8.ランスベル ―盟約暦1006年、秋、第11週―
オークが動いた――という報が入ってからの、スパイク谷の動きは素早かった。
進軍の準備を済ませて待ち構えていたのだから当然ではあるが、退屈しきっていた戦士たちが意気揚々と動いたためでもある。総勢約三〇〇人の戦士たちは〈黒の門〉を目指してエイクリムを出発した。
ランスベルはギブリムと共に、スヴェン王に従っていた。当然、ヒルダとマグナルも一緒だ。戦士たちは白い息を残して山中を進んでいく。
山を登るにつれて積雪は深くなり、ランスベルの膝下まで埋もれてしまうほどになった。先頭を行く戦士たちが道を作ってくれるおかげで、雪道に慣れていないランスベルでも付いていく事ができている。
先頭を歩く戦士たちは時々交代しているが、スヴェン王の周囲にいる者がその役をすることはない。楽しているようで悪いなとは思うものの、ランスベルが出て行っても全体の行軍を遅くするだけだろう。
見渡す山中は白と黒の二色しかない世界で、ほとんどは雪の白だが、所々に黒い岩と尖った木が突き出ている。その中を行く戦士たちは逆に、色とりどりの織布で着飾っていて、まるでお祭りとか、何か楽しい催しに参加するような色合いである。行軍中に誰かが歌いだすと、合唱になる事もあった。これから凄惨な戦いになるかもしれないというのに、彼らには恐れがないように見える。それは北方独自の信仰心ゆえか。
同じテストリア大陸にあるファランティアと北方は同じ六神を信仰している。正確に言えばファランティアだけが六神で、他の地域は七神である。
北方では、七神の神話に語られている大地の神ノウスと大海の神オルシスの争いは休戦状態にあるだけで、やがて最終戦争に至ると信じられている。その時に備えて、二柱の神は現世の勇者を死後、
二柱の神の間には取り決めがあり、陸の領域で死んだ勇者は〈大地の館〉へ、水の領域で死んだ勇者は〈水の宮殿〉へ、それぞれ招かれると決まっている。
スパイク谷の戦士たちは大地の神の陣営に加わる事を望んでいるので、彼らが恐れているのは死そのものではなく、不名誉な死によって勇者として認められずに〈大地の館〉へ行けず、
戦士たちの中で馬に乗っているのはスヴェン王だけだ。手綱はマグナルが取っている。その後ろを歩きながら、ランスベルは隣のギブリムを見た。もし先頭を歩けば、足の短いギブリムは股下まで雪に埋もれてしまうだろう。しかし、このドワーフが雪程度で歩みを止めるとも思えない。雪を山のようにして押しながら、ずんずんと進み続ける姿のほうが想像しやすい。
周囲の戦士たちの楽しげな雰囲気につられて、そんな事を考えていると、ギブリムは兜の下からランスベルを見上げた。その目は〝わかっているな?〟と念押ししているように見える。出発前の短い時間に交わしたギブリムとの会話をランスベルは忘れていない。
「何があっても、スヴェン王を助けてはならん。命は救えても、それが王を殺す事になる」
ギブリムの言葉の意味は分からないではない。北方の戦士たちは、強い者しか王とは呼ばないのだ。戦いで負けるような弱い王に戦士たちは従わない。敵を前にして逃げるような王はいわずもがな。
北方独自の信仰にも関わる事だが、弱い王に従う者は勇者ではない。そして、王は彼らが勇者となれる戦場へ導く存在であらねばならない。だから、スヴェン王の代わりに竜騎士ランスベルが戦ってしまったら、王の弱さを証明する事になってしまう。弱い王に従えば勇者ではなくなってしまうから、戦士の多くは戦場を離れるだろう。その結果、スパイク谷の軍は瓦解し、オークの勝利となる。
それは理解しているのだが、心情的に納得しているとは言い難い。決定的な瞬間になってもランスベルは見届けることが――別の言い方をすれば見捨てることが――できるのだろうかと不安になった。
「約束しろ、ランスベル。お前の事だから、心配している」
出発前、ギブリムは畳み掛けるようにそう言った。このドワーフがそこまで言うのは珍しい。ギブリムを裏切りたくない、失望させたくない、という思いも加わってランスベルは覚悟を決めようと思った。
そして、「わかった。約束する」と答えたのだった。
もうすぐ、その時が来てしまう――ランスベルは雪の向こうに見えてきた〈黒の門〉を見て思った。
