真面目な老執事と不真面目な老執事

 リラはもちろんのことだが、双子の老執事の戦いも圧倒的なものだった。


 力とスピードで押しまくるリラと違い、双子の老執事は動きそのものに無駄がない。しかも、全身鎧の上からでも、その拳は内にある肉体を攻撃できていた。


 相手の攻撃をさらりと避け、少し重心を崩すようにして押しやる。それだけで重い鎧を着た聖騎士たちは、面白いように翻弄される。そこに加える打撃のような衝撃技。


 確か、気功のような技なのだろう。この世界では珍しい。はるか遠い東の国にのみ、継承されていると聞いている。


 しかし、実際に見たことのないものにとっては恐怖の技に違いない。


 鎧自体に傷はなく、肉体のみを破壊する攻撃技。その衝撃はすさまじく、倒れた者の鎧からは、血があふれて流れていく。


 未知の物に恐怖を抱く。しかも、それが生死にかかわるものだとすればなおさらだ。程度の差は多少あるとはいえ、それは生物共通のものだろう。

 今、それが目の前で起きている。その恐怖が蔓延していく中で、リラの暴風雨のような力が荒れ狂う。雄叫びと悲鳴が重なって、累々たる屍を築き上げていた。


「私は屋敷に戻ってルル達を迎え撃つ準備をします。お前たちはここで何とか足止めをするのだ。安心しろ、増援は送る。いいか、それまで持ちこたえるのだ」

 それだけを言い残し、エルマールは一目散に駆け出していく。エルマールを守護していた聖騎士たちも、これで戦いの場に加わることになっていた。


 だが、すでに半数以上が地に伏している。

 死んでいる者、虫の息の者を合わせて――。


 それでも聖騎士たちは勇敢に攻撃をし続けていく。


「冥途の土産はどちらを選びますかな? 爺の拳か、それともゴリラの拳か?」

「メイドに、お土産を選びませんとな? 爺の好みか、雄のゴリラの好みか?」


 見た目はほとんど変わらない双子の老紳士。だが、中身はかなり違うと言える。この間はそれほど話す機会がなかったが、こうして話す内容を聞くと、その違いが明らかだった。


 もっとも、何とも締まらない会話の間も犠牲者は増えていく。


 いつの間にかそれを聞く聖騎士は、すでに十人を切ってしまっていた。リラも歯ごたえを感じなくなったのだろう。かなり飽きてきたようで、鼻をほじっては、鼻糞を聖騎士に向けて飛ばしている。


 だが、それも飽きたのだろう。当たっても反応がないのが面白くなかったのかもしれない。


 リラが、老執事達に『あとはよろしく』とばかりに歯を見せて先に進もうとしたその時。


 リラの目の前に、輝く魔法陣が浮かび上がる。


 それはあっという間の出来事だった。

 光り輝く魔法陣。その輝きがいっそう大きく輝いたと思った瞬間。


 それは大きくはじけ飛ぶ。周囲に光をまき散らして。


 そのまぶしさに、目を細めるリラ。その光の中から、二つの影が躍り出てきたかと思うと、いきなりリラめがけて突進していた。


「ふむ。闇討ちならぬ、光討ち。さすが聖剣の保持者ですな。破格の強さをお持ちか!」

「転送魔法陣とは、これはただでは済まさぬという事ですな。輸送代はこちら持ちか!」


 横からそれぞれの剣を蹴り飛ばす老執事達。リラに『いかがですかな?』という顔を見せていたけど、リラは少し不満そうな顔を返していた。


 迎え撃つ体勢になっていたのに、老紳士たちに邪魔されたから――。


「なるほど、俺の相手はこっちの爺さんにしておくよ。聖剣アルバメリスを足蹴にしたこと、後悔してもらわないと」

「それなら、私はこのふざけた爺さんにしておきます。聖剣ドナファルトの刀身を汚した罪を、その血で贖っていただきましょう」


 リラが自分の相手を探している間に、それぞれ戦う相手が決まっていた。


 大剣である聖剣アルバメリスの相手をするのは真面目な老執事。

 日本刀のような形をしている聖剣ドナファルトの相手をするのは不真面目な老執事。


 そして、その戦いの火ぶたはいつの間にか上がっていた。互いに申し合わせたかのように。


 すさまじい戦いが、生き残った聖騎士たちの目の前で繰り広げられていく。


 そんな中、一人戦う相手を探すリラ。だが、その願いを叶えてくれるものはいなかった。


 そこにはすでに、戦いを望む者は無い。そもそも十分戦えるものも数少ない。ただ聖剣の所持者たちと老執事達の戦いに見入っている聖騎士達だけがそこにいた。


 そう、リラが寂しく屋敷への道を歩いていても、誰もそれを阻止しない程に。

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