第12話 命のカケラ
「あれ? どうして私の下の名前を知っているんだ? 教えてないのに。やっぱり小さい頃一緒に遊んでいたのか?」
私は混乱しながらも平静を装った。
「生野さん、思い出しましたか?」
今までの私なら生野さんの様子を見て話をしていたが、今回は違って自分から話を聞きにいってしまった。これもさっきゆいちゃんが生野さんの話の続きを聞けばわかると言ったことに影響を受けたからだろう。生野さんが思い出していることを少し期待した。
「ああ、思い出したよ。あれは、赤橋の命をこの手で奪ったときだ」
「生野さん・・・ 辛いことを思い出させてしまってすみません」
「いや、構わないよ。あの時、確かに何かが落ちていくのが聞こえたんだ。どう伝えていいかわからないが、何か小さなカケラみたいなのが落ちていった」
「カケラですか?」
「そうだ。きっと目には見えないけれど、確かに存在するかけらみたいな小さいものだ。いや大きいのかもしれない。見えないのだからどちらか分かりようがない」
「生野さんはそれはなんだと思いますか?」
「この歳になってもそれは分からないな。だが、二つに共通するのは生死がかかった時だということだ。それが一つの答えなのかもしれないと思っているな。赤橋の時は赤橋の命のカケラが落ちていった。二回目の時は自分のものだったのかもしれない。それでも今も生きているということに矛盾はあるがな。もちろん相手たちのものだった可能性もあるが、複数人だったらもっと大きな音になるはずだからね。あくまで仮定の話だが」
これがゆいちゃんが言っていたことなのか? 命のカケラとはなんなのだろう? 医者になって四年経つけど、そんな事は一度も聞いたことがない。生死の境目にいつも対峙しているのになぜだろう?
私の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。
「それ以降はカケラの音を聞いたことがありますか?」
「あれ以降はないな。妻の・・・結衣の最期のときも聞かなかった。もしかしたらカケラではないのかもしれないな」
「人によって違うのか、時期によって違ってくるのかもしれませんね」
「そうかもしれないな……」
私たち二人は同時に空を見上げていた。
「生野さんと結衣さんのその後のことを聞かせていただいてもいいですか?」
「ああ、まだ話していなかったね。人が集まるに連れて、できることが増えていったので、それぞれが以前やっていた仕事の能力などを活かして徐々に集落を大きくしていった。今でいう市区町村の町や村だな。地域名と言った方がいいかな。自警団も作り治安には力を入れていた。その精神が今もここに根付いていて嬉しいよ」
「そっかあ。この辺りの治安がいいのは生野さんたちのおかげなのですね」
「そう言われると照れるがな。いい人たちが集まればその辺りはいい空気で満たされる。そうなればいい人たちがさらに集まってくる。そういうものだからな」
「街の基礎を作っていただいてありがとうございます」
「どういたしまして。一緒に基礎を作った仲間達も喜んでいるだろうよ。そうして毎日復興に勤め上げて、いつの間にか市長となって、地域の代表として生きてきた。政治家なんて向いていなかったが、赤橋が守ってくれたこの命を人のために使おうと一所懸命に生きてきた。結衣もいつもそばにいてくれて支えてくれた。だが、私たちの間には子供が恵まれなくてな。跡取りはいないのだ」
「そうでしたか…… お子さんがいらしたらお二人に似て素敵な人になったでしょうね」
「そう言ってくれると嬉しいよ。でもな、きっとそれは私が本当は戦地で死ぬ運命にあったからじゃないかと思っているんだよ。それを赤橋が身代わりになってくれたから生きることになった。だから子供は残せないようになっていたのだと思うよ」
「歴史の修正っていうものですかね」
「そうだと思うよ。でも私には結衣がいたしな。だが、結衣は子供を欲しがっていたから可哀想だったと、今も悔いている。もしあの時に戻れるなら、戦地であの場所に行かず二人とも無事に帰ってきたいな。そうなっていたらあの苦しかった時をどれだけ楽しく乗り切れただろうか」
「そうですね…… 私も赤橋さんや結衣さんにお会いしてみたかった」
「ああ、四条さんにも会わせてあげたかった」
「結衣さんはおいくつまで生きられたのですか?」
「あれは二十六年前だから、六十八歳だな。大きな病気もせずに最期は老衰でなくなった。今まで結衣がしてきてくれたように、私はいつも付きっきりで支えた。結衣は最期は眠るように亡くなった。安らかな顔だった」
「生野さんと一緒だったから幸せだったでしょうね」
「そうだといいがな……」
「幸せだったよ…… 真一さん」
「え?」
私は背中を痛めそうなくらい急に振り返った。
確かに聞こえた。
空耳ではない。
「そうか…… ありがとう……」
そう答えた生野さんに私は体を向けた。
生野さんにも聞こえたのだ。だから答えた。
生野さんに声が聞こえたかを確かめたかったが、声を押し殺して泣いている生野さんを見守ることしかできなかった。
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