第四章 聖剣の所有者

暗殺ギルドマスター、再び。

 その小屋に入って目にしたのは、かつてと同じ光景だった。青年ともう一人がそこにいるだけ。だが、ただ一つ違っているのは、そこにいたのがハートの十五ではないという事だった。


 女の魔術師であることには変わりないが――。


「流石に早いお着きですね。冷静に、こちらの意図をくんで頂きありがとうございました」

 席に着くように手で示しながら、青年はにこやかに話を進めようとしていた。片手で優雅に自分のお茶を飲みながら。


 言われるままに、以前と同じように席に着くルル達。それを待っていたかのように、後ろで控えていた女魔術師が、ルル達にもお茶を配って回る。


 そもそも殺風景なこの小屋に、炊事場のような物は無い。にもかかわらず、お茶は独特の香気を立ち上らせている。


 女魔術師がどこからともなく出していた銀の食盆。それは、すでに跡形もなく消えていた。おそらく召喚魔法を日常的に使用しているものなのだろう。

 しかも、それが終わると再び元の位置に戻って、不動の体勢になっている。給仕なのか、護衛なのか。それすらはっきりしない女魔術師は、ルル達をいっさい見ることは無かった。無愛想だが、その実力は計り知れないものを感じる。


「それで、ルル姫様は聖剣との対話ができましたか?」

「それって、余計なお世話だよね? それより、いったい何が目的なのかな? 怪しいだけで、さっぱりわからないんだよね」

「そうですね、暗殺ギルドの行動は謎すぎます。もっとも、ここには一応義理立てして寄ったまでです。本当は、ここに立ち寄るつもりはなかったですよ。あなたの妹も、『あの小屋で――』としか言いませんでしたし」

「ウホッ!」


 青年の言葉を受け、ルルが不快感をあらわにする。それに同調するように、アスティもまた不満げに話しはじめていた。ただ、リラだけは相変わらず、自分の座れる椅子に喜んで座っている。しかも、見よう見まねでお茶を器用に飲んでいた。


 その様子に、青年は目を細めて話を繋ぐ。


「そのお返事では、難しかったと……。これは失礼をしましたね。でも、それでも行くのですね。噂は流しておきましたが、お耳には入りましたよね? 改装されたあの屋敷で、聖剣の所持者による教練が行われます。街に立ち寄ることはできなくても、アスティさんなら造作もない事でしたね。ただ、それだけで立ち寄っていただけるのは光栄でした。では、そのお礼をいたしましょうか」


 それが合図だったかのように、ルル達の目の前にいきなり水晶球が現れていた。それは記録用の魔道具であることは明白。起動させた途端その様子が浮かび上がり、ルル達にその男たちの姿を見せていた。


「これは先日謁見の間を盗撮した物です。これが宰相のブラウニー・トリスティエで、こっちが聖騎士団副団長のカール・シュバイツ。宮廷魔導師長は紹介するまでもありませんね。そして、ここにあなた方のよく知っている者がいますね」


 青年の指が指し示す場所。そこにはあの男の姿が映っていた。


「エルマール……、だよね?」

「はい、その通りです。ルル姫様。そして、旧ラッシュカルト伯爵の別邸を買い上げたのは教会で、今そこにいるのは彼だという事をお伝えしておきますね」

 ギルドマスターの話が終わると同時に、横に控えていた女魔術師が見取り図を広げていた。そこは以前訪れたことのある屋敷の見取り図。だが、ところどころに修正を加えた後があった。


「ルル姫様が聖剣と再び心を通わせていれば、これも無駄な仕事だったのでしょうけど……。こちらの方で、おおよそ調べておきました。本来はアスティさんがなさるのでしょうけど、時間が無いと思いますので」

