1.マイラ ―盟約暦1006年、秋、第12週―

 秋の深まりを感じさせる寒さに、マイラは一度ベッドから出ようとして躊躇った。部屋の中は夜明け前で暗いが、この一年で身に付いた習慣から起きる時間だと分かる。暗闇の中で顔だけタニアのほうに向けると、まだ熟睡しているようだった。


 もしかしたら時間を間違えたかもしれない、とマイラはベッドから出ないための理由を考え出したが、それは鐘楼の鐘の音によって否定されてしまった。


(ああ、もう……)


 マイラは枕に顔を突っ伏し、最後にもう一度だけ抵抗してから、起き上がった。


 毛布に包まって暗闇に目が慣れるのを待ってからベッドを下りる。椅子の背に掛けてあった肩掛けケープを羽織り、テーブルの上の書きかけの手紙を一瞥してから、タニアのベッドまで歩いて肩を揺する。


「タニア」


「うん……」


 タニアの小さな返事を聞いてから廊下に出て、ランタンから蝋燭に火を貰って部屋に戻っても、タニアはまだ起きていなかった。


 このところ、タニアは寝起きが悪い。その理由にマイラが気付いたのは四週ほど前の事だ。


 学生時代のマイラは日が落ちたら寝て、深夜に起きて蝋燭の明かりで二時間くらい勉強をし、もう一度寝て夜明けに起きるという規則正しい生活をしていた。城勤めになってからは、夜中まで働いているので一度寝たら夜明け前まで起きない。しかし学生時代の習慣はまだ残っていて、時々、深夜に目が覚めてしまう事があった。


 そんなわけで、たまたま深夜に目が覚めてしまったマイラはタニアがいない事に気付いたのだ。


 用を足しに行ったのかと思っていると、タニアは音を立てないようにゆっくりと扉を開けて、忍び足で戻ってきた。そのままベッドに入れば怪しむことはなかっただろうが、タニアは外出していたらしく、暗闇の中で部屋着に着替えてからベッドに入ったのだった。


 それ以来、気になってタニアの様子を見ていると、その日がたまたまというわけではなかった。寝る前は出ていなかった服が出ていたり、靴が変わっていたり、怪しい点がいくつも見つかったのだ。


 夜中に何をしているのか尋ねる必要がある、とマイラは思っているものの、まだ聞けずにいる。


 マイラが部屋の燭台に火を移し終え、部屋がぼんやりと明るくなった頃になってやっとタニアは起き上がった。


「おはよう……」


「おはよう」

 マイラも挨拶を返して、二人はいつものように身支度を始めた。


 東棟の玄関に侍女たちが集まる時間になっても、外は薄暗いままだったので、皆それぞれ蝋燭を手に集まっていた。


 秋になる前は大勢いた侍女たちも、今ではだいぶ少なくなってしまった。戦争が始まり、戦火が王都に及ぶという噂が現実味を帯びてくるにつれて、一人また一人と去って行ったのだ。


 かつては恋やら家の事情やらが主流だった噂話も、自然と戦争の噂になりがちだ。城に勤めていても侍女たちには正確な戦況は知らされない。それでも城の中で働いていれば小耳に挟むことはある。


 例えば、南部ではブラックウォール城が包囲されたまま帝国軍が好き勝手やっているとか、王都から南部へ続く〈黄金の道〉にある旧王都キングスバレーに、マイラの故郷プレストンの領主でもある西部総督トビアス公の軍が集結しているとか、西部から来た兵士の一部は王都に呼び戻されたとか――しかし一番の話題は身近な問題でもある、王都にやって来た北方人たちについてだ。


 侍女たちが蝋燭の明かりを持ち寄ってひそひそと話していると、侍女長のウィルマが現れた。


 ウィルマは戦争が始まる前と変わらず、きっちりと隙のない格好で背筋を伸ばし、侍女たちを見下ろしながら今日の仕事について指示を出していく。今日のマイラは王妃に付く予定で、変更はないようだ。


