第4話 東京湾
四季会議神祇官達が次々と水槽式瞑想装置の中に身を浸し、マリンチャントを唱えながら深海瞑想状態に入っていく。
水槽式瞑想装置のサイズは深さ2メートルの第二スケールの正方形で、その縁までなみなみと精製された東京水をたたえている。セットアップ全体を取り囲むようにマジックミラーが取り付けられていて、隣の部屋から水槽内部のどの角度も映し出せるようになっている。
マリンチャントの響きが一段と深くなり、瞑想装置全体が今ようやく5.1GHzの振動に達した。
「遅れているようだな」
マジックミラーの向こうで神官達の瞑想装置の状況を見守っていた東京都議会の上院議員、シンガキはいら立ちを募らせた。
「今度の坊主たちは、本当に役に立つのか?」
「22世紀初頭にこの星に流れ込んだ、黒い異邦人の問題を解決しなければならなかったんだ。四季会議の神官達は消耗的交代が激しい、当初に設けられた基準の適性を持つものを常に確保するのは難しい。我慢してくれ」
オルテガがシンガキ議員の後ろの椅子に寄りかかりながら答える。
「ふんむ」
鼻を鳴らすとシンガキが渋い顔で秘書から渡されたウィードタブをぬるぬると操作した。四季神祇官たちの過去の預言歌が記された資料をめくる。
「‥‥‥なんだこれは、ほとんど妄言じゃないか」
「一般的な基準で個人が使う「言語」ではない、深層心理、共通の無意識からくみ取られた言語になる前のイメージ、君らの国の言葉で言えば言語の精髄、歌、言霊だ。これをまた一般的な言語のレベルに解釈しなおす必要がある」
「ふん、君には理解できるのかな?」
シンガキの目には明らかな侮蔑の表情がある。
「理解という言葉の定義の問題によるがね」
四季神祇官たちは人類の深い知性場、つまり共通無意識を読む。恐怖や怒りという個人の海面に漂う波のような感情や知性よりも、はるかに深い、意識の海底を流れる重い堆積物の大河のように、人類全体の深い知性の流れをかろうじて歌として人間の言葉に翻訳するのだ。
そして、その預言歌に従い戦ってきたことで人類はこの鉄とネオンの都市、東京を作り上げアジアにおける文明の存続拠点としていた。
「第618歌、第一季刊、第二季刊出ました」
海女作業員が報告し、脳波パンチドアウトテープが機械から吐き出されるのを次々と読み取り年末進行SEのごとく適確にタイピングしていく。電光掲示板にリアルタイムで予言が表示されていった。
「海の少女達が東京湾に到着し、マグロとして知られる戦士を探し出すと、少女達にはマグロの脆弱な記憶があることがわかり、マグロは海の神と自称される‥‥‥」
シンガキは眉根を寄せて掲示板をにらみつけた。
「マグロと少女の一族であることがすぐにわかる宣誓された敵が現れる。この海上衝突の間に、世界に潜む悪を語るアクアのなじみのある側面が、水面に浮かび上がっても否定することはできず、彼らの闘いの一部と‥‥‥がぼぼぼぼ」
「夏、秋、神祇官、意識溺水! 深海瞑想GCS急速低下、-5のC、-6のC、さらに低下中。脳底動脈の攣縮性狭窄を確認。バイタルも総じてレッドです」
バイタルモニタリング中の海女ナースが叫ぶ。ビープ音が鳴り響く中、極度の潜行意識状態になっていた神祇官が、共通無意識下水圧に耐えられずに、鼻血を噴き出して意識消失した。瞑想用水槽の内面に血の飛沫が飛ぶ。
「深海瞑想、中断。NLLエアステント内固定、吸引、酸素供給10L開始と共に意識減圧、サルベージプロトコルを開始」
オルテガが素早くスタッフに指示を出す。海女作業員たちは決められたプロトコルフローに従って、次々とフローキーボードを叩き、緊急中断手技をとっていく。意識を失った四季会議の神祇官たちはチェーンで釣られて水槽から水揚げされていった。
「‥‥‥下らん、オカルトかぶれの交霊会の結末がこれか。四季会議も方針を見直すべきかもしれんな。まあいい、オルテガ。君らのアイドル達も今頃ご寄港だろう、都知事と三時からセレモニーに出席してもらうからな、早々に報告書をあげておけ」
シンガキ議員はあわただしく動き回るスタッフを尻目に秘書を連れて部屋から出て行った。
