まで遠征した事を、大海の神の思し召しと思いたかった。エルシア海で過ごした一〇年の経験が無ければ、この機会は活かせなかっただろう。


 レスターの行程から予想した航路と、潮の流れに風の強さを考え合わせれば待ち伏せする海域も絞り込める。


 海戦で重要なのは、いかに風上を取るか、という事だ。そのためには今、苦労して西に移動しておく必要があるのだ。


 一つの歌が終わり、漕ぎ手が交代した。


 歌い出しは船長がするものだから、この船に関してはルゴスが行う。歌の長さには違いがあるので、長い歌を選ぶか、短い歌を選ぶかは、漕ぎ手になった組の疲労度を見極めて選択しなければならない。適当に選ぶ船長は嫌われる。


 ルゴスは〝サーペント殺しのブリューナク〟を歌い出した。長い歌だが今の組は体力も充分だし、何より初代スケイルズ王を謳ったものなので気に入っているのだ。


 歌う戦士を乗せた五艘のスケイルズ船は、そうして順調に西進して目的の海域に到着した。後はレスターを乗せた帝国船を見逃さないようにするだけだ。もし発見できずにすれ違ってしまったら、運が無かったと諦めるしかない。


 五艘のスケイルズ船はお互いに距離を取って旋回しつつ、それぞれ全方位へ見張りを立てた。そして翌日の昼前には、帝国の船を発見した。


 海上を渡る角笛の音に、五艘のスケイルズ船はルゴスの考え通りに動いて、水平線の向こうにぽつんと見える三つの黒い影に対して風上を維持しつつ横一列に並ぶ。風上に位置するスケイルズ船の角笛は、おそらく帝国船にも届いているだろう。ルゴスは敵の動きを見定めようとした。


 もし逃げ出すなら追いかけるだけだが、スケイルズ船は風上にいるのもあって帝国船の三倍は速度が出る。エルシア海の一般的な船は、船尾に船長室や客室などがあって構造的に脆いし、逃げる相手を襲うほうが容易い。


 帝国船は戦うつもりのようだった。船影は少しずつ大きくなってきて、今やはっきりと、三隻の大型船だと判別できる。二隻が一隻を庇うような隊列を取り始めていた。スケイルズ船に対して壁になるよう二隻が並んで、その向こうに一隻を隠そうとしている。しかしその動きは一番重要な船、つまりレスターが乗っている船を自ら教えているようなものである。


 ルゴスは左右の船に立つ船長たちと目を合わせた。全員が信頼できる船乗りであり戦士でもある。後は攻撃開始の合図をすれば、戦いは始まる。だが、ルゴスは一瞬それを躊躇った。


 何もかもが上手く行き過ぎているような気がしたのだ。若かりし頃のルゴスではない、老練なルゴスが警鐘を鳴らしている。


(慎重すぎるのは、老人の悪い癖だ)


 そう心の中で呟きながら、ルゴスは両手を左右に広げて船首に立ち、年老いてなお分厚い胸を膨らませて叫ぶ。


「大海の神オルシスよ! この戦いをご覧あれ! 生き延びた者には勇者の名誉を、死した者には〈水の宮殿〉へ招かれる名誉を、授けたまえ!」


 船首が波を砕き、海水の飛沫がルゴスを濡らす。それは大海の神がルゴスの言葉を聞いた証である。戦士たちは心の底から安心しただろう。もはや死後を心配する必要はない。ただ勇敢に戦う事だけを考えればいいのだ。


 ルゴスは幅広の片手剣ブロードソードを抜き放ち、前方の帝国船を指した。


「いくぞ、大海の勇者たち。我と共に栄光の道を歩もうぞ!」


「おうっ!」


 海面を揺らして波を立ててもおかしくないほどの声で戦士たちは応えた。船の中心に立つマストの先にスケイルズ諸島の旗が上がる。


 横一列に並んだスケイルズ船のうち、南側の二艘が帝国船に向けて走り出した。三艘目が援護のため後方に続く。


 その頃には、帝国船の様子も分かるようになっていた。カン、カン、という甲高い金属音が聞こえる。警報だろう。


 帝国船は二層構造の大型船で、船体の輪郭は四角く、〈白鯨号〉を小さくしたような形をしていた。ルゴスが若い頃から、船の構造はあまり変わっていないようだ。波に持ち上げられて一瞬、船首の下部についた衝角が覗く。


