激動
ボロボロと、入り口付近の天井が崩れ落ちる。その光景に、エルマールは一人歓喜の声をあげていた。
「素晴らしい! ラッシュカルトに貸し与えた指輪では制御できなかった黒いギガーゴリラの力がこれほどとは! ギガーゴリラを魔法改造したという黒いギガーゴリラ。その力は通常のギガーゴリラを超えていると言っていたが、これほどとは!」
人間自分が優位に立つと、色々と話してくれる。この俺が宮廷魔導師長マルティニコラスから得た情報を、わざわざエルマールは自分からルル達に伝えてくれている。
ラッシュカルト伯爵に指輪と魔獣ギガーゴリラを贈りつけたのは、他ならぬ教会だった。そして、エルマールが最初にここにいた事も、それで十分納得がいく。
とはいっても、教会だけでそれが出来たのではない。あのカルロス子爵領にあった魔獣に支配された村。そこにいた魔術師も、その調達に一役買っている。
なぜ、エルマールがあの屋敷に行く必要があったのか。それはあの魔獣支配の指輪が関係しているのだろう。今から思えば全ての事に、このエルマールは関係している。
「なるほど、私達はまんまと騙されていたわけですね。あの依頼は、あなたをあの屋敷に連れていくことが目的でしたか」
「まあ、そういう事です。あそこに行くことで、この指輪も回収できました。あの魔法陣は副産物みたいなものでしょうね。彼と彼女との間にも色々とあるようです。もっとも、彼の知らない所にも、色々と事情はあったのですけどね」
「もういいんだよ。今更そんなこと聞いても、何も変わらないかな」
「そうですね、エルマールは最初から私の敵でした。そして、友人を裏切る下衆な部類の人間であることも、再認識しました」
黒いギガーゴリラと聖剣バルコイニクスの所有者の二人を相手にすることになるアスティ。何とか助けに行こうとするルルを傭兵風の男は、大剣で牽制し続けている。
「そうですね。アスティさんにはこの際ですからその黒いギガーゴリラの生贄になっていただきましょうか」
エルマールのその言葉に、聖剣バルコイニクスの所有者は軽い驚きの顔を見せている。だが、黒いギガーゴリラの雰囲気を察したのだろう。軽く肩をすくませた後、戦いの緊張を解いていた。
「まあ、そうしてくれ。俺も疲れているしな」
双剣を鞘におさめ、戦わない意思を示す聖剣バルコイニクスの所有者。壁際に再び退いて、その戦いを観戦する態度を見せている。
「やれ! ギガーゴリラ!」
エルマールの号令一下、驚くべき速さで黒いギガーゴリラの拳が迫る。
それを回避するアスティ。しかもすれ違いざまに、
だが、その一撃は易々とはじかれる。
もともとギガーゴリラの体毛は鋼のように固い。そして、今のアスティの攻撃は十分力が込められていないものだった。
「そうだ! どうだ! この指輪さえあれば!」
すっかり人が変わったように、その強さに酔いしれるエルマール。
――だが、次の瞬間。その顔は驚きに染まっていた。
長く尾を引く雄叫びと共に、天井を突き破って現れたリラ。その巨大な白い体を、久しぶりに間近で見たエルマール。さすがに尻餅はつかなかったものの、見上げる顔は引きつっていた。
誇り舞う部屋の中で、ほんのわずかな空白の時間が生まれている。
「ウホ?」
ただ、そんな雰囲気はお構いなしに、リラはキョロキョロとあたりを見回す。埃が舞っているから、思うように見えないのだろう。その体からは疑問の色が濃く出ている。
ただ、散々周囲を見回した挙句、黒いギガーゴリラと己の位置を再確認したリラ。間違って降りたと思ったのだろう、もう一度天井を見つめていた。
「リラ! エルマールはルルの敵です! やっつけなさい!」
すかさず飛ぶ、アスティの声。それを聞いて、リラはルルの顔を見る。同時に、宙に浮かぶ
「ウホ?」
とぼけた顔で鼻をほじり、エルマールに巨大な鼻糞をつけるリラ。しかもその後、さらにそれをエルマールに押し付けることで、一応嫌がらせのような攻撃をしている。
――おい、お前絶対遊びに帰って来ただろう? それともそれは精神的な攻撃か?
そう思っても、リラからは何の返事もない。
――もっとも、その影響かどうかは分からないのだが……。
ただ、エルマールにとって、それはまさに驚天動地の事だったに違いない。巨大な鼻糞をつけたまま、叫び声をあげてリラから離れようとするエルマール。
だが、それはできない事をエルマールは身をもって知ることになる。その場所は他からくる者から守られるように、不可視の糸で囲まれている。しかもその不可視の糸は、他を拒絶するように、触れるものを傷つける。
自ら傷つき、それを思い出すエルマール。だから、その視線がそこに向くのは当然だった。
「クソ! こい! ギガーゴリラ。私を守れ!
「リラ! ルルの為に、エルマールの指輪を奪いなさい!」
自分だけが隔離された空間で、リラと向かい合うという恐怖。それはエルマールにとって、さっきまでの余裕を一瞬で失わせるものだったに違いない。アスティがリラに告げた言葉も、その恐怖を増長する。
「無茶を言う。どうなっても知らないぜ。っていうか、すでに無茶苦茶だな」
再び双剣を抜く聖剣バルコイニクスの所有者。その陣を突き破ろうと、傷つきながら突進する黒いギガーゴリラ。それを見ながら、ため息交じりにそう呟く。
だが、その操作をしているうちに、その顔は険しさを増していた。
そもそも、天井二ヶ所が崩れているため、その陣は一部崩壊している。しかも、己の身を顧みない黒いギガーゴリラの突進が加わることで、おそらくその陣の性状が変わっていたに違いない。
「悪いな、全部は無理だ。一部残る」
そう告げた聖剣バルコイニクスの所有者の声と共に、不完全ながらもルル達を隔離していた不可視の糸が解除される。
それと共に突進する黒いギガーゴリラ。
がむしゃらまでのその動きは、途中にいるルルと傭兵風の男を無視してリラに向かって伸びていく。その体から、かなりの血を噴き出して。
その衝撃的な姿は、そこにいる者の目をくぎ付けにする。
だが、そうではないものが一人いた。
誰もがその動きに注意を向けていたその時、聖剣バルコイニクスの所有者の背後に影が迫る。
それは聖剣バルコイニクスの所有者も認識できていない程の一瞬の出来事。
黒いギガーゴリラの拳とリラの拳が激しい激突を果たした瞬間、聖剣バルコイニクスの所有者があげた絶叫が、この部屋の中に響き渡っていた。
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