その峠がなぜ〈黒の門〉と呼ばれているのかは、一目瞭然である。ファランティアと北方の境にある〈剣の峠〉のように、何も無い峠道ではない。二つの尾根の切れ目は平坦になっていて、数百人規模の軍隊が行軍できる広さがある。そして、黒く巨大な柱が二つ、門の支柱のように立っていた。
ギブリムによると、その柱はドワーフが作ったのだという。だが、柱について聞かされていなかったとしても、それが人間に作れるようなものでないのは明らかだ。左右の尾根に届こうかというほど高く、まっすぐ伸びた黒い四角柱は驚異の造形物である。これを見て畏怖の念を感じない人間はいないだろう。
黒鋼という聞いた事のない金属で作られている四面体の柱には、全ての面にドワーフを模した彫刻やルーン文字が刻まれている。ドワーフが使う魔法の文字だ。
ドワーフは人間の魔術師や竜騎士、エルフのように呪文を詠唱しない。彼らは道具にルーン文字を刻むことで、文字通り、魔法を刻み込む。ギブリムが武器をどこからともなく取り出せるのは、武器に込められた魔法の力によるもので、ギブリム自身の魔法ではない。
「ガル・タバル……人間たちの言う〈黒の門〉だが、あれはまだ機能している」とギブリムは最後に言った。
「どんな効果があるの?」とランスベルは尋ねたが、教えてくれなかった。
ギブリムが言ったように、ランスベルは柱に魔法の気配を感じていた。しかし魔法に対する感覚が無かったとしても、柱を見れば何らかの力が働いているのは誰にでも分かる。周囲は雪が積もっているにも関わらず、柱には雪が付着していないのだ。表面が濡れているのは、雪を溶かしているためだろうか。
柱の基部には木材と石材を組み合わせて作られた小さな砦と物見塔がくっ付いている。それは完璧な造形物である柱に比べるとまるでガラクタのようで、人間が後から付け加えたのは一目瞭然だ。ギブリムでなくても思わず顔をしかめてしまうほど、砦は稚拙な作りに見えてしまう。
物見塔の上に立つ男が、スパイク谷の軍勢が到着したと知らせる角笛を吹き鳴らした。左右の尾根に反響しながら、角笛は峠に響き渡る。
オークがそれを聞いて逃げ出しますように、とランスベルは願った。それは覚悟の無さの表れだ。オーク相手に剣を鈍らせるようなまねは、絶対にしてはならないと自分に言い聞かせる。
(もし話し合えるなら、ずっと以前にそうしているはずだ。これは二つの種族の、どちらが生き残るかという戦いなんだ)
〈黒の門〉を通過した先で、スヴェン王が手を挙げた。近くにいた若い戦士が、胸を膨らませて角笛を吹き鳴らし、全軍に停止を命じる。
北方の戦士たちは個性が強いが、集団戦に慣れている。その動きを見てランスベルは王都の近衛騎士団を思い出した。あの騎士たちのようにきっちりした隊列で手足の動きまで揃っているような行進ではないが、集団での戦いを意識した距離感で彼らは並んでいる。勝手に飛び出したり、騒ぎを起こしたりするような者は一人もいない。
そんな中、スヴェン王を中心にした一五人だけが進み続け、最前列から突出した。馬上の老王は背筋を伸ばして、灰色の雲から舞い落ちる雪の向こうを睨みつけている。
まるで示し合わせたように、前方が騒がしくなって、豚が鼻を鳴らすような音が聞こえてきた。続いてオークの集団がぞろぞろと現れる。オークたちは次々と数を増やし、スパイク谷の軍勢よりも横に広がって立ち止まった。
ギブリムがランスベルの腕を小突く。戦いの準備をしろ、という事だろう。
『ブラウスクニース、我に力を』
ランスベルは小さく呟いた。〈
途端に、〈黒の門〉が放つ魔法の波動を強く感じ取った。危険は感じないが、見られているような居心地の悪さがある。
(気にするな。今は自分の役目に集中するんだ)
敵オーク集団の中にいる魔法使いの気配を探り、位置を確認しながら数えていく。アルガン帝国の魔術師ほどの力は感じないが、エルフの魔法のように捉えどころがない。
オークには呪術師と呼ばれる血筋の者がいて、簡単なエルフの魔法を使えるとアンサーラから聞いていた。魔獣はその血に魔法が込められている場合、生来それを操れる。血の薄まった今のオークにもまだ魔法を使える血筋の者が残っているのだ。
ランスベルが感知できるだけでも全部で六人いる。そのうちの一人は最後尾の離れた場所にいた。もしその中の誰かがオークの女王なら、魔法使いとしては大した相手ではない。
(あれっ!?)
