8.ランスベル ―盟約暦1006年、秋、第8週―

 北方に入って四日目の夕方までに、ランスベルたちは三回も賊と遭遇した。

 〝人間に注意しろ〟というギブリムの忠告は正しかったのである。


 二度目に遭遇した賊はいきなり攻撃して来ず、何もない道で通行料を要求してきた。


 金で殺し合いを回避できるなら――と要求に応じようとしたランスベルをギブリムは制し、突然ハンマーを振り上げて回転させ、身構えた賊を無視してあさっての方向に投げた。ギブリムのハンマーは地面から突き出た大きな岩に命中すると、岩を砕いて柄の半分まで深く突き刺さる。


「ひいっ」と悲鳴を上げて、その岩の影から腰を抜かせた賊の仲間が四人も這い出て来た。ランスベルが驚いている間に、山賊たちは全員一目散に逃げだした。


「話の通じる相手かどうか考えろ。金を払えば、次の要求をしてくるぞ」

 むっつりとして、ギブリムはそう言った。


 三度目の賊は、手が込んでいた。道端に裸同然の格好で震えている男がいて、助けを求めてきたのだが、それが罠だった。


 賊に襲われて逃げてきたところで、今ならまだ荷物を取り戻せるから助けて欲しいと言うのだ。


「やめておけ」というギブリムの忠告にランスベルは従わなかった。男に案内させると確かに古びた荷車があった。


 そして、そこには真新しい賊の死体が三つ転がっていて、アンサーラが立っている。


「ここで待ち伏せしていた賊は退治しましたよ。でも、これがあなたの荷車だとしたらおかしいですね。もう何年もここに放置されているように見えます」


 フードの奥から金色の瞳に見据えられ、男は命乞いをした。ランスベルはそれを受け入れて、逃がしてやった。


 そんな事があったので、ランスベルもいい加減、悪人が闊歩している世界なのだと理解せざるを得なかった。そして戦うことを躊躇えば、何もかも奪われてしまうのだと知った。それはとても悲しい事だった。


 空は再び灰色の雲に覆われ、森の中はランスベルの気分と同じように暗い。そしてついに、粉雪がちらつき始める。


 ランスベルにとって雪はそれほど珍しいものではない。ホワイトハーバーでも冬になれば積もらない程度に雪が降ることはあるし、王都は冬の間に数回は積もる。しかし、雪の中で野営した経験はない。


 不安げに空を見上げてから、周囲に目を向けると、木々の向こうに数軒の家が見えた。村があるのだ。しかし、北方では村に見えて実は山賊の拠点という事もあり得るとギブリムから聞いている。そんな馬鹿な、と以前のランスベルなら思っただろう。しかし今は、そういう事もあるだろうと思えるようになった。


 警戒して村の様子を見ていたランスベルの隣に、アンサーラが馬を寄せて提案した。


「行ってみましょうか」


「大丈夫かな?」


「あの村には見覚えがあります。暖かい場所で夜を過ごせるかもしれませんよ?」


 それほど魅力的な提案はない。ランスベルたちは村に馬首を向けた。


 村の入口に到着すると、そこには武装した三人の戦士が待ち構えていた。ランスベルたちは隠れて忍び寄ったわけではないので、村のほうからも見えていたのだろう。三人のうち二人は白い息を吐き、肩を上下させている。呼び出されて慌てて来た、という雰囲気である。


「そこで止まれ! この村にどんな用だ?」


 三人のうち、年長者らしい白い髭の戦士が槍を突きつけて誰何した。ランスベルが答える。


「僕はファランティアの竜騎士ランスベルと言います。旅の途中で、一晩の休息と、食べ物を売ってもらえないかと思いまして」


 村の戦士たちはランスベルたちをじろじろと見て、ギブリムに目を止めた。一番若い男が尋ねる。


「その、後ろのだんなは……ドワーフ?」


 ギブリムは頷いた。一番大柄な男がアンサーラに呼びかける。


「そっちの人、フードを取って顔を見せてもらえねか?」


 アンサーラが言われたとおりフードを取って見せると、男たちは「あっ」と驚いた。それから三人は顔を寄せてひそひそと相談し始める。何を話しているのかと耳を澄ませたが、ランスベルには聞き取れなかった。


