2:知らない青年
墓参りを終えても、家に帰る気にはなれなくて。岬から町の様子を眺めるうちに、いつの間にか眠ってたみたいだ。
意識の向こう側から、夕暮れ時を知らせる鐘の音が響いた。私は慌てて立ち上がり、待ち合わせに遅れぬよう、走り出した。
+++
海に沈む夕陽が、空を赤く照らす。幸い、待ち合わせには遅れずに済んで。上がった息や乱れた髪を整えていると、カレンの声が聞こえた。
「ミレイ、お待たせ!」
夕焼けに照らされて橋を渡るカレンの後ろには、二人の男性がいた。一人は知ってる顔。カレンの恋人リュウだ。でも、もう一人は知らない。
島は狭いから、知らない人なんていないはずなのに。あれは誰?
「ねえ、カレン。その人は?」
カレンは、にっこり笑い、見知らぬ青年の前に私を押し出した。
「この人は、コウ。私の親戚の友達の従兄弟だよ!」
何それ。関係性が全く繋がらない。ぽかんとしたままの私に、コウは笑いかけた。
「初めまして。ミレイちゃん、だよね」
「あ、はい……」
コウの瞳は、海のように青く綺麗だった。見惚れてしまいそうな自分に、私は思わず俯いた。
いつものワンピースの裾と、履き慣れたサンダルが目に入る。知らない人に会うなら、もう少しマシな格好をすれば良かった。
私はただ、カレンが誘うから来ただけだ。墓参りの後にそのまま来たからって、何が悪い。
自分に言い聞かせ、恥ずかしさを落ち着ける。勇気を出して、私は声を上げた。
「よろしくお願いします!」
潮風が頬を撫でる。勢いよく頭を下げた私に、コウは噴き出した。
「そんなに緊張しなくていいよ。カレンちゃんに頼まれてきただけだから」
「そう、ですか……」
顔が火照って仕方がない。他に人が来るなら、私が来なくたって良かったじゃないか。
隣ではカレンが、ニヨニヨと笑みを浮かべていた。
「じゃあ、あとはよろしくね、コウお兄ちゃん!」
「うん。楽しんでおいで」
祭囃子が遠くに響く。海に星が降りるのは、日が暮れてしばらくしてからだ。まだ夕暮れ時だというのに気が早い。
でもカレンは、戸惑う私なんかお構いなしに、リュウと腕を組み行ってしまった。これじゃあんまりだ。二人きりだと緊張するからって、頼まれたから来たのに。
置いてけぼりにされて途方にくれる私の手を、コウが掴んだ。
「行こっか」
「え? あの、手……」
「俺、この島の祭り始めてだから。迷子にならないように、繋いでてくれる?」
「あ、はい。……って、二人で回るんですか⁉︎」
「そうだよ。せっかくだから、案内して」
祭りなんて、二十年に一度しかない。私だって初めてだ。でもコウは、島の地理に詳しくないのだろう。私は言われるがままに、手を繋いで歩いた。
コウは歩きながら、自分の事を話した。コウは三つ隣の島、エルア島に住んでるそうだ。カレンとは親同士が友達で、家族ぐるみの付き合いらしい。今日は祭りを楽しもうと家族で遊びに来たら、カレンに捕まったそうだ。
コウの話ばかり聞いても悪いので、私も自分の事を話そうとすると「知ってるから、いい」と断られた。カレンが私の事をあれこれ話していたらしい。何を知ってるのか気になったけど、怖くて聞けなかった。
+++
夕日は沈み、夜の帳が下りていく。私はコウを、屋台へ連れて行った。
「へえ。すごいね。こんなに店が出てるんだ」
屋台を出してるのは、顔見知りばかりだ。知らない男の人と手を繋ぐ私を見て、みんなニヨニヨと笑みを浮かべる。そんな目で見ないで欲しい。
「どれがオススメなの?」
「オススメって言われても……」
「あ、あれ美味しそう」
戸惑う私を引きずるように、コウはどんどん進む。自分で食べたいのがあるなら、聞かなきゃいいのに。
「はい、これ持って」
「え、あの……」
「次はあっちね」
コウはどんどん買って、私に押し付けてくる。両手いっぱいの串焼き。一人で店が開けそうだ。
「ミレイちゃんは、もう成人してるよね?」
「あ、はい」
「じゃあ、お酒もいけるかな」
コウはグラスを二つと、焼きそばの皿を持ち、ニッと笑った。
「あっちで食べよう。テーブルあるって」
私が案内するんじゃなかったのかな。いつの間にか、屋台のおじさんたちと仲良くなったコウは、どんどん私を引っ張っていった。
「お皿、一枚余分に借りたからさ。これに乗せなよ」
コウは私の手から串焼きを皿へ移す。正直助かった。指がつりそうだったから。
「はい。乾杯」
「あ、はい……」
グラスをカチリと合わせて、一口飲む。甘いような辛いような、不思議な味だった。
「ミレイちゃん、もしかしてお酒初めてだった?」
顔に出てたかな。心配そうなコウに、私は笑った。
「はい。でも、結構美味しいですね」
「それなら良かったよ」
ほっとしたようなコウの笑顔は、綺麗だった。とても直視出来なくて、次々に串焼きに手を伸ばす。
烏賊、貝、蛸、
ほろ酔いって言うのかな。なんだかとっても気分が良い。色んなお喋りをしながら、私たちは食事を続けた。コウと過ごす時間は、思いのほか楽しかった。
お腹がいっぱいになって、私はようやく、はっとした。
「あ、そうだ! お金!」
慌てて財布を出そうとした私の手を、コウは掴んだ。
「いいよ、気にしなくて」
「でも……」
「今日は付き合わせてるんだし、ご馳走させて?」
きらきらした笑顔。カレンと全然違うけど、断りきれない。私は、こくりと頷くしかなかった。
「ありがとうございます。ご馳走さまでした」
「どういたしまして」
コウは、ニッと笑うと、立ち上がった。
「もうそろそろじゃない? 星海、見に行こう?」
「あ、はい」
コウは私の手を握ったまま、歩き出す。
あれ、おかしいな。これってもしかして、恋人みたいなんじゃない?
頬が熱くて仕方がない。この熱さが、お酒のせいなのか、手を握られているからなのか、分からない。でも不思議と、嫌な気分じゃなかった。
屋台のおじさんが、にっこり笑って手を振った。そんな目で、見ないで欲しい。
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