急変

 傭兵風の男がその手を差し出したのと同時に、部屋の扉が開け放たれる。続けて放り込まれる血まみれのアスティ。だが、放り込んで部屋に入ってきた男もまた、相応の傷を負っていた。


「ほら、黒エルフダークエルフは生け捕りにしてやったぜ。ああ、安心しなよ。生きている。今は精神力を使い果たして気絶しているだけだ。そうそう、司祭さんよ。こっちは役目をしっかり果たしたんだ。治癒の魔法を頼むぜ」


 部屋に入った聖剣バルコイニクスの所有者は、エルマールに向かって生け捕りの報告をした後に、律儀にもルルにアスティの状態を話していた。


 ただし、これでもかというくらいの、得意満面の笑みを浮かべて――。


 すぐさまアスティの方に向かおうとするルル。だが、その動きを見せた途端、傭兵風の男の大剣がそれを阻止する。


 瞬時に後退し、身構えるルル。だが、不思議な事に、それ以上傭兵風の男も踏み込みはしなかった。


 その姿を見て肩をすくめる聖剣バルコイニクスの所有者。


 ただ、彼も相当傷ついていたのだろう。そのまま部屋の壁にもたれながら、再びエルマールに治療を催促していた。


 その要請にこたえるように、エルマールが一歩前に進もうとする。だが、その動きは途中で止まっていた。


 彼にとって予期せぬ来訪者達によって。


 いや、それは誰にとっても予期することはできなかっただろう。それほど二人はその場にこつ然と現れていた。


「ルル姫様、残念です。聖剣の所持者である資格を失いましたか。そうなってしまった以上、我らは下手に手出しできませぬ。では、我らは『正当な戦利品』を頂いて退散します。いずれまた、お会いすることもあるでしょう」


「ルル姫様、残念です。『特別メンバーの時間は終了です』っと、我らは上手に口出ししておきます。では、我らは『漁夫の利』という『第三者が利益を得る』という意味の言葉を残して退散します。もうお会いすることは無いでしょう」


 それぞれの手に聖剣アルバメリスと聖剣ドナファルトを持った老執事達。部屋の中にいる人物に恭しく礼をしたあと、その場をすっと後にする。再び会うのか会わないのかあやふやにしたまま。


 ――いや、それ以上にますます暗殺ギルドの事が気がかりになる。彼らはまさか……。


「待て! クソ! 暗殺ギルドの小倅こせがれが!」


 だが、俺の思考はその言葉で中断を余儀なくされていた。


 さすがに、かなり悔しかったのだろう。宰相ブラウニー・トリスティエは地団太を踏んで悔しがっていた。だが、それでも怒りは収まらなかったに違いない。やがて手に持っていた錫杖をへし折ると、踵を返して部屋を後にしようとする。


「後の事は――。いや、後始末は任せたぞ」


 老執事達が出て行った出口とは反対側にある出口――それは外側からは見えない仕組みがしてあるのだろう――から出る時に、途中で思いとどまりそう告げる。だが、それは傭兵風の男ではなく、わざわざエルマールにそう告げていた。


「おいおい、この俺は無視かよ。まあいいか。事と次第によっては、思惑と違う行動するかもしれん奴には頼まないか。しっかし、あの二本の聖剣の所持者が弱かったのか、あの爺さん達が強かったのか。いまいち分からん。一度戦ってみたいものだ。案外、聖剣の所持者たちは弱っちいのかもしれな」


 アスティに駆け寄ろうとしていたルルを牽制したまま、傭兵風の男はエルマールに向けてそう告げる。だが、エルマールはその事に答えない。ただ、聖剣バルコイニクスの所有者に治癒の魔法をかけるために、再び動き出していた。


 しかし、そのエルマールの進路を、ルルの体が割り込み遮る。傭兵風の男から、距離を取る形で。


「みんな勝手すぎるかな。エルマールはちょっと動かないでほしいかも。アスティ! 起きて! そんなアスティ見たくないよ」


 その声に、うっすらと目を開けるアスティ。だが、うまく体が動かせないのだろう。すぐに起き上がる気配はない。


「無理だと思うな。精神力が無くなったってことは、体を動かす意思が無くなったってことだ。それに、一度失ったものはそう簡単には回復しない。よほどの事がない限りね」

 聖剣バルコイニクスの所有者の嘲笑うような声に、アスティの顔が苦痛に歪む。だが、その顔も驚きに変わっていた。ルルの姿とそれを取り巻く状況を見ることで。


 おそらく、アスティは瞬時に全てを理解したのだろう。ルルが聖剣この俺の所有者の資格を失ったことを――。


 すでに、アスティの顔は驚きから深い悲しみに変わっている。


「アスティ! 大丈夫かな?」


 ルルもアスティが目を覚ましたのは分かったのだろう。今すぐ駆け寄りたいけど、傭兵風の男の大剣がそれを阻止するのは分かっている。だから、傭兵風の男と聖剣バルコイニクスの所持者を注意深く見続けながら、ルルはアスティに声だけをかけていた。


 その身を案じて――。

 

 聖剣この俺を奪われてなお、アスティの心配をし続けるルル。その声と顔がアスティの中で膨らみ続けていたのだろう。ブツブツと何かを呟き続けるアスティ。しかし、それもほんの一時の事だった。


 その瞬間、彼女の中で何かがはじけ飛んだのだろう。


 そんな表情をしたアスティが、ゆっくりとその体を起こしていた。

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