12.ギャレット ―盟約暦1006年、秋、第7週―

 ブラックウォール城を出発したギャレットたち四人は、これまで計画通りに進んできた。まだ帝国軍の現地調達部隊に襲われた村や農園は無く、拍子抜けするほど長閑な農村風景が続いている。


 避難せよ、という指示にも難色を示す者はいる。持ちきれない収穫物を破棄するように、という指示には当然のように反発がある。しかし抵抗までする者はいない。人々は領主の息子であるフランツの指示となれば渋々とだが従ってくれた。


 強硬な手段を用いる事も覚悟していたギャレットにとって、それをせずに済んだのはフランツの存在があったからだ。結果的には、彼が同行して良かったという事になる。領民たちに危機意識は低く、一時的な避難程度の認識であることは見て分かった。同じ領内に敵が侵入していると言われても、目の前に来るまで危機感を持てないのが戦争を知らないファランティア人なのだ。


 そうした道中を経て、一行は今、地元民が使う細い道に面した木立の中で休憩している。まばらに伸びた下草の間に切り株がいくつか突き出ている切り開かれた場所で、テントを立てられるくらいの広さがある。太陽が真上を過ぎた頃で、ちょうど日光がその場所に差し込んでいた。まだ残る小さな虫たちが光の中を乱舞している。馬は下草を食み、エッドは弓と矢の手入れをし、ジョンは次の農園を偵察に出ていて、もうすぐ戻ってくるはずだ。


 ギャレットとフランツは切り株に腰を下ろして話をしていた。


「もともとエルシア大陸では違った武器や技能を持った少人数の戦闘集団が基本でした。想定される敵は魔獣ですから、どんな魔獣に出くわしても対処できるようにです。アルガン帝国軍は、それを大規模化したものだと教えられました」


 ギャレットの説明をフランツは黙って聞いている。


「重装備で仲間の盾になる者や、槍で急所を狙う者など、それぞれの役割に徹する戦い方です。魔獣は魔法を使うやつもいますし、予想外の攻撃をしてくるやつもいますから、距離を取れる射撃武器は特に有効でした。弓を高い精度で扱うには何年も訓練が必要ですから、誰にでも扱えるクロスボウが一般的な武器として広まったのだと思います。クロスボウなら一時間くらいの教習でとりあえず撃てますしね。そして技量の低さと、クロスボウの欠点である連射性能を補おうとしたものが、最近の帝国軍が使う隊列です。こんな風に……」


 ギャレットは足元の草を引きちぎって三本並べた。


「……数人で一列になり、後ろに二列で、合計三列で並びます。それぞれの列は指揮者の号令で一斉射します。点で狙うのではなく線で当てにいくわけです。撃ったらすぐに列の最後尾に移動して太矢クォレルの装填をします。その間に二列目、三列目が射撃して、また一列目に戻るまでには装填を終えるようにします。こうして連射速度を上げようというわけです」


 ギャレットは説明しながら三本の草を順に入れ替えた。


「ふむ」と頷いてからフランツが言う。


「なるほど、クロスボウの欠点を補う良い戦法に思える。だが、クロスボウの有効射程と騎兵の突撃速度を考えると、一方的に攻撃できるのは最初だけで結局は接近戦になってしまうのではないか。縦に並んでいたら騎兵の突撃による被害も大きくなる」


 フランツは指で、三本の草を縦に貫くようになぞる。ギャレットは頷いた。


「ええ、なので前列に大型の盾を持った兵を配置したり、塹壕を掘ったり、防御柵を作ったりするわけですが……最初だけ一方的に攻撃できるという点が重要なのです。クロスボウ兵はそれこそ一週間で形になりますが、戦える重装騎兵を育てるにはどれくらいかかります?」


 ギャレットの言わんとすることを察して、フランツは唸る。


「相打ちどころか、徴用したクロスボウ兵の四、五人で重装騎兵を一人倒せるなら充分な戦果です。馬と騎士を鎧うだけの装備一式と、クロスボウ五台ならコスト的にもクロスボウのほうが安いですしね」


