星の海に願いを

春日千夜

1:大好きな家族と、大切な親友

 二十年に一度。この島の海には、星が降りる。


「お前の父さんと母さんは、その日に恋に落ちたんだよ」と、先日亡くなった祖母は昔話と共によく話した。


「でもその日に、お父さんとお母さんは死んだよ」と、生意気な私はいつも答えた。


 ――月無つきなしの夜。星海ほしうみで口づけを交わした恋人たちは、永遠に幸せになれる――


 そんな言い伝えを信じて結ばれた父と母は、早々に死んでしまった。まだ幼い私を残して。


 両親にとって幸せとは、何だったのだろう。言い伝えが嘘だったのか。それとも二人の幸せは、私と共にある事ではなかったのか。

 いくら考えても答えは出ない。ただ私は、そのお伽話が嫌いだった。


 でも、どんなに私が嫌っても時は巡り、その日はやって来る。十五になり、成人を迎えた私にも、それは平等に訪れた。



 +++



「ねえ、ミレイ。星海祭り、どうするの? ミレイの所も、お休みでしょ?」


 仕事を終えた帰り道。一番の親友カレンは、あっけらかんとした笑顔で尋ねてきた。


「どうするって言われても。いつも通り、墓参りに行くだけだよ」


 苦笑した私の言葉に、カレンは思い出してくれたようだった。


「そっか。おじさんたちの命日なんだよね」

「うん。それにお墓には、おばあちゃんもいるから」

「そうだよね……」


 私は、いつも元気なカレンが好きだ。気落ちした姿なんか、見たくなかった。


「気にしないでよ。口うるさいおばあちゃんがいなくなって、私は清々してるんだから」

「ミレイ……無理してない?」

「してないよ。一人暮らしも、結構楽しいよ?」


 私が笑うと、カレンは小さく笑みを浮かべた。


「ミレイらしいね。でも、それならさ……」


 あ、嫌な予感。カレンは、長い髪をくるくると指で巻いた。この仕草をするって事は……。


「お祭り、付き合ってくれない?」


 うわ、やっぱりだ。上目遣い。カレンにこれをされると、私は断れない。


「なんでよ。星海なんだよ? リュウとキスしなくていいの?」

「だからだよ。二人きりじゃ、緊張しちゃうもん」


 照れくさそうに、はにかんだカレンの顔は、恋する乙女の顔だ。私だけ置いてけぼり。悔しい。


「キスするところ、見てろっていうの?」

「やだなぁ。そんなわけないじゃん! お祭りを回る間だけでいいからさ。お願い! ね?」


 パンと手を合わせて、カレンは頭を下げてきた。どうせ私は断れないんだ。仕方ない。


「分かったよ。でも、お墓参りに行った後ね」

「もちろん、それでいいよ! お祭りが始まるのは、夕方からだし」


 カレンは、ふわりと笑う。カレンはきっと、すぐに結婚しちゃうんだろうな。……ちゃんと幸せになってほしい。


「ミレイが引き受けてくれて、良かった!」

「その代わり、屋台で何か美味しいの奢って?」

「いいよいいよ。何でも奢るよ」

「カレンが、だよ? リュウに出させないでね」

「えー。給料日前なのにー」


 カレンは文句を言いながらも、笑ってた。


 リュウとカレンは、まだ付き合い始めたばかりだ。リュウがデート代を出そうとする度に、カレンが戸惑っているのを、私は知ってる。なんて可愛い親友だろう。


 河口にかかる大きな橋にやって来ると、カレンは振り返った。


「じゃあ、お祭りの日は、ここで待ち合わせね」

「うん。またね」


 カレンは手を振り、橋を渡っていく。空に浮かんだ双子月と、街灯の炎に照らされる背中が小さくなるまで、私は見送った。



 +++



 潮騒と海鳥の鳴き声に混ざり合い、町の人々の元気な声が空に響く。島は朝から、どこか浮き足立っていた。


 今日は二十年に一度のお祭りだからと、珊瑚や真珠を加工する島の工房は、どこもお休み。私が働く工房のおじさんたちも、屋台を出すと張り切ってたけれど、私には関係ない。

 一人きりの時間は自由なものだ。私は町の喧騒を避け、花と酒瓶を手に、岬へと歩いた。


 死んだ父は漁師で、母は海女だった。毎日のように海へ仕事に向かった両親は、十年前に海の藻屑となった。二人の遺体は、今も海の底だ。岬に立つ沙羅の木を、祖母は二人の墓とした。


 緩やかな坂道を、私は一人、ゆっくり登る。道の先で、光を浴びた沙羅の木が、潮風に葉を揺らすのが見えた。

 青い海と空を背に木漏れ日が煌めく様は、亡くなった祖母が両手を広げて歌っているようだった。


 祖母は、歌い手と呼ばれる人だった。美しい歌は、秘められた石の力を引き出す。祖母は、その不思議な歌の力で稼ぎ、私を育ててくれた。


 私は、歌う祖母の姿を思い浮かべ、沙羅の木に触れた。


「ただいま。おばあちゃん」


 祖母の最期の願いは、自分も海になる事だった。墓参りといっても、木の下には誰もいない。それでも私は、木の根元に花を供えた。


「おばあちゃん。父さんと母さんには会えた?」


 答えなんて返ってくるわけがない。それでも私は、話し続けた。


「私さ、教えて欲しかったんだよ。父さんたちは、幸せだったのかって。海に沈んでも、幸せなのかって」


 瓶の蓋を開け、酒を海に撒く。祖母は酒が好きだったらしい。でも私は、祖母が飲む姿を一度も見なかった。気兼ねしないで、好きなだけ楽しんでほしいな。


「今日はお祭りだよ。星海祭り。カレンがさ、リュウとキスするって」


 最後の雫が、風に乗って海に舞う。空になった瓶を手に、私は腰を下ろした。


「カレンは、ちゃんと幸せになれるかな。私はカレンに、幸せになってほしいんだ」


 沙羅の木に背を預け、膝を抱える。目の前に広がる海は、青く、深い。


「私もう、大切な人がいなくなるのは嫌だよ」


 潮風が、目にしみる。瞳を閉じると、頬に雫が伝った。

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