第6話 水神様は鬼畜美人
と、いう長い夢を見ていた俺は朝日が優しく差し込む部屋でゆっくりと目を開ける。
― はずだったのだが。
「いつまで寝てる気だ、起きろ。」
「ですよね……夢オチとかそんな都合のいい話ないですよね。」
そこには腕を組んで見下ろす水神様の姿。俺は渋々着替えて顔を洗う。外に出ると空はまだ薄暗くて、時計の針は午前五時を指していた。
「わはははっー!!春汰、なんだよその頭!!鶏冠みたいだな!」
「頼む冬、寝起きだからあまり大きな声は出さないでくれ…」
寝癖を笑われるが低血圧のため反論できない。というか冬の声が突き刺さってるみたいに頭痛がする。
「お前ら静かにしろ。コトハはいつも通り冬と春とで境内の穢れを祓え。」
「わかりました水神様。行くよ春、冬」
ちょっと待ってくれ。遠ざかる三人の後ろ姿を見送って顔がひきつる。
「もしかして俺は…」
「ふん、残念だったな。お前には俺が直々に教えてやる。ちんたらすんなよ、おいてくぞ」
全力で拒否したいんですけど。コトハ達と一緒に和やかにやりたいんですけど。だって絶対酷いことさせるじゃんコイツ。むしろおいて行ってください。
「おい…全部声に出てんだよバカが。別に無理についてこなくてもいいぞ。ただし、また昨日のように糞を持ち帰ることになるがな」
「すみませんでした水神様!!行かせていただきます!いえ、やらせて下さいっ!!」
腕を組んで歩く背中を慌てて追いかける。神様が脅しで天罰下すのどうなのよ。俺も、大事な事だから二回言うけど思春期真っ盛りだし、女の子にモテたいわけだ。なのに特に年齢の近そうなコトハの前で、そう何度も糞を握らされたら立ち直れない。
よって絶対に
「まずはここの掃除だ。道具は裏にあるから持ってこい」
「ここって、お参りする前に手を洗うとこか?あんまし汚れてなさそうだけど」
水神は俺を見て呆れたように溜め息をはいた。そしてあろうことか置いてあった柄杓で叩きやがった。
まぁ恐ろしく良い音がしたのは言うまでもない。
「手水舎だ、そんなことも知らんのか。よく見ろ、底に落ち葉が沈んでんだろが。水を抜いて全部とれ、そんで磨け」
「痛ってぇー …へいへい、 つっ、冷たっ!!」
暦上は春だがまだまだ朝晩は冷え込む。ましてや湧水ときたもんだから水温は恐ろしく低い。ものの数分で感覚はなくなり、タワシを持った手がそのままの形で固まった。
「お前は全くわかってないな」
「言われた通りにしただろ、なんか文句あんのか?」
我慢だって限界がある。これから先タワシしか握れない右手になったらどうすんだ。いっそのこと天罰だのなんだのしてみろ的な勢いで言い返すと、水神の手が伸びてきて俺の胸ぐらを……、
掴まなかった。
「俺は何故、お前にここを掃除させたのかわかるか、と言ったんだ」
「……水冷てぇし、服汚れるからだろ」
それを聞いて水神は本日二度目の大きな溜め息をはいた。俺も即座に言い返そうとしたけど、水神は一瞬寂しそうに見えて言葉を飲み込んだ。
黙る俺の隣に並んだ水神は、手水舎に半分ほど溜まった水を片手で掬い上げる。
「神社には毎日たくさんの者が訪れる。家内安全、恋愛成就に安産祈願…願いも十人十色で様々だ。ただし、その中には少々厄介な者がいる。」
「厄介な者?」
水神の指の隙間から水が静かに溢れ落ちる。
「ああ。"穢れ"をもった者、穢れとはつまり"強すぎる願い"だ。例えば相手の不幸を願ったり…そうだな"丑の刻参り"なら知っているだろう?」
「ああ、藁人形に釘打ち付けるやつだろ。でもその"穢れ"と手水舎になんの関係があるんだ?」
「いいか、神社に訪れる者の中には必ず穢れの念を持った奴がいる。しかし、俺達は誰がどんな感情を抱いているかなんて分かりゃしない。それに見つけ次第穢れを祓っていたら、追い付かないし鼬ごっこだ。
