2-3. 軌跡による立証:守り人は信念の下に相対する

 アランの放った輝石を、エメリが率いる黒鴉クロガラスが防ぐ。至るところで白光が瞬き、轟音ごうおんが響いた。それに紛れるようにして、ラナは時計台を支える柱の影に身を潜める。


 無理矢理に息を吐き出して、乱れた呼吸を整えた。考えなければと己に言い聞かせる。まずは共喰いだ。エド達のところに辿り着かないよう、なんとか阻止しなければならない。けれど、どうするか。


 共喰いの閉じ込められている部屋に行く? いいや、すでに共喰いは解き放たれているのだ。それでは意味がない。共喰いの後を追いかけるか? 駄目だ、共喰いを探す手間さえ惜しい。ならばいっそ、シェリルとエドの元へ向かうか? だが二人は別々の場所にいる。ラナが今から向かったところで、どちらか片方しか守れない。そもそも、エメリだってアランを長く留めておけるわけではない。


 陳腐な案ばかりが浮かんでは消え、ラナは苛立って己の頭を叩いた。そうじゃない、そうじゃないんだ。もっと良い方法があるはずだろう。効果的な方法が。共喰いの動きを効率よく止める方法が。倒せなくても良い、せめて共喰いの動きさえ制限できれば。制御する。そう、そうだ。


 ぱちりと何かがはまった感覚があって、ラナは立ち上がった。アランの攻撃をかいくぐって、時計台の入り口に続く廊下付近まで移動し、目的のものを見つけて駆け寄る。


 拾い上げたのは、動かなくなった白鴉だった。ラナが放った雷で無効化した鴉だ。案の定、見た目の損傷はない。それにほっとしながら、彼女は腰元の小袋から宝石の欠片を取り出す。


 爪先にも満たない小さな紅玉ルビーの欠片だ。天秤屋でアランに選んでもらい、自分の稼ぎで買った石。


 あの時の彼は微笑んでいたのだった。紅玉は君の名前を冠する石だからと、どこか幸せそうに言って。三つの欠片のうちの一つをぎゅっと握り、ラナは少しだけ瞑目めいもくする。


 意を決して、ラナは白鴉のくちばしに紅玉の一欠片を含ませた。


『冠するは命 ぬくもりを灯し啓示を歌え』


 詠唱を紡げば、白鴉が体を震わせた。ラナが短く指示を出せば、鴉は瞳を生き物のごとく何度か瞬かせ、両翼で空気を打ってふわりと飛び立つ。


 *****


 テオドルス・ヤンセンは、自身の凡庸ぼんようさについて熟知している。


 当然のことだった。テオドルスの周りにはとかく非凡な人間が多すぎる。人間ではない存在ですら、規格外のものばかりだ。彼自身を創造デザインしたのは全知全能とも言うべき人工知能だった。そして、その人工知能すら否定する悪魔がいた。


 かたや、テオドルス自身には何もない。誇張でも嘆きでもなく、彼はそう理解している。魔術の才はない。身体能力も高くない。プレアデスに対する盲目的なまでの従順さもない。機械の知識はあれど、新しい技術を一から生み出すほどの思考力さえない。


 自分には何もない。ないものだらけであることは分かっている。

 凡庸だ。

 だが、それなりに上手くやってきたつもりだった。


 厄介事の気配がすれば、へらへらと笑ってやり過ごした。その場その場の世界の状況で、それらしい役割も演じてみせた。これでも人の機微には敏い方で、波風立たぬ人間関係を築くことなど造作もなかった。


 数百、数千と世界を繰り返す中で、問題が生じたことは一度もない。

 だからこれもきっと、その世界の延長線上なのだ。


「勝利宣言するわりには、随分とみみっちい攻めじゃねぇの! なぁ!」


 プレアデス機関の制御室で、テオドルスはせせら笑いながら指を鳴らした。


 白鴉が四方から滑空し、悠然ゆうぜんたたずむヴィンスに迫る。黒髪に深緑色モスグリーンの目。自分と同じ色を持ち、自分と同じように作られ、なれど決定的に生き方の違う男は動揺した素振りも見せなかった。


