6-1. Over the rain
果たして
「ごめん……」
「まぁ、初めてならこんなもんじゃないか」
人目につかぬよう移動した廃ビルの屋上で、ラナは肩を落とす。ため息まじりに励ましたエドは頬についた血を鬱陶しそうに拭ってから、アランの方をちらと見やった。
「お前、魔術師だろう。手際よく服を綺麗にする魔術とか持ってないのか」
「無くはないが、君がいる限りは今ひとつ使う気になれないな」
「は?」
顔をひきつらせるエドに、アランはやれやれと首を振った。
「魔術というのは触媒を介して意思を顕現させる。ところがどうにも、俺は君に対して魔術を使いたくなくてね」
「……へえ?」
「っ、それじゃあ私が魔術を使うよ! ほら、練習がてらさ!」
ラナは慌てて声を上げた。
「ね。それなら良いだろ。私も血をつけたまま歩きまわりたくないし」アランの眉が上がったのを見て、ラナは早口で付け足した。「いや、その……アランの宝石を使うことになっちゃうけど」
「あぁそんな些細なことは気にしなくともいいんだ、ラトラナジュ。俺の全ては君のためにあるのだから。ただ、少し意外だっただけでね」
「……輝石の魔術が使えるって言ったのはアランの方だろ」
「そうだな」アランはにやっと笑い、己の
ラナの掌の上に薄水色の宝石が落とされる。光る石を握って、ラナは一つ深呼吸した。
「輝石の名前は
アランの言葉に頷いて、ラナは口を開く。
『冠するは水 優しき涙にて
シャワーのようなものはどうだろう。頭上から優しく降り注ぐような。頭の中でイメージしながら、ラナは詠唱を終える。
手の中の輝石がかすかに輝いた。けれどそこから先、最後の一歩に踏み出すことが出来ない。ラナが眉を潜めれば、傍らで衣擦れの音が聞こえる。
アランがラナの手の上に右手を置いた。親指でラナの手の甲を撫で、低い声で
「もう少し、深く想像しなさい」
香水と煙草の香る、甘さを
次いで三人に降り注いだのは、バケツをひっくり返したような激しい水だった。
「っ、おいラナ!」
「あああごめん、エド……!」
ラナは謝りつつもアランを睨んだ。
「だ、だってアランが妙なことをするから……!」
「これは失礼」アランは水に濡れた髪をかきあげ、愉快そうに片眉を上げた。「君を少しでも手伝いたかったんだが」
エドが苛立ちを紛らわせんとするように息をついた。上着を脱いで、ラナの方へ放り投げる。
「とりあえず、君はそれ着てて。目に悪い」
「え」
ラナは目を瞬かせて自分の服を見やった。確かに濡れたブラウスから下着が透けそうだ。別の意味で顔を赤くし、慌てて上着を羽織る。
残った藍玉の欠片を上着のポケットにいれながら、ラナは再び肩を落とした。
「本当にごめん……次はうまくやるから……」
「次は、まぁ、うん。そいつがいない時に」
言葉を濁して返事をした後、エドはちらと携帯端末を見やった。
「ロウガ刑事が着いたみたいだ。さっきの患者を引き渡してくる」エドは去り際にアランの方を睨んだ。「お前は絶対にラナに手を出すなよ」
去りゆくエドの背中に向かってアランが肩をすくめる。ラナは呆れ顔を向けた。
「ねぇ、もう少し二人とも仲良くしたら良いんじゃないかい?」
「宝石一つに買い手が二人いるのだから、和解など到底無理な話だ」
「なにそれ」
アランは淡く笑んで、橙色の輝石を掴んだ。優雅ともいえる仕草で口づける。
『冠するは陽光 あまねく威光にて迷いの涙を晴らせ』
澄んだ音を立てて輝石が砕け、強く乾いた風が吹いた。それは二人の服を揺らして水分を飛ばし、からりと乾いた衣服を残して消える。
ラナはアランの方をじろと見やった。
「……これ、エドがいる時にすればよかったよね?」
アランが意味ありげに笑んで、屋上の柵に向かって歩き出す。ラナは息をついて、彼を追いかけた。
