昼間の兎

河過沙和

跳躍

ピョンと跳ね、ポンと落ちる。

跳ねては落ち、跳ねては落ち。昼の人間たちが束の間の休息を喫しているであろう時間。

一匹の兎が跳ねていた。空に浮かぶ太陽の光を美しく映す月ではなく命と誇りと数え切れない程の欲望を慌ただしく流転させる地上で淡々とただただ規則的に跳ねる。


ふと、一人の子供が通りかかり兎に聞く。

「どうして跳ねるの?」

 兎は一時正面を見つめていた目を休め。子供をちらりと見て、戻して口を開く。

「兎にそのようなことを聞くものではない。ただただ理由もなく跳ねる兎などはたくさんいるのだから」

 子供はそれを聞き会得がいかないような顔をして去っていった。


また、別の日。老人が通りかかり疑問を投げかける。

「なぁ、兎よ。お前は跳ねるが何故跳ねる?」

 兎はやはり目を休め、老人をちらりと見てから目を戻して口を開く。

「兎とはそういうものだ。意味もなく跳ねることも意味があって跳ねることもある。ただそれだけの事だ」

 老人は会得がいったような顔で去っていった。


更に別の日、若い男が通り兎に言った。

「よう、兎相変わらず跳ねてるな。どうにか俺にもそいつを教えてくれないか?」

 兎は今度は微塵も動きを変えず言い放った。

「兎の仕事を奪うものではない。それに人の定めで跳ねるのだ、跳ね方は人の定めを持つ君の方がよほど知っているはずだ」

 若い男はどうにもバツが悪い顔をして去っていった。


それから幾月が経ち。今度は若い女が通りかかって兎に言った。

「ねぇ、かわいい兎さん。わたしにも可愛さを分けてくれないかしら?」

 兎は動きを止め、女を真正面からその眼中に捉えゆっくりと噛み締めるように言った。

「私も好きで兎になったのではない。そうある定めを持ち兎になったのだ。分けうるものではない」

女は怒って、足早に去っていった。


 最早数えきれないほどの年月が経ち、星から最後の人類がいなくなった頃。兎は跳ねるのをやめた。

「我ながら永く跳ねたものだな、これでやっと私も役を終えることが出来る」

 兎はその言葉を最後にめっきりと動かなくなってしまった。

 人類がその母星たる地球の最期を観測した丁度その時であった。

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昼間の兎 河過沙和 @kakasawa

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