# 三機関会議

「いやいや。まったく、サブリエに来るのは今年で初めてなんですがね。こんなにも夏が暑いとは思わなかった」


 そう声をかけながら、ロウガ・ヨゼフは額の汗を皺の寄ったハンカチで拭った。


 そこは小さな喫煙所だ。けれどロウガにとっては、この世の天国とも呼べる場所だ。身分も過去も年齢も、この小さな部屋では全てが平等になる。


「てっきり科学都市だなんていうもんだから、空調設備はどこも整ってるもんだと思いましたがねぇ。さすがは観光名所の時計台というだけあって、ここの空調はきいてるが……うちの部署なんか、シャツ一枚でじっとしてても汗が吹き出す始末ですわ」


 ロウガの世間話にも、スーツ姿の男の返事はない。煙草をくゆらせ、装飾腕輪レースブレスレットを微かに鳴らしながら、しきりにテーブルの上でサイコロを弄んでいる。灰皿の近くに置かれた籠を見るに、何かのゲームに使うためのもののようだ。煙草ついでの暇つぶしに誰かが持ち込んだのだろう。


 肩をすくめたロウガは、胸ポケットを漁り煙草の箱を取り出した。だが肝心のライターが見当たらない。尻ポケットに手を入れ、コートをはためかせ、ありゃ、と呟く。


「すまんね、お兄さん。ライターを貸してもらってもいいかい」

「…………」


 返事の代わりに、男は煙草の灰を灰皿に落としただけだった。ロウガは頭をぼりと掻く。身につけているものから察するに、男は随分裕福なのだろう。かといって、煙草の前ではすべての身分は平等だ。


「3、4、1」


 ロウガはおもむろに呟いた。男が手を止める。テーブルに転がった三つのサイコロが示した目は、まさしくロウガが呟いた通りのものだ。

 男の目が、すいとロウガの方に向けられた。


「見たのか」

「やや、お兄さん」ロウガは大げさに両手を叩いた。「一発で見破るたぁ、お見事。これでも目だけは良い方でね」

「そのようだ」


 男はじろりとロウガを上から下まで見渡し、ちびた煙草を灰皿に押し付ける。

 ロウガは黄色い歯を見せて笑った。


「ここで会ったのもなにかの縁だ。ぜひとも火を分けてほしいんだがね」


 男はロウガを無視して、煙草の箱とライターを取り出す。箱の側面を叩く。

 だが煙草は出てこない。


「それ、空だろ」くしゃくしゃになった箱を差し出しながら、ロウガはすかさず男との距離を詰めた。「俺ぁ煙草を持ってる。あんたはライターだ。二人揃えば、煙草が吸える。実に平和的じゃないか。えぇ?」