 船首甲板には大型クロスボウのアーバレストが設置されていて、左舷と右舷の甲板には投射機カタパルトがある。


 素早くそれらの武器に取り付いた帝国兵が最初の犠牲者となった。海面を走る二艘のスケイルズ船を支援する三艘目の船から放たれた矢に射殺されたのだ。


 設置型の大型武器は、それを扱おうとする人間を狙いやすい上に、取り付いてすぐに攻撃できるわけでもない。


 風上にいるスケイルズ船は速度が出るだけでなく、援護射撃を行う長弓の射程も延びる。北方の戦士はスケイルズ諸島の海賊に限らず、長弓に習熟しているのが普通だ。


 ほとんど森に覆われ、それ以外は山ばかりの北方では、木々の枝葉の隙間を抜くくらいはできなければならないし、渓谷の向こうにいる相手まで矢を届かせる必要もあるからだ。北方には優れた剣士よりも、優れた射手のほうが多い。


 三艘目からの長弓による援護射撃で、帝国軍が思うように大型武器を使えないでいるうちに、先行して突撃した二艘のスケイルズ船は矢のように海上を走って、壁になっている帝国船に接近する。


 帝国船は船首をスケイルズ船に向けようと方向を変えた。衝角を使うつもりなのだ。風下からの衝角攻撃など恐ろしくもないが、突っ込んで行くスケイルズ船は自らの速度によって貫かれるかもしれない。二艘のスケイルズ船がそのまま直進したなら、そうなっていた可能性もある。だが、二艘は衝突直前に帝国船の正面を避け、水平になるよう微妙に角度を調整し、すれ違いざまに全てのオールを引き上げた。


 帝国船とスケイルズ船が、船体を擦り合わせながらバキバキと大きな音を立ててすれ違う。オールを引き上げていたスケイルズ船と違い、出したままにしていた帝国船はほとんどのオールをへし折られるという甚大な被害を受けていた。


 予備のオールがなければ、もう風まかせに漂うしかない状態だ。二艘のスケイルズ船は勢いそのまま通り過ぎ、海上を旋回している。スケイルズ側は、左舷に取り付けていた盾を失ったが船体の損傷は軽微である。


 すれ違いざまに帝国兵からクロスボウの一斉射を受けていたようだが、高速で通り過ぎる船の乗員に太矢クォレルが当たるかどうかは運次第だ。被害はそれほど大きくないだろう。


 距離を取って援護射撃に徹する三艘目のスケイルズ船は、矢を火矢に切り替えて攻撃を続けている。帝国兵もクロスボウで応戦しているが、スケイルズ船まで届いていない。帝国船からはどこかに引火したのか、煙がいく筋か上がり始めた。


 二隻の帝国船に守られていた三隻目の帝国船が船首の向きを変えて距離を取り始める。「素人め」と、思わずルゴスは呟いた。


 そして自分の船と、隣に残った船の船長ヨルゲンに合図を出す。あの船を狙え、と。ルゴスの命令に従って、漕ぎ手たちは一斉に動き始めた。帆が張られ、西風をはらんで膨らむ。二艘はすぐに海上を走り出した。


 逃げ出した帝国船は西風を帆に受けられるよう東に船首を向けている。応戦を諦めて離脱するつもりのようだ。だが、圧倒的に速度で上回るスケイルズ船から逃げられはしない。追うルゴスは、帝国船の船尾に武器がないのを確認した。少しでも妨害するつもりか、あるいは軽くするつもりか、帝国兵が船尾に現れて樽や木箱を海に放り込んでいる。


 樽を避ける時、オールが叩いて中身が海に漏れ出した。黒っぽい液体だ。ワインか何かだろう。


 ルゴスは併走するスケイルズ船の船長ヨルゲンに、両側から挟み込もうと手で合図した。ヨルゲンは手を挙げて了解の意思を示す。


 長弓の射程に帝国船を捕らえると、二艘のスケイルズ船は長弓を射ち込みながら徐々に左右へと離れていった。


 単に沈めるのが目的なら安全圏から攻撃を続ける手もある。しかし本当にレスターがいるのか確かめる必要があった。捕虜にする必要はないだろうが、証拠として首は必要だろう。それに戦士たちは戦いを求めている。