 フランツは渋面で上体を起こし、腕を組んだ。


「そのような考え方……敢えて卑怯だと言いたい」


 その声には怒りが含まれていた。ギャレットの話を理解はできても、ファランティア騎士として受け入れ難いのだろう。ギャレットは肩をすくめた。


「気持ちは分からないでもないですが、傭兵団にいた頃は――」


 しかし、その言葉をフランツはさっと掌を前に出して遮る。


「君にはこれまでたくさんの事を教えてもらった。そのお返しに、というわけでもないが……ブラックウォール城で君に感謝していた婦人のことを覚えているな?」


 フランツが何の話を始めたのかギャレットには分からなかったが、サラの事は覚えている。


「サラの事ですか?」


「そのサラという婦人は、君に命だけでなく心まで救われたと言っていた。彼女だけでなく、君を命の恩人だと思っている者はいるはずだ。その感謝の気持ちを君は受け止められずに戸惑っていたが、あれが名誉というものだ。向けられた感謝の気持ちを受け入れ、自らの誇りとする事を学んで欲しい。君はまだ自分を傭兵だと思っているのかもしれないが、称号に過ぎないとしても、君はファランティアの騎士なのだ」


 フランツがギャレットの言った事をすぐには受け入れられなかったように、ギャレットもフランツの言っている事をすぐには受け入れられなかった。


 これは仕事であって名誉のためではない、という前提でなければ他人の戦争などやっていられない。物心付いた時から傭兵だったのだから、傭兵であることはギャレットの一部であって切り離させるものではない。


 それでも、フランツの言葉がギャレットの心に一石を投じたのは確かだった。


 その時、エッドが木の後ろから姿を現し、早口で言った。

「ジョンが戻ってきました。一人じゃありません」


 耳を澄ますと、ギャレットにも馬の足音と嘶きが聞こえる。確かに一頭ではない。ジョンは一人のはずなので、馬に乗った何者かが一緒にいるか、追われているか、どちらかだ。


 エッドは弦を張った弓を投げて寄越し、ギャレットは立ち上がりざまにそれを受け取った。矢筒から三本ほど矢を引っ掴んで道のほうに向かう。エッドが続き、フランツは二人から遅れて盾を手に付いてきた。


 木の陰から道を見ると、馬上のジョンが見えた。追われているという走り方ではないので、ひとまずほっとする。


 ジョンの後ろには馬がもう一頭いて、大きさや身体つきから軍馬や乗用馬ではなさそうだった。鞍もついてないようだが、頭絡とうらくは付いており、ジョンが手綱を取っている。その馬の背には、髪の長い小柄な人物――おそらく女だろう――が両手でしがみ付いていた。


 そのまま観察していたが、二人の後を追う者は見えない。ギャレットは弓を下ろした。二人が近くまで来て、ジョンが連れているのは農耕馬に乗った若い娘だとはっきりした。二人はギャレットたちが隠れている場所の手前で馬を降り、木立の中に入る。


 ギャレットが見張りを続けるようエッドに言おうと顔を向けると、先んじてエッドが言った。


「見張ってますよ」


 開きかけた口をそのままに、ギャレットはフランツのほうを向いて「戻りましょう」と言い、休憩場所に戻った。


 休憩場所で待っていると、ジョンたちが木立の中を歩いてやって来た。フランツの姿を見るなり娘は必死の形相で駆け寄ってくる。土に汚れた質素な服には大量の血が付いていた。目は真っ赤で涙はまだ乾いていない。


「よかった、領主様! は、はやく、はやく助けてください!」


 娘はそう言いながら、髪を振り乱してフランツの腕を取って引っ張る。


「なにがあった?」


 フランツが問うと、娘は取り乱した様子で答えた。


「兵士が家に来て、乱暴して、お父さんとお母さんと弟たちがまだ家に……おじいちゃんが!」


「君は大丈夫か? 怪我をしているのか?」


「だからこれはおじいちゃんの血なんだってば!」


 錯乱した娘はフランツに任せ、ギャレットは無言のまま目でジョンに問いかけた。


「俺が行った時にはもう帝国兵がいました。隠れて様子を見ていたら、この子が馬にしがみ付いて飛び出してきたんです。それで状況が分かるかと思って追いかけて捕まえたんですが……これでも落ち着いたんですよ?」


