宰相ブラウニー・トリスティエは、ルルと傭兵風の男との会話を、目を瞑って聞いていた。だが、話が自分の方に向けられた時、初めてその目をルルに向ける。


「その出会いもまた、タリア神様のお導きだ。そして、タリア神様の正義を示す事こそ私の役目。この私の前に、お前がいる。これも私に正義を成せという御心なのだろう。望まれぬ生だけでなく、正義を汚す者、ルル。そもそも、お前にこの国に居場所などない。聖剣をおとなしく正義の執行者である教会に返すのだ。そうすれば、魔女の烙印だけは取り去ってやろう。このままでは、お前の墓碑にはそう刻まれる」


 向けたその眼は、尊大にして威圧的。だが、それを受けてもルルの姿勢は変わらない。


「何を見当違いなこと話しているのかな? あたしが聞きたいのは、あなた達のどちらが『パトリック村の襲撃を企てたのか』っていう事だよ。あなた達のいう正義とか、そんなの知らない。勝手な言い分はもういらないよ。それとも、質問に答える事すらできない人たちなのかな? 正義を口にする人たちは」


 ルルのその言葉とその瞳に、宰相は首をかしげていた。だが、そこにある意志の強さに感じるものがあったのだろう。宰相はその言葉に反応する。


「パトリック村? そんな名の村は知らないな。知っているか? エルマール」


 ただ、全くその名前に記憶がないのだろう。宰相は隣にいるエルマールに振り向く。だが、話を振られているにもかかわらず、エルマールは肩をすくめて苦笑いを浮かべていた。


「という訳だ、ルル。聞きたいことはそれだけか? では、聖剣を渡してもらおうか」


 あくまでも尊大な態度を崩すことのない宰相。だが、ルルは首を横に振っていた。


「それって、人の質問に答える態度じゃないよね? 少なくとも、エルマールは知っているはずだよね。でも、よくわかったよ。結局、願うだけじゃダメなんだね。あたしは、話しをする為に来たのにね」

 聖剣この俺をスラリと抜くルル。その切っ先を宰相に向けると、注意深くその目を見つめる。


 だが、それより――。聖剣この俺が抜けたことに、軽い驚きが宰相たちの顔に浮かぶ。


 いや、正直言って俺も驚いた。


 俺の知らない所で、もう一人の俺がそれを許しているのだろう。多分、ルルに何か心境の変化があったに違いない。そういったものは俺にはわからないのだが、もう一人の俺がそれを知っていた。というか、感じていたのだろう。


 それにしても、ルルは迷うことなく行動していた。ということは、ルル自身もそれを自覚しているという事か……。


「ここにいたラッシュカルト伯爵が言ってたよ。聖剣を甦らせるためだけに、パトリック村の人たちは殺されたんだって。魔王国の襲撃として報告されると、人々は聖剣の復活を望むようになったんだって。他の聖剣はともかく、パンティは意思があるから、その願いがないと復活しないんだよね。パトリック村の人たちも、お父さんやお姉ちゃんも、みんなそれを引き出す為に殺されたんだってね。そして、真っ先にやってきたのが教会の人たちと、そこのおじさんだったよ。そして、そのおじさんはここにいた。もう、『誰が』っていうよりも、『どこが』って言う方が正しいのかもしれないよね。あたしがずっと探していたのは、教会そのものだったんだよ」


 もう片方の手で小剣を抜き、ルルは両手に剣を持つ。それを受けて、じりじりと間合いを測るように、傭兵風の男はルルに近づいていた。ルルも同じようにそれをはかる動きを見せる。


 いつしか二人は、一定の距離を保つように互いに弧を描く。


「嬢ちゃんの見立ては正しいさ。だが、正しいが間違っているとも言えるな。教会は直接的なものでしかないぜ。嬢ちゃんの言葉を借りるとすると、聖剣が必要だったのはこの国の連中全てだ。民衆は救いを求めていた。自分たちを救ってくれる英雄の存在を。まあ、言ってみれば、連中が望まなければよかったんだ。そうすれば、聖剣は甦ることも無かったさ。しかも、教会はその人々のために動いていた。その結果、聖剣を甦らせるという方法を思いついたんだろうよ」


 ゆっくりと弧を描くように動く二人。その時ちょうど、傭兵風の男の視界に宰相が入っていたのだろう。一瞥した男に、宰相は小さく頷いていた。


「そうさ、国という単位で聖剣パンタナ・ティーグナートが必要だったと言ってもいいだろう。それほどこの国は荒れ果てていた。嬢ちゃんも、王都に行ったんだからわかってるよな。嬢ちゃんの実の父親である国王。その腐敗した政治が、この国を荒れ果てさせた。地方は有力な貴族領以外は壊滅的だ。すべて王都に吸い上げられているんだぜ。宰相が腐敗した貴族をまとめて粛清しても、教会がどれだけ支援しても、もう立ち直らない程にこの国は病んでいたんだ。腐った腕はそのままにしておくと死に至る。だが、この国は体の中心が腐っている。多少手荒だが、仕方がない。それが今の状態だ」