「それにしても、共喰いはどこに行っちゃんだろう」
「恐れをなして逃げてくれたのかもしれないな」
「アランが冗談を言うなんて珍しいね?」
ラナが笑えば、彼は一つ肩をすくめた。
「いずれにせよ、戦わずして済むのならいいことだ。君が危険にさらされることもない」
「うん」ラナは頷き、小さく息を吐いた。「でも、ちょっと心配、かも」
「心配?」
「だって、ここにいたはずの共喰いはそのままってことだろ。私が……治せるかどうかはわからないけど、何かができたかもしれないのに」
「共喰いは、それほど治すべきものか?」
赤茶けた柵を掴んで、ラナは顔を上げた。首を傾けたアランの耳元で、耳飾りが日差しを弾いて光っている。
「あぁ勘違いしないでくれ、ラトラナジュ。君を怒らせるつもりはないんだ。だが、全てを治すことはできないだろう? 共喰いだけではない。懐古症候群でさえ」
「それは……」
「世界は、思うほどに綺麗ではない」アランは眼下の景色を横目で見やった。「そんなもののために君が命を張る必要はあるのか?」
ラナは彼の視線を追いかけた。
少しずつ傾き始めた陽射しが、見慣れた街並を照らしている。廃ビルと新しい建物が入り混じった景色。風雨に汚れた家々の屋根と、あちこち剥がれかけた石畳。そして天高くそびえる大時計。
雨の降り止んだ世界を一通り見渡して、ラナはぽつりと呟く。
「私は、そうは思わないけど」
アランは何も言わない。それがなんとなく寂しくて、ラナは残っていた藍玉の欠片を取り出した。
『冠するは水 優しき涙にて穢れを洗い流せ』
再びの詠唱は狙い通りに霧雨のような水を喚んだ。細かな水滴は陽射しを弾いて輝き、宝石のように降り注ぐ。
「ほら、こうすると綺麗だと思わないかい?」
驚いたようなアランを見上げて、ラナは微笑む。そうすれば、彼は眩しげに目を細めた。
「君は今、幸せか?」
「変な質問」
ラナは小さく笑った。傷の癒えた彼の右手の甲へ手を重ねる。ほんの少しの心臓の高鳴りとともに。けれど、それ以上に暖かな感情とともに。
「幸せに決まってるだろ。だって、皆がいるんだもの」
「……そうか」
アランが呟き、ゆっくりと目を閉じた。何かを噛みしめるように。
「ならばそれが正解なのだろう。ラトラナジュ」
*****
アランと別れ、ラナはエドと共に日の沈む道をたどる。服を乾かした魔術の話をすれば、エドは渋い顔をしたものの何も言わなかった。
「エドは、
ラナは意を決して切り出した。エドは規則正しい足音を響かせながら、少しの間だけ沈黙する。
「可能性は、零ではないと思う。あぁいう反応だったわけだから。ただ、魔術協会だけが関与してるのかってところが疑問だな」
「カディル伯爵のことかい? 今朝、仕事に行く前にエドが教えてくれた……」
「そいつだけじゃない」エドはゆるりと首を横に振った。「ロウガ刑事いわく、もうすぐ
ため息をつくエドの横顔に影が差す。
「懐古症候群を制御する術はすでに確立されている。いいや、確立されていた、というべきかな」
「エメリ・ヴィンチ、だっけ」
日記に記された名前を呟けば、エドが一つ頷いた。
「そう。一通り、公文書館の文献をあたったけど、懐古症候群の制御について書かれた論文は見つけられなかった。けど、もし何者かが前の世界の記憶を保持していたなら、話は変わってくる」
「それが、エメリ・ヴィンチってこと?」
「可能性として、だ。あくまでも。事実と認定するには、あまりにも多くの仮定の上に成立してる。でも、この可能性もやはり零じゃない」
ラナは眉をひそめた。確証がないというエドの言葉は最もだった。けれど、妙な不安が拭いきれないのも事実だ。
「エメリが噛んでるっていうのは、否定しないけど……でも……」