 男が舌打ちした。長い腕が伸ばされ、ロウガの手から煙草の箱を抜き取る。


「あ、ちょっとあんた……!」

「ピジョンか」ロウガの愛する銘柄をせせら笑い、男は煙草を取り出して火を灯した。「薄い味だ」

「おいおいおい! まさかあんただけ独り占めするわけじゃあないだろうな……っぶ」


 男がライターと煙草をまとめてロウガの方へ放り投げた。それをロウガが慌てて受け止める間にも、男は吸いさしの煙草を灰皿に投げつけ、部屋を出ていってしまう。


「いやー……いやいやいや」ロウガは呆然と呟き――それでも体に染み付いた癖で流れるように煙草へ火をつけ――目をぐるりと回した。「妙な兄さんだねェ」


 だが、かといって深入りするわけにもいかないもんだ。ロウガは思う。喫煙所での出来事を外に持ち出すわけにはいかない。だからこその天国だ。

 まあ、どうでもいい話だわな。そう結論づけたロウガは戯けたように肩をすくめる。そして手元の煙草に口付けた。




 *****


「何をやっとるんだお前は!」


 小声の叱責と足に走った激痛にロウガは呻いて目を開けた。


 喫煙所から一転、ロウガがいるのは、古めかしい装飾が施された小さな部屋だ。

 彼は何度も目元を擦る。三角形に配置されたテーブルに参加者が座っているのが見える。


 先程まで熱弁を奮っていた若い神父は席についていた。代わりに、向かいのテーブルで杖を突いた老紳士が立ち上がろうとしている。


 咳払いが聞こえた。ロウガがぐるんと首をひねれば、顔を真っ赤にした上司が隣からにらんでいる。

 禿面め。粘ついた唾液で、ロウガは悪態をなんとか飲み下した。


 苦労して手に入れた煙草は手元にない。テーブルに置かれたのは『三機関会議トライアド資料』と記された無機質な端末だけ。


 煙草は文字通り夢と消えたのだ。この禿げ面の上司が、喫煙所からロウガを引きずり出したせいで。


「何をやってるってねぇ、ジャンさん」ロウガは腕を組み、今まさに進行している会議の邪魔にならぬよう小声で上司をねめつけた。「警護ですよ、もちろん。哀れな刑事は一服も許されずに仕事に精を出してるってわけですわ」

「真面目にやれ。眠るんじゃあない」

「真面目にやってますって。そこのカディル伯爵の警備でしょう」


 ロウガは目をぐるりと回し、自分たちの前に腰かけた男を見やった。

 赤い布の張られた椅子に、件の伯爵はゆるりと腰掛けている。そのスーツには、暗闇でも分かるくらい凝った刺繍が黒糸であしらわれていた。そこに一分の隙もない……けれど髪の方はスカスカだ。典型的な頭頂部からくるタイプの禿げらしい。


 ロウガは肩をすくめた。なるほど、自分は貴族じゃないし、齢47歳にして科学都市サブリエの警察署に転勤になった刑事だ。働き始めて三ヶ月、自分よりも年下の上司に頭を下げるしかない新人でもある。


 けれど禿じゃない。これは大事なことだよな。そう思いながら、ロウガは大口を開けて欠伸をした。


「だいたいねぇ、なんだってただの刑事が貴族の警備なんてしなくちゃならないんです? 我々の仕事は犯罪の捜査でしょう」

極東ファル・イェストの常識を持ち出してくるな」上司は赤い絨毯の敷かれた床を足で叩く。「サブリエではそういうものなんだ」

「そういうものってねぇ。ジャンさん、あんた、仮にも上の人間なんだ。もう少しキチンと説明してもらわんと」

「三機関会議だからだ」


 これで十分と言わんばかりの上司の言葉は、ヤニ不足のロウガをいらだたせるのに十分だった。


「だからねぇ! その三機関会議ってのがなんなのかい、って訊いてるんですわ!」

「おや、そこの御仁は初めてか?」


 穏やかな男の声に、ロウガは我に返った。いつの間にやら、部屋中の視線が集まっている。


 カディル伯爵は体を捻ってロウガをにらみつけていた。

 部屋の右手からは、祭祀服カソックをまとった青年がじっとこちらを見つめている。その隣に座り、薄ら笑いを浮かべているのは、喫煙所であった薄金色の髪の男。


 そして部屋の左手で、立ち上がった老紳士。杖をついているはいえ、ぴんと背筋を伸ばしていた。顎髭も髪の毛もきちんと整えられている。鷲鼻のせいか、眼鏡の奥の視線は猛禽のように鋭い。

 冷や汗をかくロウガの傍らで、上司が舌打ちした。


「えぇまぁ、その」老紳士の射貫くような視線に、ロウガは極端に視線を泳がせた。「こっちに異動してきたばかりでしてねぇ……あー、っと……? 教授ドクター……?」

「エメリ・ヴィンチだ。どうぞよろしく、ロウガ・ヨゼフ刑事」片目を瞑り、エメリと名乗った老紳士は杖で絨毯を一つ叩いた。「では、今回の発表資料は少しばかり変更するとしよう。無知な一般人への説明も、我々科学者の役割だ」


