第6話 赤橋の死
あの日、食料を調達しようと赤橋と他の仲間とともに敵陣ぎりぎりまで探しにいっていた。
「生野、伏せろー!」
その声が聞こえた瞬間、私は伏せた。銃弾の雨が避けることが不可能なくらいあたり一帯に降り注いだ。この地で死ぬのかと覚悟した。でもその時、背中に重みを感じた。
「あれ? 生きている。そう言えばあの重みはなんだったんだ?」
敵がいる可能性もあったのでしばらくじっとしていた。頭もあげられないし、耳も聞こえなかったので耳が聞こえるまでそのままでいた。
長引く銃撃で大きな音に慣れていたのかすぐに耳鳴りが治り、ゆっくりと仰向けになった。
ドサッ……
静まりかえった一帯に音が響いた。
今まで気づかなかったが私の体は血まみれだった。でも自分の体に痛いところはなかった。
「もしかして……」
その予感は当たってしまった。倒れていたのは赤橋だったのだ。
「赤橋! なんで…… なんで……」
私は泣きながら震える手で赤橋を抱え上げた。
「どうして。俺を庇ったんだ! 一緒に生きて帰るんじゃなかったのかよ! 約束を守れよ、なあ、赤橋!」
「生野……」
まだ生きていた赤橋はかすれる声で答えてくれた。
「赤橋、良かった。まだ生きているな」
「生野、すまない。俺はもうダメだ。約束…… 守れなさそうだ。すまない……」
「赤橋、しゃべるな。今すぐ味方のところまで連れていくからな」
「俺を置いていけ。足手まといになる。もう体の感覚がないんだ」
「嫌だ! 絶対に連れていく!」
「生野…… 約束を…… 覚えて…… いるな……」
「ああ、だけど…… だけど……」
「約…… 束…… 守れよ……」
「嫌だ! そんな約束守りたくない!」
「ふ…… お前なら…… そう言うと…… 思ったよ…… でも…… やれ…… 親友の…… お前の…… 手で……」
「でも……」
「い…… い…… ん…… だ…… こう…… なる…… と…… おも…… って…… いた…… から…… おれを…… ら…… く…… に…… して…… くれ……」
「…… わかった……」
「そ…… れで…… いい……」
私は自分の腰につけていた錆び付いたナイフを手にとった。
そして震える手で、赤橋の喉にナイフを当てた。
「し…… よ…… う…… の…… たの…… しかっ…… たよ……
あ…… り…… が…… と…… う……
いき…… て…… に…… ほん…… へ・…… かえ…… れ……」
私は赤橋の喉にナイフを刺した。苦しまないように力を一気に加えて。
私はこの手で大好きな親友の命を奪った。
この時、私の中で何か音を立てて溢れていくものを感じた。それが何かは分からなかったが、ナイフを引き抜きながら、私は赤橋の分まで生きる。生き抜いて日本に帰る。赤橋が命に代えても守ってくれたこの命を大切にする。
そう心に決めて、赤橋の髪の毛の束をナイフで切り、小さな袋に入れた。
辺りを見渡しても誰もいなかった。あるのは自分以外の三人の仲間の死体だけだった。
私は味方の死体をその場に置いて、敵に見つからないよう音を立てずに足早に陣地へ戻った。
陣地へ戻った私は全て司令官と仲間達に報告した。しかし一部の仲間は私を疑っていた。食料を独り占めするために三人を殺しただとか言っているのを聞いた。しかし私にはどうでも良かった。赤橋を失った痛みと比べたらなんてことはない。比べるまでもない。比べるのも失礼だ。軍隊としては味方だが、個人的な味方は赤橋以外はいない。
だからお互いに決めた約束だったとしてもその時が来て欲しくはなかった。来ない方が良かった。でも現実は残酷で、自分の命を投げ出してまで私を守ってくれた赤橋との約束を守るしかなかった。
私は生きる気力をなくした。
でも命を無駄にするようなことは出来なかった。赤橋が命がけで守ってくれたこの命を無駄にすることは出来ない。自暴自棄にもなれない私はどうしようもない感覚で毎日を生き抜くことしかできなかった。
隊の仲間には内緒で持っている赤橋の髪の毛を入れた袋をいつも握りしめ、戦闘を繰り返した。
そして、赤橋の死から二十日過ぎに終戦の知らせが陣地に届き、私たちの隊は降伏して収容所に送られた。
その二ヶ月後、日本が復員船を送り、私は無事に日本の土を踏むことができた。だけど、それが嬉しいとは感じられなかった。
赤橋と一緒にこの瞬間を迎えたかった・…… ただそれだけだった。
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