 一方的に長弓で攻撃できる距離から、より近付くと帝国兵もクロスボウで反撃してきて射ち合いになった。帝国船の船首にあるアーバレストも、左右にある投射機カタパルトもぴったりと背後に付く細長いスケイルズ船を狙えるほど回転しないようで使われない。


 だが帝国製のクロスボウは噂どおりの威力だった。漕ぎ手を守るために左右の舷に付けた盾をも貫通する威力がある。漕ぎ手を狙うというのは卑怯だが効果的な攻撃だ。


「クロスボウを持った敵を優先的に狙え!」


 ルゴスは大声を張り上げた。直後、ボッと空気に穴を穿ったような音を立てて、顔の横を太矢クォレルが通り過ぎる。頭に来たルゴスは長弓で反撃し、その太矢クォレルの射手を殺した。


 敵はスケイルズ船の漕ぎ手を狙えるが、スケイルズ側からは帝国船の漕ぎ手を狙い難い。二層構造の高さがある船で、漕ぎ手がいるのは甲板の下の狭い部屋だ。船の横からオールを出す穴と、横長の覗き窓があって、その中に漕ぎ手が見える。腕の良いスケイルズの射手は激しく上下する船上でもその隙間を狙えるが、全員ができるわけではない。


 しかし、クロスボウと長弓の射ち合いは長く続かなかった。後部左右からスケイルズ船が挟みこむように激突したからだ。へし折られた帝国船後部のオールが、傷ついた船体の木片と一緒に飛び散る。一瞬、衝撃で船そのものが持ち上がり、着水して激しい波を立てた。海水が甲板上で流された血を洗う。


 大海の神は血を求めている――それを見てルゴスは思った。そして戦士たちも血を求めている。武器と盾を構えて移乗に備えていた戦士たちが雄叫びを上げて、接触した船首から帝国船の後部に飛び移って行った。


 スケイルズの戦士が移乗するのを食い止めようとした勇敢な帝国兵は、その勢いに圧倒されて剣を振るう間もなく殺される。


 ルゴスが帝国船に乗り移る頃には、帝国船の甲板中央付近で円陣を組んだ帝国兵が最後の抵抗をしている状況だった。帝国兵を指揮している男は白髪の老兵で、レスターではない。


 しかし、スケイルズの戦士たちを手こずらせているその白髪の指揮官には見覚えがあるような気もした。


 ヨルゲンが帝国船に乗り込んできたのを見て、ルゴスは「何人か連れて、下の漕ぎ手を制圧しろ」と命じ、自身は船長室のある船尾へ向かう。


 船尾の屋倉に入る扉の前には、すでに数人の戦士が待機している。ルゴスが目で合図すると、斧を打ちつけて扉を壊し、戦士たちは屋倉に突入した。すぐに武器のぶつかり合う戦いの音が響いてくる。中で待ち伏せていた帝国兵はスケイルズの戦士たちに圧倒されて奥まで押し込められ、船長室への道を開いてしまった。


 その場は味方に任せ、ルゴスは堂々と船長室に入る。


 船長室というものは、船長の個性を表すものなのだろう。まるで貴族の応接間のような内装だった。壁には上等な織物が掛けられ、黒と赤に彩られている。それはアルガン帝国の色だ。床に散らばった高価な調度品の類にも統一感がある。


(グイドの部屋とは大違いだ)


 ルゴスがそんな事を考えている間にも、斬りかかってきた帝国兵が二人、スケイルズの戦士に殺された。部屋の中に残った帝国人は二人だ。


 四角い立派な執務机の向こうにいる男がレスターかとルゴスは睨みつけるように観察する。黒髪で寸胴のぽっちゃりした体型。背は低くも高くもない。もじゃもじゃの薄い顎髭はもみ上げと繋がっている。


 こいつは違うな――とルゴスは判断した。聞いていた人相と違うし、何よりルゴスの視線に怯えて机の後ろに隠れるような男が、エルシア大陸を統一した皇帝レスターであるはずがない。


 もう一人の男は兵士として鍛えられた身体をしていて、剣の構えも立派なものだ。剣帯には星型と盾型の勲章を付けているが、それが何を意味しているかルゴスは知らない。五人のスケイルズ戦士に囲まれて、その帝国人は勝ち目が無いと判断したらしい。剣を捨てて両手を上げた。二人のスケイルズ戦士が腕と肩を掴んで押さえつける。