 ロウガの手元で、電子端末に映る画像が変化した。

 自身の尾を噛む蛇。火を吐くドラゴン。そして大翼を広げた鷲。ちょうど、この部屋に並べられたテーブルと同じ配置になるように、三つのエンブレムが三角形に配置されている。


「さて。三機関とは学術機関アカデミア魔術協会ソサリエ、そして科学都市サブリエの政を担う議会を指すわけだが……そもロウガ刑事。三機関会議の目的についてはご存知か?」

「やー……」ロウガは手探りで湿ったハンカチを取り出し、額を拭う。「そう、ですなぁ……都市の運営に関わるようなことを決めるとか、ですかい」


 エメリは鼻先で笑った。杖で床を再び叩く。


懐古症候群トロイメライだよ、ロウガ殿。精神疾患だ。異様な言動、周囲への暴力、最終的には死に至る。初症例ファーストケースの報告は14年前。治療法は未だ見つかっていない」


 端末の画像が切り替わった。円グラフの十分の一にも満たない部分が赤く塗られている。


「円グラフが示す通り」エメリが淡々と話を続ける。「サブリエの全人口の内、発症者は0.03%。だが精神疾患というのは早期診断が困難でね。潜在的な患者予備軍ともなれば全人口の1%にのぼる」

「はぁ……」

「この1%を少ないと思うかね」

「……数字はどうも苦手なもので」


 エメリの刺すような視線にロウガは身動ぎした。無精髭の残る顎をさすり、曖昧な笑みを浮かべる。


「まぁでも、少なくはないから、こうやって対策会議が立てられとるんでしょう」

「実に無難な解答だ。赤点ぎりぎりのラインだな」エメリは肩をすくめた。「だが理解としては間違いない。懐古症候群は重要な疾患だ。故に、異なる機関がこうして手を取り合い、未知なる病に挑もうとしているわけだ」

「ご、御託はいい」


 横合いから祭祀服の青年が口を挟む。エメリが青鈍色アイアンブルーの目を動かし、唇の端に笑みを刻んだ。


「ヴィンス神父。我々の発表中に口を挟むのはいかがなものかな」

「じ、時間は限られているはずだぞ」組んだ指に力を込め、ヴィンスと呼ばれた神父は軽く顎を動かした。「む、むしろ、お前が時間通りに発表を終えられるよう……し、親切心から、促してやってるんじゃないか」

「ふ、は。これはこれは、さすがは神父ともなると、底なし沼のように深い慈悲をお持ちのようだ。天高くある我々には気づかぬことまで指摘してくださる」


 ヴィンスの睨むような視線を無視し、エメリは杖をついて歩き始めた。


「よろしいか、皆さん。我々は、懐古症候群に固執しすぎているのだ。たしかに三機関会議は懐古症候群のためのものだ。だが、この都市で発生している異常は決してそれだけではない」


 ロウガは目を瞬かせた。端末に老婦人の写真が映し出される。グレーのワンピースを身にまとい、両腕に絵を抱え、はにかんだような笑みを浮かべていた。


「こちらの婦人は幾つだと思うかね。ロウガ刑事」

「幾つって……」ロウガはたじろいだ。写真に写る女性は自分の母親よりも少し年上のようにも見える。「75歳とかか」


 エメリがにやっと笑った。


「20歳だ」

「……は?」

「タチアナ・ルゼ婦人の実年齢だ。これもまた一つの病だな。実年齢に反して、老化が恐ろしい速さで進んでいる。彼女ほど乖離している症例ケースは稀だが、当人が自覚している年齢と体年齢に矛盾が見られる症例は存外多い……あぁ、そして異常と言えばこれもだ」


 エメリが杖でテーブルの上の端末を指した。


「我々の日常生活において、今や電子端末は必要不可欠なものだ。紙は駆逐され、日常の些細なメモ書きから機密文書に至るまで、貧富の差なく電子端末が使用されている。この技術の進歩は目覚ましい……だが同時に歪でもある」


