非現実から現実への干渉




 「ほーら! やってみなって!」

 「ちょっと待ってくださいってば! 緊張するんですって!」

 「いいからやってみなって! 大したことないって!」 

 「いや大したことあるでしょ心霊現象なんだから!」

 「んー! もう私やる!」

 「はぁ!? いやいやいやいやそれはだめでしょ!?」

 「じゃあ早くやってよー!」

 「……はぁ。 分かりました。 やればいいんでしょやれば」

 「そうだよー? やればいいんだよぉ」



 あの後、俺はハルさんからいろんなことを教えてもらった。

 ハルさんはすぐに話が脱線するし、脱線するとなかなか戻ってこようとしないし、戻ってこようとしないわりに何の話してたか忘れるしで、とにかく時間がかかった。

 夜通し説明を受け続け、話が終わる頃にはもう夜が明けていた。

 でも、時間をかけた甲斐あって、けっこういろんなことを知ることができた。

 もちろんハルさんにも分からないことはたくさんあったけど、俺とは幽霊歴が違う。

 俺なんかとは比べ物にならないくらいいろんなことを知ってたし、俺も幽霊歴二ヶ月のわりに、これからどうしようとか、何を目標にするかとか、先のことを見据えることができるようになってきた。

 そもそも幽霊として生き残らないといけないわけだし。

 頑張らないと、あの地獄の時間が待っている。

 消えるまで首を絞め続けられる、駆肉再臨現象の時間が。

 そうならないためにも、俺ができることはどんどん始めていかなければいけない。

 死んでもこーゆーのは変わんないなぁ、なんて思ったけど、家族の代わりに隣にいるのがハルさんなら、幽霊の方がずっとましだな、とか思ったりもする。

 

 

 「じゃ、まずはあの妹ちゃんからかな?」

 「マジっすか……」

 「じゃあ親にする?」

 「いや、それは無理……」

 「よーし! じゃあ妹ちゃんに人生一の恐怖を与えてきなさい!」

 「人生一って、そんな大げさな……」



 できることはどんどん始めていかないといけない。

 明日から、は通用しない。

 なにしろ、生死がかかっている。

 ハルさん曰く、俺の状況は俺が思っているよりもヤバいらしい。

 腕が消えるのは、まだギリギリ許容できる。

 でも、身体が薄くなっているのは、ヤバい。

 身体が薄くなるのは俺たち幽霊にとってのカウントダウン。

 もういつ駆肉再臨現象が起こってもおかしくない。

 身体の透明化は幽霊にとって最後の警告だ。

 「いやーこれは私いなかったらあと一週間後にはまた首絞め地獄だったね!」とハルさんに言われるくらいには、ギリギリだったらしい。

 そして、そんな現状を解決すべく、俺は今まさに、行動しようとしていた。

 


 「一応もう一回聞いときますけど、ほんとにこれで解決するんですよね?」

 「憶人くんはしつこい! そんなんじゃモテないよー?」



 うるさいなほんとにこの人……。

 まぁ確かにモテたことなんてないけどね?

 悪い?

 しょうがないじゃん。

 無理じゃんそんなの。

 モテるとかそーゆーこと気にしてる余裕なかったし。

 だからもしかしたら分かんないよ?

 本気出したらモテてたかもよ?

 顔面遺伝子はそれなりに優秀なわけだしね?

 顔面遺伝子はそれなりに優秀なのになんでモテないの?

 って聞かれたら何も返せないけど。

 ぐぬぬ…… って言いながら認めざるを得ないけどね?

 まぁ実際俺モテないし。

 もういいよ。

 どうせモテませんよ俺は。

 ってか。



 「いやもう死んでるんだしモテるモテないとか関係ないでしょ……」

 「あぁたしかに! 憶人くんこれからもずっっっっと童貞だもんねぇ」

 「ど、どどど童貞!?」

 「そうでしょ? 経験ある感じしないもん。 私がキスするフリしたときだってすんんんんんごい狼狽えてたじゃん」

 「そ、そそそんなことないですけど!? 全然そんなことないですけど!?」

 「えー嘘だぁ。 その反応完璧童貞じゃーん」

 「そ、それ言うならハルさんだって顔めっちゃ赤かったし! 顔めっっっっっっちゃ赤かったし!」

 「な……あ、そ……そんなことなかったでしょ!? 普通だったでしょ!?」

 「全然普通じゃありませんでしたー! めっちゃ赤かったですぅぅぅぅぅぅ! あ! 分かったハルさんだって本当はしょ…………あれなんでしょ?」

 「んんんんん? なんですかぁ? しょ………… じゃ分かりませんけどぉぉぉぉおお?」

 「それはあの…… け、経験! 経験なかったでしょ!」

 「経験ってなんのー? 私全然分かんないなー!」

 「う……… あー! あーあーあーあーなるほど! 経験が何か分からないってことはやっぱりないんですね! ないってことですね! そっかぁあんなことしといて経験はないのかぁ! へぇぇぇぇえぇえ!」

