始まりを告げる、戦いの終わり。

 その真剣な眼差しで、男は慎重にルルの動きを見守っていた。奔放な言葉を用いながらも、慎重にどう行動するかを模索しているようにも見える。


「ルル! その男、何か企んでいます!」


 背後から飛ぶアスティの声に、傭兵風の男は、今度はにんまりとした表情を見せていた。


「つくづく、嬢ちゃんは仲間に恵まれている。そこの男とは大違いだ。そいつは自分の正義目的の為なら手段を選ばない。自分の友人も売るような奴だ。まあ、そいつの親父も同じようなもんだけどな。ただ、それでも親父の方は、人情ってもんがあるんだぜ」


 ちらりとアスティを振り返る傭兵風の男。ただ、その時起こった異質な声に、男は顔を戻していた。


 リラと黒いギガーゴリラの拳が互いの顔面をとらえている。互いに苦悶の声を発しながら、そのままゆっくりと倒れていく――。


 かと思いきや、互いに一歩足を出して堪えていた。ニヤリと笑うゴリラたち。フラフラになりながらも、また互いに力のない拳をあいて向けて放ち続ける。


 ――いや、いいかげんに終わったらどうだ? もう、なでているとしか思えないぞ? それ互いの拳


 その様子を満足そうに眺めた後、傭兵風の男はルルに視線を戻していた。


「そこのゴリラたちの決着ももうすぐつくだろう。だが、どうする? 嬢ちゃんの仇は目の前だ。そして、それをすれば全滅だと言っておこう。まず、そこの姉さんを血祭りにする。どっちにしても、そこの姉さんには死んでもらうんだけどな。これ以上、この国の内情を漏らされるのも困るんだよ」


 黒い聖剣をもっていない左手は、いつの間にか短剣を握りしめている。瞬時に振り返り、それをアスティに投げつける傭兵風の男。


 だが、いつもなら易々と躱すアスティも、この時ばかりはそうではなかった。必死に体を動かし、それを避けるアスティ。さっきまでアスティの顔があった所に、短剣は深々と突き刺さっている。


「ルル! エルマールを置いて、逃げるのです! エルマールは私がきっと殺します!」

 避けながらも、アスティはルルにそう叫ぶ。それを聞いた男の顔に、軽い驚きの色が見て取れた。


「まだ、それだけの力はあるんだな。その執念は見事だし、感心するぜ。もっとも、聖剣を無くした今の嬢ちゃんは、もはや姉さんにとっては用済みだと思ったんだがな。見事に仇討ちを成し遂げても、この国には嬢ちゃんの居場所はない。それは、こうなる前から決まっていた。この国で居場所を無くした嬢ちゃんを、聖剣ごと自分の国につれていくつもりだったんだろう? だが、あてが外れたな。そもそも、仇討ちなんてものをすれば、聖剣は離れる聖剣の所有者の資格を失うに決まっているだろ? だが、不思議だな、姉さん。アンタ、『聖剣を持ち帰れ』と命令されていたんじゃないのか? 百年前の大戦のあと、魔王国では、『聖剣さえ無ければ、魔王がこの世界を支配していた』って噂になってるんだろ? 条約を結んで、聖剣の情報を引き出したのはそのためじゃないのか? となると、今までもその機会はいくらでもあっただろ? 仇討ちさせずにつれ帰る方法なんて、いくらでもあっただろ? 何故そうしなかった? 嬢ちゃんが所持してる間に、封印なり破壊なりすることができただろ? それが魔王国の密偵としての姉さんの役割だっただろうに」


 挑発的な笑みを隠そうともせず、傭兵風の男はルルを振り返る。


「驚いたかい? 嬢ちゃんが思っているほど、この世の中は簡単じゃないのさ。今は魔王国も、一つの意志では動いてないんだぜ。それに、さっきの爺達は、暗殺ギルドの者だろう? ということは、暗殺ギルドとお嬢ちゃんは利害で結びついた。もっとも、それも今は解消されたみたいだけどな。それより、お嬢ちゃんを生んだ母親は、誰に殺されたと思う?」


 ちらりとギガーゴリラ達の方に視線を向け、傭兵風の男は話を続ける。かなり息が上がっているリラたちだったが、その瞳は死んでいない。それを確認したのだろう。男は話を続けていた。


「なにしろ、当時の聖騎士団長エスト・ナオナイの妹だ。ただの女官じゃなかったらしいぜ。国王の後宮での護衛を兼ねてたらしい。まあ、そのせいで国王が手を出したのかもしれんがな。まあ、それはいいとして。その凄腕の女が、生まれた子供と十分に接することもなく死んでしまった。誰だろうな、嬢ちゃんの母親を殺したのは? ちなみに、国王は嬢ちゃんの存在を知らないのさ。全て、宮廷魔導師長の爺と聖騎士団元団長のエスト・ナオナイが秘密にしていたらしい。じゃあ、何故嬢ちゃんの素性がばれてる? 誰なんだろうな? 嬢ちゃんの出生の秘密をばらしたのは? そして、聖剣を抜いた嬢ちゃんが、そのお姫様だっていう事。一体誰が証明できたんだろうな?」


 今更さまざまな事を語って聞かせる傭兵風の男。その間に、ルルの表情はどんどん思考の中に捕らわれていく。


「ルル! 耳を貸してはいけません。この男の狙いは――」


 再び上がるアスティの声。だが、その声を打ち消すように、また異質な声がこだました。


 今度こそ、相討ちになって倒れるギガーゴリラ達。地響きを伴い果てた姿は、どこか満足感にあふれていた。


「さて、これで邪魔なゴリラは寝てくれたことだし、もう無駄話をする必要はないな。案外長引いたが、こっちの想定外の動きをされると困るんだよ。まっ、嬢ちゃんにとっても、いい考える時間になったんじゃねーか?」


 再び大剣に手をかけた傭兵風の男。その真剣な眼を、まだ考えのまとまっていないルルに、真っ直ぐ向けていた。


「選びな、嬢ちゃん。あの時と同じだ。自分の運命を決める時だぜ」


 その肩に大剣を背負い、かつてないほどの殺気を見せた傭兵風の男。それに応えるかのように、左手に持つ黒い聖剣が、鈍い光を放っていた。

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