 最後に残った黒髪の若者にルゴスが向かっていくと、若者は悲鳴のような声で叫んだ。


「ま、待て、俺は陛下じゃない!」


 しかしルゴスの歩みは止まらない。黒髪の若者は後退りながら早口にまくし立てる。


「あ、あんた、〝北の男〟ルゴスじゃないか? お、俺は〝黒ひげ〟ブルータスの息子ルパートだ。親父からあんたの話は聞いている。友達だったんだろう?」


 懐かしい名前だ――と思いながら、ルゴスはルパートと名乗った黒髪の若者に近付いて行った。


 〝黒ひげ〟ブルータスは伸び放題の黒髭で知られた海賊で、当時のエルシア海で一大勢力を誇った有名人だ。粗野な見た目ほど乱暴な男ではなかったが、慈悲深い人間でもなかったので、恐れられていた。


 確かに、ルゴスはブルータスと手を組んだ事が何度かある。ブラドーよりは親しかったと言っていい。


(あの〝黒ひげ〟が、わしを友達だと言ったのか……)


 そう思うと、嬉しくもあった。


「た、たた、助けてくれ。陛下はこの船に乗ってない。あ、一緒にいた船にも乗ってない。もう今頃はテッサに着いているはずだ」


 聞いてもいないのに話し続け、ルパートは部屋の隅に追い詰められた。目の前に立つルゴスを上目遣いに見ている。その瞳には怯えしかない。ブランやヒルダと一緒の時は背が低く見えるルゴスだが、ルパートよりは長身である。


 ルパートはまるで、出来損ないの〝黒ひげ〟だ。顔に面影はあるが、髭も体格も父親に比べて貧弱で、器量については比べるまでも無い。ルゴスは剣を振り上げた。


「友達の息子を殺すのか!」


 それがルパートの最後の言葉になった。ルゴスの振り下ろした剣は、彼の顔を真っ二つにした。


(今のわしは、〝北の男〟ルゴスではない。スケイルズ諸島のルゴス王だ。北方連合王国の四王の一人なのだ)


 床に横たわり、痙攣しながら血溜まりを広げているルパートを見下ろして、ルゴスは心中でそう告げた。


 帝国兵の抵抗によって少し被害は出たものの、この戦いはスケイルズ勢の勝利に終わった。降伏した帝国兵は甲板に並べられ、スケイルズの戦士たちに囲まれている。帝国兵たちは口々に命乞いをしていた。ルゴスはいくつかエルシア大陸の言葉を知っている。


 〝命ばかりはお助けを〟は最もよく聞いた言葉だ。


 他にもテストリア大陸の言葉で命乞いする者もいた。テッサニアの出身か、学があるのだろう。


 甲板で最後の抵抗を指揮していた白髪の指揮官は死ぬまで戦ったという。彼の遺体を見て、ルゴスは思い出した。〝黒ひげ〟の戦闘隊長だったマシューだ。甲板での戦いぶりも納得である。


「王よ、いかが致します?」と、ヨルゲンが指示を求めてきた。


 ルゴスはマシューの遺体から目を離し、無慈悲に言い放つ。


「海に沈めろ。この船もだ。大海の神への捧げ物にする。だが、片手で持てる程度のものなら、神もお目こぼし下さるだろう」


 その言葉を理解できた捕虜が悲鳴を上げ、恐怖が伝染していく。スケイルズの戦士たちは王の許可を得て歓声を上げ、捕虜たちが身に着けている貴金属類を剥ぎ取り品定めを始めた。


 奪う者と奪われる者の声を背に、ルゴスは西に目をやった。黒い船影が一塊になって煙が上がっている。そちらも決着がついたようである。


 それから北西に目を向けた。テッサのある方角だ。


(レスターに嵌められたようだな。小賢しい)


 ルゴスは苦々しく思った。本当の意味で嵌められたのはルゴスではないと分かっているが、利用されたようで気に入らない。


 〝レスターが釣れるかもな〟というブランの言葉をまた思い出す。


(釣り人はレスターのほうだったよ、ブラン)


 心の中で、ルゴスは上位王にそう報告した。そして何故か少し、安堵した。

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