駆け引き

 聖剣バルコイニクスの所有者があげた断末魔。


 その叫びに最も早く反応したのは、傭兵風の男だった。降ろしていた大剣を素早く担ぎ上げ、その重さをものともしない速さで突きを放つ。しかも、その速さ――攻撃に転じてから移動しそこに至るまで――は驚きの一言に尽きるというもの。


 だから、あっという間にその場所に到達する。

 刺突用片手剣レイピアを心臓から引き抜こうとしていたアスティの元に。


 実際、その速さは、アスティにとっても驚きだったに違いない。


 間に合わないと思った彼女の行動は、聖剣バルコイニクスの所有者を蹴とばして抜くという、彼女にしては余裕のないものだった。


 それでも、その事により間一髪で躱せている。身をよじりながら、刺突用片手剣レイピアをその軌道にねじ込んで。


 大剣と刺突用片手剣レイピアが激しくぶつかる。その衝撃のすさまじさは、二つの剣が散らす火花と悲鳴が物語る。


「ほう、まだそんな余力があるとは恐れ入ったぜ、黒エルフダークエルフの姉さん。そいつをやって殺してしまった以上、俺はあんたを見過ごせない。何しろ、そこの司祭が見てるしな。まっ、そいつの護衛でもあるから、『護衛で手が回りませんでした』っていう線もあるけどな。もっとも、護衛をしているって言って何だが、俺自身はその司祭の事はどうでもいいんだ。だが、そいつの親父。ああ、お前さんは見てないか? この国の宰相には、でかい借りがあるんでな」


 初撃をかわされた傭兵風の男。その攻撃のすさまじさにかかわらず、男は全く動じていなかった。それどころか、すぐさま反転して攻撃を仕掛けてくる。アスティが体勢を整える暇がないほどに。


 だが、アスティも只者ではない。その攻撃をことごとく避けていく。


 だが、避けたところにも大剣が押し寄せる。なおかつ、話しながら攻撃を加える傭兵風の男。

 それをかわすアスティの動きは、徐々に精細さを欠いてきた。


 それを感じたのだろう。それまで怒涛の攻撃をしていた傭兵風の男は、肩に大剣を担ぎあげる。しかも、くるりとアスティに背を向け、その無防備な背中をさらしていた。


 いつもなら、アスティはその隙を逃さない。だが、今のアスティはそれが出来ないようだった。


 堂々と歩く傭兵風の男。そのまま聖剣バルコイニクスの所持者の躯に近寄ると、もっている黒い聖剣を取り上げていた。


「なるほど、腐っても聖剣の所持者なわけだ。相討ち――、ではないが、ただではやられないという意気込みは感じるぜ。まっ、それ以上に姉さんの精神力を褒めた方がいいのかもな」


 男が背を向けた隙に、自分の脇腹に刺さっている双剣の片方を抜いていたアスティ。忌々しそうにそれを握りしめながら、必死に何かに耐えていた。


 それは聖剣バルコイニクスの白い剣。


 その剣が持つ効果は、相手の精神力を切り刻む。切られるだけでその効果が表れるという聖剣。それが刺さっていたという事は、アスティの精神はかなり消耗していると言えるだろう。


 だが、アスティは歯を食いしばって耐えていた。ルルを見つめるその瞳が、細い糸のようにアスティをこの場につなぎとめる。


「聖剣バルコイニクスの白い方は精神力を削るんだったな。その傷で、その剣の影響を受けてあれだけの動きが出来るのはたいしたものだ。だが、それだけ刺さっていたんだ。もう立っているのも限界なんじゃないのか?」

「いいかげん、その無駄口も聞き飽きました。しかも、何か勘違いをしていますね。一言、言っておきます。何でも自分の思い通りに行くとは思わない事です」


 アスティのその言葉に、傭兵風の男は心底感心した様子を見せていた。


「よく、それだけ憎まれ口を叩けるものだ。感心するぜ、姉さん。じゃあ、俺も一言言っておく。『俺の思う通りになる』と思うぜ。そのままでも、どうせアンタはいつものようには動けないだろう? だが、念のためにこの黒い方をアンタの影に刺せば、どうなるか。アンタはもう知っているよな? アンタは動きたくても、動けなくなる。動けないアンタは、どうする事もできないよな。あの聖剣の男には、それで負けたんだろ? 察しはつくぜ」


 リラと黒いギガーゴリラが、雄々しく激しい拳のぶつけ合いをしている一方で、傭兵風の男が優越感をもってアスティにその事を告げていた。


 だが、その余裕の笑みもそこまでだった。アスティがニヤリと見せたその視線の先の出来事によって。


「そこまでだよ、おじさん。それ以上アスティを傷つけると、エルマールがどうなるか分かっているよね」


 エルマールの喉元に小剣を押し当てるルル。その瞳は、すでにその決意を固めた者のものだった。

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