第5話 水神様は奴隷が欲しい
◇◇◇
つぎに俺が目を覚ましたのは、日が高くなってからだった。ひとまずじいちゃんを探して部屋を出ると賑やかな声が聞こえてきて襖をあける。
『いやぁ~まいったまいった、さすがヨネちゃんは昔っから強いなぁー!』
『何を言よんだ、もしゼンちゃんが失敗せなんだらわしが負けとったよ』
どうやら将棋の勝負がついたようで、二人はあーだこーだと話していた。突っ立っていた俺に、じいちゃんが気づいて顔を向ける。
『おぉ、春汰起きたか!体は大丈夫か?』
「おかげさまで。心配かけて悪かったな、じいちゃん …もしかして米田じい!?」
五年ぶりの見覚えある顔に驚いた。じいちゃんもじいちゃんだったが、米田じいも米田じいだ。少し皺が増えたかなって感じで全く変わってない。
『久しいなぁ、
倒れた俺を見つけたじいちゃんは、慌てて隣近所の米田じいを呼びに行ったらしい。早朝だったがそこは流石老人だ。すぐに出てきて俺を担いで運んでくれたそうだ。着いて早々なんたる失態だろうか。穴があるならすぐさま入りたい。
俺が謝ると二人は優しく笑って許してくれた。というより、逆に俺を心配し気遣ってくれてなんか恥ずかしくなってくる。話を変えるようにタイミングよく腹がなってくれて、じいちゃんが笑って言った。
『元気そうでなによりじゃ!お前の昼飯に、台所のテーブルにわしが握った握り飯があるから食べてこい』
「ありがとう、じいちゃん。昨日からなんも食ってなくて腹へってんだ」
『ええて、もし足りんかったら冷蔵庫になんでもあるじゃろ。でも食べる時はちゃんと賞味期限見いよ!
よぉーし!ヨネちゃん、第二回戦目じゃ!』
後ろ手で襖を閉めると、中から先攻だの後攻だの賑やかな声が漏れていた。
台所に行くと言われた通りテーブルの上には握り飯がラップに包まれて転がっていた。
「…こりゃあ握り飯ってゆーより、泥団子だな。
え?これもしかして一面海苔貼ってんのか、じいちゃんすげぇな。
えっとお茶はどこだーっと、 …おぉ!サンキュー」
やっぱりじいちゃん家だとは言ったって、五年も会わなければ他人の家だ。どこに何があるかなんてさっぱり分かんないし、こうやってかってが分かる人がいると正直助かる。
うん、助かるけどさ……。
「……すいません、あんた達は誰ですか?」
部屋の雰囲気に溶け込みすぎてて気づけなかった。まぁ気付いてしまえば服装といい、風貌といいなんだか不自然だ。
だって妙に光ってんだもん、特にコイツ。俺の頭踏んだ奴。
「あ、あのっ!先程は逃げてしまってごめんなさい。私達の事が見える人なんて久しぶりだったからつい…。私の名前はコトハ!ほら二人とも隠れてないで、ね?」
「ぼぼ、僕は冬でこっちが姉ちゃんの春」
「よろしく」
それから一応俺も自己紹介して、本物かどうか気になって触った。なにをって、それは姉弟の耳だよ。なんでピクピク動いてんの?え、マジで?本物なの…?
「おい、お前らはいつまで触らせる気だ。変な病気がうつっても知らんぞ」
「お前っていちいちムカつく奴だな。えっと、コトハ?この態度のでかいのはなんなの?」
俺は額に青筋を浮かべながらにこやかに聞く。よし我慢だ、俺なら出来る。
「わわっ!この御方は
「よい、コトハ。こいつは正真正銘の低能だ、何を言っても一緒だろうよ」
なんなのコイツ、ほんっとに腹立つぞ。一言どころか二言三言多い。
「春汰、落ち着いて。水神様は少し口が悪いけど、本当に立派な神様。コトハ様もずっと神使を勤められてるし、私と冬もこの神社を守る狛犬。
普通なら人間が会話出来るような身分ではないの。」
「神様と神使に、狛犬って…おいおい、そんなの信じれるわけ…」
水神様と呼ばれた男はわざとらしく溜め息をはいた。
「別に信じようが信じまいが俺には関係ない。…それに俺はそんな話をしに来たんじゃない。」
急に水神の顔が真剣になって俺は息を飲む。
「もしお前がこの条件を飲むならひとつだけどんな願いも叶えてやる。」
「…その条件とは、」
「この水神の" 奴隷 "になれ」
「なるかボケェェエ!!そんなことだろうと思ったわ!!きっとあんたこいつらに嫌われてるわマジでっ!俺だったら毎日キツいもんっ!!」
我慢の限界をむかえた俺は勢いよく立ち上がり言った。テーブルに置いてあった握り飯がころりと転がる。
「わかった。断るというならそれでいい。強制、ではないからな」
「………へ、?」
そう言うと水神はなにも言わずに出ていった。あとを追って、何故かコトハと冬と春が、青ざめた表情で俺を拝んでいった。
「やけにあっさりだったな」
まぁいいか、引き下がってくれたならよかった。すると俺は腹が減っていたのを思い出して、握り飯を口に運ぶ。
そして悶絶した。
「むぐっんんん!!じいちゃんこれ、カビはえてんだけどっ、う"おぇぇぇええ」
俺はどっかのライオン像が口から水を出すが如くリバースした。なんで?さっきまでカビなんてはえてなかったのに。嫌な汗が一筋頬を流れる。
― それは悪夢の始まりだった。
三時間後……。
「すいませんでしたぁぁあ!!あの奴隷になりたいんですが、どうか奴隷にしてもらえないでしょうかぁぁぁあ!!」
俺は泣きべそをかきながら、屋根に座る水神に助けを求めていた。あれからというもの、みっちり三時間悪いことが立て続けに起きているのだ。
まずは握り飯カビ事件に始まって、スリッパ急に崩壊事件。スッ転んだ拍子に食洗機を引っかけて、倒れた先には顔ギリギリに突き刺さった包丁。じいちゃんに助けを求めて襖に手をやると勢い余って突き指して右手負傷。ここに来るまでだって幾度となく足がもつれて転び、何度も小川に落ち込んだ。
これはイタズラとかドッキリとかいうレベルじゃない。
― 死を感じる程の " 天罰 " 。
「なんでもしますからぁぁぁあ!!お願いします水神様ぁぁああ!!」
「ふん、いいだろう」
水神様は屋根から飛び降りると、徐に俺の額に指を当てた。すると凄まじく体が軽くなり、不安定だった心が穏やかになる。…やっぱコイツがやってたんじゃねーか。
「お前をこの水神の奴隷に認めよう。あと約束通り願いもひとつ叶えてやるから安心しろ。
…ひとまず右手に握りしめてるモンを早くどうにかしてくれ、臭うんだよ」
「………これって、、もしかして、」
袖をぱたぱたと振る水神様が酷く不快感のこもった眼差しをむけてくる。
「犬の
これ以上汚点を残したくなければ黙って風呂にでも行ってくることだ」
俺は無言で頷いて、それを握りしめたままじいちゃんの待つ家に戻った。
じいちゃんが俺を見て驚き何かを言おうとしたが、俺の意を汲んでくれたようで、なにも言わずに風呂に湯をはってくれた。
俺は湯槽に浸かりながら心の底から誓う。
もう二度と水神様には歯向かわないと。犬の糞が俺の心に深くざっくりと爪痕を残していた。だって思春期真っ盛りだもの。
― そして俺は本日より水神様の奴隷になりました。
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