だからこの手水舎が大事なんだ。この神社に訪れた者は必ず最初に手を清める。だからここの水は常に清めていなくちゃならない。
まぁここが水の神を祀るからでもあるが、手水舎を清めておけば少しは穢れが拡がるのを防ぐことが出来る。気休め程度だがしないよりかは随分いい。
よって、お前の仕事は手水舎を毎日綺麗に掃除することだ」
水神は溜まった水の中に手をいれて大きくかき混ぜた。すると波紋と一緒に小さな光の粒が広がっていく。
「すげぇ、綺麗だな…これが神様の力ってやつか?」
「まぁな。ただし俺も全部清められる訳ではない、俺が出来るのは精々八割ぐらいだな。だから、必ず忘れずに毎日掃除しろ。
…次はちゃんと覚えておけよ、春汰」
隣を見ると水神の姿はなかった。まだ聞きたいこととかたくさんあったんだが。
『おはよう、早起きじゃな春汰!もしや手水舎を掃除してくれたんか?ありがとうな、助かるわい』
「おはようじいちゃん。あのさ、俺小さい頃神社の掃除とかしてたっけ?」
『んー、どうじゃったかなー。何せ昔の頃だから、もしかするとしてたかもしれんなぁ
それより春汰、朝飯まだじゃろ?作ってあるから食べてこい』
そう言われて俺は家へと戻った。悴んでいた手もいつの間にか戻っていて、少々赤みが残る程度だった。
黙々と朝食を食べ終えて部屋に向かう途中に、縁側に腰掛けるコトハを見つけた。なんかぼーっとしているようで、声をかけようか悩んでいるとコトハの方が俺に気付いたようで振り向いた。そしてなんとも可愛らしい笑顔で隣を叩いて座るように促してくる。
「春汰お疲れ様。どうだった?水神様の御手伝いは」
「最悪だったよ。水冷たいし、すげぇ細かいし…どこぞの姑かって」
コトハが口元に手をあててクスクスと笑った。
「てか、水神の力で八割清められるなら俺いらねぇじゃん。絶対あいつ自分がやりたくないから理由つけてるだけだろ」
「それは違うよ。だって八割しか水神様は清められないってことでしょ?じゃあ残りの二割は春汰にしか出来ないってことじゃない。凄いよ春汰は、私達には出来ないことだもの。
それに穢れが溢れてしまえば神社はどんどんと廃れていって、やがて人々から信仰されなくなってしまう。そうなればきっと私たちもこの神社と一緒に消えてしまうから……
だから一緒に頑張ろうね、春汰っ!」
コトハは俺の手を強く握って立ち上がった。そしてふわりと居なくなって、離された俺の手は宙をさ迷う。
なんかうまく丸め込まれた気がしたが…気のせいか?いや、完全に逃げられなくなったぞ。きっと水神の手伝いをやめればコトハが悲しむ。てか消えるとか聞かされた後にやっぱりやりたくないとか言えなくない?
「というか、落ち着け俺の心臓。女の子にちょっと手を握られただけじゃねぇか」
尋常じゃない程ドクドクいってる。だって握られることないんだもん。それにコトハの顔は目も大きく整っている。どちらかというと、綺麗と言うより可愛いと言った部類だろう。背は低いがどこか大人びたように感じるしそれに、
「拙者もわかるでござる。あんな上目使いでお願いなどされれば心臓がひとたまりもない。またあの時折見せるミステリアスな表情がなんとも…」
「あー、わかるわ。そうなんだよなぁ、何て言うのかな、こうっ…守ってあげたい的な?なんか男の心理をくすぐってくんだよなー
…って、あんた誰?」
いつの間にかコトハのいた場所に見知らぬ男が座っていた。
「おぉ!自己紹介が遅れてしまった
拙者は"
俺はなにも言わずに男を見た。
…ただ、やっぱりひとつだけ言わせてくれ。
― 何故こうも
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