 相談が済んで、白い髭の戦士が言った。


「良いだろう。ただし村の中で武器を抜かず、魔法も使わないと約束してくれ」


「良かった」


 思わず安堵のため息をつくランスベルに、白い髭の戦士は「ああ、約束するならな」と念押しした。


「お約束します」

 なるべく信じてもらえるように、真摯な態度を心がけてランスベルは言った。


「わたくしも、約束します」


「モルデインの髭にかけて。約束する」


 アンサーラとギブリムも続けて答える。


 村の戦士たちは武器を下げて、道を空けた。


「申し訳ないが、宿はない。ただ、酒場で食事と暖は取れるはずだ。案内する」


 白い髭の戦士がそう言ってくれたので、ランスベルたちは馬を下り、手綱を持って付いて行った。


 村は、川に向かって下る堤の斜面にあって、道はジグザグに川原まで続いている。家は茅葺の三角屋根がほとんどで、鶏や豚などの家畜を飼っている家が多い。川には縄を編んだ網が広げられ、そこに数本の木が引っかかっていた。川原には屋根と支柱だけの大きな作業小屋があり、そこでは村人が手斧で余計な枝を切り落とす作業をしている。


 こーん、こーん、と一定の拍子で響く音の正体はそれだ。この村の主な生産物は木材なのだろう。


 道中すれ違う村人たちは皆、ランスベルたち――特にアンサーラとギブリム――を見て驚いた顔で立ち止まる。


 案内された酒場は、作業小屋のある川原から一段高い場所にあり、他の家よりも大きい。中の様子はロッキングインにあった宿屋に似ていて、部屋の中央には細長い炉があり、奥にカウンター、さらに奥に四人掛けのテーブル席が二つほどあった。炉端には小さな丸いテーブルと椅子のセットがいくつかあり、長腰掛けベンチも二つある。


 酒場の中は、食べ物と酒と人間と木が一緒になって燻されたようなにおいに満ちていて、それは決して良い匂いとは言えないが、吸い込む空気が暖かいのは久しぶりで、心地良い。