 最後にウィルマが、竜舎を厩舎として使うために片付けるという話をしたので、マイラは驚いた。いつものようにウィルマが手を三回打って仕事の開始を告げ、侍女たちが動き出す中、マイラは慌ててウィルマを呼び止める。


「ウィルマ侍女長!」


 ウィルマは立ち止まり、振り向いた。

「どうかしましたか?」


「あの……竜舎を厩舎として使うというお話なのですが、塔のほうにはまだランスベル卿から預かったものが置いてあって、その……」


 ウィルマは眉根を寄せて眉間にしわを作る。


「人にものを尋ねるときは、はっきり話しなさい。塔のほうは現状のままだそうです。ランスベル卿からの預かりものというのは、かさばるもの?」


 マイラは安堵した。あの小さな塔は今やマイラにとって大切な避難所になっている。わずか六週間前の、失われた世界の名残であった。


「申し訳ありませんでした、ウィルマ侍女長」

 マイラは頭を下げてから、両手を広げて答える。

「このくらいの大きさの本棚にいっぱいの本があります」


「そうですか。わかりました。そういうものがある、という事は私も覚えておきます。さ、早くお行きなさい。王妃様をお待たせしてはなりません」


「はい。失礼致します」

 マイラはスカートをつまんで腰を落とし、暇を告げると東棟を離れた。


 大塔グレートタワーの中を、〈王の居城〉にあるアデリンの部屋に向かいながら、城の様子はすっかり変わってしまったとマイラは痛感した。


 ほとんど顔見知りしかいなかった城内には、今や知らない人が大勢いる。各地からやって来た貴族、騎士と従者たち、そして数日前に北方から来た人々などだ。鎧を着ている人といえばかつては近衛騎士と衛兵だけだったのに、今では当たり前のように鎧を鳴らして歩く人ばかりである。


 血と鉄の臭い、泥と人間の体臭、革や毛皮の臭い――それまで城内には無縁だった臭いが混ざり合って充満している。はっきり〝臭い〟と言うわけにもいかず、足早に通り過ぎようとしたマイラは、走ってきた大柄な男性と衝突しそうになって小さく悲鳴をあげた。


「ひゃっ!」


 毛皮を纏った大柄な北方人は、その体格に似合わぬ素早い反応で衝突を避ける。


「おっと、すまねぇな、娘っこ!」


 髭もじゃの北方人はそう言って、そのまま走り去った。


「娘っこ……」と呟きながら、その背中を見送る。


 一番の違和感は彼ら、北方の人々だった。言葉も訛りが強いし、髭を伸ばしている人が多くて顔がよく覚えられない。服装も洗練されておらず、礼儀もなっていない。特に食事のマナーは酷く、マイラからすれば下品と言ってもいい。


(でも、きっと悪い人じゃない。ちゃんと謝ってくれたし……)


 マイラは自分に言い聞かせた。彼らのおかげで、東部街道での戦いに勝利したとマイラも知っている。劣勢にあったファランティア軍を救ったのは彼ら北方の戦士たちだと、騎士たちが話しているのを聞いたのだ。だからと言って、同じテーブルで食事をしようとは思わないが。


 〈王の居城〉までやって来て、顔見知りの近衛騎士に会うとほっとした。ここは今までどおりだ。回廊を歩いていると中庭から聞こえてくる剣戟の音も、以前と変わらない。テイアラン王はいつもどおり早起きだ。


 王妃の部屋の前に立ち、マイラは扉をノックした。


「王妃様、失礼します」


 そう言って扉を開いた瞬間、部屋の中の臭いにマイラは思わず顔をしかめる。


 最初の部屋のテーブルにはたくさんの酒瓶が転がり、食べかけのパンやチーズもある。それらは床にも散らばっていて、まるで北方人が食事をした後のような有様であった。アデリンは以前からよく酒を嗜む人だったが、戦争が始まってからは特に酒量が増えている。今こそ世継ぎが期待されているにも関わらず、毎晩このように酒を飲んでいたら、夜の営みもままならないだろう。とはいえ、アデリンを責めるような人は誰もいない。


