第6話 タイムカプセル

「セラちゃん、じゃぁまた来週……ね?」


 セラを一時帰宅で迎えに来るスーツ姿の男のことは、施設の誰もが嫌っていた。

 先生たちはその場ではにこやかにしていても、男が去った後にいつも悔しそうな表情を浮かべていたし、僕たちは男が持ってくるお菓子には絶対に手をつけなかった。

 

 毎回、セラが手を引かれて連れて行かれるときに、車に乗り込む数歩手前で僕たちのほうを振り向いて笑う、その悲しそうな表情を見るのが本当に嫌だった。



 でも、それがどうしようもないことだってことも、施設の誰もが知っていた。



一、

 「どういうこと?」と僕が聞き返すと、まっちゃんはおばさんの日記をペラペラと何枚かめくり、ある日の記述を指でさす。


「ほら、この日がタクミさんが最初に母ちゃんにパンをもらいに来た日だ」


 そこには確かにそんなことが書いてる。おばさんも突然のことでびっくりした様子も書かれている。そこから一回の日曜日を挟んで八日間、パンの部分がおにぎりやソフト麺の日もあったが、同じようなことが書かれている。そして、その次の日と、その次の日には何も書かれていなかった。



「……この何も書かれていないところがな、母ちゃんが病院で言ってた日のことなんだ。うわごとの中で出てきた『濱崎さん』ってのは当時一緒に働いてた人のことで、俺と姉貴はわざわざその人に会いに行って確かめた。

 母ちゃんも濱崎さんも毎日給食の余りものをもらいに来てた小さな男の子が二日続けて来ないもんだから、風邪でも引いたんじゃないかって心配になったみたいでな。タクミさんのクラスの担任に話をして、お前の家に行ったってその次の日の日記に書いてる」


 まっちゃんはそこまで話すとノートを閉じて自分の後ろにしまう。

 たぶん、ここから先の文章を僕に見せたくないんだろう。なんとなく、本当になんとなくだけどそんな気がする。


「そこで倒れていた二人を見つけて担任の先生と一緒に救急車を呼んで、お前達兄弟の状況を知ったらしい…………ここから先はその……ちょっとキツいかもしれんけど……」


 そう言いにくそうに口ごもるまっちゃんに、構わないよと言うと、「そうか」と続ける。


「俺の母ちゃんとタクミさんの担任がお前たちのばあちゃんに連絡を取ろうとしたんだけど、ほら、お前が小学校の頃ってお前んち、家に電話なかっただろ? それで直接家に行ったみたいなんだけど、それが…………」



 まっちゃんが慎重に言葉を選んでいる様子を見せる。



「兄さんだけ引き取る、だろ?」


 まっちゃんは「えっ」と声を上げて驚いている。


 予想通りの反応だったので、僕は「大丈夫だよ」と少しだけ笑って、テーブルの呑みかけの芋焼酎をあおる。もう一度、(その理由は、ちゃんと本人から聞いているから大丈夫だよ)と心の中で呟く。

 まっちゃんはそんな僕を見て、それ以上の詮索をせずに続きを話し始める。



「母ちゃんと担任の先生は激怒したみたいでな。日記にも怒りで震えているような感じで書きなぐってあったよ。それですったもんだあって、お前とタクミさんは二人一緒にあの施設に預けられることになったということらしい」



 僕はあの二人ぼっちの状況から救ってくれたのが、高専のときのアルバイト先で僕を励ましてくれたまっちゃんのおばさんだったということが、とても、とても嬉しくて、祖母のそのときの言動がどうこうなんて本当に些細なことのように思えた。


 僕はもう一度芋焼酎の入ったグラスに口をつけながら「ありがとう」と言うと、まっちゃんは笑いながら、何で俺に言うんだよと返した。



二、

 しばらくしてから、玄関で物音がすると、廊下を誰かが急いでこちらに向かってる音が近づいてくる。その足音がすぐ近くまで来て止まると、ひょいっと上下黒のスーツ姿の女性が僕とまっちゃんが呑んでいる居間に入ってくる。


「わぁ! 本当にナナミ君だ!! 久しぶりだねー」


 と、どこかまっちゃんに似た顔の女性が話しかけてくる。お邪魔していますと僕が挨拶すると、「いいの、いいの。昔はよくゲームボーイしに来てたじゃない」と、笑いながら返してくる。

「姉貴、今はちょっと離れて暮らしてるんだけど、昼間仕事の話で電話した時につい口が滑ってナナミの話したら、どうしても会いたいって言ってきてなぁ。すまん」

 まっちゃんが手を合わせて謝るのを、「それだと私が邪魔者みたいじゃん」と、缶ビールを片手に座っているまっちゃんの背中を軽く蹴る。昔から本当になかのいい二人だったなと思い出す。



 しばらくの間、まっちゃんともそうしたように雑談や僕の近況を話す。お姉さんはふんふんとかへぇーとか相槌を打ちながら僕の話を聞いている。


 一通り話したところで、「そういえば、タクミ君は?一緒じゃないの?」と口にしたのを、「姉貴!」と首を振りながらまっちゃんが止める。お姉さんはそれで察したように「そっか」と小さく呟いて、ビールの残りを一気に呷る。




「……そうなると、やっぱりアレ、本当になんだったのかなぁ」



 お姉さんが意味ありげにつぶやくと「何のことだ?」と、まっちゃんが尋ねる。


「タイムカプセルって覚えてない? あの小学校の六年生とか中学校の三年生のときに手紙とか埋めて、成人式で掘り起こすってやつ」

「それは知ってるけど、それがどうしたんだよ」

 と、まっちゃんが返す。

「私とタクミ君のときって、ちょうと小学校にとっての記念の年でね。そのときの担任の川畑先生が『20歳で開けるのと、その倍の40歳で開けるのと二つ今年は用意しよう』って言いだして、私達の年だけ二つ、タイムカプセルを用意したのよ」


 お姉さんが喉を潤すために次の缶ビールを開け、口をつける。


「……でね、実際に開ける年はまだまだ先だったんだけどさ――ほら、覚えてないかな? そのころって、ちょうど小学校建て替えるときで、タイムカプセルも実際に埋めるんじゃなくて、先に建て替えてた体育館の地下室に入れてたでしょ? それがまた体育館の工事があるっていうんで今年の一月に開けることになったのよ。でね、こっからが本題なんだけど……



40歳で開ける予定にしてた方のタイムカプセル、何故かタクミ君のぶんだけが無くなってたらしいのよ」




(続く)

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