 「は…………はぁ!? あるけどね? ちゃんと経験あるよ? 全然ありますけど!? 童貞の憶人くんとは違って!」

 「え………… あるんですか?」

 「うぇ………… んんん? いや、いやまぁ、経験って言ってもね? ……いろんな意味があるしね?」

 「いろんな意味って何ですか? てかつまりそーゆー経験はないってことですよね?」

 「う…………え、っと……」

 「俺は…… ハルさんが経験ないなりに、頑張ってあんな風に俺のこと励ましてくれたんだとしたら、嬉しいですけど……」

 「えぇぇぇ………… あ、う、ま、まぁ、ないけど…………」

 「……ないって?」

 「………け、経験? とか…… そーゆー、ね?」

 「ないんですか?」

 「…………………ん…………」



 ハルさんは顔を真っ赤にしながら小さく頷いた。

 マジかよ?

 こんな可愛いのに?

 そんなことってあるの?

 ………てか俺なんてこと聞いてんだよ……。

 この人一応女性なのに。

 ……まぁいっか。

 向こうが強がってたのが悪い。

 うん。

 俺のせいじゃない!

 ……それにしてもこの人ほんとに押されると弱いんだな……。

 もうこの際あれも聞いちゃうか。



 「……あの」

 「……なに?」

 「なんで俺にあんなこと、してくれたんですか? 普通に、励ましてくれればよかったんじゃ……」

 「なんでって言われても…… なんか、可愛くなっちゃって…… 人に会うの、久しぶりだったし…… 危ないって叫んでくれたの…… 嬉しかった、し…… どうしようって思ってたら、身体が勝手に……? みたいな……」

 「……なるほど」

 「な、なるほどってなに!?」

 「ハルさんって…………… 責められるとちょろいですよね。 そんな恥ずかしがってる癖に教えてくれるとか」

 「ちょ…… は、はぁ!? おいお前私こんなに恥ずかしかったのに! こんなに恥ずかしかったのに!」

 「殴っても当たりませんよー! ハルさんがキスしようとしてくれた時と同じで!」

 「うわああああああああああああああああもうやだあああああああああああごろじでえええええええええええええわだじをごろじでええええええええええええ」

 「いやもう死んでるじゃないですかハルさん」

 「うっさい! うっさいうっさいうっさい! そもそもほんとにやばいのは憶人くんの方で………… そうだった! 早くやりなよ!」

 「あ、そうだった」



 そうだった。

 この人と話してるとすぐに話が脱線してしまう。

 まぁそれも楽しかったりするんだけど。

 でもそうも言ってられない。

 俺はほんとにヤバい状況なんだ。

 もういつ駆肉再臨現象が起きてもおかしくないくらいに、ヤバい状況なんだ。

 そんな状況になっていることは、悲しいけど。 

 家族にとって、俺はもうほとんど忘れかけてるような存在なのかと思うと、悲しいけど。

 でも、今はもう投げ出してしまおうとは思わない。

 もちろん、駆肉再臨現象が怖いというのもある。

 あんなの二度と経験したくない。

 でも、それだけじゃない。

 今、俺の隣にはハルさんがいてくれる。

 生きていた時は、こんな存在の人はいなかった。

 まだ出会って一日も経ってないけど、今までのどんな日々よりも楽しい。

 これが恋愛感情なのかと聞かれると、少し違う気もするけど。

 でも、俺はまだこの人と一緒にいたい。

 だから、やるべきことはやらないと。



 「じゃ、いきます……」

 「うん……」 



 やるべきこととは、簡単に言えば心霊現象を起こすことだ。

 何言ってんだこいつ、って感じだけど、特定の場所での幽霊生活においては、これが一番簡単に自分への想いを強める方法らしい。

 例えば俺が死んだこの家で心霊現象を起こして、家族が俺のことを思い出したり、「もしかして憶人の幽霊が?」って思ったりすれば、俺に対する想いは強まる。

 よくトンネルとかで心霊現象が多いのも、心霊現象を起こせばそこが心霊スポットになったりして、それによってどんどん知名度が上がり、自殺者に対しての想いが強くなるかららしい。

 特に心霊スポットになると加速度的に想いが強くなるから、そーゆーところで死んだ人はすぐに移動範囲の制限が解除されたり、ほっといても勝手に想いが強まっていったりするらしい。

 まるで印税だ。

 