 にこやかに話す暗殺ギルドマスター。その笑顔を真剣に見ながら、ルルは真剣に問いかける。


「どうしてかな? 何故、ここまでしてくれるのかな? 暗殺ギルドには所属しないと言ったと思うのだけど」

 自らのお茶を飲み終わり、カップを女魔術師に渡すギルドマスター。それ以上話すつもりがないという意味なのか、女魔術師がお茶を出そうとする動きを止めていた。


「答えるつもりがないのですか?」

「いえ、どういえば信じてもらえるか考えていただけですよ。そうですね……。ルル姫様の事が気に入っているからという事でどうでしょう?」

「あいまいな返事でごまかそうとしても無駄かな。あたしはそんな事で大人を信じるほど子供じゃない」

「でも、大人でもない。まだ、あなたは子供ですよ。信頼しないからという理由だったかもしれませんが、そこから変化しましたよね? 大切なものを作らない事が、大切なものを守ることではありませんよ」


 にこやかな仮面をはがそうと、ルルの言葉の爪が青年を襲う。だが、それすら優雅に躱す青年。


「いったい何が言いたいのかさっぱりだよ。暗殺ギルドは何をたくらんでいるのかな!」

 苛立ちを隠そうとせず、ルルは青年に食って掛かる。その様子に目を細め、青年はルルを黙って見つめつづけていた。


 だが、それも終わりを告げる。もう一人の魔術師の出現により。


「準備は整いました」

「うん、ご苦労様」


 たったそれだけ告げた後、出現した魔術師は来た時と同じく唐突に姿を消していた。


「では、こちらの準備も整いました。ルル姫様。自分の信じた道を進んでみてください。あなたは感じていないでしょうが、あなたに想いを託す人も少なからずいるという事です。まあ、損得の問題で話をすると、暗殺ギルドの人間は戦争では最前線におくられるのですよ。要人暗殺という名目でね。しかも相手は当面モンテカルト魔法王国。そして、ゆくゆくは魔王国です。そんなところに、大切なギルドメンバーを向かわせるなんてできませんよ――」


「あなたはとんだ食わせ物だ、ギルドマスター。確かに戦争となるとそうでしょう。でも、それよりあなたは統一された意思というモノを恐れている。最初、宰相に力を貸していたはずのアナタが、いまさら宮廷魔導師長と手を組んだ。あなたは単に、混沌を望んでいるだけだ。戦争になれば、人の意識はそこに向く。殺しも正義の名のもとに行われる。誰が敵で、誰が味方か。戦争になればわかりやすくなるでしょうね。あなたは、それが嫌なのでしょう。愛憎渦巻く今の世の中を、あなたは壊したくないだけだ。ある意味、最も性質たちが悪い」


 ギルドマスターの言葉を遮り、アスティの氷の瞳が青年を貫く。だが、それもにこやかに受け止めた青年は、ルルに顔を向けていた。


「まあ、その方がお好みなら、そう思っていただきましょう。ですが、ルル姫様は聖剣をどう使うつもりでしたか? 目的となるものがない時代に無理やり甦った聖剣を使って、自分の復讐に使おうとした。でも、それは違いますね? ルル姫様は単に力を欲しただけ。別に聖剣でなくてもよかった。前にも言いましたが、最初にあなたを王都に案内した人間は、何故聖剣を抜く道をあなたに示したのでしょうね? まあ、それは置いておきましょう。でも、他の聖剣と違って、所有者に力を与えます。そして、聖剣パンタナ・ティーグナートには自分の意志というモノがあります。聖剣に認められたからこそ、そしてまだ所持するに値すると思われているからこそ、あなたは再び聖剣を持つことが出来たのです。不思議です。アスティさんの言葉を借りるなら、その『混沌』を私は見ていたいのでしょうね。ですので、ルル姫様は特別メンバーになっています。これは私の保護対象になっていると思ってください」


 更に笑顔を深めたギルドマスター。だが、それも次の瞬間には、人当たりの良いだけの笑顔になっていた。


「では、参りましょうか。暗殺ギルドは、ギルド特別メンバーであるルル姫様に降りかかる火の粉を払いに助力いたしますね」

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