 アデリンは南部総督であるベッカー家から、王家に嫁いできた女性だ。末の弟はおそらく戦死しているし、実家であるブラックウォール城は包囲され、父親と兄がどうなったかも知れない。そのような状況では、酒に頼るのも仕方ない事だとマイラも思う。


 マイラは空気を入れ替えるつもりで扉を開け放ったまま、部屋の掃除を始めた。

 アデリンは放っておけば昼まで寝ているし、今日は特に公務の予定もないから起こす必要はない。


 中庭から聞こえる剣戟の音もなくなり、日が昇って回廊を明るく照らすようになった頃、一通り片づけを終えたマイラは扉を閉め、奥の寝室前に立って扉をノックした。


「王妃様、侍女のマイラです」


 案の定、返事はない。


「王妃様、侍女のマイラです。入ります」


 もう一度ノックして呼びかけてから、少し待って、マイラは寝室に入った。


 寝室は分厚いカーテンで閉め切られていて暗い。ベッドの上に寝ているこんもりとした丸い影はアデリンだ。彼女の体型は父親のグスタフ公に似たと言われている。


「王妃様、マイラです」


 優しく呼びかけながら、剥き出しの白くて丸い肩を揺すった。何度かそれを繰り返すと、アデリンは呻いて、ゆっくりと目を開く。寝起きなのに、まるで疲れ果てたような顔をしている。


「マイラ……?」


「はい、マイラです。王妃様。必要なものはございますか?」


 アデリンは呻くように言った。

「水……」


「はい。今ご用意します」


 マイラはベッド脇に持ってきていた水差しから杯に注ぎ、アデリンが上体を起こすのを手伝ってから、水を渡した。


 アデリンは最初、恐る恐るという感じで口を付けたが、一気に仰いで飲み干した。口の端から水が零れて豊かな胸を濡らす。マイラは空になった杯をアデリンの手から抜き取って、水差しと一緒に置いた。


 頭痛がするのか、王妃は額に手をやって俯いている。赤みがかった金髪がカーテンのようにその顔を隠しているので、表情は窺い知れない。


 マイラはアデリンを煩わせない程度に片付けようと、部屋の中に落ちている下着や服を拾い始めた。


 ふいに、アデリンが尋ねる。

「ねえ、ハイマン将軍は戻ったの?」


「まだ戻られてないと思います」と、マイラは正直に答えた。


「城の兵士たちは出陣の準備をしている様子?」


 立て続けにアデリンが質問を始めた。マイラは正直に答えるしかない。


「私には、そういう事は分かりません……」


「ブラックウォール城は……お父様は解放されたかしら?」


「わかりません……」


「〈クライン川の会戦〉でお兄様が怪我をされたという知らせがあったけど、その続報はないかしら。お怪我は良くなったのかしら?」


「わかりません……」


 最後にアデリンは、ふっ、と苦笑して言った。


「同じ質問を陛下にしたのよ。そうしたら、あの人もマイラと同じ答えだった。〝わからない〟って。この国の王なのに、侍女のあなたと同じ答えしかできないなんてね。頼りにならないわ……」


 最後の一言に、マイラは驚いて小さく悲鳴をあげるように言った。

「王妃様!」


 そしてアデリンに駆け寄ると、その冷たい両手に手を添える。

「そのような事を口にしてはいけません。陛下をそのように……いけません」


 家族を心配するアデリンの気持ちは、マイラにも分かったが、実感を伴ったものではない。西部にあるマイラの実家は戦場から遠く離れている。もし危険が迫るとしたら、家族よりも自分のほうが先である。


 しかし、もしも逆だったら――自分が危険に晒されているよりも、そのほうが苦しいかもしれない、とマイラは気付いた。


「お気持ちは分かります、とは言えません。でもきっと、お父様もお兄様もアデリン様が自分たちより安全な場所におられる事で、少なくとも一つは心配事が減っている……と、思います」


