第7話 四季の運び屋 春 麗々

「そろそろ来る頃だとは思っていたが、随分と突然だな麗々うらら


「おぉ!久しいな水神!息災でござったか!」


仲良さげに話す二人を俺はコトハと冬、春と一緒に少し離れて見る。


あの麗々うららとかいう男は、なんというか非常に残念だ。

最初に会ったときは笠を被っていて気付かなかったが、かなり顔は整っている。今だってあの鬼畜だが顔だけはいい水神と並んでも引けを取らない。


…まぁ口を開かなければ、の話だが。


あの似非エセ武士口調が、まるでおとぎ話の王子様のような風貌に堪らなく似合っていない。

しかもあの少し熱血っぽい感じが俺の苦手とする人種に分類されるだろう。


「なぁ春、あの麗々って昔っからあんななのか?」


「そう。少しうるさいけど、とても面倒見がいい。

私と冬も幼い頃はよく遊んでもらった」


「ふーん 幼い頃は、ねぇ?

ガキの癖してなに大人ぶってんだよ。

ほぉ~ら尻尾振れてんぞ、さっさと遊んでもらいに行け」


春は慌てて尻尾を握りしめると、顔を真っ赤にして、冬に半ば引きずられるように麗々の所へ連れていかれた。


どんなに大人ぶったって子供ってのはこれが正解なんだよ、これが。


「でも、こうして見ればやっぱり姉弟っていいよな。俺は一人っ子だからすげぇ憧れるわ、姉ちゃんとかさ」


「そうなんだ。あ!ねぇ春汰、年齢だけでいうと一応私達 "お姉ちゃん" だよ?

だって、私も春も人間でいう百歳は優に越えてるし、それに冬だって智春よりも歳上だからね」


嘘だろ。


てか、あの見た目で百歳越えてんのか。それじゃあ水神は一体何歳なんだよ。


「……マジか、見た目じゃ判断できねぇな。

俺には子供ぐ、らいに、し…か、


あ、、れ?

…なん、か急に、眠たくな、…て」


急に視界がぐらぐらと歪む。だが、とても心地いい。

日向ぼっこでもしているように、ぽかぽかしてて…



「春汰っ、大丈夫!?

どうしよう、完全に麗々さんの気にあてられちゃってる」


俺の閉じかけた視界には、心配そうな顔をするコトハの顔がどアップで。

こんな最後なら悪くないんじゃないか、幸せな人生だったなって、そう思いながらぶっ倒れた俺の意識はプツリと糸を切ったようになくなった。





◇◇◇◇


そして目覚めた俺のおでこには、大きなたんこぶがひとつ生成されていた。


「つまり簡単にいうと、麗々さんの力が強すぎて、俺は意識を失ったってこと?」


「ほぅポンコツの割には理解が早い。

特にお前は普通の人間とは違って俺達のことが視える。視えない人間より強く影響を受けることは確かだろうが」


「春汰殿、相すまなんだ。人と言葉を交わすのは久方ぶりにて、無意識にお主の体に負担をかけてしまった…」


土下座をする麗々を俺は慌てて止める。


「今はもうマジで全然大丈夫だから!

