初めての
「
「そ。 それが憶人くんが体験した、首を絞めたやつの犯人。 憶人くん、首吊り自殺でしょ?」
「はぁ……。 まぁ、そうですけど。 それって、具体的には……?」
「私たちは、生きてる人たちの想いとか記憶によって幽霊としての姿を保っているってのは…… あれ、話したっけ?」
「つい1分前くらいに話してましたけど……」
「おぉ、そっかそっか」
「想いとか記憶ってのは、つまり生きてた頃の俺のことを覚えてたりすると、みたいな感じですか?」
「うーん、生きてた頃ではなくてもいいけど、まぁそんな感じ。 生きてた頃の私たちとか、今の私たちに対してどれだけ強い感情を持っているかー、みたいな」
「例えば……生きてた時に恋人がいて、そのまま死んだら、残された側は死んだ恋人に対して強い感情を持つ、みたいな……。 そーゆーことで合ってます?」
「そうそう。 そんな感じ。 まぁ、幽霊の私たちに対しての感情でもいいんだけど、これはまぁ今はいいや。 で、私たち幽霊は、生きている人たちから私たちに向けられる感情の強さによって、姿形とかできることが変わってくの」
「姿形とか、できること……?」
「うん。 例えば範囲の制限なく自由にどこへでも行けたり、身体が濃くなったり、生きてる人たちにすこーしだけ声を聞かせられたり、うっすらぼやぁっとなら写真とかにも写れるようになったり」
「え…… そんなことできるんですか……?」
「そうだよぉ? けっこういろいろできるんだから。 実際心霊現象とかもほんとに幽霊がやってるやつがたくさんあるし。 ほんとにすごい幽霊だと生き物にも一瞬だけ触れるようになるらしいよ?」
「マジか………… え、じゃああれって……」
「お? なになに? なんかあったの?」
「小学生の頃にそれっぽいの経験したことあるんですよね。 学校の行事にお泊り遠足ってのがあって。 その中のイベントの一つに肝試しがあったんです。 その時にいきなり後ろから肩掴まれて、先生だと思って振り向いたけど誰もいなくて、ってことがあって」
「あー、ちなみにそこって自殺があったとこだったりするの?」
「……流石にもうあんまり覚えてないですけど、先生が、ここは過去になんとかがあった場所だからもし何かあったらすぐに呼びなさい、とか、ほんとに嫌な人は帰っていい、みたいなこと言ってたんですけど」
あの時は怖がらせるためにそーゆーことを言ってるんだと思ってた。
でもそうじゃない可能性もあるのか?
まさかあれほんとに……
「……なーんか先生のでたらめっぽいねぇ」
「まぁそうですよね…… 俺もあの時はそう思ってたし」
「でも、幽霊だった可能性は十分あるよ。 まぁ生き物に触れる幽霊ってのはかなり凄いやつだけどね」
「なるほど……」
「……で、何の話してたんだっけ?」
「え…… あれ、えっと…………あ! なんかいろいろできるようになったりするよ、みたいな話です」
「あぁそうそう! ……あ、話戻していい?」
「はい」
「えーっと、で、まぁそんな感じで幽霊として成長するといろいろできるようになるんだけど、もちろん逆も然りなわけ」
「それが、駆肉再臨現象……」
「そう。 幽霊に痛覚はない。 寝る必要もないし、食べる必要もない。 血も出ない。 食べないから、老廃物も出ない。 でも、生きてる人たちからの想いが一定以下になると、自殺した時の体験が再現されるの。
言葉が出なかった。
確かにそうだ。
俺は首吊り自殺をした。
それはもう見事に成功した。
あの時、あの自殺した瞬間。
終わりの見えない、永遠に続くかと思えるかのような苦しみを味わって、でもその瞬間はあっさりと来た。
俺は呆気なく意識を失って、次に気が付いた時にはもう幽霊になっていた。
多分、実際に苦痛に喘いでいた時間は五分にも満たなかったんじゃないだろうか。
「でも、あの時俺ニ時間くらい苦しんでたんですけど……」
ハルさん曰く、駆肉再臨現象は自殺したときの再現だ。
でも、明らかにあの時の方が、自殺した時よりも首を絞められていた時間は長かった。
あの時に比べれば、自殺した時の苦しみなんて一瞬だ。
再現どころじゃない。
ボリュームアップしてる。
「おぉ! いいとこに気付くねー! そうなの。 駆肉再臨現象は、生きていた頃に備わっていた苦痛からの緊急避難装置、“気絶”が出来ない。 だから苦しみによって気絶も出来ずに、幽霊としての姿を保っていることも出来なくなるくらい“想い”が薄れて、幽霊としても完全に消えるまで、永遠にその苦しみを味わい続けるの」
……理解は出来た、と思う。
でも、とても恐ろしいことを聞いてしまった気がする。
気がする、じゃない。
恐ろしいことを聞いてしまった。
聞かなかった方がよかったんじゃないかと思えるくらい、知りたくない情報だ。
俺はそんなぎりぎりの状況だったのだ。
しかも、あそこから完全に消えるまで苦しみ続けるはずだった。
「憶人くんの場合はまだ死んで日が浅いから、完全に消えるほど想いが弱くなるまではかなり時間がかかっただろうし、んーまぁ多分あと三年くらい? は苦しみ続けたんじゃないかな」
……三年も、あの苦しみを味わい続けたかもしれないってこと?