味方の中にも魔法使いの気配を感じて、ランスベルは思わず振り向いた。だが、その瞬間に気配は消えてしまう。
(なんだろう、今の……魔術師のような……)
勘違いかもしれない、と思いつつ隣を見ると、ギブリムも背後を見ていた。相談しようと口を開きかけた時、オーク軍に動きがあった。
オークたちが手にした武器で盾を打ち、雄叫びを上げて騒音を立て始める。前列の中心が左右に分かれ、そこから御輿が進み出た。前後二人ずつのオークに支えられた輿の上には、動物の骨で作られた椅子があり、そこにでっぷり太った巨大なオークが座っている。
周囲のオークと比べても二倍以上大きい。二本の大きな牙が下顎から突き出ていて、豚そっくりの鼻からは白い息がたなびいている。同じ種族と呼ぶには違和感があるほどの巨体だが、ランスベルが聞いていたハイ・オークの姿形とは違う。それに魔法使いでもない。
やはり六人の魔法使いの誰かがオークの女王か、もしくは、オークの女王はこの戦場に来ていないかのどちらかだ。
アンサーラ――と考え始めて、止めた。彼女なら、ランスベルが心配する必要はない。
オークたちは一つの単語を叫び始めた。〝ボッグルデック〟と連呼している。ギブリムがランスベルを見上げて、オークの叫びに負けないよう大声で言った。
「やつの名前だ。ルデックは〝女王〟の変化形で……女王の配偶者とか、そんな感じだろう。やはり女王の部族のようだな」
巨体のボッグルデックは輿の上に立ち、スパイク谷勢を指差しながら拙いファランティア語で叫んだ。
「王、戦え!」
そして輿の上から、全身の脂肪を揺らして飛び降りる。両手を挙げて雄叫びを上げると、周囲のオークたちも「王、戦え! 王、戦え!」と同じ言葉を繰り返す。
その意味は誰にでも分かる。一騎打ちを望んでいるのだ。
(くそっ……!)
ランスベルは心中で毒づいた。このまま普通に乱戦となれば、どさくさに紛れてスヴェン王をこっそり支援することもできたかもしれないが、一騎打ちでは手の出しようがない。
下馬したスヴェン王に、マグナルが膝を屈する。
「我が王、ここは代理戦士たる、このわしにお任せ下さい」
それだけ言って立ち上がり、近くの若い戦士から盾と両手斧を受け取ろうとしたが、スヴェン王はそれを制した。
「待て、マグナル」
その声は静かで、そして今までになく力強かった。
握りしめたスヴェンの手から、魔法の波動が全身に行き渡っていく。そしてさりげなく、その手に握っていた木の実をベルトに挟みこんだ。その木の実こそ、アンサーラの魔法である。ランスベルはぎゅっと目を閉じた。
どうにかして王を助ける方法は――と考え始めた途端、背中をギブリムに叩かれる。
目を開くと、ドワーフは怖いほど真剣な眼差しでランスベルを凝視していた。交わした約束を思い出し、せめて見届けようとスヴェン王に視線を戻す。
呼び止められたマグナルは、眉間に深い皺を寄せて老王を見ていた。
「マグナル、お前は今この時をもって、我が代理戦士ではなくなった」
「なっ――なにをおっしゃいます、我が王!」
スヴェンは素早くマグナルに近寄ると、小さな声で囁く。
「ヒルダを頼む」
それが聞き取れたのは、マグナル本人とランスベル、そしてギブリムくらいだったろう。
マグナルは二歩、三歩と後ずさり、そして目を閉じた。それは溢れる涙を抑え込もうとしているようであった。そのまま震える声で近くの戦士に命じる。