 傭兵風の男の言葉に、エルマールが話を繋ぐ。


「人々の願いは教会に集まってきたのです。『どうすれば人々を救えるか』という事が、教会内部で真剣に話し合われました。その結果が、聖剣パンタナ・ティーグナートの復活でした。人々を救うために、教会の下した結論がそれです。百年前の英雄と同じように、荒れ果てたこの世界を救うのは、聖剣パンタナ・ティーグナートしかないのです。数ある聖剣の中でも、それは最強の聖剣です。しかも、魔王を倒したという実績を持つのはそれしかありません。それを旗印として掲げることで、人々は希望を見出すと思います」


 エルマールは、優しげにルルを見つめている。だが、それはどこか薄っぺらいものだった。しかもその後を宰相が繋いで語り始める。


「だが、お前は何もしなかった。聖剣が復活しても、正義の為に行動しないどころか、二年も行方をくらませた。そして、現れたと思ったら、ちまちまと悪人殺しを手伝っていただけだ。人々の希望は大きかった分、絶望に変わるのも早かったよ。お前は冒険者になって、お前の見える範囲で人助けをしているつもりだったのかもしれないが、お前の見えないところの方が、よりお前を求めていた」


 ――いや、それはルルが悪いわけじゃないだろう。俺がルルを隠したわけだし、そもそも、俺もそんなことは一言も聞いてない。それに、ルルが聖剣を抜いたからと言っても、あの時はまだ八歳の幼女だった。それどころか、今も子供でしかない。そんな子に、世間がどうとか早すぎるだろ?


「そんなの、みんな勝手過ぎないかな? 勝手にパンティに希望を抱いて、自分たちの望みが得られないからって、その責任をあたしに押し付けるの? 自分たちは何をしたのかな? 何もしないで何かを得られるわけないよね? そんな簡単な事、あたしにもわかることだよ」


 驚きの声をあげるルルに対して、傭兵風の男がその剣を床におろして話しはじめる。


「嬢ちゃん。それが『民衆』ってものだ。苦しみや悲しみに対して、『誰か』にどうかしてもらいたいと思うものだ。そして、自分では何もしない。皆が嬢ちゃんのように思えるわけじゃないんだ。復讐であれ何であれ、嬢ちゃんは自分の手で行動する決意をした。だが、普通の人間は違うのさ。自分勝手な望みを『誰か』に押し付けて、それが得られないと『誰か』に怒る。それが、『人間』って生き物だぜ」


 再び剣を肩に担ぎ、油断なくルルを見る傭兵風の男。だが、その口は最後にルルに語りかけていた。


「だが、それは『人間』が弱い生き物だからだ。だからこそ、『誰か』が何かをしなくてはならない。どんな犠牲を払ったとしてもな。それがこの国の人々を救う事だ」


「だから、よその国に攻め込むのかな? 無関係な子供を不幸にするのかな? そんなのおかしいよね? そんなおかしな考えで、戦争を起こそうとする事もおかしいよね。それに、そもそもこの国の人たちの考えがおかしいと思うよ。そんな自分勝手な人だらけの国、どうだっていいんじゃないかな? いっそのこと、無くなってしまえばいいんだよ!」


 ルルのその言葉により、一瞬にして聖剣この俺がルルの手からはじけ飛ぶ。驚くルルの瞳の中で、聖剣この俺は淡い光を放って宙に浮かんでいた。


 ――やられた。一芝居うたれた……。これは、こうゆうことだったのか!


 聖剣この俺が浮かんでいるのは、ちょうどルルと傭兵風の男が立つ中間の位置。まだ、かろうじてここに残っていられるものの、それは時間の問題だった。


 いきなりの事で、ルルはただ呆けている。だが、そうなることは当然だった。


 いや、うまく誘導されたと言ってもいいだろう。


 最初からこいつらの狙いはこれにあった。エルマールのいやらしい笑いが、全てを物語っている。


 だが、唖然とするルルに対して、傭兵風の男はなおも優しく語りかけてきた。


「嬢ちゃん。もともと、聖剣パンタナ・ティーグナートはこの国の人間を守るために生み出された聖剣だという事を忘れてないか? 複数ある人格の一つに認められたとしても、根幹であるそれを果たそうとしなければそうなるんだぜ。さあ、もう剣を収めろ。他の聖剣の所持者も帰ってくる頃だ。どれだけ成長していると言っても、嬢ちゃんはまだ子供だ。今度こそ、すべて忘れて幸せに生きるんだ。抗わなければ、この俺が悪いようにはしないって」


 大剣を自分の前の床に突き刺す傭兵風の男。その右手はルルに向かって差し出されている。


 その人なっこい笑顔と共に。


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