 ジョンは肩をすくめた。娘の頬が赤く腫れているのはジョンの仕業かもしれない。


「君はここにいなさい。私はできるだけの事をしよう」


 フランツは娘の肩を掴んでそう言い聞かせている。落ち着かせるために言っているのだろうとギャレットは思ったが、フランツが鎧を身に付け始めたのでぎょっとした。


「いや、フランツ卿、今から行っても、もう――」


「できる限りの事をすると言った」

 断固たる物言いは本気だ。


 ギャレットは最初から敵と遭遇した時点で撤退するつもりでいた。今回の目的は帝国軍と戦うことではない。まだ戦禍の及んでいない地域の住民を避難させ、敵がどこまで入り込んでいるか確認できればそれで良い。


 だから次の目的地、つまりこの娘の農園は無視して隣接する別の農園を調べるべきだ。もし帝国軍と鉢合わせしたら、その時こそ戦えばいい。その目的は安全に撤退する事だから、逃げるための戦いになる。


 その事は説明してあったし、フランツは馬鹿ではないはずだ。だが、放っておけばこのまま一人で行ってしまいそうな勢いである。


「現場では俺の指示に従うと約束しました」


 無理だと思いつつもギャレットはそう言ってみたが、フランツは「すまない」と一言返しただけだ。


(ファランティア騎士ってやつはなんでこう……まったく!)


 ギャレットは内心で憤慨しつつも、ジョンに問う。


「ジョン、その農園にいる敵の数はわかるか?」


「荷馬車と馬の数から見て五人以上、でも一〇人はいません」


「なら六人か」


 帝国軍は少人数の混成部隊を編成していた頃から、六人で一組を作るのが普通だ。それをさらに分ける場合は三人ずつになる。ギャレットは覚悟を決めた。


「ジョンはフランツ卿が鎧を着けるのを手伝え。俺はエッドと話す。フランツは完全武装です!」


 指差しながらそう言い残して、ギャレットはエッドの元に向かった。

 エッドに事情を話すと、彼は肩をすくめた。


「フランツ卿がもし傭兵だったら、もう殺してますね。不服従で」


「俺たちはもう傭兵じゃない」


 ギャレットも同じ事を考えたし、冗談だと分かっているが、そう言っておいた。


 休憩場所に戻ると、まだフランツは鎧を着けているところだ。ギャレットが鎖帷子チェインホーバークを着込んで胸当てブレストプレートを着けた頃、フランツの準備も整う。


「フランツ卿、あの娘を隣の村まで行くように説得してください。馬に予備のあぶみで簡単な鞍を作って付けます。あなたの言うことなら聞きそうだ」


「わかった。付き合わせてすまない、ギャレット卿」


 そう言われても何と返せばいいか分からず、ギャレットは微妙な表情をするしかなかった。


 四人が農園の近くまで来た時、すでに日は傾き夕焼けが空を朱に染めていた。下馬したギャレットは木の陰に隠れながら農園が見える場所まで進む。帝国兵はまだ荷馬車に略奪品を乗せていた。


(何をのろのろと……)


 ギャレットは内心で悪態をついた。すでに立ち去っているのを期待していたからだ。


 エッドは援護に良い場所を探しに行き、ジョンも農園の裏手に回り込んでいる。振り返ると、下馬したフランツが離れた場所にいるのが見えた。先陣を切って突撃するとか主張したらどうしようかと心配していたギャレットだったが、最後に突入するという指示には素直に従ってくれた。


「合図を待って、突入します。我々が先制攻撃を仕掛けてから、フランツ卿は突入して下さい。クロスボウには気をつけて。いざとなったら馬を盾にしてくださいよ」


「合図とは、どういうものなのだ?」


「騒ぎが起こったら、それが合図です」


 そんな道中の会話を思い出していると、少し離れたところの木が揺れた。見るとエッドが登っている。ジョンは農場の裏手にある牧草地から忍び寄っていた。


 どちらかが見つかったら、もう行くしかないという緊張感の中でギャレットは待つ。すると、ふいに一人の帝国兵が農場の裏手に姿を見せた。そこにある小さな菜園に気付いたらしい。まだ小さい芽キャベツを眺めている。持っていくかどうか考えているのだろうか。裏手から忍び寄っていたジョンは帝国兵に気付いて止まる。両者の距離はかなり近い。ギャレットは手にした弓を握りなおした。


 帝国兵は芽キャベツの前で屈むと手で捻り取って、農場へ戻ろうとジョンに背を向ける。ジョンは腰を浮かせて忍び足で最後の距離を詰めた。手にした短剣ダガーが西日にきらりと光る。今にも飛びかかろうというタイミングで、ギャレットも呼吸を合わせて木の陰から歩み出た。