「何をしておる。我らが王に兜と盾を持て。望む武器を差し上げろ」
スヴェン王は兜を被り、盾を背中に背負って、両手斧を手にした。そして最後にヒルダのほうを向いて何か言いかけたが、一瞬満足げな笑みを浮かべて、結局何も言わなかった。ヒルダはまっすぐに父の姿を見つめている。
スヴェン王は敵に向かい、スパイク谷を背にして前に歩み出た。
相手が一騎打ちを受けたと見て、ボッグルデックは残忍な笑みを浮かべると手を差し出した。近くにいたオークが二人がかりで運んできた武器をその手に乗せる。それは〈オーク斧〉と呼ばれている独特の武器で、長い柄の両端に両刃の斧がついていた。とにかく刃がたくさん付いていたほうが強い、という単純な発想から生まれたと言われている。
他にも〈オーク鎌〉と呼ばれている武器は、長柄の両側に鎌の刃が大きいものから小さいものまで三つ縦に並んで付いているし、〈オーク剣〉という武器も、二本の剣の柄をくっ付けたような武器である。
どれも武器としてのバランスは悪くて重過ぎるが、使いこなせる技量と怪力があれば恐るべき武器であることは、過去の戦いで証明されている。
ボッグルデックの手にした〈オーク斧〉は特に大きく、とても一人で持ち上げられる代物ではなさそうだった。受け取ったボッグルデックも一度は片方の刃を地面に落とす。だが、野蛮な咆哮を上げると片手で持ち上げ、軽々と振り回して見せた。ぶんぶんと風を切る音が聞こえてきて、スパイク谷の戦士たちは固唾を呑み、反対にオークたちは歓声をあげる。
魔法だ――と気付いてランスベルはギブリムを見た。ギブリムは片眉を上げてランスベルを見返す。危うく「卑怯だ」と言いそうになってランスベルは言葉を飲み込んだ。魔法を使っているという意味ではスヴェン王もそうなのだ。代わりにランスベルは意識を集中して、ボッグルデックの魔法を探った。
敵の中にいる魔法使いの誰かが、ボッグルデックに魔法をかけている。一度使えば持続する種類のものではなく、使い続けて維持する種類の魔法のようだ。
(魔法を使っているのはどいつだ?)
次にランスベルは魔法を使っている敵を探したが、エルフの魔法は掴みどころがなく、魔術のようにはっきりとは捉えにくい。実際に目で相手の姿を視認できれば見破れそうなのだが、今の位置からでは難しかった。
両軍の中間に、スヴェン王とボッグルデックが進み出る。
両者が接近すると、体格の差は歴然だ。ボッグルデックは長身のスヴェンよりさらに頭一つ大きく、横幅は二倍以上ある。巨大なオークはスヴェンを見下ろして余裕の笑みを浮かべ、〈オーク斧〉を頭上で回転させ始めた。
それを見てスヴェンもまた、両手斧を構える。身体を斜めにして背負った盾で左半身を守っているが、あの巨大な斧に対して普通の盾が役に立つのかは疑問だ。
二人はじりじりと足を運びながら、お互いに間合いを測って円を描き始めた。
どちらの武器も大きくて重いため、一撃で勝負が決まる可能性が高い。当たればそれで終わり、避けられたらそれで終わり、そういう勝負になるだろうとランスベルは思った。
先に仕掛けたのはボッグルデックだ。
回転させて勢いを乗せた〈オーク斧〉が唸りをあげて斜めに振り下ろされる。前に出されたスヴェンの左足を狙った攻撃だ。見た目の豪快さに反して、小狡い攻撃である。
ドラゴンの力で強化されたランスベルの目には、その攻撃がしっかりと見えていた。普通の人間には反応が難しい、素早い一撃である。
(スヴェン王!)