 ロウガは手元の端末に目を落とした。静まり返った部屋に、エメリの老成した声が淡々と響く。


「工学、生物学、化学、医学、薬学、農学……科学技術と称される物は数多あるが、電子端末だけが異常に発達しているのだよ。その他の技術は百年前となんら変わらない。西暦2153年という現代にあって、今なお、車が空を飛ぶことはなく、石炭を中心としたエネルギーで社会はまわる。人工知能が各家庭に据えられた生活など夢のまた夢だ。唯一現存する人工知能は時計台に据えられた一機のみ」

「え、エメリ教授はSF小説がお好きなようだ」ヴィンスがこれ見よがしに鼻を鳴らす。祭祀服を僅かに歪め、若き神父は肩をすくめた。「だ、だが残念だな。こ、ここは現実で、フィクションなどではない」

「愚かだな。仮説に基づいた推測は、もはやフィクションではないのだよ」


 エメリは若い神父を冷笑し、杖で床を叩いた。


「肉体のみが急速に老化する病。遅々として進まぬ科学技術。そして懐古症候群。断言しよう。その全てが、たった一つの何かに起因している」

「ば、馬鹿らしい!」ヴィンスが声を上げて笑った。「そ、その何かを突き止めろと、我々は言ってるんだ」

「先程、私は仮説はあると言った。その検証のためにプレアデス機関を使いたいのだよ」


 ヴィンスの笑みがピタリと止んだ。その目は相変わらず前髪に隠れてよく見えないが、長年刑事として働いたロウガの目は、ヴィンスの体が強張るのを見逃さなかった。


「……り、理解できないな」ヴィンスがぼそと呟く。「ぷ、プレアデス機関は時計台を管理するシステムだ」

「その理解で止まっているから、君は凡人なのだよ、神父殿」エメリが杖の柄を指先で叩く。「あれは現存する唯一にして最高の人工知能だ。本来ならば、時間を管理するなどという些末な機能で終わるはずがない」

「だ、だからこそ、世界の安寧は保たれているのだ」


 語気を強めたヴィンスが、ぐるりと身を捻った。ロウガを……正確に言えば、ロウガの前に腰掛けたカディル伯爵を見つめる。


「は、伯爵、この男の妄言を真に受ける必要はない。さ、先にも申し上げた通り、我々魔術協会は懐古症候群を治療する魔術を見つけた」

「ラトラナジュ・ルーウィ、だったか」


 カディル伯爵の声は、女と聞きまごうほどに甲高かった。まじまじとカディル伯爵を見やったロウガは、そこで小さく呻いた。またもや禿頭の上司だ。大人しくしろ、と言わんばかりに、ロウガの足を踏み抜いている。