 アデリンはしばらく黙っていたが、右手を抜き取ると、マイラの手の上に置いた。


「そうね……きっと、それは、そうだと思うわ。ありがとう、マイラ」


 表情はまだ晴れないが、アデリンは少し明るい声でそう言った。マイラは恐縮して首を左右に振る。


「いいえ、そんな、とんでもございません。王妃様のご質問にお答えできず、申し訳ございません」


 そして、テイアランもただ正直にアデリンの質問に答えただけだろうと思った。嘘を付いたり誤魔化したりせず、誠実に答えたのだろうと。しかしマイラには、そこまで口にするような勇気はなかった。


 夕暮れまでアデリンに付いていたマイラは、その後の晩餐には同席不要との事で一時的に自由な時間を得た。その間に自分の食事を済ませるため東棟に向かう。侍女なら大広間で食事をしてもおかしくないが、北方人たちと食卓を同じくするのは躊躇われたからだ。しかし、その日の大広間は様子が違っていた。マイラが通りかかると、貴族らしくないファランティア人たちで満席になっている。


 何事かと目を見開いていると、給仕しているニクラスが通りかかったので腕を掴んで引き止めた。


「なにこれ?」


 幼馴染はぽっちゃりした顔に汗を光らせながら答える。


「西部から来た人たちだよ。キングスバレーに向かってる途中で呼び戻されたんだって。今日は陛下のお気遣いで、城の大広間でご馳走になるんだってさ。忙しいから邪魔すんなよな」


 ニクラスは腕を引き離すと、居並ぶ人々の間に入って行った。


(その一言が余計なのよ)


 面と向かって言う暇もなかったので、心の中で付け加える。


 その時、「マイラ!」と彼女を呼ぶ声がした。振り向くと、そこには懐かしい顔があった。故郷のプレストンで近所に住んでいたクルトが大広間の中で手を挙げている。


「クルトおにいちゃん!」


 マイラは顔を輝かせて手を振り返した。クルトはマイラやニクラスより四つ年上で、面倒見がよく、マイラたちは〝クルトおにいちゃん〟と呼んでいた。


 クルトは手招きして、隣の人に頼んで場所を空けてもらい、そこにマイラを座らせる。


「マイラ、大人っぽくなったなあ!」


 クルトは嬉しそうにそう言った。一年ではほとんど変わらないが、少し無精髭を生やしている。最後に会った時は伸ばしていた黒髪も、今は短く刈り込まれていた。身に着けている鎧下の綿入れキルティングコートは真新しい。


「クルトおにいちゃんも来てるとは思わなかったよ」


 マイラがそう言うと、クルトは笑顔で応じた。


「そりゃ、王国の危機となれば戦うさ」


 それはクルトらしい答えだ。


「それでさ、お前んちの親父さんにこの鎧下と鎖帷子チェインホーバークを買ってもらったんだ。まるで近衛兵みたいだろ。その代わりってわけじゃないけど、もしマイラに会えたらって事で手紙を預かってんだ」


 クルトは自分の服をまさぐると、少し折れ曲がった手紙を取り出した。「悪い、ちょっと曲がっちゃった」と言いながら、まっすぐに伸ばそうと手で撫で付ける。


 とても懐かしい気持ちに、涙が出そうなほどだった。王都に来て初めて、故郷に触れたような気分になったのだ。


「いいよ、全然……大丈夫。ありがとう、クルトおにいちゃん」


 マイラは手紙を受け取りながら、そう言った。


 それから二人は思い出話などしつつ食事をしていたが、給仕して回るニクラスを遠目に見てクルトが突然話題を変えた。


「ニクラスも、なんかちょっと痩せて逞しくなったな」


「えっ、どこが!?」


 マイラは改めてニクラスを見たが、相変わらずのぽっちゃり体型にしか見えない。クルトは苦笑しながら言う。


「いや、本当に。毎日顔を合わせてるから分からないんだよ。っていうか、進展してないんだな」


「進展?」


 意味が分からず聞き返すと、クルトは視線を逸らし、わざとらしく咳払いして独り言のように呟く。


「いや、いいんだ。後でニクラスに言っておかないとな……」


 意味が分からず、ぽかんとした顔をしているとクルトはマイラに視線を戻した。


「ところで、ずっとここにいて良いのか?」


「あっ、そろそろ行かないと駄目かも」


 マイラはパンくずを払って立ち上がる。


「頑張れよ、マイラ。お前とニクラスに会えて良かったよ。王都に二人がいると思えば、たぶん、戦えるよ」


 そう言ってクルトは微笑んだ。


(そっか……クルトおにいちゃんも戦争するかもしれないんだ……)