 日没前のこの時間、酒場に客の姿はなく、店主らしき中年の男はカウンターの上に酒杯タンカードを並べていて、同じくらいの年頃の女は箒で広間を掃除している。


「オルケ、旅人を連れてきた。えーと……?」


 白い髭の戦士はカウンターの男に声をかけ、振り向いてランスベルを見た。


「僕はファランティアの竜騎士ランスベルです。この二人と旅をしています。一晩こちらで休ませてもらえないでしょうか。それと食料と飲み物を取引できたら嬉しいです」


 オルケと呼ばれた宿の主人も、掃除をしていた女も手を止めて三人を見ている。正確には、ランスベルの後ろの二人を、だが。

 それからオルケは無愛想に黙ったまま頷き、掃除をしていた女に目を向けた。中年の女は箒を持ったまま、口をあんぐりと開けて立ち尽くしている。


「カミラ?」


 白い髭の戦士が呼びかけると、女は我に返って反応した。


「あっ、ええ……はい、構わないよ。だけど部屋がないのよ。この広間で休んでもらうけどいい?」


「はい。構いません」


 ランスベルは即答した。雪の降る寒い夜に野営するよりも遥かに快適なはずだ。


「そうねえ、それじゃあ……」と、カミラは奥を見やって、箒の柄でテーブル席の一つを指し示した。


「あの奥のテーブル席を使って。火の周りは、悪いけど、村人のお決まりの席があんのよ。あそこは決まった人がいないから」


「分かりました。ありがとうございます。それでは一晩の間、厄介になります」


 ランスベルは丁寧に受け答えして頭を下げる。


「腰を落ち着ける前に、厩舎に案内しておこう。酒場の前に置いとくわけにもいくまい」


 白い髭の戦士はそう言って、ランスベルたちの返事も待たずに外に出て行った。慌てて追いかける。


 村人たちの好奇の視線に晒されながら、ランスベルたちは馬を引き案内に従って村の中を歩いた。先導する白い髭の戦士の背中に向けて、ランスベルは話しかける。


「そう言えば、まだあなたの名前を伺っていませんでした」


 振り向いた彼は眉間に皺を寄せ、少し怪訝な表情である。ファランティア語が聞き取れなかったのかもしれないと思い、言い直そうとした時、白い髭の戦士は答えた。


「俺はイェルド。一緒にいた二人はボーリとイサクだ」


 ランスベルは村の入口で会った戦士たちを思い出した。どちらがボーリでどちらがイサクだろうかと思ったが、そこまでは尋ねなかった。


「僕は――」


「ランスヴェルだろ。さっき聞いたから」


 イェルドはせっかちな性格なのか、先んじてそう言った。多少、発音が違うように感じたが、ランスベルはやはりそこまで指摘しなかった。


 厩舎は作業小屋の近くにあって、馬が一〇頭は入れる大きさがある。今は三頭の馬が入っていた。


「場所はどこでも構わんが、世話は自分でやってくれ。そこらへんをぶらぶらしているヤツなら、何か貰えれば手伝うヤツもいるだろう。それじゃあ、俺は行くよ」


 イェルドはそう言って、さっさと背中を向けて歩き出した。ランスベルは慌てて礼を言う。


「ありがとうございます。イェルドさん」


「いいって、いいって」

 イェルドは軽く手を振り、去って行った。


 厩舎に馬を入れ、荷物と馬具を外して担いだところでアンサーラが言った。

「わたくしは、馬たちの面倒を見てから酒場に戻ります」


「あ、そうか……じゃあ僕もそうしようかな」


 アンサーラ一人に任せるのも悪いと思い、ランスベルがそう言うと彼女は首を横に振った。


「いえ、わたくし一人で大丈夫ですから、二人は酒場に戻っていて下さい。おそらく、何か話があると思います」


「話って?」と、ランスベルは聞き返す。


「村の入口でイェルドさんたち三人が話しているのを聞いたのです。わたくしたちの手助けを期待しているようでした。ですから、何か頼み事でもあるのではないかと」


 ランスベルには聞き取れなかった会話も、エルフの鋭い耳には聞こえていたようだ。北方に来て、あまり人の親切に触れられなかったランスベルは少し残念に思った。


「それで、こんなに親切にしてくれたのかな……?」


 するとアンサーラは小さく笑って言った。


「ふふ、普段から親切な方なのかもしれませんよ。あまり人を疑うものではありません」


 ランスベルは何か言い返そうとしたが、アンサーラの表情を見て、からかわれているのに気付いた。村の平和な空気にアンサーラの気持ちも和んだのかもしれない。微笑んだアンサーラの表情は、実際の年齢を忘れさせるほどに可愛らしい。


 そうは思っても、一緒になって笑えるほどランスベルは大人ではない。面白くないという顔をして荷物を担ぎなおすと、何も言わずに厩舎を出た。


 後に付いて来たギブリムが、酒場に戻る道すがら、突然むっつりと言う。

「さっきのはアンサーラの冗談だぞ。気にするな」


 振り返るとギブリムは真剣な表情で、真面目に助言してくれているのが分かった。それが可笑しくて、ランスベルは思わず吹き出してしまった。


 酒場に戻ったランスベルたちは、旅の埃を落として、荷物を整理した。暖かい室内で甘いワインを飲みながら過ごせる事がどれほど快適かを思い出し、しばらくの間、心にわだかまっていた悩みを忘れてそれを味わう。そうしているうちに、酒場の中には村人たちが次々とやって来た。


 皆、物珍しそうにランスベルたちを覗き見る。いっそ、子供たちのように堂々と見てくれたほうがましだ。彼らは時々視線を送ってくるものの、積極的に話しかけては来ない。漏れ聞こえてくる会話の内容はロッキングインほど政治や戦争に関するものではなく、これからやってくる本格的な冬への備えなど、日常生活に関わる内容が多かった。


 そろそろアンサーラが戻って来てもいい頃だと入口を気にしていると、イェルドが酒場に入って来た。どっちがどっちだか分からないが、ボーリとイサクも一緒だ。イェルドたちはカウンターでオルケと短いやり取りをして飲み物を受け取ると、まっすぐにランスベルたちのテーブルへとやって来る。


