第10話 カケラの音

 私は自分でも気がつかないうちに涙を流して泣いていた。生野さんが生きてきた過酷な時代を直接聞くことができて良かったと思った。


「赤橋さんは可哀想でしたが、赤橋さんが願ったように生野さんと妹さんが結ばれたことが私は嬉しいです」


「赤橋はきっと、このことをわかっていたのかもしれないな。だから命をかけて私を守ってくれたのかもしれない」


「そうかもしれませんね。赤橋さんが守ってくれた命は戦地で奪われず、いまこうして私と話をしている。余命宣告されてもそれ以上に生きている奇跡もありますしね」


「そうだな。奇跡といえば戦後の復興にもあった。赤橋の住んでいた土地を再建するために、焼け野原だった場所を結衣と二人で整理して簡易的な家を建てている最中だった。周りの人たちとお互いに協力しながら作業している時にそれは起きた。


 どの災害でもそうだが、必ず復興の邪魔をしたり誘拐したり、暴力で強奪するような人間とは思えない奴らがいるものだ。結衣は綺麗な人だったからそういう奴らから守ることも私の役目だ。だから常に二人で行動するようにしていたし、周りの人たちにも単独行動をさせないようにしていた。戦地を経験した私のことを信頼してくれてその通りにしてくれた。


 ただそれも相手側が集団できたらどうしようもない。あの時もそうだった。いつも通り周りの人たちと作業しているところに十人くらいの集団がやってきて、物や女子供をさらおうとしてきた。私たちは男四人に女性五人、子供三人。相手は全て男だった。応戦しても多勢に無勢だった。


 必死で女子供を守ったが、不利な状況になるのは時間の問題だった。私や仲間の男三人はボコボコにされて動けなくなり、もうダメかと思った時に、頑丈に建てていた家が一気に崩れた。


 普通なら全員下敷きになって怪我をするか命を失う可能性もあったが、私たちの集団は無傷だった。家の近くにいたのにな。

反対に相手の集団十人全員が家の材料にしていた木材が体に刺さり死んでいた。


 私は訓練所の仲間に土木に関することを学んでいてな、その通り組んで作っていたから、材質の影響は少しあれど崩れ落ちるということはないはずだった。土台も一番痛んでいないものを使ったからな。でもその時は不思議とバラバラになっていた。不自然な折れ方をしているものもあって不思議だったが、とりあえず皆の命と物を奪われずに済んだことがよかった。


 この倒壊の音が大きかったからか、周りの人がどんどん集まってきた。事故とはいえ十人死んだとなれば一大事だが、この十人を周りの人たちが見て内々で処理しようと言ってきた。その人たちもこの輩たちの被害にあっていたからだ。復興が始まったとはいえ、まだ空襲で亡くなった人たちの死体の山があった時期だからそこへみんなで手伝って運びに行った。


 この件があってから私たちの周りに人が集まるようになり、集落のようになった。それが今ではこの病院がある一帯だよ」


 おそらく誰も知らないこの土地の昔の話を知ってしまい、私は少し戸惑った。


「その人たちは自業自得ですね。人が死んだことは喜べませんが、全ての悪行が積み重なって返ってきたに違いないです」


「そうだな。元々は性根が悪かったのか、戦争によるもので悪くなっていったのかは分からないが、どんな時でも周りのことを思い、協力しあうことが自分も周りも良い方向にいくたった一つのことだと思うよ」


 淡々と話す生野さんだが、その重みを誰よりも分かっているのは彼だ。だから私もいざこういう状況になったら同じことをしようと改めて思った。


「そういえば、家が崩れる前に不思議な音を聞いたな。その音は前にも聞いたような音だった」


「どんな音だったのですか?」


「軽くて、乾燥しているような音かな。カラン、カランという」


「家が崩れる時の音ではなかったのですか?」


「それだったらミシミシと軋むような音だからな」


 話の流れでつい頭の悪いようなことを言ってしまい恥ずかしかったが、生野さんが聞いた音が気になったので、深く突っ込んでみたくなったので食いついた。


「前にも聞いたと言いましたけど、それはいつ頃でどんな状況でしたか?」


「ちょっと時間をくれないか。あれは忘れることができないような音だったから思い出せるかもしれん」


 私は生野さんが思い出すまで、話に夢中になり生野さんの方を向きっぱなしで固まった体をほぐすように、座りながらストレッチをして待っていることにした。


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