『悠久のとりで 王去りし後もそのを護る』


 詠唱と共に放たれた小石が、ヴィンスの周囲を守るように盾を生み出した。透明だが硬質の盾に当たった鴉が砕け散る。仲間の亡骸から逃れるように、残りの鴉が舞い上がる。


 どさくさに紛れてテオドルスは銃を撃った。一発目が結界を成していた小石を破壊し、結界に穴が開く。そこ目掛けて放った二撃目はしかし、ヴィンスが新しく盾を組み替えることで防がれる。


 テオドルスは舌打ちし、新たな鴉をけしかける。ヴィンスは防戦一方だ。当然だ。結界術はその性質上、守ることに特化している。そして、今のヴィンスの傍に数多の悪魔を統べた魔女はいない。死んだのだから当然だ。あの男の愚かさが、金の髪持つ魔女を殺したのだ。そう思えば溜飲りゅういんはわずかに下がった。溜飲? 何を馬鹿な。テオドルスは拳銃を握る手に力を込め、胸中の激情を殺す。あんな男に、何かの感情を抱くことが馬鹿げてるだろ。


 テオドルスはさっと周囲を見回した。戦況はさして変わらない。攻めているのは自分たちの方だ。だが、攻めあぐねているのも自分たちの方だった。


 ヴィンス自体はどうでもいい。問題は彼の為した結界だ。その中で、エドがプレアデス機関の制御に関わるパソコンをいじっている。顔色は悪いが、ヒルの手当を受けながら画面モニタを睨みつけるエドの目には鬼気迫る光が宿っている。


 目的は分かりきっている。プレアデスの制御を奪って破壊するのだろう。もちろん、十重二十重とえはたえに掛けたセキュリティがそれを阻むだろうが、エドがそんなもので諦めるとは到底思えない。


 厄介で、面倒だ。テオドルスが胸中で吐き捨てたところで、傍らをマリィが駆け抜けていった。


「っ、待て、マリィ!」


 テオドルスが制止の声を上げる。だがそれよりも早く、マリィは金髪と白の外套コートを踊らせてヴィンスに踊りかかった。


 タイミングを図ったように、テオドルスの耳に通知音が響く。プレアデス機関へのハッキングを知らせる警告音だった。エドだ。生意気な後輩が次々とプレアデスを守るためのセキュリティを破壊している。なんて間の悪い。凡庸な感想を焦りと一緒に即座に切り捨て、テオドルスは白鴉に仮想の画面とキーボードを展開させる。


 エドの侵入を拒むように、テオドルスはプログラムを書き換え始めた。余裕はある。エドの思考の癖は熟知している。彼よりも早く結論を導き、行く手を塞ぐように電子の海に罠を落とす。エドは当然それに引っかかり、プレアデスへの干渉の手が緩む。そのすきにテオドルスは新たな防御プログラムを構築するが、五つほど完成したところでエドが罠を破壊して防御プログラムに食らいつく。


 同じことの繰り返しだ。プログラムの構築も、展開も、テオドルスの方が早い。だが、その差はじりじりと縮まっている。新たな防御プログラムを構築する時間が減っていく。四つ、三つ、二つ。それでもテオドルスの方が早い。まだ。今はまだ。


「な、なるほど。そ、その武器は可変式か」


 ヴィンスのどもり声に、テオドルスは我に返った。まずいと直感する。その時には、マリィの斬撃の嵐をかいくぐったヴィンスが新たな小石を放った。


『敬虔なる教皇 虚ろの声にて聖者を拒む』


「っ……!?」


 マリィが何かに勘付いたように剣を引く。だが間に合わなかった。刃にまとわりつくように配置された小石が陣を結び、煌めく結界が、剣を真っ二つに折る。


 目を見開くマリィの足を払い、ヴィンスは素早く地面に引き倒した。

 背中をしたたかに打ったマリィが苦しげに咳き込み、剣を手放す。その首元に、ヴィンスは油断なく石を突きつけた。

 マリィが力なく笑う。


「やー……今のは、びっくりしたな。あんたの魔術は、守るだけだと思ってたんだけど……?」

「は、判断が甘いな、女。け、結界術の本質は外と内を定義し、隔絶することにある。な、ならば剣の機構部のつなぎ目に結界を展開すれば、外と内で分離されるのも道理というものだ」

