聖剣バルコイニクスの所持者

 煙に紛れて、一時戦線を離脱したルルとアスティ。予定通り、森に引き返してハートの十五と合流していた。


 そこではすでに魔法陣が展開され、いつでも術の発動が可能になっている。


「転移した先に、同じくギルドの魔術師が待っています。先ほど小屋の中で会った方ですので、わかると思います。ただ、その方は今向こうの依頼で動いていますので、すぐ隠れてくださいね。おそらく、増援用の魔法陣を展開して待機しているはずです。あの人達相手に、聖騎士団の皆さんでは苦しいでしょう。必ず増援をおくると思います。何しろあの爺さん達は普通じゃありませんから。聖剣の所持者でもないと太刀打ちできませんよ。ただ、何人呼び出せるかが問題ですね。ちなみにマスターの見積もりは二人だそうです」


 それだけ説明した後、ハートの十五は転移の魔法陣を発動する。


 瞬く間に屋敷の内部に侵入したルルとアスティ。そこにいた魔術師に軽く会釈した後、隣の部屋に身を隠していた。

 息を殺し、気配を殺してひたすら待つルルとアスティ。どのくらい待てばいいのかと思い始めた頃、そこにいる魔術師とは別の気配がその部屋に入ってきた。


 魔法陣が働き、転移の魔法が完成する。その事を知らせるように、魔術師は咳払いをしてから立ち去っていた。


「あのギルドマスターは、予言者とかやってもいいかも。本当に今、二人の気配だったよね」

「そうですね。でも、彼の場合は予言とは少し違うでしょう。徹底的に人間観察したうえでの、行動予測にすぎません。ですが、バケモノじみているとこは確かです」


 ルル達の話の通り、二人の聖剣所持者が魔法陣を使って転移していた。転移先はさっきの戦場。意識を拡大してみると、リラの残念な様子が少し哀れだった。


 三人そこに行ったら、この屋敷の守りが手薄になるから仕方がないだろ?


 そう思ってみたものの、今度はこっちが問題だった。転移指定されていたのは、屋敷の別館といえるところ。宰相のいると思われる部屋は、遠く離れてしまっている。


「では、最終的にあの伯爵の部屋に行く事で間違いないですが、最初の強敵は聖剣バルコイニクスの所持者ですね」

「双剣っていうんだよね。二つで一つの聖剣。でも、名前は聖剣バルコイニクスって言ってたけど、一つなくなったらどう呼ぶのかな?」

「ルル、今はその心配はしなくてもいいと思いますよ」

「でも、気になるよ? どっちがバルコでどっちがイニクスなんだろ?」

「それを言うなら、バルコイとニクスでもいいのではないですか?」

「まあ、どっちでもいいんだけどね。バルとコイニクスでもいいよ?」

「気になっている割には適当ですね」

「そうかな? パンタナ・ティーグナートって名前は、元々はパンとティーナって二人からの名前だからわかりやすいよね? でも、バルコイニクスってどう略せばいいのかわからないんだよ」

「だからなんですね。家名を外してルルが呼ぶのは。あの悲劇の伝承を知ってるから……。それと、略すのが好きですね」

「まあ、それを言うなら、パンティーナってなっちゃうけどね。それだと、面白くないから。世の中、いかつい名前が多すぎるんだよね。略すだけで、かわいくなる」

「まったく、聖剣もルルにかかれば面白いかそうで無いかになるんですね。でも、私もかわいいものは好きですよ。ルルみたいに」

「まあ、それくらいしかあたしには自由にならないんだよね。それに聖剣って言っても、パンティの中身はおっさんだったしね。色々口うるさく言われたけど、言われないと少し寂しい気分かな。それに……。あれこれ言ってきたけど、最期には全部あたしに決めさせてくれていた……」

「……諦めますか? 今ならまだ間に合いますよ?」

「それとこれとは話が違うよ。色々な人の思惑はあるんだろうけど、あたしはあたしの意志でここにいるんだよ。ただ、問答無用で殺そうとは思わない。話が聞きたい。それに、宰相が何を考えているのかをね」


 ルル達が話しながら廊下を歩いていても、それを邪魔するものは全くいなかった。意識を拡大してみれば、屋敷のあちらこちらで陽動と言える騒ぎが起こっている。おそらくギルドマスターの手配だろう。ハートの十五がやっていたように、屋敷の警備はいいように翻弄されていた。


 だが、それも終わりを告げる。ルル達が転移した別棟を抜けて本館に入ったその場所は、ちょうど中央のエントランスになっていた。その異様に広い空間に、双剣を脇に挟んだ一人の男が立っていた。


「ようこそ、使えない聖剣パンタナ・ティーグナートの所持者ルル。最強と言われる聖剣の力を見たいと思っていたが、使えないんじゃ仕方がない。そこの黒エルフダークエルフを刻んだ後に料理してやる。俺の師匠を殺したお前たち黒エルフダークエルフの卑怯な襲撃。まさか、忘れたとは言わせないぞ!」

 黒と白の対になる双剣をあらわにし、燃える憎悪の瞳がアスティを鋭く見つめていた。

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