「その少女についての教授のご意見は?」


 カディル伯爵の問いに、教授は唇の端を歪めた。


「興味深いですな、実に。可能ならば是非とも、サンプルとして提供頂きたいところだ」

「……サンプル」


 低い、声が響いた。艷やかで、退廃的で、どこまでも深い虚無をはらんだ声だった。


 全員の視線が声の飛んできた方に集まる。薄金色の髪を揺らし、ロウガが喫煙所で会った男が、ゆっくりとテーブルの上で腕を組む。


 装飾腕輪の鎖が擦れて、音を立てた。たったそれだけのことなのに、この混沌とした会議の空気が、一気に男へ引き寄せられる。


「妙なことを仰るな、エメリ教授」男は、どこか悪魔のような笑みを浮かべて首を傾げた。「ラトラナジュは実験動物モルモットではないのだが?」

「アラン・スミシーともあろう男が愚問だ」エメリは獰猛に笑った。「モルモットでなくとも実験対象には十分なりうる。我々、科学者の目に留まった時点でな」

「野蛮なことだ。君たちはそうやって、いつも誰かを殺そうとする」

「殺すなどとは人聞きが悪い。科学とは細分化する作業だ。切り刻み、分類し、そうして初めて真理が浮かぶ。死とは過程であって、結論ではない。君たちとは違って」

「ちょ、ちょっと待った」


 ロウガは思わず声を上げた。アランと呼ばれた男と、エメリの目が同時に向けられる。その圧力に思わず首をすくめながらも、刑事としての義務感からロウガは恐る恐る尋ねた。


「殺すだの死だの……まさかあんた達、殺人を犯してるわけじゃ、」

「まさか」


 間髪入れない答えは、アランとエメリの二人から同時に発せられた。どちらも笑みを浮かべている。だが、その瞳の奥に宿る物は何だ。

 得体の知れないおぞましさがロウガの心臓を掴んだ。



 *****



 結局のところ、三機関会議は大した結論も出ないままに解散した。

 懐古症候群の症例が出れば、互いに情報交換を行う。現状は、懐古症候群を治療するという少女の力を試す。


 無難だ。実に無難。けれど、上司からすればそういうものらしい。


 馬鹿らしい。そう思いながら、ロウガは警察署の屋上で煙草をふかした。三機関会議から帰ってきて一時間。日は暮れ、ビルや街灯の明かりが星のように灯されはじめる。

 地方出身のロウガにとって、サブリエの夜景は評価に値するものだった。たしかに空気は悪い。けれど、明かりの一つ一つに人々の命があるのだと思えば、見下ろす夜景にもぬくもりがあるように感じる。

 だが。


 この都市で発生している異常は決してそれだけではない。不意に響いたエメリの声に、ロウガは両腕を擦った。

 正直に言って、三機関会議の内容を1割も理解できていない。それでも、この都市が異常であると告げた、エメリの言葉が妙に耳に残る。


 そしてあの、アランとかいう男の底知れない笑み。


 ロウガの煙草の先から、灰がぼとりと地面に落ちる。


「――おい、ロウガ」


 背後から声をかけられ、ロウガは振り返った。暗闇に上司の姿を認め、慌ててロウガは後ろ手に煙草を落とす。


「や、やぁ! ジャンさん」落ちた煙草を靴裏で踏みつけて隠しながら、ロウガは愛想笑いを浮かべた。「エメリ教授との打ち合わせはもう終わったんですかい? てっきり、会議場から戻るのはもう少し遅いかと」

「仕事だ」

「は?」


 ロウガの返事を無視し、上司は扉の奥に引っ込んだ。ロウガは頭をぼりと掻き、煙草で凝った息をついて上司を追いかける。


 暗い階段を下り、連れてこられた先は取調室だった。

 扉に嵌められた窓から、亜麻色の髪の少女が強張った面持ちでテーブルを睨んでいるのが見える。


「あーっと……この子は?」

「容疑者だ」

「や、まぁ、そりゃそうでしょうけど。詳細は? そもそもなんの……っと」


 ロウガの返事を封じるように、上司が端末を押し付けた。


「捜査資料だ。話を聞きながら読め」

「はぁ?」

「終わったら必ず仔細を報告しろ」

「ちょっ……!?」


 そうとだけ告げ、上司は無理矢理ロウガを取調室に押し込んだ。文句を言おうと振り返ったロウガの鼻先で、無情にも扉は締められる。


「おい! ジョン! この禿げ野郎……っ!」

「……あなたが刑事さんね」


 か細いが芯の通った声に、喚いていたロウガは渋々振り返った。

 亜麻色の髪の少女がじっと見つめていた。顔立ちは整っているが、血色は悪い。肩口がやけに開いた衣服に、微かに漂う甘い香り。


 娼婦だ。ロウガの直感が告げる。ということは、痴情のもつれか何かなのか。端末に表示された少女の経歴をちらと見やったロウガは、ある一単語に腹の底がじわりと冷える思いがした。

 元、懐古症候群の患者。


「……オーケイオーケイ、分かった」


 端末から無理やり目をそらしながらも、ロウガは腹を括った。頭を掻く。

 この分だと、今日も風呂に入れそうにない。頭が禿げなければいいが。憂鬱な気持ちになりながらも、ロウガはパイプ椅子を引いて座り、目の前の少女を見据えた。


「とりあえず何があったのか……おじさんと一から確認しようじゃないか? シェリル・リヴィ」

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