 まるで合図したかのように樹上からエッドの矢が風を切って飛び、荷車を引く馬の尻に刺さる。馬は嘶き、悲鳴を上げて走り出した。荷物を積んでいた帝国兵は突然動いた荷車のせいで前のめりに転び、倉庫からもう一人の帝国兵が騒ぎに気付いて顔を出す。


 ギャレットも弓を引き絞り、歩きながら矢を放ったが、どちらの帝国兵にも命中せず開かれた倉庫の扉に突き立った。ジョンがどうなったか見ている余裕はない。すぐに次の矢を番えて弓を引き、放つ。だが今度もまた運悪く、荷車を引きずりながら飛び出してきた馬のせいで矢は荷車に防がれてしまった。だが、帝国兵とギャレットの間に障害物ができた形にもなる。ギャレットは弓を捨てて剣を抜き、走り出した。荷車を回り込んだところで、クロスボウを手に立ち上がった帝国兵と対面する。


 一足飛びに間合いを詰めて長剣ロングソードを振り下ろすと、剣先がクロスボウの先端に当たって、帝国兵の手から叩き落とした。相手は慌てて剣に手をかけたが、もう遅い。ギャレットはさらに踏み込み、腕を伸ばして帝国兵の喉を突いた。


 倉庫から顔を出していた帝国兵は素早い対応を見せた。クロスボウを取りに行こうとはせず、剣を抜いてギャレットに斬りかかったのだ。


 その時ギャレットは突きを繰り出した直後で、身体を大きく開き、腕を伸ばした体勢だった。後ろに下がることも、剣を引き戻して防御することもできない。


 やられる――ぞくりとした感覚に肌が粟立つ。


 突然、大きな影が帝国兵との間に割って入ってきた。斬りかかろうとしていた帝国兵はぎょっとして目を見開き、身を守ろうと剣を引き寄せる。鎧われた馬体で視界を塞がれたギャレットも、馬体に押されて尻餅を付いた。馬に踏まれないようにと急いで後退る。


「他の敵はどこにいる!?」


 馬上でフランツが怒鳴り、手にしていた馬上槍ランスから手を放して剣の柄を握った。槍は、斬りかかってきた帝国兵の胸を貫いている。


 ギャレットは農場の正面で見張りをしていた帝国兵が向かってくるのに気付いて指差し、立ち上がろうとした。フランツもそちらを向く。その帝国兵は立ち止まってクロスボウを構えた。とても阻止できる距離ではない。


「馬に隠れろ!」


 ギャレットは怒鳴ったが、フランツは反応できずにいる。


 しゅっ、と一本の矢がエッドのいる樹上から射角をつけて放たれた。その矢は大きく孤を描いて飛び、クロスボウを構えた帝国兵の肩に突き刺さる。


 帝国兵は痛みに声をあげ、クロスボウを下げたので、放たれた太矢クォレルは地面を跳ねただけで終わった。自分が狙われている事に気付いた帝国兵は肩に矢を刺したまま、クロスボウを捨てて立ち上がる。続く二射目が同様に飛んで、逃げようと背を向けた帝国兵の首の後ろに命中した。致命傷である。


 フランツはそれを見届けて下馬し、ギャレットも立ち上がって二人は顔を見合わせた。


「母屋か倉庫にまだ二人くらいはいるはずだ」


 ぶっきらぼうに言ってギャレットは周囲を見回す。そこへ母屋と倉庫の間からジョンが走り出て来た。


「こっちの家には、窓から見える範囲にはいません」と、母屋を指差して言う。


「なら、あっちだな」


 ギャレットは倉庫を顎で示し、ジョンを加えた三人は武器を構えて倉庫に近付いた。前に出ようとするギャレットを、剣と盾を構えたフランツが抑える。


「私が先頭に立つ」


 小さいがはっきりした声でフランツが言い、ギャレットは素直に先頭を譲った。


 ギャレットは何度も手合わせをしているので、彼の実力はよく分かっている。ファランティアでもトーナメントに出場するような騎士は決して弱くない。単純な接近戦であれば、信頼に足る実力者だ。


 倉庫の入口に近寄ると、右側の扉の陰からさっと剣が突き出され、フランツの鎧の肩甲ポールドロンを擦って火花を散らした。それに反応してフランツが右を向く。それは罠だ。反対の左側に、もう一人の敵がいる。