「でも、なんだ? ラナ」
「その、動機はなんなのかなって。どうして彼は共喰いを創りたいんだろう」
些細な疑問を口にすれば、エドが立ち止まった。口元に手を当て、何事か考えるように目を伏せる。
「懐古症候群の研究は治療法の開発のため、とは言っていたけどね。あの人が本当に何を考えていたのかは……」エドは首を横に振った。「いいや、でもそうだな。ラナの言うとおり、エメリ・ヴィンチの動機については考えておく必要がありそうだ」
そこで、エドの胸元で携帯端末が鳴った。電話を取った彼は素早く言葉を交わし、顔をしかめる。
「エド、どうしたんだい?」
「カディル伯爵の方に妙な動きがあったって。マリィさんとロウガ刑事が追いかけてるみたいだ」
そう言って、エドが通話の切れた端末を見やる。ラナは苦笑した。
「心配なら行っておいでよ。私なら一人で帰れるもの」
「……ごめん。何事もなければ、すぐに帰るから」
「分かってる」ラナはエドの腕を軽く叩いた。「エドも気をつけて。無理だけはしないでね」
エドは何度か目を瞬かせ、照れくさそうに目をそらした。
「君ほどじゃない」
「ちょっと、私がせっかく心配してるのに」
エドは少しだけ笑って、身を翻した。その背中が路地裏を曲がって消えるまで見送り、ラナは再び家路につく。
*****
小さな物音に、ラナは瞼を上げた。そこでやっと、彼女は自分がソファで寝落ちたことに気がついた。
暗闇の中、軋む体をのろのろと起こす。寝ぼけ眼で取り出した携帯端末には、19:03が浮かび上がっていた。けれどその表示は、普段見慣れたものとは違う――そこまで思ったところで、ラナの頭が完全に覚醒した。そうだ、これはエドナから受け取った方の携帯端末だ。彼女がこの端末を渡した意図を考えて、そのうちに寝落ちてしまったらしい。
ラナはため息をついて、立ち上がった。エメリの動機も分からないが、悪魔を従える魔女の意図を図ることも難しい。
端末をポケットに入れ、家の外に出る。ぬるい夜色の空気に足音を響かせながら、錆びた鉄製の階段を降りた。
人気のない裏通りに、天秤屋のショーウィンドウがぽつんと灯りを灯している。天秤にかけられた竜と蛇の紋章。それを横目に、ラナは扉を開いた。
「天秤屋さん、エドは来てるかい?」
「やぁやぁ、ラナちゃんっ」店主は小瓶の入った箱を抱えてにこりと笑んだ。「エドくんは来てないよっ。どうかしたのかいっ?」
「夜には帰って来るって言ってたのに、家にはいなかったから」
ここにいないとなると、エドはまだ、マリィ達と一緒に行動しているのだろうか。ラナは落胆しそうになって、ゆるりと首を横に振った。
気を紛らわせようと、店主の方へと近づく。
「それ、お店に並べる商品だよね? 良かったら手伝うよ」
「それは助かるねっ。ありがたいよっ」店主はにこにこと笑って、機械油で汚れたつなぎの袖で額を拭った。「いつでも欠品がないようにするのが、僕の仕事とはいえねっ。これだけの数を一人でこなすのは重労働ってものさっ」
「この店に、そんなに人が来るとも思えないけど」
「ちっちっちっ、ラナちゃんはわかってないなぁっ。配線用コード、超小型軸受、極小マイコン用基盤に、蝶の羽ばたきと夜露の欠片、一角獣の
得意げに指を振る店主に、ラナは苦笑いしながら箱を持ち上げた。貼られたラベルを確認しながら、壁の棚に小瓶を収納する。
「相変わらず、おかしなものばかり売ってるよね」
「僕は誰に対しても平等だからねっ」
「これとか」ラナは猫の足音と書かれたラベルを振った。「空みたいだけど」
「ちゃあんと中身は入っているさっ。開けないようにしておくれよっ。貴重な魔術の触媒だからねっ」
「ずっと思ってたんだけど、店主さんは魔術が使えるのかい?」
「まさかっ」
