Break3−5

*  *  *  *  *


 リタのブレンドしたコーヒーは、その日からメニューに入れることになった。

 今日も暑くなりそうで、アイスコーヒーはよく出るだろうと、店主が楽しげに笑う。

 今日は誰が来るだろう?

 リタは常連客の顔を思い浮かべながら、開店の準備を進めた。

 店の扉横につけられたランプに、オレンジの明かりが灯る。

 最初に扉の鈴が鳴ったのは、開店から30分経った頃だった。

「いらっしゃいませー」

 笑顔で扉の方を見るリタは、常連客の姿に笑みを深くした。カウンター席の端に座った客に声をかける。

「いらっしゃい、リリーちゃん」

「あ、こんにちは」

「今日は何にしましょうか?」

 メニュー板を渡すと、彼女は一通りメニューに目を通す。そして、すぐに気がついた。

「夏のコーヒーできたんですか?!」

 驚いたように、そして、嬉しそうに彼女は言った。

 その反応が、リタの胸を満たしていく。

「飲んでみて。オススメだよ」

「じゃあ、それをください」

「はーい。ちょっと待っててね」

 リタは、メニュー板を置いて豆の前に立つ。夏用のコーヒー豆を袋に入れようとして、ふと動きを止めた。

「(……そっか、そういうことか)」

 店主に出したのと同じブレンドをしようとして、違うと思った。それは、まだ、勘に過ぎないものだ。

「店長」

「んー?」

 カウンター裏で、コーヒーを淹れる用意をしていた店主が手を止めてリタのところまでやってくる。

「店長、リリーちゃんに淹れるの、ブレンドを少し変えたいんですけど」

 伺うように、少し弱気に言うと、店主はリタの肩にぽんと片手を置いて笑みを浮かべた。頼もしい笑みを。

「感じたように淹れてみろ。お前のブレンドだ」

「はい!」

 尊敬する人が信じてくれるなら、応えようと思う。今の自分ができる、最高のものを提供できたら素敵だと思うから――――リタは、店主に言われた通り、感じたままに豆のブレンドを少し変えた「夏のコーヒー」を淹れた。

 彼女は、いつものように本を読んでいた。

「おまたせいたしました。どうぞ」

「ありがとうございます」

 期待のこもった笑顔は、おそらく、新作のコーヒーに対してだ。

 そして、緊張は――――。

「(いつも何に緊張しているんだろう?)ゆっくりしていってね」

「はい……」

 カウンター裏に戻りながら、リタは、やってきた客に声をかける。ふと足を止めて、カウンター席のリリーを振り返った。ため息が聞こえた気がしたのだ。

 コーヒーを飲んだあとのため息ではない。

 リリーは、グラスに手を添えてアイスコーヒーを見つめていた。

「(こんなとき、店長ならどうするんだろう……)」

 当たり前のように考えている自分に気がついて、リタは可笑しくなった。

「(でも、きっと店長なら……)」

 今まさにギターを持って店の奥の席に行こうとしているその人を、目で追う。

 おそらく、店主は何もしない。

 ここがコーヒー店で、客はコーヒーを楽しむ最中なのだから。

 リタがカウンター裏に戻ると、厨房からテンが出てきた。片手にケーキの乗った皿がある。

「はい、これ」

 それだけ言って、リタに渡した。

「え?」

「リタの試作品の。冷蔵庫にあったから、アレンジしてみた」

 リタの両手の上にある皿の上には、自分の作ったレモンのチーズケーキを彩る、ソースとシャーベット、それに扇状に切られたレモンの砂糖漬け。

「美味しそう……」

「お前にじゃないからな」

「えー」

「えーって何だよ。あの子に持っていってやれば?」

「客に出すの?!……でも、」

「で、感想もらってきて」

「…………頼まれてるの?俺」

「頼んでる」

 リタは、少し考えて笑みを浮かべた。

「……わかった」

 自分が淹れたコーヒーとテンが用意したデザートで客が一時楽しんでくれる。なんて嬉しいことだろう。リタの顔には、より一層楽しげな笑みが浮かんでいた。

「よかったら、これもどうぞ」

 リリーにレモンチーズケーキのプレートを差し出すと、彼女は、驚いたようにリタを振り仰いだ。

「新しいデザートなんだけど、感想を聞かせてくれたら嬉しいな」

「あの、私で、いいんですか?」

「ぜひ」

「わかりました。……いただきます」

「ごゆっくり」

 Rufellviaルフェルビアに客が増えていく。

 店主は、店の奥でギターを鳴らしているが、すぐに戻ってくるだろう。

 それより早く、テンが厨房から出てくる。

「デザートの感想は?」

「まだ、聞いてない」

「こっちは俺がする」

「話してきていい?」

「どうぞ」

「ありがと!」

 リタは、カウンター裏を嬉しそうにリリーの方へと急いだ。

 リリーは、プレートの上のデザートを半分ほど食べたところだった。

「デザートはどう?口に合うかな?」

 リタが声をかけると、リリーは、幸せそうに笑って顔を上げた。

「爽やかで、とても美味しいです。私は好きです」

「ほんと?!」

「また、食べたいです」

「早くメニューに載せられるよう、頑張るね」

 二人の様子を、リタがいるのと同じカウンター裏からテンが、店の奥から店主が見ていた。

 しばらくリリーと話したあとで、リタは戻ってきた。

「テン、あのさぁ……」

 そう言うと、リタは振り向いたテンの頬をグイッと両側から引っ張った。

「痛いっ…」

 抗議の目を向けるテンに、リタは小声で続けた。頬を引っ張っている理由を、やや不満げな顔をして。

「お前、魔術つかっただろう?」

「使ったけど、嘘を言わせるようなことはしてないし、大げさに褒めるようなこともしてない」

「本当に?」

 テンが頷くのを見て、リタはようやく手を離した。

「リラックスできるようにしただけだ。……俺は店長やお前みたいに、コーヒーは淹れられないからな」

「コーヒー……そっか……」

「で?感想は?」

「また、食べたいって」

 嬉しそうにはにかむリタを見て、テンが小さく笑った。

「なら、急いで改良しないとな」

「うん!」

 1時間後、リリーが席を立つ。会計をしたのは店主で、リタは本日5人目の「夏のコーヒー」の注文を受けて用意をしていた。

「あの、リタさん!」

 リリーから声をかけられ、リタは驚いて顔を向けた。

 それまで自分から声をかけることはあっても、彼女から話しかけられることなんてなかったからだ。

 彼女は微笑んで、言葉を続けた。

「デザート、楽しみにしてますね」

「うん!近いうちに絶対出すからね」

 扉の鈴が鳴る。

 リリーが出ようとしている外は、まだ眩しいくらいの夏の日差し。

「ありがとうございました」

 いつになく嬉しそうなリタの声が響いた。


 夏限定メニュー:夏のコーヒー(アイス)・レモンチーズケーキ(シャーベット付き)


Break3・END 

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