Break4︰Sweets
オレンジシュースとチーズケーキ。
それはこの店の、スペシャルメニューだった。
店主が、ギターを奏でずに働いていた。
店の表には店主だけ。リタは厨房で、テンは店に出ていない。
「ありがとうございましたー」
店主の声のあとに、扉の鈴が鳴る。
店主は一息ついて、厨房を覗いた。
「リター、客引いたから一休みするぞ」
片付けていた手を止めて、リタは、安堵の表情を浮かべる。
「終わったら行きます!」
「おー。何飲みたい?」
「店長の淹れたカフェオレ!」
店主は、片手を上げて応えると早速カフェオレの用意を始めた。
カップは、少し大きめのぽってりした形のもの。ミルクの温度、豆の香り、リタの仕事ぶりを思い返して、調整する。
今回も、満足いくものができた――――店主は、この瞬間が好きだった。相手がどんな顔をしてこれを飲むのかを考える、この時間。
「お疲れさまです、店長」
厨房から顔を出したリタは、チーズケーキ二切れを皿に一つずつ乗せて持ってきた。
「試食、お願いします」
「へぇ、見た目は合格点だな」
前回、テンに自分のチーズケーキの盛り付けをされたことがリタの心に火をつけていた。テンが当たり前にやっていることに追いつきたい。
「ほら、リクエストのカフェオレだ」
カウンターにカフェオレを置いて、店主も座る。
「ありがとうございます」
リタは、カフェオレはそのままに、自分が作ったケーキを試食する店主をじっと見つめた。店主は、それを気にすることもなく、ひと掬いしたケーキを口に運んだ。
「……うん。まずまずだ」
この言葉が合格ではないことは、よくわかっていた。
「もう少し頑張れ」
「……はーい」
「リタはさぁ、俺やテンのことが大好きだろ?」
「はい!」
迷いのない返答に、店主は声を立てて笑った。彼にとって、悩むことでない上に照れることでもないのだ。
リタは、自作のチーズケーキを一口食べて、悩み始めている。
店主は、そんなリタの姿を、少し懐かしい思いで見つめた。
「リタは、俺やテンを意識しすぎだ」
店主がそう言うと、リタは悩み顔のままで振り向いた。
「そりゃ、意識するでしょ。目指してるんですから!」
「ハハッ、ありがとな」
店主が淹れてくれたカフェオレは、背中を押してくれる、そんな味がした。
リタは、明るいふりをして何でもないようなふりをして、悩みは全部、口に出していますというようなふりをして、頭の中でぐるぐると考えてしまうタイプだった。
客の人生相談に乗ったり、愚痴を聞いては、解決できないと落ち込んでいる。
リタは、人がいい。そして、素晴らしく素直で純真な感性を持っている。
魔術師がどうこうとか、魔術を扱える人間がどうこうとかいうことにとらわれない。店主は、だからこそ雇っているのもあるし、だからこそ、テンと友人でいられる。
この店は、彼に救われているところがあった。
今日、テンは店に出ていない。
最近考え込むことが多かったから、休むことになったのだ。
不服そうな顔をしながらも、店主の言葉に従うテンは、でかけてくると言って開店前に出ていった。
久しぶりに店主が作るスイーツに、リタは興味津々だった。テンがいないうちにと、熱心さが伝わってくるが、今の所、その熱心さは空回りしている。自分が作りたいと思うものと、店主が作るものへの敬意がうまく噛み合っていない。
しかし、そのぐるぐるとした迷いは、今のリタには大切な迷いだと、店主は考えていた。
そして、テンの悩みも、おそらく今の彼に必要なものなのだと、店主は理解していた。
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