 その事に、マイラはいまさらながら気が付いた。結局のところ、マイラはまだ戦争を実感できていないのだ。きっと目の前で戦いが起こるまで実感なんてできない。それではいけないのだろうと思うが、どうすれば良いのかも分からない。


 だから、マイラは心を込めて言った。

「……気をつけてね」


 クルトにはたぶん伝わっただろう。彼は真剣な表情で頷いた。


 大広間を後にしたマイラは小走りで〈王の居城〉に戻り、晩餐が終わってアデリンが出てくるのを待ち構えた。そして、出てきたアデリンに従って部屋まで一緒に歩く。


 部屋に戻ってドレスや装飾品を外すのを手伝い終えると、「今日はもういいわ。ありがとう」とアデリンに言われたので、それでマイラの仕事は終わった。


 思ったより早く終わったので、大広間を覗いてみたがクルトたちはもういなかった。


 東棟の部屋に戻ると、ちょうどタニアが着替えているところだった。平民らしいシャツとスカートで、今は編み上げの袖なし胴衣ベストに腕を通している。タニアは驚いた様子で言った。


「あれ、早かったね?」


「着替えて、どうしたの?」


 マイラが問うと、タニアは誤魔化そうとする。


「あー、うん……ちょっとね」


 今こそ聞かねば、とマイラは思った。


「ねえ、いつもどこに行ってるの? 真夜中に出かけてる時もあるみたいだけど」


 タニアはばつが悪そうな顔をした。

「あー……気付いてたんだ?」


「うん」


 タニアはしばらく無言で袖なし胴衣ベストの紐を締め上げ、マイラは辛抱強く待った。そしてついにタニアは白状した。


「あのね……実は、付き合ってるの。城下の人と」


「ええっ!?」

 マイラは驚きのあまり、思わず大声を出してしまった。


「えっと……ね、外国の人なんだけど、今こんなだから国に戻れなくなっちゃったんだって。それでまあ、知り合って色々と……」


「色々!?」

 再び大声で言う。


 タニアは恥ずかしそうに下を向いた。それでマイラも恥ずかしくなり、顔を赤くして下を向く。二人とも下を向いている間に、タニアの準備は終わったようだ。


「そういうわけだから。じゃ、私、行くね」


 出て行こうとするタニアの前に、マイラは立ち塞がった。何となく直視できず、目を逸らしながら問う。


「その……か、彼氏さん? の名前を教えてくれたら、許してあげる……」


「意味分かんないんだけど……秘密にしてくれるなら教えるよ」


 マイラは黙って頷いた。


「トーニオっていうの」

 タニアはすれ違いざまにそう答えて、部屋から出て行った。


 マイラはゆっくりとベッドに座り、しばらく呆然としていたが、急に思い出したように手を合わせて独り言を言う。


「あっ、そうそう、お父さんからの手紙があるんだった」


 手紙を取り出して広げると、そこには懐かしい父親の字があった。父親の字を懐かしいと思う事があるなんて、マイラは知らなかった。手紙には、実家のほうは変わらず皆元気だという事と、マイラを心配している事が書かれていて、そして最後で、マイラの決断を立派なものだと認めてくれていた。


 頭ごなしに、〝城に残るなんて駄目だ。危ないから戻って来なさい〟と書かれているだろうと予期していたマイラは、予想外の内容に胸が詰まった。一人の大人として認めてくれたように感じられたのだ。


(うれしい……お父さん、お母さん)


 マイラは手紙を胸に抱いて、そして返事を書くため机に向かった。

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