「少し話があるんだが、いいかね?」と、イェルドが話しかけてきた。


 アンサーラから事前に聞いていたおかげで、心の準備が出来ていたランスベルは落ち着いて対応した。


「ええ、良ければ座って話しましょう」


 隣のテーブルに着席したイェルドは、飲み物で喉を湿らせてから話し始める。


「その……あんたらのような竜騎士やドワーフ、それにエルフも、優れた戦士であり魔法使いでもあると聞いている。それで、ちょっと相談したいんだ。この村は木を切って、それを町の人間に売ってる。何日か前、木こりのペールヨルンが上流の森の中でオークを見たっていうんだ」


 オークと聞いてランスベルが思い出すのは本の挿絵である。頭は豚そっくりで、身体は人間に似た亜人種だ。ファランティアでその姿が見られる事はもう無いが、北方の東の果て〈黒の山脈〉を越えた先に広がる冷たい荒野に住んでいる。一般的には、〈黒の山脈〉は〈世界の果て山脈〉の一部と見做されているが、北方では区別されているらしい。


 これらの事をランスベルは本で学んだ。その本でのオークは、毛皮を纏って斧を手に人間の旅人を襲う野蛮な生き物として描かれていた。しかし北方を旅してきて、その行為はこれまでに遭遇した人間の山賊とも重なった。


 ランスベルがそんな事を考えている間にも、イェルドの話は続いている。


「ペールヨルンがオークを見た辺りには、ずっと昔ゴブリンが住んでいた洞窟がある。俺が若い頃、アードリグから戦士を派遣してもらって、村の男たちと一緒に退治したんだ。もしかすると、そこに住み着いているのかもしれねぇ。オークはゴブリンよりずっと手強いし、魔法を使うやつもいるって聞いた。それに、もしオークの斥候だったら……とにかく、村人たちは皆心配してんだ。森に入らなきゃ木は切れん」


 北方の情勢に疎いランスベルは、この村がどの地方に属するのか分かっていなかったが、アードリグがアード王の住む町だというのは知っている。イェルドの言葉から、この村がアード王の勢力圏内にあるのだと理解した。

 冷たい荒野に住むオーク部族は過去に何度も北方への侵入を試みている。その度に、〈黒の山脈〉にあるスパイク谷の戦士たちがそれを防いできた。


「前みたいにアードリグまで行っても、アード王は前の戦いで殺されちまって空位のままだ。王位を預かるアルダーのブラン王が南で戦争するってんで、この村からも五人がブラン王の軍に加わっちまった。どうすりゃいいか……」


