父さんな、加工師を辞めて色変えオリキャラで食っていこうと思うんだ

澄岡京樹

「希望に満ちた液タブ」

「父さんな、加工師を辞めて色変えオリキャラで食っていこうと思うんだ」

「は?」


 言葉が出なかった。正確には「は?」しか出なかった。


「ん? どうしたんだタカシ。父さん何かおかしなこと言ったか?」


 ほうじ茶を飲みながら親父が言った。

 ほうじ茶のいい香りが今だけちょっとイラっとくる。


「……あのな親父。そもそも加工師もイラストレーターさんが描いたイラストを加工してさらに配布までしちゃったらまあそのなんかモラルとか諸々でアレじゃん。わかってる?」

「わかってるさ。だから辞めたんだ。そして」


「そしてなんで色変えオリキャラで食ってく道を選んだんだよ!!!???」


 速攻で思いの丈をぶちまけてしまった。そのはずみで湯のみがこけて、ほうじ茶がこぼれてしまった。いい香りが食卓に広がった。けれどムードは最悪だった。最悪のそれだった。


 ◆


 気まずいムードがリビングに充満する。母さんはどうでも良さそうな顔をしながらテレビを見ている。そして姉ちゃんは彼氏に電話をかけている。自室で電話しててほしい。


 ……まあつまり、気まずいムードとか言いつつ、気まずいのは俺と親父だけだった。


「なあタカシ、父さん間違っちゃたのか?」

 ふきんで食卓を拭きながら俺は親父の話を聞いていた。


「あのな親父。色変えオリキャラってどういうアレかわかってる?」

「わかってるさ。見てくれ父さんのオリキャラを」


 と言いながら親父はA4サイズのコピー用紙を取り出した。そこにはイラストが描かれていた。


 そのイラストは有名作品「南方project」の主人公、“拳闘郷の無敵な戦士”『爆麗霊武』……の色を2Pカラー的な感じに色を変えたものだった。


 ……そう、ここのところSNSで話題になっている『色変えオリキャラ』とは、実質2Pカラーなのにオリキャラと言い張る感じのアレだったのだ。


 それを俺の親父は平然と行ってやがる。

 これで俺の推しキャラ『ホーライザー・カズヤ』(南方永夜城に登場)まで色変えオリキャラにされていたら怒り狂うバーサーカーになるところだっ


「あとこっちはオリキャラの『バンブーランサー・ヤリオ』って言うんだけど、どうだろうか」

「ヒョォォォォォォォォォォ…………ッッ!」


 ヒョヒョヒョヒョヒョヒョーーーーーッ!!

 おれはくるいそうになった。


「ちょっ、弟がなんか雄たけびあげてんだけど! マジウケる」

 姉ちゃんはもうちょっと俺をいたわってほしい。


 ◆


「タカシ、お前がそこまでの狂乱を見せてくれなければ父さんは過ちに気づけなかった。ほんとうにすまなかった」


 そう言いながら親父は泣きながら俺を抱きしめた。親父はガタイがいいので俺はポ〇モンのキテ〇グマを幻視した。まあさすがにあんなパワーは親父にはない。


「……とにかく、親父がわかってくれてよかったよ。でもなんで急に色変えオリキャラで食ってく気になったんだ?」


 加工師は単純に思いつきだったらしい。三日前それでケンカになった。姉ちゃんはその日も彼氏にケンカの実況をしていた。


「ああ、それなんだが……ある人物に教えてもらったんだ」

「ある人物……?」

「明日会う約束をしている。タカシも来てくれるか?」


 ゴクリと唾を飲み込み。俺は承諾した。


 ◆


 翌日。どんよりとした雲の下。近所の公園にて。

 俺と親父はソイツと対峙した。


「ゴウジュウロウさん、その少年は?」

「俺の息子、タカシだ。……それよりも、よくも俺を騙したな、パクリオン!」


 パクリオン。それが親父に色変えオリキャラを勧めた人物の名前だった。つーかネーミングが安直すぎないか?


