家庭の味②

「ユーヤ!」

私は頭の上に落ちて来たユーヤを抱き寄せた。


「え?え?どうたの?」

私に頬ずりをされながらユーヤは、戸惑った様な声を上げている。


…落ち着く。

子供の体温はどうしてこんなに温かくて、心が癒やされるのだろうか?

プニプニと張りのある柔らかな頬や手足…。

『ユーヤ』と『悠翔ゆうと』。

愛する弟とほとんど変わらない名前の響きも私を癒やしてくれる一因だ。

もう一度言おう…ああ、落ち着く。


「あ、葵!葵!」

更に頬ずりをするとユーヤが慌てた様な声で私を呼んだ。

「ん?どうしたの?」

「リ、リオンが怖いからこれ止めて!!」

「え?リオンが…どうして?」

ユーヤに頬を付けたままの状態でリオンを見るが…リオンはいつもの様に微笑んでいるだけだった。

ユーヤは一体何を気にしているのだろうか?

私とユーヤがこうしていてもリオンには関係ないと思うんだけど…。

首を傾げる私の視線の先にいる、ユーヤの顔色がどんどん青ざめて行っている様な気がする。


「葵。ユーヤは見た目は幼い精霊に見えるけど、私達よりもずっと長生きしているんだよ。」

「あっ…!」

リオンはそう言いながら、私の両手の中にいたユーヤを摘まみ上げた。

「だったら…もっと敬ってほいなぁ…。」

ユーヤは小さく抗議の声を上げたが、それ以上はリオンに逆らうつもりはない様だ。

「そうなの?」

「うん。言ってなかった?」

思わず摘ままれているユーヤを凝視すると、私と目が合ったユーヤはへラッと笑った。


こんなに小さくて可愛いのに長生きって……おじいさ…

「…何か失礼な事を考えたで?」

ユーヤがジト目を向けて来る。

「すみません…。」

「もー!!小さい方が楽なんだけど…しょうがないから葵には見せてあげる!」

『惚れないでね?』と笑った後に、ユーヤはリオンの指を振り払った。


落ちる!?と、思わず手を伸ばしたが、ユーヤは私の指先をすり抜けて行き……。

床にぶつかりそうになった瞬間に、ボンという音と共に白煙が舞い上がった。


もくもくとした白煙が消えると、そこには……。

「久し振りに大きくなったよ。やっぱり小さい方が楽で良いな。」

 腰まで伸びたサラサラな茶色の髪に、琥珀色の瞳。

 淡い緑色の長いローブを纏った、リオンと同じ年位に見える男性がいた。


「……ユーヤ?」

恐る恐る尋ねると、琥珀色の瞳が細くなった。

「そうだよ。どう?子供には見えないでしょう?」

ニッコリ笑うユーヤは先程までとは違い、赤ちゃん言葉になる事もなかった。

服装だって雰囲気だって全然違う。

これが…精霊。

私は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

ここが異世界だとはもう充分に理解したつもりだったが、改めて驚かされてしまった。


「もう良いよね?」

大きく伸びをしたユーヤは、今度は小さなポンという音と共にあっという間に元の大きさに戻った。

「やっぱりこっちの姿の方が良いなー!」

いつも通りの短くサラサラとした茶色の髪に、淡い緑色の帽子とお揃いの色の上下の服を身に纏った小さな可愛い男の子。

ユーヤが言うには大きい姿を維持するのは色んなものを消費するから疲れるのだそうだ。小さい方が省エネモードで、環境にも優しいとか何とか…。


「分かりましたか?ユーヤは小さな子供ではないのですから、気軽に頬ずりとかをしない様に。」

微笑むリオンの目が笑っていない様な気がした。

私は黙って何度も大きく頷いた。

リオンに逆らってはいけないと本能が告げているのだ。


「さあ、今日はもう部屋に戻りましょう。」

従順な私の反応に気を良くしたのか、リオンは今度は心からの笑みを私に向けながら、パチンと一回指を鳴らした。

途端に浮き上がる私の身体。

ユーヤによって地面から少しだけ浮いた状態の私であったが、そこから更に浮き上がったのだ。

「わっ……!」

身体がバランスを失い、天地が逆になりそうになる寸前でリオンが私を横抱きした。

え………?

呆然とする自分の顔の直ぐ近くにはリオンの顔がある。

これはつまり…またしてもお姫様抱っこというやつである。

どうしてこの王子はこういう恥ずかしい行為を平然とやってのけるのだろうか…。

天然?天然なのか!?

それともこの世界のお姫様にはこれが常識なの!?

どちらにせよこの世界の住人ではない私には辛すぎる……。

「リ、リオン?下ろしてもらえる?」

「どうして?」

どうして?!それはこちらが聞きたい!!

「一人でも移動は出来るから!!」

「そんな事を言って困らせないで?葵。」

……話が通じない。

どうして私が聞き分けの無い子供の様に言われなくてはいけないのだろうか…。

ニコニコと嬉しそうに私を運ぶリオンの顔を見ていたら、段々と反抗する気が失せてしまった。

『もう好きにして』状態である。


こちらで暮らす様になってから、リオンはこうして私の世話を焼きたがる事が多かった。

私にはリオンがここまでしてくれる意味が分からない。

あの時にぶつかったのはお互い様の事故だった。骨折したのは私の運が悪かったからであって、リオンに落ち度はない。

料理を教えているからといって、弟の面倒も見て貰っている今の状態では…私に得があってもリオン側に一切の得がないというに…。

幾ら考えても答えに辿り着けない私は、リオンの事を『とても面倒見の良い優しい人』と考える事にしている。

とはいえ…怪我が治ったら私に出来る限りの恩返しをしようと思っている。


ジッとリオンを見ながら考え事をしていると、私の視線に気が付いたリオンはニコッとこちらに向かって笑い掛けて来る。

うっ…。

イケメンの微笑みは心臓に悪い。

本人は無自覚なのだろうが、いちいちドキドキさせられるこちらの身にもなって欲しい。

私がリオンを好きになったりしたらどう責任を取ってくれるのだ。

文字通りに住む世界が違うというのに。


好きな人……か。

その言葉を思い浮かべると、とうに忘れた筈の古傷が鈍い痛みを持って私の心臓を刺した。


「葵?」

心配そうな顔で私を見下ろすリオンと目が合う。

いけない…。

「あ、もう部屋に着いたんだね。ありがとう!」

咄嗟に笑顔を作ったから、とてもぎこちない笑顔になってしまう。

「大丈夫?具合が悪いなら…」

「大丈夫!少し疲れただけだと…思う!」

「…分かった。もし何かあったら直ぐに言って。」

「うん。ありがとう。」

部屋の前で床に下ろしてもらった私は、そのまま逃げる様にして部屋の中に入って行った。

そうして倒れ込む様にベットに転がった。


あ…、ユーヤに今日のお礼言ってなかった。

リオンにも酷い態度をしてしまった……。

私に聞きたい事があっただろうに…我慢してくれていたリオンを思い出す。


私はボーッと天井を見上げた………。

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骨折したら異世界召喚?!~骨が折れただけなのに?~ ゆなか @yunamayo

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