「っはは……ずっりーな、それ」

「わ、笑うのだな。お、お前も」何かの感情を滲ませた息を吐き、ヴィンスは静かに問うた。「そ、それで女。い、言い残したことはもうないか」


戯盤進行:type 兵士Latrones change: Pedes


 マリィが答えを告げる前に、テオドルスの指示を受けた鴉が、白翼から無数の羽を放つ。ヴィンスは顔色一つ変えずにマリィから離れて、これをかわした。


 ヴィンスの前髪が切れ、深緑色の目があらわになる。相変わらずの無感情な目を、テオドルスは睨んだ。


「マリィに手ぇ出してんじゃねえよ、クソ野郎が。お前は俺に用があるんだろうが」

「た、たかが女一人に心を乱すとはな。や、やはり守り人として不適格だ」

「ハッ、好いた女を見殺しにするような守り人なんざ、こっちから願い下げだっての!」


 ヴィンスの顔がわずかに歪む。その機を逃さず、テオドルスは鴉をけしかけた。ゆっくりと歩を進めながら、ヴィンスが結界を張ってこれを防ぐ。だが、そう、彼は動いたのだ。テオドルスの安い挑発に乗った。たったそれだけのことに、テオドルスは安堵する。信じるものへの侮辱に、彼の兄は存外弱い。ならばまだ、やりようはある。


 彼は指先をキーボードの上で踊らせ、プレアデスへの干渉を試みるエドのコンピューターへ逆に攻撃を送る。エドの操作するパソコンから、耳障りな警告音が発せられた。ヒルが慌てた声を上げ、エドの表情が歪むのが見える。


 そして入り口から、咆哮ほうこうと共に数匹の共喰いが雪崩込なだれこんだ。


「いよいよ盛り上がってきたじゃねぇか! なぁ、兄上さんよ!」鴉とプレアデス、両方へ指示を送りながらテオドルスは挑発するように笑った。「残念だよなぁ! エドナ・マレフィカがここにいりゃあ、ちょっとは状況が変わったかもしれねぇのにさ!」

「む、無意味な仮定だ」


 鴉の猛攻をいとうように、ヴィンスが新たな小石を掴む。それを見逃さず、テオドルスは指を鳴らした。


戯盤進行:type 騎士Latrones change: Eques

『盲信のつわもの 誇りをし命をなげうつ』


 二人の守り人の指示を受け、鴉と小石が宙空で同時に爆発する。立ち上った煙が視界を遮る。

 それを裂いて、煌めく槍を持ったヴィンスが飛び出した。結界を編んで作った武器に見覚えはないが、さりとてテオドルスは驚かなかった。


戯盤進行:type 塔Latrones change: Turris


 鴉が鳴き、分解されて盾を成す。ヴィンスの一撃一撃を目と鼻の先で受け止めながら、テオドルスは笑った。


「なぁ、あんた今どんな気持ちだよ? 信じてた神に裏切られてさぁ、そのせいで女が死んだ。そうだろ? 無意味っつーことは、それでもプレアデスを信じたいとか思ってんのか? それとも、死んだ女の敵をとりたいから、エド達に手を貸してんのか?」

「…………」

「だんまりかよ。まぁ俺からすりゃ、滑稽こっけいでしかねぇけどな。てか、最高の皮肉ってヤツだ。好いた女を助けたいって俺の願いを否定したお前が、大切な女を失ってるんだからさ」