「ああ、それと」
シンガキ議員が思い出したように立ち止まる。
「その飲み物は何だ、ビールに抹茶とバニラアイスでも入れて飲んでいるのか? 敵わん匂いだ。ここにはもっと旨い飲み物がたくさんあるぞ、大使」
「‥‥‥それは、私にとって旨いという言葉の定義によるだろうがね」
オルテガは議員と秘書が退出するのを横目で見送りながら、マグをあおった。
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アクア&アクア達が東京湾に入港すると、東京都マリンフォースの歓待を受け、そのまま国際海軍艦隊旗艦「見上げる山」艦上で式典に参加することとなった。
「我々東京は、伝説のアクア&アクア隊による攻性海洋障害への偉大な戦果と、我が東京都のマリンフォースの活躍をここに讃えます」
都知事の山田は威厳たっぷりに壇上から居並ぶ東京都海兵隊と、政治家たち、市民ら聴衆を見渡した。
「世界最高の海戦力! 国際海兵隊に最敬礼!」
アクア&アクアは国際海域防衛力ではあるものの、軍属ではない。バトルスイミングスーツに身を包んだ少女たちは敬礼の代わりに壇上から聴衆に手を振り、拍手と万歳三唱に応えた。
「いやあ実によくやってくれた」
熱狂的な拍手の波が引き、壇上では順次今回の作戦に携わった功労者がたたえられている。姫子たちが席上に戻ると隣に座っていた都議のシンガキが声をかけてきた。
「今回の動きは素晴らしかった。日本近海での君たちの戦いは全国中継されている。我が党の事務所にもすでに君たちの新しいムーブを今度発売するVFゲームに取り入れていいかと確認の電話があったよ」
「光栄です」
姫子は式典用の白いフロートスイミングスーツを着て、楚々とほほ笑んで返礼を返した。シンガキは満足そうな表情で口の端に笑いを浮かべると、深く椅子に座りなおし、アクア&アクアのメンバーをちらりとも見ずに言った。
「だが、そもそも君らのようないたいけな少女たちを戦闘に駆り出すべきか大いに世界的な世論が盛り上がっている、ということも知っておいてもらいたい」
「どういう意味でしょう」
姫子の方に身を乗り出して代わりに応えたのはアイだった。目にまぶしいマリンブルーにクリティカルホワイトのラインの入ったスポーツスイミングスーツを着ている。
「これは申し訳ない。もしかするとニュアンスに誤解が含まれたかもしれない、私の話すのは日本語なのでレトリック翻訳ノードがうまく訳してくれるか心配なのだが‥‥‥」
シンガキは勿体ぶって耳骨振動型のイヤホンデバイスをコツコツと指で叩きながら続けた。
「世間に君らは男子と一緒の制服を着たくはないが、男子のアメフトチームと同じくらい活躍したい、というようなチアリーダーの女性だと思われているということだよ」
「私の国籍は日本で、13歳まで日本で育ちました。たとえ話でなくとも意味は分かります。チアリーダー?」
「これは失礼。でははっきりという。君たちの残した戦果は素晴らしい、だがもう戦闘訓練を受けた本物の軍人にその座を譲ってはどうだね?」
「‥‥‥議員、四季会議の発表にもあるように私たちは確かにボランティアですが、アウトオブサークルを扱うには適性が‥‥‥」
姫子があいまいな笑みを浮かべながらそう言うのをシンガキは手で制した。
「わかっている。攻性海洋障害にたいして、現在人類のもつ有効な対抗手段は今のところスイミングスクールと君たちだけだ。だが、それも四季会議が下した判断にすぎん」
「といいますと」
「人類は海と戦う手段をいくつも持たねばならないということだよ」
都知事が退席するのに合わせてその場の全員が起立した。拍手とカメラのフラッシュが巻き起こる。シンガキも姫子たちも正面を向いて拍手をつづけた。
「君たちはよくやった。、もうチアリーディングに戻り給え。戦うのは本物の男の仕事だ」
「そうですね、たしかに私たちはチアリーダーですわ」
「ほう」
シンガキが肩眉を吊り上げて姫子を見た。
「ですが、応援するのは勝てないアメフトチームではありません。この星の自然な海の力です」