「ククク、意外と早くに気づいたようだな、我が陰謀に……!」

「何! 陰謀だと!?」

 驚く親父。つーか陰謀って何?


「少年よ、君も驚いただろう? 我が陰謀を企てていたことに?」

 めっちゃアイコンタクトしてくるパクリオン。面倒くさいのでちょっと付き合ってやることにした。


「テメー! 一体何を企んでやがる!!」

 迫真の演技で俺は応じた。


「ククク、よかろう。その勇気に免じて教えてやろう……我が陰謀を!」

 めっちゃ嬉しそうに目を輝かせながらパクリオンは言った。瞳が銀河っぽい。カラコンだった。


「我が野望、それは……」

 スゥ、と息を吸いそして吐いてからパクリオンは次のように言い放った。


「世界が色変えオリキャラで溢れかえれば……世界に存在する『本物』の価値は相対的に高まり、そして極限まで高まった価値は————空を穿ち【外】に至る……ッ!!!!!」


「??????」

 急に世界観とミスマッチしたこと言い出したので何言ってんのか全然わからなかった。


「親父、もしかしてツボとか買わされてない?」

「いや、俺にはもっと婉曲的なフワフワした言い方で『めっちゃ儲かるやで』としか言ってこなかった」

 やっぱりツボ買わされそうになってるじゃないですかー。


「ククク……我が崇高なる悲願を前に言葉も出ないか……!」


 パクリオンが狂気に顔を歪めた。俺は「は?」すら出なかった。

 ……でもパクリオンがクソなことだけはわかった。


「親父。俺、パクリオンが言ってることわかんねーよ。けど、アイツが間違っていることだけはわかる」

 俺は親父を直視して続けた。


「親父を騙したパクリオンは、それだけでクソ野郎だよ」

「タカシ……!」


 照れ臭くて紅くなった顔を隠すため、俺はパクリオンの方を向いた。


「とにかく、パクリオン、俺がお前を許さねえ……!」

「グギギ、生意気なガキだなァ!」


 今にも襲いかかってきそうなパクリオン。ヤツは3mの巨体なので175cmの俺ではちょっとキツイ。


 冷静になると焦りが出てくる。勝てるのか、俺たちは?


 すると、親父が俺の前に立った。……まさか、戦うと言うのか? パクリオンと?


「親父ムチャだ、やめろって!」


「いや、タカシ。父さん頑張るよ。今ここで描いてみるよ、『本物』ってやつを」


「父さん……!」

 その時の父さんは、最高にカッコよかった。


「ハーッハハハ! お前に描けるのか? 本物を!!? コピペして色塗り替えたとかそんな程度のクセに!!?」


「いや、あれ毎回めっちゃ頑張って模写して色も自分で塗っていたぞ?」


「「は?」」


 親父。多分だけど画力めっちゃ上がってるよそれ。




 圧勝だった。親父が培ったお絵かきテクニックは凄まじいもので、何故か5分で作画が完了、さらに5分後には意味不明なことに綺麗なグラデーションの着色が完了していた。


 親父はスピード特化の神絵師だった。


「どうだ、これが俺の描いた『本物』だ」


 それを見たパクリオンは、大粒の涙を流しながら、


「ああ、『本物』が、こんな近くに————」


 そしてパクリオンは光の粒子になって消滅した。なんで??


 でも、親父の絵は本当に最高だと思った。


 ◆


「さ、帰るかタカシ」

 夕日が俺たちを照らす。さっきまでの曇天が嘘のようだ。まるで俺の心のようだ。


 ……ふと、俺も絵を描きたくなった。


「なあ父さん。俺、描いたいものがあるんだ」

「仕方ないやつだなァ、付き合ってやるよ」


 そして俺たちは、液タブを買いに家電量販店へ向かった。


 ちなみに親父は完全アナログ派だったのでちょっとだけケンカしたけどほうじ茶飲んで仲直りした。

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父さんな、加工師を辞めて色変えオリキャラで食っていこうと思うんだ 澄岡京樹 @TapiokanotC

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