無理だ。
そんなの耐えられない。
間違いなく壊れる。
きっと、壊れることすらできないんだろうけど。
その可能性は十分にあり得たのだ。
それが真実なんだ。
俺は、もしかしたらあのまま、三年間ずっと苦痛に喘ぎ続けていたかもしれないんだ。
……最悪の真実だ。
恐怖で押し潰されそうだ。
生きてたら間違いなくちびってた。
「まぁそう落ち込むなってー。 誰かに狙われたりしてるわけじゃないんだしさ。 そっちは安心できるでしょ?」
「いや、安心なんかできないですよ……」
「えー」
「てか、その可能性は別に否定できないんじゃないですか? 数は少ないけどいるんですよね? 生き物に触れる幽霊」
「いるよー? でも憶人くんのは間違いなく駆肉再臨現象だよ?」
「いやそれはおかしくないですか? そーゆーすごい幽霊に襲われた可能性だって……」
「だって憶人くん首吊り自殺でしょ? で、その時も首絞められたんでしょ?」
「それはっ…… そうですけど…… 偶然ってこともありえるじゃないですか。 たまたまそいつが俺の自殺方法を知ってて、カムフラージュのために首を絞めてきたり――――――」
自分でも自覚している。
俺は現実逃避をしている。
でも自分を抑えることができない。
怖くて仕方がない。
これからいつ“ああ”なってもおかしくないなんて、信じたくない。
そんなの怖くて無理だ。
でも、それだけじゃない。
認めたくない。
俺は死にかけた。
生きている人たちの、記憶と、想いの強さで成り立っているこの命は、尽きかけた。
そんなこと、信じたくない。
それってつまり、あの時、俺のことを想っていた人はほとんどいなかった、ってことだろ?
俺は死んで二ヶ月で、もう家族から忘れられかけていたってことだろ?
なんだよそれ。
認められるかよ。
そんなの嘘だ。
そんなの………。
「憶人くん」
「……ぇ?」
「残念だけど、憶人くんが認めたくないのは分かるけど、これは間違いなく事実だよ」
「そ、でも、そんなの――――――」
「事実だよ。 生き物側から幽霊に接触することは絶対に出来ないし、幽霊同士が接触することも絶対に出来ない…… ほら、こんな風に」
「……………んぇ?」
何故か近づいてくる。
ハルさんが。
「え!? ちょっ待っ!?」
ハルさんは気にせず近づいてくる。
この人の行動は本当に理解が出来ない。
予測がつかない。
最初に見た時だって、車に向かって腕を広げて笑ってたような人だ、
いくら幽霊はすり抜けられるからってあんなこと普通しないだろ。
するわけないだろ。
絶対ありえないだろ。
でも、この人にとっては奇行こそが当たり前なんだ。
ハルさんはこっちに向かってきて、自分の顔を俺の顔に近づけてくる。
どんどん近づけてくる。
何が起こってるんだ?
なにこれ?
なに?
どうなってんの?
