第6話
あかりは海の中で編み物をしています。
今日はあかりが先生なのです。まずはくさり編みを練習して、次はコースター作りです。
さやかとおばあちゃんが教えてくれたように、あかりはお母さんに教えます。かぎ針の持ち方が分からなくて、少し時間がかかりましたが、さすがはお母さんです。コツをのみこむと、すぐにさくさくと編めるようになりました。
「お母さん、すごいね。もう私よりも上手になってるよ」
「あら、ほめてくれてありがとう。編み物って面白いのね。出来ていくのが目に見えてわかるのが楽しいわ」
あかりは編みながら、お母さんに相談します。さやかのことを、どうすればいいか。一人で考えても分からないのです。
「そうね…。あかりはどうしたい?」
「さやかちゃんと友達でいたいの。秘密を話したいけど、怖がられるのはイヤ」
「そうね。人間が私達のことをどう思うか、わからないものね」
昔々、捕まってしまった人魚がいました。見世物にされたり、食べられたりもしたそうです。陸の人間と結婚した人魚もいました。
一緒に魚をとった時代もあったのです。
その日、答えを出すことは出来ませんでした。
次の約束は陸に行けます。でもその次は?
雪が降ったら陸には行けません。春になったら、温かくなったら、また陸に上がってもいいとお母さんは言います。
春になったら。
何ヶ月も会わなかったら、さやかはあかりを忘れてしまうのではないでしょうか。
次の日から、あかりは毛糸を
細すぎたり、切れてしまったり、最初はうまく行きませんでした。でも、がんばって続けるうちに、うまく紡げるようになっていったのでした。
明日はさやかと約束した、土曜日です。
お母さんが、あかりとおそろいのお花のカバンを作ってくれました。そのカバンに、あかりが作った毛糸を入れます。今日までに何とか出来た毛糸は、5玉です。
あかりのカバンに、プレゼントのカバンを入れました。お母さんが作ってくれたお菓子を入れたら、もうパンパンです。
あかりは、明日を楽しみに眠りにつきました。
次の日。さやかと待ち合わせたのは、初めて会った浜辺です。
海の水が日に日に冷たくなっています。海の底は温かいけれど、海面は寒いのです。
本当はもう陸には上がらない時期なのだと、母さんは言いました。今日も陸に行くと聞いたお父さんは心配そうな顔でしたが、お母さんが説得して送り出してくれたのです。
だから、今日が最後です。さやかにお別れを言うために、寒いけど頑張って泳いで浜辺に向かいます。
さやかが来る前に、着替えておかなくてはならないので、あかりは待ち合わせの1時間も前に浜辺に来ました。寒くてガタガタ震えながら、あかりは服を着替えました。いつもの倍以上時間がかかりました。
早く来て正解だったみたいです。着替え終わって、チョコレートパフェ色のマフラーを巻いていたら、リュックサックを背負ったさやかがやって来ました。チョコミント色のマフラーを巻いています。
「もう来てたの、あかりちゃん! すごく早いね!」
「さやかちゃんも早いね。びっくりしちゃった」
二人でびっくりしあって、両手をにぎりあって、浜辺をぴょんぴょんと飛びはねました。
さやかは、あかりと早く会いたくて、待ちきれなくなって、早く来てしまったのだと言います。あかりは、その気持ちがうれしくてなりません。
「あのね、さやかちゃん…」
「どうしたの? 元気ないね」
「あのね…。もう雪が降るから、さやかちゃんと会えなくなるの」
別れる時に言おう。それまでは何も言わないで、楽しくすごすんだ。そう思っていたのに、会えて喜んでくれているさやかを見たら、言わずにはいられませんでした。
「どうして……?」
あかりは理由を答えられません。ただ首を横に振るばかりです。
「ずっと会えないの?」
「春になったら。暖かくなったら、また来れるよ」
「……そっか。うん、わかった。神様にお願いに行こう。また会えるようにって。それに神社から海も見えるんだよ。すっごくきれいなの!」
さやかは何も聞かないでくれます。あかりの手をギュッとにぎっています。あかりもギュッとにぎり返します。
「行く!」
「よっし! 出発だー!!」
手をつないだまま歩きました。
階段を上って、道路を渡って。さやかが連れて来てくれたのは、見上げても先が見えない長く細い石段でした。
「…ここを上るの?」
「そう。神社はてっぺんにあるの。この石段は百段もあるんだって。ね、数えながら登って行こうよ」
百段。気が遠くなる数です。
「願い事を考えながら登ると、お願いがかないやすいっておばあちゃんが言ってたの」
「がんばる」
あかりも歩くことになれたつもりですが、まだ長時間歩いたことはありません。不安になったけど、さやかといっしょなら、きっと大丈夫です。
「「いち、に、さん、し…。」」
声をそろえて数えながら、一段一段上ります。
「──31、32、33、34……はぁ、はぁ、はぁ」
「あかりちゃん、ひと休みしよう」
他に上って来る人もいません。二人は、35段目に並んで腰かけました。
さやかは背負っていたリュックから、あめを出しました。袋にたくさん入ったあめ。あかりはイチゴ味、さやかはオレンジ味を選びました。大きなあめは、ほっぺたをふくらませるほど大きいのです。
石段に座ると、かすかに海が見えます。今頃お母さんは何をしているのでしょうか。
「はい、あかりちゃん」
さやかは大きな水筒を取り出すと、コップにお茶を入れてくれました。その水筒はふたがコップになっています。コップは二重になっていて、二人一緒に飲むことが出来ました。
「うわぁ、大きな水筒。重かったでしょ? 私、おやつは持ってきたけど、飲み物は考えてなかった…」
「リュックサックに入れて来たから、そんなに重くなかったよ。おばあちゃんがリュックにしなさいって、言ってくれたの」
「さすがおばあちゃん」
温かいお茶をゆっくり飲むと呼吸も整って、元気がわいてきました。
「さやかちゃん、続き上ろう!」
「36段からね。行こう!」
「「36、37、38…」」
また二人で声をそろえて上ります。
とちゅうで2
石段の上のあった鳥居をくぐります。鳥居のすぐ隣にあった手水で、手と口を清めるのです。
あかりはやり方を知らないので、さやかのまねをします。
神様へのお願いもさやかに教わりました。『
「さやかちゃんと出会えてうれしかったです。春になったら、また会えますように」
「あかりちゃんと出会えてうれしかったです。春になったら、また会えますように」
二人の声がそろいました。
「会えるよね?」
「会おうね?」
神様の前で約束したのですから、必ずかなうと二人は思いました。
「あかりちゃん、こっちよ。ほら見て!」
さやかが指さす方向には、海が見えます。百段上ったら、こんなに高くなるんだ、とあかりはびっくりしました。海がとても小さく見えます。小さく見えるけど、どこまでも続いている、大きな大きな海です。
さやかの家はどのあたりでしょう?