「そ、それの何が皮肉か」

「あぁ?」


 ヴィンスは手の中でぐるりと槍を回した。槍先を直上に移動させ、共喰いを突き殺す。黒血の雨を降らせながら、彼は再び槍を回して引き寄せ、テオドルスへと突き出した。


 盾の一枚が砕ける。テオドルスが舌打ちする中、ヴィンスは得物を動かす手を止めずに、静かに言う。


「え、エドナ・マレフィカは幸せと言って死んだ。な、ならばそれが事実だ。か、変わる必要はないとも言った。な、ならばそれがヴィンセント・ヤンセンの指針だ。そ、それは誇るべきものであって、憐れまれるものでも、皮肉の対象になりうるものでもない」

「腹立つくらいの綺麗ごとだな。自分には非がねぇってことかよ」

「お、俺を罪に問えるのはエドナだけだ。こ、この生き方が綺麗事かどうか、それを判じるのも、また彼女でしかありえない」

「馬鹿らしい。お前は結局、判断基準を他のやつにゆだねてるだけじゃねぇか。昔はプレアデスだった。それが女にすり替わった」

「え、エドナは俺の代わりに選択してくれるほど、優しい女ではないさ」


 ヴィンスが一瞬だけ寂しげな笑みを浮かべた、ように見えた。馬鹿な、ありえない。テオドルスは慌てて否定するが、その間にヴィンスが二枚目の盾を叩き割る。


 テオドルスは思わず半歩下がった。その分だけ歩を進めたヴィンスは、攻撃の手を止めぬままにテオドルスを見据える。


「お、俺からすれば、お前の方が思考放棄しているように見えるが? ま、マリィ・スカーレットを救うという大義名分を掲げ、盲目的にアラン・スミシーに加担する。ち、違うか?」


 テオドルスはぎりと奥歯を噛み締める。


「俺はお前とは違う。いつだって最善を判断してんだ。マリィを生かすための世界を選ぶとアランは言った。だからこそ俺は協力してんだよ。あいつと俺は対等だ。お前みたいに、訳も分からず指示に従ってるわけじゃねぇ」

「た、対等? あ、あの悪魔が、そんな取引を持ち出すわけがないだろう。な、なるほど。あ、悪魔は確かにマリィの生きる世界を選んで見せるだろうな。だ、だが彼女の病が完治する世界は絶対に選ばない。そ、そうすることで、彼女が人質としての意味を成すからだ」

「……うるせぇよ」

「し、思考放棄の善悪を問う立場にはない。そ、そういう生き方しかできない人間もいる。と、特に我々守り人はな。だ、だがな、テオドルス。お、お前の判断は、本当に最善か?」

「うるせえってんだよ!」


 テオドルスは三枚目の盾でヴィンスの槍先を薙ぎ払った。祭祀服カソックを揺らして男の体が傾ぐ。至近で拳銃を撃った。弾丸は槍先で弾かれたが、ヴィンスは後方に飛び退る。その機を見てテオドルスは指を鳴らす。


戯盤進行:type 王Latrones change: Rex


 ぱきりと音を立てて鴉が崩れ、無数の白片がヴィンスの周囲を取り囲んだ。彼の目が僅かに見開かれる。その刹那の間にも白片はドーム状にヴィンスの体を覆い尽くし爆発する。


 共喰いの咆哮が聞こえ、ヴィンスの張った結界が軋んだ音を立てた。エドはいまだ、プレアデスへの干渉に成功していない。


 周囲の状況を冷静に見極め、テオドルスは荒い息を吐く。有利だ、自分は。そうだろう。言い聞かせるように思う。思うが、苛立ちは一向に収まらなかった。その理由は分かっている。


 ――お、お前の判断は、本当に最善か?