あ、そういえば麗々さんの春を届けに来たってなに?」


「そのままの通りだ。春の穏やかな風を運び、色とりどりの花を咲かせ大地に生命を芽吹かせる…それが" 四季の運び屋 "拙者の仕事にござる」


俺のさっぱり意味がわからないって顔を見て麗々は笑った。

そして興奮したように冬が、


「春汰、麗々兄ちゃんの運んでくる季節はスッゲェー綺麗だぞ!しかもそれを間近で見れる人間なんてそうはいない。ラッキーで良かったな!」


そして何故かそれはとても光栄なことらしい。こいつらの熱量からそれは理解したけども。

冬の言葉にコトハと春が力強く頷いた。自分から聞いといてなんだけど、やっぱり完璧に置いてかれてるわ…俺。


「説明だけでは理解しがたい。案ずるな、いずれ早いうちにお主もわかるさ」


拙者も気合いを入れねばだ!と、麗々は俺の頭をがしがしと撫でた。


それから俺はじいちゃんの手伝いをしたり、水神にこき使われたり……

気付けば一日はあっという間に終わりを迎えていた。

今は無き家から持ってきた荷物の片付けがあらかた終わって時計を見ると、針は午後10時を指していた。

そろそろ寝ようかと洗面所に向かう途中、境内の小川にかかった橋に二人の影を見つけた。


なにやら話し込んでいるようで俺には全く気づかない。

ん、待てよ…これはチャンス到来じゃないか。


もしもこのまま気付かれず脅かすことが出来たなら……確実に欄干に座る一人を小川にドボン出来る。


そう、それは… ─水神だ。


俺はにやける口元を必死に押さえて息を殺した。

脳内には水神がずぶ濡れのシミュレーションでいっぱいだ。だから巻き添えをくらう麗々にはホント申し訳ないと思う。

だからと言ってやめないけどね、麗々さんごめん。


俺は一番近い木の影に身を隠すと二人の会話が聞こえてきた。


「そうか、もう今年で百年になるのか。意外と早いものだな」


「ああ。拙者の運ぶ四季も今年が最後でござろう。…自身のことゆえ、拙者にはわかる。まだコトハ達には伝えられてはおらんが…

なんせ春と冬はまだ幼いゆえ水神、貴殿に頼んでも、」


「断る。麗々、そんなもん自分で言え」


「相変わらず水神は手厳しいでござるな。

…あぁ、最後にあの絵巻に描かれた"星屑の水"とやらをひと目でも良いから拝んでみたかった」


なんだ?"星屑の水"って。

てか最後ってなんだ最後って、麗々さんどうなっちゃうんだよ。


「あー!もう訳わかんねぇ!!麗々さんに直接聞いて、……あれ?俺なんで隠れてるんだっけ?」


「はは、まだ多少影響を受けておるのか。なに、水神を小川に落とすためでござろう?生憎水神は行ってしもうたが」


「うわぁあ!!っ、麗々さん急にびっくりさせないで!」


真横には度アップの麗々の顔。俺は驚いてじいちゃんの買ってくれたパジャマで派手に尻餅をついた。結果尻が泥で汚れたのは言うまでもない。


「相すまんすまん、驚かすつもりはなかったでござるよ」


「大丈夫、いや正直ぐっしょりだけどさ。

あのさ、盗み聞きをするつもりはなかったんだけど…さっき麗々さんの言ってた最後って?もしかしてもう会えないとか…?」


向き合うように立った麗々は凄く真剣な目をしていて驚いた。


「それは拙者が仕事を終えるまで秘密にござる。

でもこれは拙者達からすれば祝うべき事。だからどうか春汰殿には祝って欲しいのだ」


「なんだよそれ。なんか、訳わかんねぇけど。

…わかったよ、そのときは俺は麗々さんをお祝いするよ。あんたそんな顔してるし」


笑っているような、泣いているような顔で麗々は言った。


「かたじけない。礼といってはなんだが、春汰殿にこれをやろう。きっとお主の為になるから大切にするといい。

……だが見るときはくれぐれも自室でな。


では拙者も休むとしよう、おやすみ春汰殿」


そう言って麗々は俺に折り畳んだなにかを握らせると、どこかへ行ってしまった。


おやすみ


を言いそびれた俺は誰もいない方へ向かって小さく呟いた。



自室に戻った俺は麗々に渡されたものを開く。



そして静まり返る部屋のなかで、握らされた内容に驚き、一気に顔に熱が集中する。


「……なっ、これは、いかんヤツだって麗々さん」


そこには詳しいプロフィールといっしょに、こぼれんばかりの笑顔をむけるコトハのベストショット写真が添えてあった。





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水神様は、やっぱり今日も冷たいようです 芦速公太郎 @hayaashi_koutarou

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