Break4−3

「さぁて、そろそろデザートにするか」

 空いている食器のいくつかを手にして店主が立ち上がる。テンもリタも、同じように食器を手に立ち上がり、片付けを始める。

「いつの間にデザートなんて作ったんだよ」

 シンクの食器をリタと洗いながら、テンが尋ねる。テンが見ている限り、夕飯の支度しかしてなかったはずだ。

「お前がいない間」

 冷蔵庫の前で、店主はニヤリと笑ってテンを振り返った。

「その顔が腹立つ……」

 くしゃりと泡立てたスポンジを握りしめるのを、店主は楽しげに見つめた。

 後片付けをテンとリタにまかせて、店主は、デザートを用意する。盛り付けはシンプルにして、主役を立てる。

「よし」

 合わせたドリンクも一緒にダイニングテーブルに運ぶ。

「片付け終わったよ」

 テンがリタとキッチンから戻ってくる。

「おう。お疲れさん」

 このテーブルにセットされたデザートを見て、テンがどんな反応をするのか、店主は少し楽しみだった。

「あ、店長のチーズケーキ!」

 リタがテーブルの上にあるデザートを見て嬉しそうに席についた。

 テンは、何か言う前に眉間に深い皺を寄せた。黙って座り、食べ始める。

「うまい!」

 幸せそうにリタが言う。

 店主のデザートは、チーズケーキとコーヒーだ。

「あれ?店長だけコーヒー」

 リタとテンには、オレンジジュースを用意している。

「大人だからな」

 にやりと笑えば、リタは「ミルクがあれば飲める」と返してくる。

 その間も、テンは何も言わない。

「海はどうだった?」

 店主が尋ねると、テンは「別に」とそっけなく答えた。

 テンがここで暮らし始めた頃、店主は彼を海に連れて行ったことがあった。遠い水平線に向かって叫べば、少しはスカッとするんじゃないかと思ったからだ。

 それから、何かあるとテンは海に行くようになった。

 それは、大抵が魔術に関する「なにか」があったときだった。

 テンは手を止めて、オレンジジュースとチーズケーキをじっと見つめた。

「なぁ……」

 感情を含まないテンのその呼びかけに、店主もリタも反応をした。

「店長はさ、魔術が憎くないの?」

 店主は、テンの言葉の意味とその背景を思って言葉を返した。

「魔術は憎くない」

「でも、振り回されてんじゃん。この前のことも…………昔も」

「選んだ選択肢の顛末さ。でも、悪くねぇと思ってる。この町に来れたのも、あの人に会えたのも、お前らに会えたのも、そのおかげだろ?」

 テンはそう言われても納得できないのか、難しい顔をしてケーキを頬張った。

 リタは嬉しそうに笑っている。

「店長って、ポジティブですよね」

「お前ほどじゃないけどな」

「俺は、ラッキーなんです。運がいいの。この店と親友に会えたから」

 テンが二人ののんきな言葉に、大きなため息を付いた。

「のんきにも程があるだろ……」

 テンの気分は晴れないらしかった。

「のんきなわけじゃない。テンの認識と俺たちの認識とが違うだけだ」

「…………魔術は、キラワレモノだ」

「俺がお前を育てたのは、そう思ってほしくないからなんだけどな」

 店主の優しくそう言った。

 あの日、テンが親であろう二人に置き去りにされた日、店主は迷いなく育てることを決めた。テンが魔術を使えることは知っていたし、それに対する制度も知っていた。だからこそ、自分のもとで育てたかった。

 政のあれこれに利用されたくなかったし、魔術を否定することは、かつてのあの人を否定することになる。

「俺は、テン、お前と出会えて嬉しい。魔術が、お前と引き合せてくれたんだ。ありがとうな」

 あの頃、店主は近いうちに独りになることを覚悟して過ごしていた。

 それは決まっていたことだった。

 そうなる前にテンが店に来たことは、本当に運命だと今では思っている。

 店主が真っ直ぐに愛情を向けると、テンは、恥ずかしそうに目をそらした。

「……店長がいいなら、いいけど……」

 ためらうような間があった。

 店主の見つめる先で、テンは、自分の手元を見つめたまま、口を開いた。

「俺……ルフェルビアで店長とリタと、ずっとコーヒー淹れてスイーツ作って、暮らしたい……」

「さっき、リタにも言ったけど、」

 リタは嬉しそうにニコニコしてテンを見つめている。

 店主は言葉を繋げた。

「大丈夫。できるさ、諦めなきゃな」

 もう、理不尽に奪われることのないように――――――――心から、祈っている。


Break4 End



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Rufellvia-ルフェルビア 久下ハル @H-haru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