全てを包み込むように
その物々しい雰囲気をうけて、三人の男達の緊張感は一気に高まっていた。特にそれが強かったのはエルマールだったに違いない。いや、エルマールの場合は危機感と言ってもいいかもしれない。
その表情から、これまでのやり取りを思い出したのだろう。
「お前たち、早くそいつを何とかしろ!」
それは、いつも優雅に振舞おうとするエルマールの口調ではなかった。とっさの事で思わず口を突いて出た言葉なのかもしれない。だが、それを隠すことなく、エルマールは聖剣バルコイニクスの所持者に向かってなお告げる。
「何をしている! 早く、アレを展開するんだ!」
その言葉を待っていたわけではないだろう。だが、聖剣バルコイニクスの所有者もアスティの尋常ならざる気配に気後れしていたに違いない。エルマールの言葉で、間髪入れずに行動する。まるで、息を吹き返したように。
それと同時の事だった。エルマールの言うそれは、一瞬にして展開する。アスティの動きよりも、ほんの一瞬だけ早く。
「不可視の糸の陣。こんな所に――。すでに準備していたということですか」
アスティがためしに
さすがに、アスティもそれに気づく。なおさらそれが、アスティの苛立ちを刺激していた。
「おい、おい。これじゃあ、こっちの身動きも出来ねえな」
「アンタがそこにいるのが悪い。立ち位置は教えておいたはずだろう?」
「言い争うのは結構ですが、まずこれをどけてみてはどうですか?」
傭兵風の男と聖剣バルコイニクスの所有者が言い争う中で、アスティもそれに加わっている。その姿にいつものアスティを見たのだろう。
それまで心配そうな瞳を向けていたルルが、ようやく安堵の息を漏らしていた。アスティもそれに気づいて笑顔を向ける。
だが、状況は悪化の一途をたどっている。部屋の中央にいるルルと部屋の入り口にいるアスティ。その間には、一際細かい目の網状に展開している糸がある。それはそこからは行かせないという意思の表れ。
だが、その事が余計にアスティの心に火をつけていた。
「ルル、今行きます!」
「いいよ、アスティ。あたしはあたしで何とかするよ。だから、アスティは自分の事を心配してよね」
「そうだぜ、
ルルと傭兵風の男の二人は、共に部屋の中央で囲われている。それは、エルマールを包む結界のようなもの――それはさっきまで宰相がいた所までを守っている――を除けば、部屋の中で唯一戦える場所だろう。
ただ、不思議な事に傭兵風の男は、今は戦う意思を示していない。それどころか、アスティと聖剣バルコイニクスの所持者の戦いを見守ろうという雰囲気だった。
アスティもそれを感じたのだろう。アスティもその眼を聖剣バルコイニクスの所有者に向けていた。
「もう、さっきのようにはいきません。その双剣の役割も能力も嫌というほど味わいました」
怒りで精神力を復活させたアスティ。だが、その身も傷ついている。ただ、それは単に傷ついているだけではない。アスティの表情を見ればわかる。それは、アスティの経験となって蓄積されているようだった。初見では分からなかった、聖剣バルコイニクスの能力とその所有者の力量を。
聖剣バルコイニクス――。それは、影を縛る黒剣と精神を削る白剣という、二つの力を併せ持つ。
今のアスティにとってはかなり困難な相手だが、知っていれば対応する手段もあるだろう。
ただ、問題はアスティ自身の傷が癒えていないという事。
もっとも、傷を癒してもらっていない聖剣バルコイニクスの所持者も同じ条件かも知れないが――。
だが、その状況も終わりを告げる。
一匹の黒いギガーゴリラと共に現れた、胸に聖刻を刻んだ白いギガーゴリラの登場によって。
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