 まぁそんなわけで、今から俺は天咲に心霊現象を起こして、俺のことを思い出してもらおう、ということになった。

 この二ヶ月間音を立てずに過ごしてきたから、どんな反応をされるのか正直怖い。

 ちゃんと俺のことを思い出してくれるのか、不安でもある。

 ちなみに天咲を選んだのは消去法だ。

 今家に居るのが天咲しかいないから、というのもある。

 親はもう家を出ている。

 だから、とりあえず早めにチャチャっと、まずは天咲からやっとくか、という感じで決まったのだが、俺としてはそれだけが理由じゃない。

 単純に、いきなり親は無理だ。

 初の心霊現象が親ってのは、いくらなんでも遠慮したい。 

 普通に無視されそうだし。

 完全無反応だったら心が折れてしまうかもしれない。

 まず天咲に心霊現象を起こし、親に相談させて、そこから俺の幽霊がいる、という流れに繋げていくのが理想だ。

 天咲の言うことなら多分親だって無視は出来ないだろう。

 昔の記憶のままなら、天咲はホラーがそれなりに苦手だったはずだし、けっこう成功率は高いんじゃないかと思っている。

 まぁそんな上手くいくかは分かんないけど、天咲が失敗したら親にやるしかない。

 とりあえず今回の目標は、天咲を怖がらせることだ。



 「ほら、いきなよ!」


 

 俺たちは今、天咲の部屋にきている。

 この部屋に入ったのなんてもういつだったかさっぱり思い出せないし、おぼろげに覚えてた天咲の部屋とは全然違うし、ちょっと気まずい。

 天咲はさっきコンビニで買ってきたアイスを食べながら部屋に入ってきて、ベッドに寝転がりながらスマホをいじっている。

 今日は学校は休みみたいで、朝食のために一階に降りる時間が遅かったから、一日ゆっくり過ごすつもりなのだろう。

 部屋は綺麗に片付いていた。

 机の上にあるアイスを買ってきた時のだろうコンビニの袋と、その隣にある開きっぱなしのノートとシャーペン以外は全部整頓されている。

 天咲のすごいところは、公私でのギャップがほとんどないことだ。

 あまりにも完璧美少女すぎて何か秘密の一つくらい隠してるんじゃないかと疑ってしまいそうになるけど、この完璧美少女こそが天咲だ。

 仲が良いとは口が裂けても言えないが、それでも、家族の中で唯一天咲とはそれなりに話していたし、天咲のことはそれなりに分かっているつもりだ。

 天咲は性格も偽らない。

 嫌なことは嫌だと言うし、好きなものには好きだと言う。

 苦手なものは苦手だと言うし、それが努力で乗り越えられるものならいつの間にか苦手ではなくなっている。

 家でも、家に来る友達を見ている限り恐らく外でも、この性格のまま、見栄も張らずに完璧美少女として生きている。

 見栄を張る必要がないってことが自分でちゃんと分かってないと出来ない生き方だ。



 「ほら、いきなって!」

 「分かってますって」 



 ハルさんは天咲の部屋を見回しながら発破をかけてきた。

 小声になっている。

 気持ちは分かる。

 俺もつい小声になってしまう。

 緊張してるし、しょうがない。

 聞こえないとは分かっていても、小声になってしまう。

 でもいくら何でも急かしすぎじゃない?

 もしかしたら、ハルさんもちょっと緊張しているのかもしれない。

 …………いや、そんなこともなさそうだ。

 ウキウキしてる。

 ウズウズしてる。

 どうなるのか心の底から楽しみにしてる、って表情だ。

 他人事すぎるだろ……。

 そうは思うけど、まぁ実際他人事だし、多分ハルさんは失敗するなんて思ってないってことだろう。 

 まぁ、ハルさんがどう思ってるかはともかく、やるしかないのは間違いない。



 「いきます」

 「うんうん! 頑張って!」


  

 一応、小声で宣言すると、ハルさんも小声で応援してくれた。

 心霊現象起こすのを頑張ってってのもおかしな話だけど、勇気は沸いたし、嬉しかった。

 


 「よし……」


 

 俺たち幽霊は、物に触っても音が出ない。

 だから、音を立てるためには物と物をぶつける必要がある。

 物同士がぶつかる音には幽霊なんて関係ないから、当然普通に、音が鳴る。

 現実では不自然な音が。

 いきなり物がぶつかった音が。

 例えば、こうやってシャーペンを指で弾けば――――――――――――。


 

 机の上にあったシャーペンが勢いよく転がる。

 シャーペンは半ば飛ぶように転がり、そして机の上に置いてあったコンビニの袋に勢いよく当たり―――――――。



 ―――――――――クシャッ、と乾いた音が鳴った。

 結構大きい音だ。

 天咲にもまず間違いなく聞こえただろう。

 でも俺が今いる位置は天咲と机に挟まれているから、振り返らないと天咲の様子は確認できない。

 これでまったく気にしていなかったらもっと大きい音を出さなければならない。

 この二ヶ月間、極力音は立てないようにしてきた。

 どんな反応をしているのかかなり気になる。

 ちゃんと俺の仕業だと分かってくれるだろうか。

 不安と興味が綯い交ぜになった気持ちを抑えながら、恐る恐る振り返って天咲を見てみると――――――――――。



「……へ?」



 ―――――――――――――――――――――目が合った。



 天咲は、俺を見ていた。

  



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