店主はカウンター奥の椅子に腰掛けて、ひらひらと手を振った。
「僕は何かを作るのには向いてないんだっ。あくまでも材料とか、完成されたものを愛しているからねっ」
「ふうん……?」
「でもまぁ、原理については知っているよっ。そうじゃないと、商売にならないからねっ」
「原理?」
「魔術には代償が必要ってことさっ」
ラナが首を傾げれば、天秤屋の主人が手招きした。彼は手近な棚から古本を取り出し、工具の散らばったカウンターに広げて見せる。
「こいつはねっ、魔術の創世記に書かれた書物なんだけれどもっ」店主は指を舐めて、黄ばんたページをめくった。「うん、そう、ここだねっ。初期の魔術は随分とひどいものだったそうだよっ。ほら、悪魔と契約して魔術を使うとあるだろっ」
契約者は悪魔に願いを捧げ、悪魔は願いを喰らって
そこまで読んだところで共喰いのことが頭をよぎり、ラナはどきりとした。共喰いは人間に悪魔を混ぜて創る。そういう意味では、古い魔術の方法に近いとも言える。
黙考するラナの前で、店主が掠れた一節を指先で叩いた。
「この方法の問題点は、契約時とは別に、魔術を使うための代償を都度払わねばならないところさっ。それは強い感情であったり、身体機能の一部であったり、貴重な品であったり、色々だったそうだけどねっ。いずれにせよ、使用できる魔術には限界があったし、命を落とす魔術師もいたそうだよっ。だからこそ、悪魔と契約しなくても魔術を扱えるような方法が編み出されたのさっ。代償の代わりに触媒を消費するっていう方法を使ってねっ」
「それが今の魔術ってことなんだね」ラナは肩をすくめた。「うーん……でも、新しい方法を作るなら、いっそ代償が無くても使える魔術にすべきだったんじゃないかい? 例えば宝石とか、魔術を使いたければ買って用意しないといけないわけだし」
「代償なしの魔術はありえないよっ。仮にあるとしても、その魔術は代償を支払っていないように見せかけているだけさっ。目に見えぬ何かを犠牲にしてねっ」
店主がゆっくりと本を閉じ、椅子を軋ませながら立ち上がる。ラナのズボンで携帯端末が鳴動したのはその時だった。
エドからの電話かもしれない。ほんの少しの期待と安堵と共に端末を取り出し、ラナは顔をこわばらせる。
鳴っているのはエドナから受け取った端末の方だ。発信者には、アイシャの名前が浮かんでいる。
ラナは少し迷い、けれど結局、通話ボタンを押す。
真っ先に飛び込んできたのは建物の倒壊音。炎の音。荒い息遣いと耳障りな人外の鳴き声。尋常ならざる空気にラナが思わず息を飲めば、親友の悲鳴が飛んできた。
「っ、エドナですかにゃっ!? 大変ですにゃっ……! 教会に共喰いが……っ」
「アイシャ、一体どうしたんだい!?」
「にゃ……っ!? なんでラナが……きゃっ!?」
獣の唸り声を最後に、通話がぶつりと切れる。戻ってきた静寂に、ラナは青ざめた顔で端末を見つめた。
そこで、店の外から獣のごとき
咆哮は一度きりで途絶えた。ラナはそろりとショーウィンドウに向かった。日の落ちきった裏通りは暗い。そこに、狼のような影がうごめいていた。数は一匹。けれど体高は、建物の二階ほどまである。
「懐古症候群……」
「ええっ、なんだってっ!? どうしてこんなところにっ……」
慌てふためく店主の声を無視して、ラナは手早くショーウィンドウのカーテンを引いた。考える猶予は一刻もない。エドを待っているような余裕も。
怖気づきそうになる自分を叱咤しながら、ラナは小瓶の並ぶ棚に駆け寄った。
「店主さんは先に逃げてて。ほら、裏口があるだろ」
「で、でもラナちゃんはっ……」
「なんとかしてみる」瓶から知っている限りの宝石を取り出し、ラナはぎこちなく笑ってみせた。「多分、大丈夫だよ。無理はしないように気をつけるから」
