黒いギガーゴリラ
最初、その部屋にのっそりと顔を見せたのは黒いギガーゴリラの方だった。
ギガーゴリラとしては驚きの黒さ。それは、けっして黒く汚れてしまったというわけではない。通常白いギガーゴリラの体毛が、あきらかに全て黒く染まっている。
いわゆる突然変異というやつなのだろう。しかも、そのギガーゴリラ。全身から血を流して傷ついている割に、どこかまだ戦いたそうな顔をしていた。戦闘狂のギガーゴリラにふさわしい姿がそこにある。
その後、ひょっこり姿を現すリラ。しかも、それなりに傷ついて。
ひょっとすると、二人は戦っていたのかもしれない。この屋敷に入ってからは、俺がリラの方にちゃんと注意を向けていなかったのが悪かった。これまでに何かあったのだろう。そこには、互いに認め合っている雰囲気があった。
それにしても、この短期間でよく知り合えたものだ。
ルル達が魔法陣で転移して、しばらく身を潜めていたり、ここで話をしたりしている間にリラは強者との戦いを求めていた。屋敷の外をさまよい歩いたあげく、屋敷を取りまく森の中にまで入っていたことは知っている。
だが、そこからは注意してみていなかった。いや、そんな余裕がなかったと言いたい。
それから今までの間に、リラはこの黒いギガーゴリラと知り合い、戦い、そしてこの場に連れてきたのだろう。
「リラ! 君は素晴らしい!」
すかさず飛ぶ、エルマールの歓喜の声。
おそらくエルマールはリラに気に入られているという自覚がある。だから、この状況でも自分に不利になるとは思っていないに違いない。しかも、相手はアスティだ。黒いギガーゴリラはともかくとして、自分に有利になると考えているのだろう。
だが、その声を聞いてもリラは鼻をほじっていた。
「残念ながら、リラの発情期は終わっています。あなたには一定の恩義を返したので、その声は届きませんよ」
聖剣バルコイニクスの所有者と対峙しているアスティも、その事を告げずにはいられなかったのだろう。
だが、アスティの言葉を聞いたエルマールは、今まで余裕を無くしていた姿をすっかり捨てて、いつもの様子に戻っていた。
「それは関係ないのですよ。私の友人である魔獣使いの魔術師の遺産。モンテカルト魔法王国から持ち帰った秘儀とこの国の技術を合わせて生み出した至高の魔道具。それを受け取った、今の私にはね!」
突き出したその手の指には、見覚えのある指輪が光っている。だが、それを確かめようとする間もなく、黒いギガーゴリラが雄叫びをあげていた。
「この指輪の効果はご存じでしょう。でも、ラッシュカルト伯爵に渡した試作品と違い、この指輪はあらゆる魔獣に効果をもちます。あれは、せいぜいギガーゴリラまででしたけどね」
たしかに、黒いギガーゴリラは指輪の影響を明らかに受けている。あからさまな狂気を見せつけるように、低いうなり声をあげて周囲を威嚇し始めていた。
だが、それをものともしないギガーゴリラも存在する。いや、そもそも魔道具は使う者の技量にも依存する。たしかに、完成品と試作品では明らかに差があるのだろう。だが、そもそもラッシュカルト伯爵では力量不足だったに違いない。ギガーゴリラも十分に制御できないでいたのだから。
でも、今回は状況も違っている。
そうしている間に、軽く黒いギガーゴリラを右手で叩くリラ。その瞬間、黒いギガーゴリラは正気に戻る。
自らが洗脳されたことを感じているのだろう。黒いギガーゴリラの憎しみの瞳は、奥にいるエルマールに向いている。
「な!? ええい。鬱陶しい! ギガーゴリラ! まずはそのリラを放り出せ!」
エルマールの指にある、魔獣支配の指輪が怪しく光る。再び洗脳状態に戻った黒いギガーゴリラは、リラを掴んで抱え上げる。
明らかにそれを楽しむリラ。
抱えられたことがよほどうれしいのだろう。だが、驚くべきは黒いギガーゴリラの
そもそも、その肝心のリラが戦う態勢になっていない。だから簡単に持ち上げられている。
そう、その好奇心に満ちた目は、これから何か楽しいことが起こることを期待している時のものだ。今、リラはこの状態を楽しんでいるだけなのだろう。
「私の視界に入れるな! さっさと放り出せ!」
エルマールの叫びにも近い命令を、黒いギガーゴリラは低いうなり声で応えていた。
だが、魔獣支配の指輪といえども、魔獣と会話しているわけではないのだろう。その命令は、単純化して伝わるのかもしれない。
もっとも、それを解明したとしてもどうにかなるものでもない。
ただ、黒いギガーゴリラのとった行動はそれを示唆するものだった。
軽々とリラを頭上に掲げた黒いギガーゴリラ。そのまま力の限りリラを天井に投げつけて、文字通り放り投げていた。
「ウホホー!」
いかにも楽しそうなその叫び声。ただそれだけを残して、リラは天井を突き抜けていく。
おそらく、屋根を突き破って外に出てしまったのだろう。いくら待っても、リラはそこから戻ってくることは無かった。
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