「……ふざけんな」


 才に恵まれた兄の問いかけに、テオドルスは顔を歪めた。


 自分は、凡庸だ。


 アラン・スミシーの提案に裏があることなど、とうの昔に気づいていた。だから二つ前の世界で反抗したのだ。プレアデス機関を操って、あえてアランを害するように仕向けた。何千と世界を繰り返しながら準備を重ね、やっと実行に移せた一手だった。


 けれどそれさえもあの悪魔は見破ってみせ、見せしめと言わんばかりにマリィの病状を悪化させた。その結果が前回で、そして今の世界だ。彼女の心臓の状態は悪化の一途をたどっている。彼女の体がとっくの昔に限界であることにも気づいている。


 それを引き起こしたのは自分だ。自分の凡庸さだ。ふざけるなよ。テオドルスは奥歯を噛む。


 ならば最初から、悪魔と取引せねばよかったのだとでもいうのか? あぁそうだろうさ、非凡なお前らなら、それでも願いを叶えられただろう。ヴィンセント、お前のように魔術の才に恵まれていたのならば。エド、お前のように他者を強く信じる心があったのならば。


 でも自分は凡庸だ。誰も彼もが超人になれるわけがない。それでも願いを叶えたかった。詰めが甘かろうが、浅慮せんりょだろうが、他者から見れば愚策にしか見えないような一手だろうが、彼にとっての最善を選んできたのだ。


 それは今だって変わらない。強者に非難されるいわれもない。だからこそ負けてやる道理もない。


 エドが再びプレアデスへの干渉を始めたのが分かった。テオドルスは再びキーボードを叩き、エドから送られてくる指示言語コードを全て上書きしていく。エドの狙いは今や一点に絞られていた。プレアデスの鍵言葉パスワードだ。ならば、その一点だけを守りきればいい。テオドルスはそう判断し、実行した。


 決着はほとんど見えていた。ヴィンスからの攻撃を退けた今、テオドルスによる防御の方がエドを上回っている。加えて、共喰いだ。ヴィンスの結界が音を立てて壊れた。飢えた獣が喜々とした声を上げてエドたちに襲いかかる。さすがの彼らも逃げるか、応戦かするだろう。テオドルスは思う。その予想はしかし、見事に外れた。


 ヒルは悲鳴を上げながらも、エドをかばうように立った。そしてエドは、プレアデスへの干渉をやめなかった。プログラムを書き換える手も緩まない。テオドルスの腹にひやりとしたものが落ちた。そこまでするか。そう思った。そんな自分を恥じた。その一瞬で、戦況が動いた。



 ヒルと共喰いの間に割って入るようにして、どこからともなく真白の鴉が舞い降りる。そしてそれは鳴いた。高らかに、何かを拒むように、守るように。



 たったそれだけのことで、共喰いの動きがぴたりと止まる。なんのことはない、音による共喰いの制御だった。だが、なぜ。一体どこから。テオドルスの思考が止まる。それもまた、瞬きの間の出来事だった。だが、エドが鍵言葉を盗み出すのには十分だった。


「っ、しまっ――」

『虚ろの狂王 愚民を囲いて破滅をとす』


 かすれ声と共に響いた詠唱。同時にテオドルスの後方から、黒光が彼の右太腿を射抜く。激痛に呻き、テオドルスは身をひねった。


 全身に傷を負ったヴィンスが、槍を構えて真っ直ぐに突撃してくる。


 テオドルスは拳銃の引き金を引いた。放たれた弾丸はヴィンスの胸元に当たった。たしかに当たったはずだった。けれど実際には澄んだ音を立てて祭祀服が裂け、女物の髪飾りが銃弾を弾いただけだった。


 そしてヴィンスが、槍を振りかざす。


「お、お前の負けだ。て、テオドルス――我が愚弟よ」


 腹部に激痛が走った。終わりはあまりにも呆気なく、だからこそ地面に倒れ込みながらテオドルスは知覚する。


 仮想画面に、エドの打ち込んだ『HelloWorld』という鍵言葉が浮かんでいた。

 白鴉が、プレアデス機関の停止を告げる警告を告げていた。

 少し離れた床の上では、マリィが苦しげに顔を歪めて身を丸めていた。


 ――マリィ。大切な人。太陽のような人。臆病者とそしられようと、俺は君を守りたかった。凡庸な俺に、どこまでも付き合ってくれる、君を、俺は。


「……ちくしょう」


 テオドルスは低く悪態をつく。そして彼の意識がぶつりと途切れた。

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