Break4−2
どこの国に行こうとも、魔術を扱う人間は国に「保護」される。それは、絶対だ。
幼い頃は、誰だって魔術を扱えることが特別だとは思わない。自分だけではなく、周りにいる誰もが扱えることなのだと考える。
実際、テンもそうだった。
自分の持つ力に何の疑問も持っていなかったし、隠そうとしていなかった。
それが、周りの人間は使えないことを知り、この世界中に存在する「保護」の制度を知り、おそらくはそのためにここにおいていかれたのだと理解して、少しずつ、テンは人との付き合い方を変え、魔術への認識を変え、表情を変えていった。
自分の持つものは、「楽しい」ものでも「喜ばれる」ものでもない。
この世界からは、隠されなければいけないもの。
西の空が濃いオレンジ色に染まる頃、テンが帰ってきた。
勝手口からいつものように感情の見えない「ただいま」がきこえた。
店はもう閉店時間に近く、客はいない。
「おかえり〜」
カウンター裏で働く店主を驚いた顔で見たテンは、その理由を察して目を逸らした。
「さて、閉めるとするか」
店主は、扉を開けてこの店の開店の印である扉脇のランプの火を落とした。鍵を閉めて、厨房を片付けているリタを呼ぶ。
店主は、テンが持ち帰った磯の香りを放つ袋の中身に興味津々だった。
「何買ってきたの?」
「買ったんじゃなくて、もらった」
「もらった?」
「海に出るまでの通りにあったお店で。店長のこと知ってる人がいて、その人にもらった」
「へぇ、海にねぇ」
意味深な笑顔でテンを見て、それからナイロンの袋に入れられた魚を、再度覗き込む。
テンを幼い頃から知っている。店主は、海に行ったことが示す意味を察していた。
「リタ、夕飯食っていくか?明日は休みだし」
厨房から出てきたリタに店主がそう言うと、リタは喜んでその提案を受け入れた。
家でご飯を作るのは大抵の場合が店主の役割だった。テンが貰ってきた魚が、揚げ焼きにされていく。スープと魚用のソースはできていた。
「いつ見ても手際いい〜」
リタが、ソファーの背ごしにキッチンに立つ店主に感嘆の眼差しを向ける。
「仕事中にギター弾いてる人とは思えないよな」
キッチンを正面に見るソファーに体を預けて、テンが言う。
二人の言葉を聞いて、店主は楽しげに笑った。
「できたぞ、運べ」
ダイニングテーブルに、三人分の食事が並ぶ。
四人は座れるテーブルに、椅子が三脚。リタは、ここで夕食をごちそうになるたびに思っていた。
「店長、なんで椅子が三脚あるんですか?」
「なんでって、そりゃ三人座るから」
「でも、普段は二人でしょ?」
「昔は、三人だったの」
過去形ということは、今はいない。
「それって、テンの他にもうひとりいたってこと?」
リタが問いかけると、隣に座るテンが思い出したと小さく声を上げた。
「そういえば、俺がここに来た頃は、もう一人いたかも」
「え?そうなの?!」
それは、十年以上前のこと。たしかに、テンがここに来た頃も、テンを迎えての三人暮らしだった。
「俺の叔父さんだよ。テン、よく覚えてたな」
「……まぁ、雰囲気が正反対だったし」
もう一人いた事と一緒に、テンはもう一つ思い出したことがあった。
「そういえば、その人の作るスイーツが……すごかった」
テンに残る幼い頃の記憶。
優しい笑顔で差し出してくれたスイーツが、輝いて見えた。
何を作ってくれたのか、それは覚えていない。思い出したのは、それを食べて嬉しくなった自分がいたことだった。一人になってしまって不安だった気持ちが、少し軽くなった気がした。
「すごかった、か……」
店主は、テンの話を聞いて小さく笑った。
叔父のことが誇らしかった。
子ども時代を過ごした町で叔父は菓子職人で、スイーツのことは、彼に教わったのだ。
もちろん、この町に来てからも、彼の力も知恵も知識もたくさん借りている。この店が開けたのは、彼のおかげだった。
思い出に浸る店主の言葉は、テンには違う意味で聞こえたようだった。
「ガキの頃のことなんだから、覚えてねーよ、ほとんど。仕方ないだろ」
怒ったように照れるテンを見て、笑いながらそうじゃないと訂正したが、信じてはもらえなかった。
「テンがすごいっていうくらいのスイーツ、俺も食べてみたかったな」
「味だけじゃないんだ……」
「え?」
「なんていうか……食べる前からすごかった……気がする」
印象に残るスイーツを作っていた。それは、僅かな記憶。
店主は、誇らしげな眼差しを過去へと向けて、「あの頃」を思い出す。
「テンはあの頃から、スイーツ研究してるからな。タスクが教えた、最後の弟子だ」
リタが、俯いて大きくため息を付いた。
テンがこの店に拾われて、何年経つのか、自分との差を見せられた気がした。眉間にシワが寄る。
「……俺も、そんなの作りたいな」
気落ちした声で顔で、リタはそう言った。
その隣で、テンは一瞬だけ食事の手を止めた。何事もなかったようにまた食べ始めている彼の変化に、店主は気づいていた。
「作れるさ。諦めなきゃ、きっと」
リタは「諦めない」と、心に刻むようにつぶやいていた。
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