「左だ!」というギャレットの警告とほぼ同時に、ジョンがそいつ目がけて飛び掛った。フランツは気合の声と共に、そのまま右側の敵を盾で押し込め剣を振るう。左側の敵はジョンに藁の中へ押し倒され、二人は藁を撒き散らしながら取っ組み合いを始めた。


 ギャレットは体格で劣るジョンの身を案じて援護したかったが、迂闊に剣を突き出すわけにもいかずに様子を見るしかなかった。


「ぎゃっ」という悲鳴が聞こえたので振り返ると、フランツの剣が帝国兵の腹に突き刺さっていた。帝国兵は苦痛の叫びを上げつつ、手にした剣を力なく振ったが、カチンとフランツの鎧に弾かれる。


 ジョンに視線を戻すと、ちょうど帝国兵が上になりジョンを押さえ込んだところだった。


「殺してやる!」


 帝国兵は興奮した様子で叫んだ。格闘に熱中しすぎて周りが見えていないようだ。ギャレットは近付き、剣の柄頭で頭を殴って気絶させた。


「よくやった、ジョン」


 ギャレットは手を差し伸べて若者を助け起こした。何発か殴られたらしく顔が赤くなっている。


「何が殺してやるだよ、こいつ」

 ジョンはペッと唾を吐く。


 そのような態度はフランツが好むまいと振り返ったが、彼はこちらを見ていなかった。腹に剣を突き立てたまま倒れている帝国兵の前で立ち尽くしている。


「助かりました、フランツ卿」


 ギャレットが声をかけると、彼は一瞬遅れて「あ、ああ……」と返事した。


 腹を刺されて倒れた帝国兵はまだ死んでいなかった。苦痛に満ちた顔は青白く、何度も血を吐き出している。ギャレットは止めを刺すため近寄ろうとしたが、フランツが身体を入れて阻んだ。そして帝国兵の腹から剣を抜き、すぐに喉へと突き立てる。帝国兵は最後にびくりと全身を痙攣させ、腹の傷から体内のものを大量に出したまま絶命した。悪臭が充満し、フランツが「うっ」と小さく呻く。


 そう言えば初めて相手を殺したのか――と、ギャレットは気付いた。初陣で二人も倒したのだからそれこそ名誉だろうと思うが、何故だか口にするのは躊躇われた。


「これで全員とは限らない。それに、あの娘の家族も探さないといけない」


 ギャレットがそう言うと、フランツが「手分けして探そう」と馬鹿な事を言うので「三人一緒に」と強調して付け加える。


 ひとまず気絶させた帝国兵を縛り上げていると、突然、娘の甲高い悲鳴が聞こえた。


「いやぁぁぁっ!」


 すぐにフランツが外に駆け出していく。


「こいつは任せて」と、ジョンが言った。ギャレットは頷き、フランツを追う。


 倉庫の外に出ると、フランツが重い鎧で騒がしい音を立てて走っていた。もし周囲に敵がいたら、気付かれているだろう。


 フランツの向かう先には、娘の後姿があった。娘は農場の入口から少し入った所に立ち尽くしている。娘の眼前に転がっているものが何か、ギャレットには予想できた。フランツを追い越すこともできたが敢えてそうせず、後ろに付いていく形で娘のところまで走る。


 娘の眼前には、この家の住人と思しき人達の死体があった。


 中年の男女、そして壮年の男性はそれぞれ串刺しにされ、苦悶の表情で耐え難い苦痛を表現している。両手と両足は切り離されて、同じ串に貫かれていた。さらに二人の幼い男児が、一本の串に連なるようにして刺されている。


 帝国兵はこれらを農場の入り口に晒していくつもりだったのだろう。地面は赤黒く染まり、ここでこの凄惨な作業がなされたことを示していた。


 娘は立ち尽くし、そのむごたらしい様を、目を見開いて凝視している。


 フランツもまた娘と同じく立ち尽くしたが、その無残な遺体を凝視しているわけではなく、顔を背けていた。吐き気に耐えているのかもしれない。


 ギャレットは怒りが湧き起こるのを感じていた。


 これと同じ事を黙認してきた過去の自分に、幸せな暮らしを一瞬にして悪夢に変えてしまった帝国軍に。


 そして、この場から去れと言っておいたのに追って来た、娘の愚かさに。

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