「さやかちゃんのうちは見えるかな?」
「うち? うちはあっちよ、ほら、赤い瓦屋根の家。わかる?」
「う~ん?」
「黒い瓦の家から数えて、三つめ」
「あ、わかった! おばあちゃん、いるのかな?」
「今日は家でのんびりするって言ってたから、いると思うよ」
神社にはベンチがありました。
ベンチに座って、おやつを食べます。
「春になったら、暖かくなったら、お弁当持って遊びに行こう」
「うん。お母さんにお弁当作ってもらう」
春になったら何をするか、どこに遊びに行こうか、そんな話ばかりしました。
冬は日がくれるのも早いのです。もう帰る時間になってしまいました。
時間をかけて上って来た石段も、下るのは楽でした。もっと長く続けばいいのに、そう思ってしまうくらい、あっという間でした。
さやかは海まで送ってくれました。
「あかりちゃん、さよならって言うのやだな…」
「さやかちゃん、またねって言おうよ。これあげる」
あかりは、さやかにお花のカバンを渡しました。
「お母さんが私とおそろいで、作ってくれたの」
「うわぁ、これでおそろいが二つ目だね! うれしい!」
「家に帰ってから開けてみてね。私が作った物が入ってるの。さやかちゃんが喜んでくれるとうれしい」
「あかりちゃんが作ったもの? 早く見たいけど、がまんする!」
さやかはカバンを大切に胸に抱えました。
「それじゃ…」
「それじゃあ…」
「「またね!」」
振りかえらないで走って行くさやかの姿が見えなくなるまで、あかりは見送っていました。その姿が見えなくなっても、あかりはずっと見つめていました。お母さんがむかえに来るまで、ずっと。
「お母さん。春になったら、お弁当持って遊びに行こうねって、約束したの。さやかちゃん、待っててくれるかな。覚えていてくれるかな」
あかりは大事なマフラーがぬれないように、カバンに片づけます。海に入ると、空からはぼたん雪が落ちてきました。
(これが雪なんだ…。ふわふわしてて、冷たいけどきれい)
海は来た時よりも冷たくて、体がブルッとふるえます。あかりは寒さをがまんして水にもぐります。
お母さんと並んで泳いで、海の底の家へ帰りました。
さやかにとってあかりは、週に一度しか会えないけれど、大切な友達です。
初めて会ったのは海岸。
大事なマフラーをひろってくれたのです。海で出会って、海で待ち合わせていたせいでしょうか。海の香りを感じさせてくれる、不思議な女の子です。
何を見ても、何を食べても、目を丸くして驚く、さやかよりも少し小さなあかり。一人っ子のさやかにとって、妹のように感じることもある、大切な友達。
どこに住んでいるのか、聞いてはいけない気がして。
どうして春まで会えないのか、聞いてはいけない気がして。
さやかは、自分でもどうしてなのか分かりませんでした。
あかりにもらったカバンを開けると、毛糸玉が入っていました。
5玉の毛糸は、糸が細かったり、太かったりしています。
「あかりちゃん、毛糸を作ったんだ。すごい!」
一つ一つ、机の上に並べていきます。
「これ、なんだろう?」
毛糸玉の1つに、ピンク色の大きな花びらがついていたのです。
それは花びらではなく、透き通ったうろこでした。
「…きれい」
うろこを明かりにかざすと、きらっと光ります。
さやかは、うろこをそっとハンカチで包んで、誕生日にもらった宝石箱にしまいました。
冬の間に、もらった毛糸で何を編もうかな、何かおそろいになるものがいいかな? 考えるだけで楽しくなります。
窓の外を見ると、ふわふわのぼたん雪が降っていました。
さやかは、春が待ち遠しくてなりません。
マフラーと人魚 山口はな @hana-maru
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