ランスベルはスヴェンが回避してくれる事を願った。避けられれば、あの大きな斧が戻されるまで隙ができる。反撃の一振りで致命傷を負わせることも可能だろう。
願いは叶って、スヴェンはその攻撃に反応していた。足を狙ってくると分かっていたかのように、ボッグルデックの攻撃動作に合わせて足を引き始めている。
スヴェンは左足を引いて身体の向きを変え、その一撃を回避した。その動きはアンサーラの魔法によって一時的に蘇った彼本来の力と、蓄積された戦いの経験が生み出したものだ。
スヴェンは両手斧を振り上げている。だが、ボッグルデックは回避されたことも気にせず斧の刃で地面をえぐり、武器を振り上げて無防備になったスヴェンの顔を目掛けて雪混じりの土砂を跳ね上げた。
目潰しをくらったスヴェンは、振り上げた両手斧はそのままに、踏み込むのを止めてさらに後方へと跳んだ。その反応の素早さは、やはり魔法のおかげであろう。
ボッグルデックは振り下ろした反動を利用して〈オーク斧〉をますます回転させ、地面を削って前進し、反対側の斧で下から斜めに切り上げた。
間合いの広い〈オーク斧〉がスヴェンの見事な鎧を叩き切る。
(駄目だ、もう見ていられない……)
ランスベルが顔を背けた時、近くに立つヒルダが見えた。目をカッと見開き、全身の筋肉を硬直させて、自らを律しているようであった。その横顔は、目を逸らすなと言っているようにも感じられ、ランスベルは再びスヴェン王の戦いに目を戻す。
ボッグルデックの攻撃は鎧を切り裂いただけで、致命傷ではなかった。顔の土を払いながらスヴェン王は後ろに下がり続け、ボッグルデックは余裕の表情でそれを見送る。
振り向いて味方のオークのほうを向き、片手を突き上げ「ヴォォッ!」と吼えた。オークたちもそれを見て歓声を上げる。
スヴェンが態勢を整え、両手斧を構え直したのを見て、ボッグルデックは再び〈オーク斧〉を頭上で振り回し始めた。
しかし、今度はゆっくりと間合いを測ったりはしなかった。スヴェンが両手斧を振り上げたまま、ボッグルデックに向けて駆け出したのだ。
その動きは、かつて手合わせした時のヒルダに似ていて、ランスベルには王の狙いが分かった。
まだお互いの武器の間合いではないという距離で、スヴェンは両手斧をボッグルデックに投げつける。縦に回転しながら勢いよく飛んでくる斧に、巨体のオークは目を見開き、慌てて武器を下げて身を守った。
スヴェンが投げた両手斧と、ボッグルデックの斧が激突して大きな音が響き、火花を散らす。
ヒルダにも負けない俊足でボッグルデックの巨体を回り込んだスヴェンは背後から飛び掛り、腕をオークの首に巻きつけて組み付いた。ボッグルデックの兜についた羽飾りを掴んで頭から引き抜き、投げ捨てて、腰から
ボッグルデックは武器を捨てて怒りの咆哮と共に両手を跳ね上げた。太い腕が顔面に当たり、スヴェンの鼻から血が流れ出す。そのせいで、
苦痛の声を漏らしながらボッグルデックは首に取り付いたスヴェンの肩を掴むと、魔法による怪力で無理やり引き剥がして前方へと投げ落とす。受身を取ろうとしたスヴェンだったが、背中から地面に叩きつけられてしまった。
怒りに狂乱したボッグルデックは、そのままスヴェンの身体を持ち上げては地面に叩きつけ、持ち上げては地面に叩きつけ、と繰り返した。金属が叩きつけられる音が、鎧がひしゃげ、折れるにつれて変わっていく。ランスベルはその中に、肉が叩かれ骨が折れる音を聞いた。
最初は何とかしようとしていたスヴェンであったが、ついにはぐったりとして動かなくなってしまう。それでもボッグルデックは叩きつけるのを止めない。
ぎりっ、という歯軋りの音が聞こえてランスベルはヒルダを見た。その口元から血が一筋流れる。
ついに、ボッグルデックはスヴェンを叩きつけるのを止めた。鼻息荒く興奮した様子で、身体全体で呼吸しているかのように肩を上下させている。鼻や口だけでなく、全身から白い湯気が立ち上っていた。
ぐったりして動かないスヴェンの頭をむんずと掴み、スパイク谷の戦士たちに向けて持ち上げる。
スヴェンは血まみれで、壊れた人形のように両手足をぶらぶらさせている。意識は完全にない。心臓は止まり、呼吸もしていないのがランスベルには分かった。
ボッグルデックは肩に刺さった
止めろ、その人はもう死んでいる――ランスベルはそう叫びたかったが、できなかった。
ボッグルデックは死んだ老王の身体をポイと投げ捨て、そして両手を挙げて勝利の咆哮を上げた。
それを合図に、興奮したオークたちは静まり返ったスパイク谷の戦士たちへと襲いかかった。
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