第11話 ゆい
人に歴史ありというけれど、私の今までの人生でリアルに感じられるような話を聞くことはなかった。
高校の修学旅行で長崎の原爆被害者の話を聞いた時も今の私が感じていることまで感じたことはなかった。悲しい、かわいそう、そんな一言で終わってしまっていたが、生野さんの話はもっと魂のところまで届いているのではないかと思うほど入り込んで、言葉に表せない感情というものが湧いていた。
私が大人になったからなのか、それとも医者という仕事をして命に向き合ってきたからなのか。いろいろなことを頭の中で考えていたら、また頭が痛くなってきて、目の前が眩しくなった。
「また、これか…… 頭を打ってから頻繁に起きるな……」
独り言のように呟いた。
「おじいさんの話どう思った?」
不意に聞こえる声に私は耳を疑った。
「私は誰の声を聞いている?」
辺りは相変わらず眩しくてどこを向いているのかも分からず、自分が座っているかどうかも定かではなかった。
「おじいさんの話、かわいそうだったでしょ?」
もう一度聞こえた声を冷静に判断しようと、ゆっくり深呼吸しながら考えることにした。
「その声は、さっきの子ね?」
「そうだよ。おじいさんのことどう思う?」
人に聞いては答える隙もなく、違うことを聞いてくる女の子に少しムッとしたが、子供相手に大人気ないと思い、まずは直前の質問に答えようと思った。
「おじいさんは今の平和な私たちには想像もできないほどの悲しいことを経験してきたんだよね。おじいさんが戦地で経験したこと、親友を自分の手で奪ってしまったこと、結衣さんと結ばれたこと。辛いことも嬉しいこともたくさんあったと思う。だから単純な一言二言で表してはいけないことだと思ったよ」
「ふふふ。あなたならそういうと思った」
「さっきは聞けなかったけど、あなたのお名前は?」
「わたしのなまえは、ゆい」
「ゆいちゃんね。どうして私に話しかけてくるの?」
「お姉さんにしか見えないし、聞こえないから」
「どうして私だけなの?」
「えっとね…… ずっと昔からわたしはお姉さんのことを知っているから」
「ずっと?」
「うん、ずっと。昔は一緒に遊んでいたんだよ。お姉さんは大きくなって忘れてしまっているけど、ずっと昔に毎日遊んでいたんだよ」
「毎日?」
私にはそんな記憶はない。いや忘れているだけなのか。子供の頃の記憶を全て覚えている人はいないはずだし、皆そうなはずだ。しかも毎日遊んでいたなら、少しでも記憶には残るはずだ。
「家の中でかくれんぼしたり、トランプやったり、本を読んだりしたよ。あとは一緒にお勉強もしたね」
「それならどうして私は覚えてないの?」
「それが大人になるっていうことだから。でもね、それがみんなにとっては普通だけど、頭の奥底には記憶が残っているんだよ。頭だけじゃなくて胸にもあるし、お腹にもあるよ」
「そんなこと医者の私でも知らないよ」
「医学はまだ発達途上だからね。現代の医学では見つからないよ。場所は特定できても記憶を再生させることはできないんだ」
「どうして?」
「私たちの世界。お姉さんの言葉でいえば生死の世界とでも言ったほうがわかりやすいかな。肉体を持たない世界があるんだよ。魂の世界っていうのかな」
「そういうのはよく聞くけど本当にあるの?」
「あるよ、ただそこにアクセスしやすいのは子供の時まで。その後もアクセスできる人もたくさんいるけど、そういう人は周りに合わせるため秘密にしているか自分でその能力を抑えてしまってるんだよ」
私にはわからないことばかりを話しているゆいちゃんは、別の世界の人に思えた。
混乱している私に優しい眼差しを向けて微笑むゆいちゃんは一体何者なのだろう。魂の世界、ましてや生死の世界なんて話がいくら何でも飛びすぎている。臨死体験しているならまだしも、私は意識があるし、普通に体も動かしていたし、生野さんの話も聞いていたから生きている状態ではあるのは確かだ。いや、そうじゃなくてさっきの頭痛がしたときに意識を失ったのか? 体の感覚もないしそう思うのが妥当なところか。
「ふふふ。お姉さんは意識を失ってないよ。むしろ健康だよ。どこにも異常が無い健康体そのもの」
「え? なんで私の思っていることがわかった?」
「だってここは魂の世界だから意識したことは全てそのまま通じるよ。それがこの世界のルール。私たちは口を使って話しているように思っていたみたいだけど、本当は意識で話しているんだよ」
「ますますわからなくなってきた」
「まあ、そういうものだと思ってくれたらいいよ」
「わからないものはそういうものだということでいいかもね」
「うん! そう。そういうものだと思ったらいいよ。わたしは十数年ぶりにお姉さんと話ができて嬉しいし」
「でもどうしてゆいちゃんと話ができるようになったのかな?」
「それはね、頭を最近強く打ったからだよ。それでわたしがまた見えるようになったの。見えるようになったから話もできるようになった。
でもね。これは偶然なんかじゃないよ。ちゃんと決まっていたんだよ。だから怖がらないでいいし、お姉さんの体にはなんの影響もないから安心してね」
「え?それってどういう意味なの?」
「もうそろそろわかるはずだよ。その答えはもうすぐおじいちゃんが話すことになるから。じゃあね、かおるちゃん!」
そういって目の前がどんどん暗くなり、次第に元の中庭の風景が現れた。
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