ラナは店の入口から外へ飛び出した。
生ぬるい風が吹く中、狼の懐古症候群は覚束ない足取りで通りを歩く。影よりも黒い血が、足元からぼたぼたと地面にこぼれている。ラナと狼の間にさほど距離はない。だというのに、懐古症候群がラナに気づいた様子もなかった。
ラナはごくと唾を飲み、
『冠するは楔 万世の輝きを以って罪人を繋げ』
楔石が爆ぜた。懐古症候群が耳をピクリと動かしラナの方へ顔を向ける。けれどその時には、輝石の欠片が地面に突き刺さり、無数の光が狼をその場に縫い止める。
懐古症候群が咆哮する。空気をびりびりと震わせる叫び声に顔をしかめながら、ラナは胸元の懐古時計を握りしめて狼に駆け寄った。
『冠するは時 千切れた運命を手繰り寄せ 廻る世界へ引き戻せ』
掌の中で、時計がカチリと音を立てた。指先に走るぴりとした痛みと共に、月白の光が時計から溢れ、光放つ風となる。
眩さをこらえて目をこらせば、ゆらゆらと揺れる人影が見えた。男が一人、ぽつんと暗闇に立ち尽くしている。懐古症候群の本体に違いなかった。
ラナは目を細めた。よく見れば、男の足元が氷塊で覆われている。ひどく澄んだそれは六角の柱を持って群晶を成し、光を弾いて宝石のごとく輝いている。
「――夢を、見る」
ぽつと男が呟いた。ぎこちなく振り返った彼の顔は、真っ黒な墨で塗りつぶされている。
「夢を。そう、夢を見ているんだ。これは全て。悪夢。夜の夢。そうでなければ、人殺しなど。俺は、何も、望んで、望むことなど、願いも、後悔も、何一つ、」
男の体が六角柱の結晶で覆われていく。ラナは慌てて手を伸ばした。けれどその指先はあと一歩で届かない。
「っ、待っ――」
澄んだ音を立てて、男を覆った結晶が砕けた。闇がぶわりと吹き出し、風となって吹きつける。懐古時計が一層強く輝いた。歯車が再び音を鳴らす。そして光が勢いよく闇を吹き飛ばす。
ほどなくして、裏通りに静寂が戻った。ラナは浅く息を呼吸をしながら、懐古時計から手を離す。人影はない。懐古症候群の元となった男の姿でさえ。
それがひどく奇妙なことのように思えて、ラナはぶるりと体を震わせた。懐古症候群を治療すれば、元の人間が残るはずだ。戸惑いながら地面を見渡していたラナは、足元に輝く欠片を見つけた。
拾い上げたそれは、透明な六角柱の石の欠片で。
ひやりとした予感に、ラナの顔から血の気が引いた。ありえぬと否定する、それよりも早くラナは夜道を駆け出す。
違和感が音を立てて繋がっていく。教会を襲う共喰い。代償なしの魔術はありえない。砂糖をいれた甘いコーヒー。花の香りのつけられた香水。声をかけても振り返らない彼。
共喰いを制御する方法は既に前の世界で確立されていた。そして悪魔を召喚する術を持つのは魔術師だけ。
その条件を、満たすのは。
ラナは息を切らしながら、最後の角を曲がって大通りに出る。
燃え盛る教会が目に飛び込んできた。熱気と土煙の合間をぬって、十数の異形の獣が
小瓶を掴んだ手を、魔女は迷いなく突き出した。
同時にラナは、
『冠するは炎 常世を払い暁を導け――!』
紅蓮の炎が空を駆け、エドナの背後から現れた異形の獣を散らす。エドナが驚いたように振り返る中、獣が吹っ飛んだ先の壁が崩れ黒煙が登った。
炎の燃え盛る建物の影から、ゆったりとした足音が響いた。風が吹き、煙が晴れる。
そしてラナは、手の中の水晶の欠片を握って声を震わせた。
「……アラン。あんたが共喰いを創ったんだね」
立ち止まった男は笑んだ。
雨が止んだ世界、全てが燃え盛るその中で。
いつもと変わらず、どこまでも美しく金の目を煌めかせて。
「全ては君のためだ、ラトラナジュ」
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