「‥‥‥ふん、小娘のレトリックはよく滑る。まあいい、なら精々ポンポンを振ってみるんだな」
シンガキが荒々しい足取りで退場した。アクア&アクアのメンバーはカメラのフラッシュに応えつつ、ゆっくりと会場を後にした。
式典後、少しの休憩の後豊洲にあるスイミングスクールのブリーフィングルームに向かう途中のドローンヘリで、アイは姫子に興奮気味に言った。
「さっきのあれ! なんなの? 私達を伝統的応援団呼ばわり!」
「すべての人にわかってもらうのは難しいわ」
姫子はあいまいな表情を浮かべた。
「だいたい、キーレス、あなたよくあそこで黙ってられたわね。翻訳装置が壊れてた?」
キーレスはアフリカの部族戦士出身で、喧嘩が素早い。燃え盛るようなアフロヘア―を抑えつけるようにいかにもな見た目のアンティーク旧世代ヘッドホンをつけてシートにもたれかかっていた。
「ん? なんだって?」
アクア&アクアのメンバーの中で最も好戦的だと自他ともに認めているのがキーレスだ。彼女は海洋障害との戦いの中で「モスキート」による人類生存圏防衛に最も早く立ち向かったアフリカでの戦いから非情さと苛烈さを学んだ。
「私たちが、役立たず呼ばわりされたことが腹が立たないのかって聞いてるの!」
キーレスはアイに水を向けられると爆音の呪術系アフリカンメタルバンドを聞くのをやめ、サングラスをずらして目線だけ彼女に送っていった。
「強い雄ライオンは、戦いまで寝ている。戦ってもないのに並んでわめくのは軟弱なムジルリツグミだけだ」
「キーレスはわかってるわ。私たちは必要な時に必要なことをすればいいだけよ」
姫子がほほ笑み、キーレスがまた爆音でヘッドホンから音漏れするメタルを流すと深くシートに身を沈めた。アイは感情を持て余し、手をくしゃくしゃに振り上げたまま、ため息をついた。
「あと2分で到着します」
AIパイロットからアナウンスが入る。そのときドローンの周囲の6基のフロートローター越しに豊洲を眺めていた姫子が何かに気が付いた。
豊洲基地の周辺の美しい海域がおぞましい砂色に変わりつつあった。
「海砂‥‥‥!」
同時にスイミングスクールの本部からポップアップ入電。オルテガのワイヤードイメージが通信ノードを通じて機内に出現した。
「アイ・アイ。もうそこから見えているか? 豊洲基地周辺において、特異性突発性広域海洋障害を確認、明らかな攻撃を受けている。現在防波堤を構築中」
「まさか! いくら唐突でも最低500㎞以内の環境変異がわからないはずがないわ」
アイが食い入るように物防ガラスから豊洲をにらんでいった。
「ホロスーツタイプってやつ。さっきアタシらが伊勢から東京湾に近づくあたりでやったやつらだ。あいつらも事前の海洋異変はIUCNのブイ検知されてないイレギュラーだった。だけど数分前の豊洲基地周辺の海域と海洋パターンに整合性がある」
キーレスがヘッドホンをはずして、情報ノードで先刻の戦いの最後に唐突に表れた新種の海スプリガンの接敵データを確認しながら言った。彼女は一度会った敵を忘れない。戦術データアナリストとして、徹底的に戦闘の状況を分析する。それが狩人としての彼女の目であり耳であった。
「計画変更だ。君らのアウトオブサークルを移送中の浦賀で急遽3Dリモデリングする。すぐに航路を変更するから搭乗後状況を開‥‥‥」
唐突に不快な衝撃音が走り、オルテガのワイヤードイメージが乱れた。
「攻撃が始まった。千鶴、ボックスを開け「マル」出撃だ。ヒョンス、第二から第四方面のウォーターウォーカーマシンガンの銃座を制御しろ」
ドローンヘリ機内の三人は固唾を飲んでデジタライズされた指令室の様子を見守った。
「‥‥‥見た通りこちらも手いっぱいでね、私のマグが空になる前に来てくれると助かる」
「
そこで通信は途切れた。
イーロンマスクの AI に小説を書かせてみた。 AI with 清水麻太郎 @metalgorilla33
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