 そう言ってイェルドは困ったという様子で頭を抱える。話の内容を聞き間違えているかもしれないので、ランスベルは念のため確認した。


「そのペールヨルンさんが見かけたというオークについて調べるのを手伝って欲しい、という事ですね?」


 イェルドは頷いた。


「ああ、そうだ。オークに変装した山賊かもしれねぇが、何にしても、戦えるほどの頭数がこの村には残ってねぇんだ」


「そうですか……」と、ランスベルは言葉尻を濁して考えた。


 ランスベルたちの旅に、いつまでという期限があるとは聞いていない。だが、何百年とこの時を待っていたアンサーラとギブリムを寄り道に付き合わせる事は躊躇われた。


 それに、もし見間違いで、オークではなく人間の山賊だったらどうする――ランスベルは迷った。アンサーラなら、自ら危険に関わろうとするなど愚かな事だと言うだろうか。


 その時、酒場の中のがやがやという騒音とは一線を画す、美しい旋律のような声が流れた。


「お引き受けしましょう」


 いつの間にか、近くにアンサーラが立っていた。厩舎で別れた時は、銀色の瞳を愉快そうに細めていたが、今は金色の瞳が冷酷な光を放っている。


 ランスベルが何か言う前に、イェルドは言った。

「そうか、ありがたい! さっそく明日、俺が案内しよう」


 これで決まりというふうにイェルドは立ち上がって、アンサーラに握手をしようと手を出しかけたが、金色の瞳を見て手を引っ込める。


「明日の朝、迎えに来るよ」

 そう言って、イェルドはテーブルを離れて行った。ボーリとイサクも後に続く。


 それを見送ってから、ランスベルはアンサーラに問うた。

「いいの?」


「勝手に決めてしまった事は謝ります。この件については、わたくし一人で対処しますのでランスベルとギブリムは村で待っていて下さい」


 アンサーラは冷たく言い放った。ランスベルは少しムッとして聞き直す。


「どういう事?」


 アンサーラはテーブルに付き、声を潜めて答えた。


「わたくしとしては、オークと聞いて見過ごす事はできないのです。以前にもお話したように、わたくしは父の過ちを少しでも正したいと思っています」


「えっ、もしかしてオークって魔獣なの?」


 思わず声が大きくなってしまい、慌てて周囲を見たが、村人たちは自分たちの会話や食事に夢中で、ランスベルの声に反応している者はいなかった。

 アンサーラは小さくため息をつく。


「ええ、そうです。それに、あなたを村に残すのは危険だからではありません。手合わせしてみて、あなたが並みの危険には自分で対処できると分かっています。そうではなくて、その……」


 何かを言おうとしてアンサーラは口ごもった。そしてギブリムと目を合わせる。それは珍しい事だったので、ランスベルは怪しんだ。


「はっきり言ってよ」


 先を促すと、アンサーラは観念したように言った。


「あなたは、例え悪人であっても人間を殺す事に抵抗感を持っています」


 そんな事はない。戦うべき時は戦う――勢いでそう反論しかけて、思い止まった。それが事実だと自分自身が一番分かっているのだ。


「……それで、アンサーラは今回の件がオークに変装した人間の仕業だって分かっているという事? だってオークは人間じゃな――」


 そこまで言ってランスベルはある考えに至り、言葉を失った。その考えを肯定するようにアンサーラは小さく頷く。


「魔獣とは、本来この世界にいた生物がナイトエルフの魔法で歪められた存在です。ええ、そうです。オークは……人間から作られた魔獣です」



 夜が深まるにつれて、来た時と同じように村人たちは一人また一人と家に帰って行った。深夜になっても帰らない男が一人いて、壁に背中を預けたまま椅子の上でまどろんでいる。膝の上には剣があり、両手をその上に乗せたままだ。おそらくランスベルたちを警戒して、残ってもらうようにオルケかカミラが頼んだのだろう。


 ランスベルはテーブル席を離れて焚き火の近くに腰を下ろし、弱くなった火を眺めていた。白い灰の上に黒く炭化した木が折り重なり、隙間から炎の赤い光が漏れている。時々パチンと爆ぜると、オレンジ色の蛍のように火の粉が舞った。


 おぞましい――と、ランスベルはアンサーラの話を思い出して心の中で吐き捨てる。


 魔獣がナイトエルフの魔法で作り出された生物だというのは聞いていたし、それが恐ろしい事だとも思っていたが、実感を伴ってはいなかった。しかし人間を魔法の力で無理やりにオークへと変貌させる、その様を想像すると、吐き気をもよおすほど気味が悪かった。なまじ想像が及んでしまうからだろう。


 話の最後に、アンサーラはこう言った。


「少し気を回しすぎたかもしれませんね。正確に言えば現在のオークは、最初に人間から変じたオークの子孫であって、生まれた時からオークです。元が人間だったわけではありません」


「い、いや、知らないより良かったよ……」

 動揺を隠してランスベルは答えた。それ以降アンサーラとは話していない。


 そろそろギブリムを起こして、自分が眠る番だとランスベルは分かっていたが、色々な思いが混沌として眠れるかどうか分からなかった。腕を組んで岩石のように丸くなり、良く寝ているギブリムを起こすのはもう少し後でも良いだろう。


 酒場の中にアンサーラの姿は無い。ランスベルが寝ている間にアンサーラがいなくなっている事は良くあるのであまり気にしなくなっていた。彼女はほとんど眠らない。


(幼いアンサーラは毎日、魔獣が生み出されていくのを見ていたんだ。それも自分の父親が、それをやっていると知っていた……)


 それを思うと、ランスベルはふいに決心がついた。やはり明日は、アンサーラと一緒に行くべきだ。

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