幕間 宰相の目論見

牽制する者達

 ウィンタリア聖王国の王城ウィンタリア。その謁見の間にある玉座の脇で、宰相ブラウニー・トリスティエはその報告を聞いていた。だが、それを聞いているうちに彼の顔つきは変わっていく。


 怒りの表情を隠せない程に――。


「もういい。途中の報告はもういい。結局、聖剣は見つからなかったというのか? ルルの死体もか? ゴリラの方はどうなのだ? あれだけ大きくて白いのだ。いくら爆発がすごかろうと、毛皮か何かくらい残っているのではないか? ギガーゴリラは魔法に強い耐性があるのだろう?」

「まだ、何とも言えません。先ほども申しあげましたが、まだ捜索していない個所もありますので……」


 その返事を聞き、怒りの矛先をまっすぐその騎士に向ける宰相。だが、その騎士はそれ以上何も言えず、ただ下を向いて畏まっている。それ以上は時間の無駄。その姿を見続けるうちに、宰相はそう結論付けたに違いない。


 ちらりと隣を見る宰相。


 その視線は誰もいない玉座ではなく、さらにその先に向いていた。自分が立つ場所とは反対側。すなわち玉座の右側に立っている老人に。


「マルティニコラス老師も余計な事をしてくださる。おかげで、死体を掘り起こす手間が増えてしまいました」

「なに、礼には及ばんよ。あの聖刻のギガーゴリラはああ見えてかなりの強者。貴重な戦力である聖騎士団や、この国の民になくてはならない司祭達に何かあっては申し訳ないからの。わざわざ辺境守備を任せている、聖剣アルバメリス、聖剣バルコイニクス、聖剣ドナファルトを集結させるほどの危機感を持っておるのじゃろう? 使えるという報告で」

 宰相の顔をいっさい見ず、宮廷魔導師長は玉座のすぐ下にいる偉丈夫を見て答えていた。数段高くなっている玉座だから見下ろすようになっているが、そこに並べばおそらく見上げるようになるのだろう。


 それほどの偉丈夫の聖騎士がそこにいた。先ほど報告した騎士に退出を促し、自らはそこに居続ける聖騎士。そして、もう一人。偉丈夫の聖騎士とは対照的な優男の司祭がそこにいた。

 玉座のある紫の間には、四人の男が集まっていた。


「宮廷魔導師長殿の心配りには感謝すれども、いささか文句も言わねばならぬ。何故なら、力仕事を全て我が聖騎士団に全て押し付け、我らが宮廷魔導師殿達は早速王都に帰られているのだから。そして、それは宰相殿にも言える事だろう。教会所属の聖騎士たちに帰還命令を出すなど、王国の聖騎士団の規律を軽んじているとしか思えぬ。加えていうならあの娘、聖剣を使えなくなったという報告もあったらしいではないか」


 口調はやんわりとしているものの、偉丈夫の聖騎士の眼差しは、鋭く射抜く力を持っていた。だが、それを悠々受け止める宰相と宮廷魔導師長。それだけでなく、逆に不敵な笑みさえ浮かべている。それも二人共同じように――。


「聖騎士団は体を動かすことが専門。宮廷魔導師は頭を動かすことが専門。互いの利点を考慮した結果の行動だろうて」

「規律は大事だ。だが、彼らは神の意志を感じたのだろう。それは私にはどうすることもできない。宰相となった今。聖大司教の座に私はいないのでね。そして、情報は刻一刻と変化する。最悪の事態に備えるのは当然だろう」


 二人の言葉を受けたわけではないだろう。だが、そこにいる限り発言する必要があると感じたのかもしれない。その司祭は静かにその言葉を告げていた。


「埋まったものが確かにそこにあるのであれば、いくらでも掘り起こす手伝いをしましょう。ですが、埋まっていないものを掘り起こす意味がどこにあるというのです? あれば教えて頂きたいものですな、聖騎士団副団長カール・シュバイツ殿。元団長に義理立てして、未だに団長職につかないあなたもまた、宮廷魔導師長殿と同じです」

 辛辣な物言いにも拘らず、その場にいる誰もそれを咎めない。腹の探り合いのような会話。それは互いに信頼していないという事なのだろう。


 ただ、今回はそれでは終わらないようだった。


「こういう事か。姑息な真似をしてくれるものだな。なら、自分から出てくるように仕向けてしまえばよいのだろう? その手筈は頼んだぞ、エルマール。教会の総力をもってこれにあたってくれ。すでに、先の魔術師の件でモンテカルト魔法王国とはいつ宣戦布告してもおかしくは無い状態にしてある。あとは、聖剣パンタナティーグナートだけなのだ」


 宰相ブラウニー・トリスティエの命令に、司祭は恭しく頭を下げて応えていた。


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