頭の中がパニックで、もうよく分からない。
さっきまで何を考えてたのかも吹き飛んでしまった。
頭が真っ白だ。
だって、ハルさんが近づいてくる。
…………………あ。
ハルさんが着ているニットがずれて谷間が見えた。
……おっきい。
いや何考えてんだよおい。
てかそもそも俺性欲なくなったんじゃねーのかよ!?
性欲はなくなっても遺伝子レベルで刻まれてるってこと?
遺伝子がおっぱいを見たがってるってことなの?
そーゆーことなの?
おっぱいは性欲とかを超越したところにあるってことなの?
……ってそんなこと考えてる場合じゃない。
ハルさんは依然として近づいてくる。
目標は明らかだ。
俺の唇を見ている。
見ている。
見ている。
俺の唇を見ながら近づいてくる。
動けない。
身体が完全に固まっちゃってる。
全然動けない。
動かない、じゃない。
そうだ。
動かないんじゃない。
動けない。
いやほんとに。
性欲云々じゃない。
これは動けるわけがない。
童貞のまま生涯を終えてさらに死して尚一生童貞の俺にこれをうまく対処できるわけがない。
心臓がヤバいんだってもうほんとにだめなんだって緊張でわけわかんなくなってきてるって!
ハルさんが目を閉じた。
……目を閉じた。
…………目ぇ閉じたよこの人!?
そーゆーことなの?
ほんとにそーゆーこと!?
マジでそーゆ―ことなの!?
ハルさんは近づいてくる。
ハルさんの唇がもう数センチで俺の唇に――――――――――――。
ああああもう当たっちゃうよねぇちょっと待ってってほんとにちょっとおかしいってこれやばいよやばいってこれじゃあれだってあのあれだよあれこのままじゃぶつかるっていうか当たっちゃうっていうか触れ合っちゃうっていうかつまりこれってキ――――――――――――――。
「………………………」
―――――――――――――――――スにはならなかった。
「………………へ?」
ハルさんはちょっと顔を赤らめながら元の位置に戻ると、気まずそうに咳払いをしながら口を開いた。
「ほ、ほらね? 幽霊同士も触ったりは出来ないの。 だから事実なの。 事実!」
そう言いながらハルさんがニヤっと笑った。
「どう? ドキドキしたでしょ?」
って顔に書いてある。
………やっぱりこの人のことはよく分からない。
ニヤニヤしてるし。
絶対俺のことからかってただろこの人。
すげぇむかつく。
俺まじでショック受けてたのに。
あんな扱いを受けても、俺はちゃんと家族だと思ってたのに。
そう思ってたのに。
自殺しといて何言ってんだよって感じだけど、もう少し悲しんだりしてたと思ってたのに。
なのにもう忘れかけられてたなんて。
ほんとにショックだ。
「ほらーまたそういう顔してー。 ……もしかしてまたしてほしいの? 触れないんだよ? キスは出来ないよ?」
「…………いやしなくていいですよ……」
「そ、そっか」
ハルさんが少し困ったような表情をした。
……………あぁ。
そうなのか。
やっと気づいた。
俺はなんてバカなんだ。
死んでも尚、そう痛感することばかりだ。
「あの、ハルさん」
「おぉ? なに改まって」
「……ぁ、ありがとうございます。 気使ってくれて。 少し元気出ました」
「…………………」
「………? ハルさん?」
お礼を言うのが恥ずかしくて少し目を逸らしてたから、無言で返されて少し焦った。
……でも、ハルさんはもっと焦ってたみたいだ。
「ぁ、ぅん…… まぁ、ね? 分かればいいんだよ、分かれば……」
「え……………… もしかして…… 照れてるんで――――――」
「うっさいばかぁ!」
「ちょっといたっ……くはないんだった」
ものすごい大振りだ。
グーだし。
当たったらやばいんじゃないかこれ……。
まぁ、もちろん腕はすり抜けてったけど。
でも、俺の気持ちはちゃんと届いたみたいだ。
「ハルさん意外と押されるとよわ―――――――」
「うっさいってばぁ!」
当然腕はすり抜けた。
でも、ハルさんの気持ちはちゃんと俺に届いた。
少し、元気が出た。
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